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みんなの感想・レビュー・書評
(88レビュー)アメリカ文学者で、翻訳家でもある柴田先生が東京大学で行った英日翻訳の講義を、実況中継のように対話形式で記録した本です。 原文(英語)の緻密な理解と訳語(日本語)の細部へのこだわりが、随所に見られます。 初めて読んだとき、こんな風に的確な言葉を選べるようになりたいと思ったのを覚えています。 原文をまず自分で訳してみて、読みながら自分で添削していくのも面白いです(が、ページを行ったり来たりするの... 続きを読む »
春樹さんと柴田さんの共著。 お二人の翻訳への捉え方がおもしろい。
最後のほうにそれぞれが訳したカーヴァーの短編があるんだけど、同じ話しなのに、うかぶイメージが違っていて、翻訳家は人気商売だなと思いました(笑)
あと、
春樹さんの文章がそもそも翻訳っぽいってとこにすごく納得しました。
あんな女言葉丸出しの文章って、春樹さんの小説読むまでは読んでこなかったから、
だから最初に読んだノルウェイの女性陣は性格がきついと感じたんだなーと1人で納得(笑)
私も翻訳やってみたいなー!
とりあえず、グレートギャツビーを英語で読んでみたい!(そこからww)
もちろん職業柄というのは大きいですが、
共感したり、納得したり、感心したり、
読んでいて忙しい本でした。
ビートのない文章って、うまく読めない。
とか、
(対象との)親密で個人的なトンネルみたいなものが
あなたとの間にできれば、
そのほかのいろんな複雑な問題も、いつしか解決していく。
それは自信という言葉とはちょっと違う。
とか、
読んで「これは素晴らしい!」と感動するだけではなくて、
それを日本語に移し換えることによって
自分もその素晴らしさに参加しているという主体的な手ごたえがある。
とか。
どの部分を大事に翻訳をしているかが明快に対談されていて
勉強になる。
学生さんや翻訳家の卵たちからの質問を受けるという形、対談形式というのもあると思うけれど、意外な角度からぐっと深みに落ち込むのも読んでいて興味深かったなあ。
タイトルは翻訳夜話ですが、翻訳についてよりも文章表現というものに身を捧げ、真摯に向き合った村上青年(笑)、の姿が胸を打つ本です。個人的には、「自我を極力消してそれでも出てくるものが作家性……」という話が世阿弥っぽくて好きです。
2011/07/02、J-wave「bookbar」で紹介されました。ベストセラー作家の村上春樹(実は翻訳家としても多くの本を翻訳しています)が、同じく翻訳家として名を馳せる柴田元幸と同じ短編小説を訳して見せるという、翻訳家を目指す方、翻訳小説好きにはたまらない好企画の対談集です。
再読です。 で、やっぱり面白い!(*^_^*) なぜ、村上春樹は現役の小説家でありながらこんなにたくさんの翻訳をしているのか? エッセイなどでよく小説に傾いた頭のバランスを取るため、と言っておられるのがこの対談ではより私たち読者にわかりやすく語っておられ、なるほどね~~と。 小説は自分の世界に深く深く入っていくものなので、ある意味危険な作業なのだけど、翻訳は常にテキストが外部にあるから... 続きを読む »
柴田元幸さんの東大で受け持っている翻訳講義に
村上春樹がゲストで来た時の話。
村上春樹はやはり色々なインタビューや
小説のなかで語っているように,「リズム」を重視した翻訳にこだわりを
持っていることを主張している。
翻訳者として逐語訳か意訳のどちらかでばっさり分けて考えるというより,
自分のなかで譲れないこだわりを持つことのほうが大切だ,と言う部分には
共感を持った。
「人のヴォイスに耳を澄ませて、それは静かな声なんだけど聞き取れるというか、聞き取ろうという気持ちのある人、聞き取る忍耐力のある人が、翻訳という作業に向いているんだと思います。」(p.19)
翻訳が2パターンある映画を見て、興味をもって手にしました。
おお…訳す人によって、こんなに文章の雰囲気は違うのか。と驚かされた一冊。私はどちらかというと柴田さん派でした。登場人物が、なんかちょっと人がよさそうで。
他の人にも感想を聞いてみたくなる本です。
作家の村上春樹と翻訳家の柴田元幸の翻訳についての熱い対談。フォーラムや座談会のような場で話されたことを再録している形になっていて、普段のお二方の翻訳に対する熱い思いや考え、接し方を知ることができた。ただやはり翻訳に対する観念的なことをおっしゃっているので、翻訳とは何か、核心的なお二方の思いに迫るたびに、言葉づかいはより漠然とした、掴みづらい説明となっている。それは確かに簡単にわかる言葉で説明できるわけでもなくて難解な感覚論にいってしまうのは当然と言えば当然なのだが、作家へのアプローチの仕方や「訳」すことについての二人の考えをくみ取ることは難しかった。
そんな中でも、やはりお二人とも翻訳にとても楽しく取り組んでいることがうかがえたのはとても良かった。いい作品にいい訳がつけられるのは、結局のところ義務感や仕事だからではなく、それが好きだから、何よりも楽しいからできることなのだなと感じた。
翻訳ものを読むのが苦手な私にとって、村上・柴田というのは最も安心して、というか、抵抗なく訳書を手に取れる二人である。 その二人が、彼らの翻訳という作業について語り合った本書。 大学でフォーラムを開催、学生たちを交えて翻訳を語った第一部。翻訳学校の生徒を対象にした第二部。若手翻訳家達とともに語った第三部。 途中、「競訳」として二人でそれぞれ訳したカーヴァーとオースターの短編が掲載されて... 続きを読む »
リービ英雄・村上春樹・柴田元幸 大学時代の教養の英語の時間に、フィッツジェラルドの偉大なるギャツビーをテキストに使ったのが、フィッツジェラルド体験の最初だった。その後、村上春樹にひかれるようになってからは、彼にとっての特権的な場所としてのGatsby(最後に翻訳されるべき文章)が意識の通奏低音になる。アメリカに住んでいた頃に、コロンビア大学の大学院の学生にGatsbyの逐語解読を頼んだあたり... 続きを読む »
私は海外文学が好きなのですが、本の選び方はずばり翻訳者が誰かです。
当然柴田元幸さんと村上春樹さんの翻訳本は選択肢に入ります。
なぜ海外文学が好きなのかと言われれば、翻訳者というフィルターを一度通しているからです。
翻訳者が翻訳したいと思うほど面白い。
さらに翻訳したものを世に出せると編集者が判断したする。
これが日本文学になると編集者というフィルターしかかけられない。
下手をすると話題性だけで売ろうとして(芸能人の小説なんてまさにそうです)、内容スカスカのものを買うはめになります。
海外文学を読むついでに、この本もさらっと読んでみてはいかがですか。
村上:柴田で7:3ぐらいしか発言量ないんじゃない?これ?
村上さん、翻訳に対する思い入れだの事後弁明だの、多すぎ(笑)。
まあムラカミハルキっていうだけで売れ方1桁2桁違うらしいし出版業界のオトナの事情もあるだろうなあ。しょうがないのかなあ。
職人的に的確な言葉をはめこんでゆく柴田翻訳文好きのワタクシとしては、ちょっと肩透かし食らわされた感なきにしもあらず、でした。
柴田さんの発言「極端に言うと僕しゃべりながらでも翻訳できます。翻訳する作業は違う脳を使ってるんじゃないかと思う」っていうのが、すごく生々しかったです。
http://booklog.jp/users/donaldmac/archives/4166603302
に続刊アリ。
11/10/02、ブックオフで購入。
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