廃市・飛ぶ男 (新潮文庫 草 115-3)

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  • Amazon.co.jp ・本 (331ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101115030

感想・レビュー・書評

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  • 『夜の寂しい顔』
      僕に欠けているのは、存在の感情なのだ。
    親戚に預けられて心に空白を持つ少年。
    夜ごとにある少女の夢を見る。
    ある夜少年は、その少女の顔が自分そっくりだと気がつく。
      僕の本当の存在が毎晩僕を訪れて来るのだ。

    『影の部分』
    心休まらない家庭を持つ売れない画家の僕は、ある母娘のもとを訪れていた。
    だが娘が嫁に行ったことによりその訪問を取りやめていた。
    母は、あなたは娘を愛していたのだと言い、
    娘は、あなたは母を愛していたのだと言う。
    僕の心はどこにも行けずに漂っている。

    『未来都市』
    ヨーロッパに滞在する画家の僕は、ふと立ち寄った「自殺酒場」で毒酒を煽る。
    だが僕は死なずに「未来都市」に招かれた。
    そこは「哲学者」が規則を決め、希望と幸福に向かった世界だった。
    しかし負の感情のすべてを排斥したその未来都市は、人間の個性を潰し過去を忘れてゆくものだった…。

    『廃市』
    かつて僕は卒業論文のために、掘割の巡るある町に滞在していた。
    僕がお世話になった家には、明るく爽やかな安子という娘、その姉で気品があり静かな強さを持つ姉の郁代、郁代の夫で貴公子然とした直之がいた。
    しかし郁代は、直之が別の女性を愛していると言って、彼らの邪魔にならないようにと家を出て寺に滞在しているという。夫の直之は、自分が愛しているのは郁代一人だと言っても聞いてもらえず、やはり家を出て他の女性と暮らしていた。
    一人の男と二人の女の愛のすれ違い。互いを思いやろうとして自分だけの道を突き進んでいて、その思いは空回りしあっている。
      「こんな死んだ町は大嫌い。なんの活気もない。だんだんに年を取って死に絶えてゆく町」
      「この町の掘割は人工的なものでしょう、従ってまた頽廃的なものです。町の人たちも本質的に頽廃しているのです。私が思うにこの町は次第に滅びつつあるんですよ。正規というものがない。あるのは退屈です、倦怠です、無為です。ただ時間を使い果たしてゆくだけです」
      「人間も町も滅びて行くんですね、廃市という言葉があるじゃありませんか、つまりそれです」

    『飛ぶ男』
    彼は病院のベッドでただ死ぬことを待っている。
    彼は病院のエレベーターに乘り病院から出る。
    意識が二分される。一つは彼の魂、一つは彼の肉体。
    彼は幼い頃から空を飛ぶことを夢に見ていた。
    彼は橋の上から病院の窓を見る。
    地球の終わりの日に重力がなくなりすべてのものが宙に浮く。彼も浮く。地球が砕けて宇宙の地理となるときに、初めて人間は空を飛ぶことができるのだろう。なんと自由なのだろう。空気のない宇宙空間に彼の死骸が漂い流れる。
    彼の見つめる窓から、一人の男が空に飛び立つ。飛んでいる、軽やかに空中を飛んでいる、それを見ている彼の顔に初めて会心の微笑が浮かぶ。なんと気持ち良さそうにその男は空を飛んでいることか。(P199)
    ===
    物語は冷静な第三者により語られる。
    死を待つだけの停滞した時間、地球が泯びる悲鳴、しかし最後の瞬間に空を飛ぶその自由。
    最後の場面は…融合したの??

