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この作品からのみんなの引用
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彼らは一〇代の頃から膨大なオタク系性表現に曝されているため、いつのまにか、少女のイラストを見、猫耳を見、メイド服を見ると性器的に興奮するように訓練されてしまっているのだ。
― 130ページ -
アメリカ型消費社会の論理は、五〇年代以降も着実に拡大し、いまでは世界中を覆い尽くしている。マニュアル化され、メディア化され、流通管理が行き届いた現在の消費社会においては、消費者のニーズは、できるだけ他者の介在なしに、瞬時に機械的に満たすように日々改良が積み重ねられている。従来ならば社会的なコミュニケーションなしには得られなかった対象、たとえば毎日の食事や性的なパートナーも、いまではファーストフードや性産業で、きわめて簡便に、いっさいの面倒なコミュニケーションなしで手に入れることができる。
― 127ページ -
従来ならば「作品」として独立して語られるアニメやノベルのような企画も、マグカップやクリアファイルと同じ関連商品のひとつでしかない。物語はここでは、もはや設定やイラスト(非物語)に添え物として寄せられる余剰品にすぎないのだ。
― 65ページ
みんなの感想・レビュー・書評
(165レビュー)
「一般意思2.0」を読んで、東浩紀関連でもう少し読んでみようと思い読んでみた。
「動物化する」というタイトルがなんとなくキャッチーだが、よくよく読んだ結果としては、タイトルから連想する「動物」とはニュアンスが異なっているように、私は感じました。(あくまで私の感じ方の話ですが)
「シミュラークル」という概念で2次創作文化の拡大を表現できるとしたところは、面白いと思いました。ニコニコ動画などで、VOCALOIDの曲がはやったり、それを「歌ってみた」などとするのは、まさにこの枠組みでとらえるとしっくりくるなと思います。
2001年の時点で、この潮流を予測していたのかな?と思うと興味深いです。
終わりのほうのHTMLに関する言及は、現在から考えると、的を射ていないように思われました。
動物化してもいいですか(はぁと)を見て再読。
初読のときはいちいちイライラしていた(サブカルチャーと現代思想を結びつけるなんて!)が、
「現代社会の気分」について把握するには最適の書だと思いを新たにする。
詳細なまとめをして、別の本に進もう。
シミュラークルの用語が頻出するので、気になって読んでみたがアニメやPCゲーム(ギャルゲー)などオタク要素が強すぎる。
ポストモダンや動物化を理解するなら、ボードリヤールやコジェーブ自身の著書や解説本にあたった方がよさそう。
所々、引用されている大塚英志の「物語消費論」はそのうち読んでみたいと思った。
いわゆるオタク文化に触れていて、かつオタク文化そのものについて考えることに関心がある人なら読んでおいたほうがいいと思う。慣れ親しんでいる人ならついていけるような話をしている。
少し古いので、続著の『ゲーム的~』の方とセットで読むのが適当。と言っても私はこのレビュー書いてる時点では半分くらいしか読み終わってないのだけど。
「ややこしやぁ、ややこしやぁ」なオタク解説本(
しかしさすがの分析力である。
オタクという種を、学問的、社会学的に解き明かせば「こうなるのかぁ」と新たな地平が生まれる。
自分としてはあまり得るものがなかったが、「昨今のアニメは消費財、コピーのコピーのコピーと化している」という押井氏の一言が話題になったように、この本でもつまりはそのことについて言及していると思われる。
次々と欲求を満たそうと「動物的」になりすぎたアニメ作品は、更なるオタクの孤立化を生みんじゃないかなぁ。
サブカルが最早サブカルではなく、であるからこそ思想さえもサブカルであるという逆説的な状況にあってもなお「オタク文化」にフューチャーした思想というものには抵抗があるのだけれどそのおかげで例えがわかりやすいのもまた事実。それにしても滔々とギャルゲについて述べられると笑ってしまう。Wikipediaのような楽しさ。
