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(116レビュー)
自分は、今まで全くと言っていいほど純文学に興味がなかったのですが、この志賀直哉の作品だけはなぜか前から気になっていて、教科書以外で、初めて純文学という高い敷居に挑戦してみました(笑)
読んでみると思ったよりも読みやすく、また、志賀直哉の奔放で我儘な性格がよく出ている私小説でした。
「晩秋」「痴情」などを読んでいると、志賀さんって結構お盛んだったのね(笑)と思ってしまい…繊細な文章の中に人間臭さがあって、そこも面白かったと思います。
久しぶりに本棚から取り出して読んでみると、新たな発見があったりする。高校時代に教科書で読んだ志賀直哉であったが、年齢を経てから何度も読み直してみると、若い頃には見落としていた描写があったりすることに気づく。年代とともに読み方は変わるし、受け取る側のチャンネルが増えている事もあるのだろう。
これからも名作と呼ばれる作品は時折読んでみたいと思うのであった。
ずっと知っていた作者名と、表題。(たしかどちらかは学生時代、国語の教科書に一部が収録されていたように思います)。本箱に納めてからでも、もう四年ほどが経ち、先日整理の際に引っ張り出してきてやっと読みました。 高く評価されてしかり。そんな作品です。 (実は太宰治の「如是我聞」を先に読んでいたので、なかなか手が伸びなかったのですが) ほんとうに短い短編ですが「城の崎にて」。死のこと、いや生... 続きを読む »
2011 8/15読了。WonderGooで購入。
最近、西の方に引っ越した先輩が「城崎の近く」と繰り返すので「城崎って『城の崎にて』しか知らないけどそういやそれも読んだこと無い」と思い、そもそも志賀直哉を読んだことがないことにさらに気が付き、買ってみた本。
白樺派の小説読んだの下手すると初めてではなかろうか。
小説なのか随筆なのかすらわからないこともある私小説、というのを、友人の同人活動以外ではあまり読んだ覚えがなく、新鮮だった。
少し行ってみたくなった、城崎。
志賀直哉といえば、この作品を知らない人はいないくらい有名。
この短編集は動だった志賀直哉作品が静へと、反抗から和解へと移行していった作家としての成熟期に書かれたものが多い。
古美術を見てるように美しい短編が沢山詰まっている。
「小説の神様」という地位を確立したのも、この時期だろう。
(小僧の神様)善いことをしたはずなのに、後味が悪い・・・自分の豊かな生活が、「小僧」のような底辺にいる人間によって成り立っていることを、感覚として感じても理解はしない。最後の一言は、著者がこのまま終わらせて、ただのよいお話と誤解されたくなかったのかな?皮肉が込められていると読めた。
関係性がいぃんだよなー。胸がスッと、そして熱くなる。何かと向かい合うときに読んでほしい「小僧の神様」。「城の崎にて」は充電時期に作者が逗留した城崎にて、散歩のちょっとしたことに、瞬間へ心を寄せ、美文で表現している。行ってきたぜ、城崎よいとこ!
彼の小説が日本近代文学の金字塔、ってのは納得。。。
文章がいいです。
自分の中で明治~昭和の日本文学として鴎外、漱石、芥川龍之介、太宰、谷崎潤一郎、川端康成っていうあたりがインプットされているんですが、志賀直哉の文章は誰とも違うし、描き出すものへのアプローチの仕方が他の作家と違う気がする・・・という印象です。
文章の巧さって言葉の選択や描写力かなーって思ってたんだけど、
志賀直哉は言葉を尽さなくても表現してしまう、って衝撃を受けたのは「城ノ崎にて」です。
上手く言えないけど、ある程度文学読んだ後で志賀直哉をとっておいてよかった。はじめにこれ読んでも普通に読んじゃいそうだから。
暗夜行路よみたい!
いわずと知れた日本文学の名作。
ですが今回志賀直哉が定宿にしていた城之崎の旅館に行くことになり、どうせならそこで読みたいと思い挑戦。
丁寧な描写と、どこか爽やかな語り口はとても読みやすくするすると読めた。目の前のことをそのまま小説にしていくという手法は、音楽でいうならさしずめフォーク。
殺伐とする話でもどこかほのぼのとした。
「小僧の神様」は、志賀直哉を「小説の神様」と言わしめたらしい。
『城の崎にて』は、小説が如何に綿密に構築されたものであるかを思い知らされた作品である。
筆者自身、「事実ありのままの小説」と述べているように、筆者の体験から生まれた「生と死は対極の存在ではなく、...
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