    『樹』
    売れない芸術家の夫は、貧しいながらも妻と娘を愛して、彼の画く絵には妻の面影があった。
    だが個展のために描いた絵は彼だけのものであり妻の影はなかった。
    その絵を見た妻はある決意をする。

    『風花』
    療養所にいる男は窓から風花を眺める。
    いつ出られるかわからない自分に疲れて、妻は自由になりたがっている。子供は自分を忘れるだろう。
    だが自分の道のあとにはかすかながら足跡がついているに違いない。だからそれでいい。
    「風花のようにはかなくても、人は自分の選んだ道を踏んで生きていくほかはないのだろう。」(p247)

    『退屈な少年』
    母親をなくしたある一家の光景。
    再婚を望む父、その父に望まれた若い娘、友人との関係でガールフレンドとの行き先に陰が挿した兄の舜一、そして思春期ただなかの弟謙二。
    少しずつ心が動き、そして心の中の微妙な変化は今後も決して消えずに彼らの行く先について行くのだろう。


  • 安部公房という名前をチラホラ見るが、彼よりも情緒的で、かなり感情の部分を大切にしている気がする。
    著者の描きたい事・目線はどちらかと言うと康成寄りなのかも。
    レベルの高い短編集だった。

  • のっけから比喩のこねくり回しで始まる短編集。安部公房のフォロワーかと思いきや、同世代に活躍していた「戦後派」の純文学の旗手だった模様。

    この本の中で、やはり一番印象に残るのは「未来都市」だろう。異常ノイロンを修復し、犯罪は一切起こらない都市における反乱と離脱。アイデアからメカニズムが明確に打ち立てられ、その中での矛盾を見出す。

    他の作品も、物語の外殻は非常に緻密で強力なのであるが、つい癖で些細な人の出入りだの感情の起伏だのを追ってしまい、幹であり殻になっている部分を読み飛ばすと、よくわからないまま終わってしまう。

    内容は全て難しいわけではないが、動きが少ないので読むのに非常に時間がかかる。文学というより「文芸」というジャンルなのであろう。

    また、スノッブな純文学の特徴かもしれないが、ダメな男によろめく女性が出てきて「ホラあなたはスデに私を好きにナッてしまっているではないですか」的な話が多いので、その辺は「よくあるネタ」と言うかたちで読み飛ばせばよいのかどうなのか。

    安部公房ほど追ったり追われたりしないので、どうも焦点のあっている部分をフォローしづらい。文はうまいんだけど、外殻ではなく骨を読みたい人間にはあまり向かない。

  • 再読。《死の概念》と《愛の三角関係》とやらが主題となると得てして陳腐な物語に陥りがちであるが、福永武彦のデッサン力にかかれば無垢な魂が靄のように覆い尽くし絶品なタブローとして表出される。特に「廃市」は白眉、死につつ街のぞっとするほど冷ややかな光景に恍惚となる。シュールな前衛的作品も同様。「影の部分」では主体と客体、ポジとネガが幾度も入れ替わり混沌としながら徐々にアウトラインが浮かび出る。そして眩いばかりノスタルジー溢れるラストシーンの美しさにただ打ち拉がれる。収録作いずれも無垢な心の闇をえぐり出した逸品。

  • 2008年3月8日(土)の朝日新聞「愛の旅人」コーナーで福永武彦が取り上げられていた。私は読んだことがなかったのだが、その記事を読んで「廃市」という小説をとても読みたくなった。すでに中古でしか手に入らなかったけれど、Amazonでなら送料は取られるもののサクッと手に入る。
    福岡県の柳川市が舞台になってるとのこと。私は用水路のある町がやたらと好きで柳川にも是非一度行ってみたいのだ。学生時代に過ごした東京都日野市にも田んぼの脇に綺麗な用水路が流れていてその水音がとっても好きだった。
    そんなわけで「廃市」のDVDまで買ってしまった。
    books122