「オタク」という言葉にもう慣れてしまった。それは僕を含めた多くの人がオタクだから。ではオタクとは何か、オタクから日本社会を考えた時に何が見えてくるのか。10年前の東浩紀は言う。「僕ら(の社会)は動物化してしまっている」と。ここで言う、動物化した社会とは、他者なしに欲望を満たしてしまえる社会だ。そして、10年経った現在、僕らは東の言葉が正しかったことを実感できるのではないだろうか。amazon.comで商品を買い、ファストフードやコンビニでの機械的な会話のみでモノが手に入る時代、それが現代なのである。マンガ、アニメから社会学まで学びたいなら、読むべき一冊。
10年ほど前に出版された本で、90年代のオタクカルチャーをポストモダンとリンクさせて語られている内容。著者の言説、特に”動物化”に対する賛否両論は様々ありますが、オタク論やポストモダン論に対して僕はそこまで精緻な知識を持ち合わせていなかったので、多少強引ではあるものの、図式化された分かり易い入門書だったように思えます。
オタクの行動は物語の消費から、データベースの消費に移ってきたし、それはオタクだけでなく世相を反映したものだとかなんとか。
10年前の本だけど、ツイッターとか流行を見ていてもあるジャンルにパッと嵌りしばらくするとまた他のものにパッと移っていくのを見ると頷ける。けど現在に置いては逆にコミュニケーションのためのツールとしてオタク文化を用いている人も増えてるような気がする。
文章はとてもわかりやすかったです。動物化してるとかデータベース消費とか主張していることもなるほどと思いました。オタク文化から社会を視るというのは興味深いので他の本も読んでみたいです。
副題に「オタク」と入っているので、そこに惹かれて、という流れも多いのかもしれないが、本題はあくまでも「ポストモダン」。後半部分はとくに頭をなやませながら読み進めた。シミュラークル、データベース...おもしろかった!もう一度ゆっくり読みたい。
110929 欲しい本からやっと既読に出来た!
オタクについての軽い評論を読むつもりがいつの間にか緻密で、それもクソ真面目な論文を読んでいた感じ。
この本の核心ともいえるオタク達の「動物的」になりつつある消費活動と言うこの本の核心に迫る部分まではパズルのピースが正しい場所に合わさっていくような心地よさがあって読み物としては最高だなと思ってた。
それだけに最後のウェブページのくだりはちょっと蛇足に思えなくもなかったのだけど、これが筆者が言いたかった肝なんだろうな。分岐やループ物と言えば最近まどかマギカがフィーチャーされてるけど、まさにここに書かれた内容がステレオタイプと化した時代になってるのかもしれないね。
オタクは救われなきゃいけない。M,クラインの錯覚の中で、
世界は構築され自己中心性をもって完結される。
それはピアジェにおける内言、もしくは、
マーラーの再接近期における愛着行動なのか。
移行対象を二次元とおいた者たちをオタクというのだろうか。
オタクをただのフェティッシュな人の集まりだけに定義せず、現代社会と関連づけて考察した本。疑問なところはあったけど、納得できる部分は多かった。わかりやすい文章だったし、読んでよかったと思っている。
この本によると、オタクの出現はポストモダンの産物らしい。オタクの一見閉鎖的に思えるコミュニティは大きな物語にかわる小さな物語の一つに過ぎないのなら、それは特異なものではなく一つの共同体の価値とみなすこともできる。小さな物語を消費していくことで生を費やしていくことはオタクのみならず現代人一般に当てはまるだろう。そしてそのような今を生きるということがどういうことはとてつもなく恐ろしいと思った。
様々な設定がデータベース化され、異なる組み合わせで物語が構築され消費されているという考え方は、とても的を射ていると思う。
しかし、自分の哲学・思想的知識が乏しいため、内容の理解が足りないと感じる……。
![第3回 ブクログ大賞[2012]](/ad/1201/award_booklog200_65.gif)