  • ◎「未来都市」 ○「廃市」「樹」「退屈な少年」

    以下引用。

     ――しかし動機なんて、何の役にも立ちませんよ。現代は死ぬための動機に充満しているんです、そういう時代なんです。問題は、生きるための動機を見つけ出すことで、死ぬための動機じゃありません。
     ――生きるための動機なんかあるものか、と最初の男が怒鳴った。我々は生きてるんじゃない、生きさせられているんだ。だから死ぬ権利だってある筈だ。
     ――私はね、時々こういう埒もないことを考えるんです。人生というのは、地面に穴を掘って、そしてそれを埋めることじゃないかってね。若い時には、一心不乱に、目的も何も分からずに、せっせと掘って行く。自分の廻りに掘った土が堆く積み重なる。そして何処からか、何時からか、今度はその土を穴の中に投げ込んでそれを埋めて行く。(中略)そして結局は初めと同じです、平坦な地面があるばかりだ。しかし人間には死ぬ時までそれが分からないのでしょう。(p.280~281)

     地面を掘ることに何かしら意味があるかと思う、死ぬ時になって、自分は穴ひとつ掘ったともいえないし埋めたともいえない、地面は結局は平かだったことが分かるわけです。その平坦な地面の上を風が吹き渡って、人間のした仕事なんてものはみんな忘れられてしまうのです。(p.281)

  • 短編八編を収録しています。

    「未来都市」は、人間の非理性的な性格を消し去ることが可能になった都市にやってきた一人の芸術家を主人公とする、寓話的な作品です。時代背景を考えると、マルクス主義の芸術観に対する抵抗の意味が込められているのかもしれません。

    「廃市」は、ひと夏のあいだ田舎の旧家ですごすことになった大学生の男が、その家に暮らす姉夫婦と妹とのあいだの愛憎劇を目撃することになる話です。

    「退屈な少年」は、ひとりで心のなかに思いえがいた「賭け」に熱中する中学二年生の謙二を中心に、彼を取り巻く家族たちをえがいた作品です。端正な文体で、少年から青年になろうとする不安定な時代の心をえがいており、古い作品ながら現代にも通じるようなテーマに感じられました。

    「影の部分」と「飛ぶ男」は、文体などの点で実験的な試みがなされている作品です。「未来都市」ほど寓話的な内容が明確に語られているわけではありませんが、個人的にはとりわけ「飛ぶ男」が強い印象をのこしています。

  • 「未来都市」が好きで好きで好きすぎて困る。
    ぐだぐだと理屈をこねて、愛を定義して語ろうとするこの姿勢がなんともいえず大好き。愛するのにも悩むのにも理屈なんていらないのに、そこに理屈を持ち込まないとおちおち悩むことも苦しむこともできないといわんばかりに理屈っぽく語る。
    筋が通ってないと愛にも恋にも苦悩にも飛び込めないのか。何という親近感、なんという愛おしさ。
    情熱と衝動で愛を語る、そういう物語もいいけれど、私は福永武彦の理屈抜きでは愛すら語れない、この不器用な感傷じみた愛への接しかたが大好きです。

  • 「未来都市」を読んで「新世界より」(貴志祐介)を、
    「退屈な少年」を読んで「喪失」(福田章二)を連想した。

    福永武彦はすごいね、作風に倦怠がない。似たテーマ(死と絵描きと三角関係)はあるけれど、どれを読んでも読後の印象がすごい(ボキャ貧)。

    もうちょっと考えてから書き直します。

  • 長いこと読み終え無いまま放置していた小説をようやく読み終えた。
    感動するくらい日本語が綺麗。久々に有機的な物語を読んだ気がして、昂ぶるものがあります。
    福永武彦の小説はこれが初めてだったのですが、もっと読みたいですね!

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著者プロフィール

1918-79。福岡県生まれ。54年、長編『草の花』により作家としての地位を確立。『ゴーギャンの世界』で毎日出版文化賞、『死の鳥』で日本文学大賞を受賞。著書に『風土』『冥府』『廃市』『海市』他多数。

「2015年 『日本霊異記/今昔物語/宇治拾遺物語/発心集』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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