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みんなの感想・レビュー・書評
(223レビュー)
「博士の愛した数式」が面白く、先日読んだ「余白の愛」は不気味でこのギャップが不思議で直木賞を取ったこの小説を読んでみたくなった。
そうしたら、「余白の愛」に近い不気味さの漂う作品だった。静で透明感があって独特の雰囲気を出す綺麗な描写は、作者の力を感じさせられるが、ただただ内容が、精神病的、宗教的、不健康で健全じゃない。小川洋子ファンはこういう繊細な精神を美しく描く文章に酔うのだろう。病的過ぎて、ファンになりたくないと更に思う。
素直に楽しめなくて残念、いろいろ忘れたころに読み返そうとおもう。
敢えて語らない感じが、村上春樹っぽいってのはちょっと納得。
2012/01/19読了
演習課題本。解らない気もしないことも無いんだよな。というか、私もいつかこうなるかもしれないしね。妹の「悪意」云々までは行かなくても、胎児とは一種の異物とも捉えることは可能だし、気分が悪くなるのかもしれないし。なんだか、独特な雰囲気を纏った小説でした。(表題作)
「ドミトリィ」は良く分からなかった。ハチミツといとこは何だったのか。比喩として、自分の中に一案あるけれども、グロテスクすぎてそれはそれで違うのではないかと思いたい。
「夕暮れの給食室と雨のプール」これは読みやすかったし、食らい作品ばかりのこの本の中で、一種の灯りのようなものでした。救いになった。
給食室の光景は、私の母の姿を思い出す。
宗教勧誘の二人とわたしにとってのその場所の意味も、何となく解ってみたり。
これからレポートかきます。
これ、本当に小川洋子さんの作品?と思うような、それこそ『博士の愛した数式』とは全く違ったテイストの短編集。3つのお話が収録されているんだけど、どれも結末がきちんと着地してるかわからないから読了後は文字通り不思議な浮遊感がのこるかんじ。でもひとつめの毒のある作品なんか全然好きです。2つめはなんとも村上春樹っぽい。3つめは映画にしたらいいだろなぁというかんじ。ですかな
わたしはこの現代日本の女性作家のわたしの言葉の選び方、すてきでしょ?と言わんばかりの文章がやはり苦手だとおもった。みずみずしい感性、とか、お洒落、とか、そんな言葉でごまかしてはいけない。わたしはもっとストレートで飾らずに本当に伝えたいことを語る文章がすきだ。
表題作がとてもアンバランスで、こういうある種の悪さ、というものは、えてして人間を虜にするものだと感じた。
心の機微を感じさせるような、細かい…細かいと言うか、生々しいと言うか、そういった描写が面白い。内部に抱えたもの、どういったものに関心を示すのかが人それぞれで、色んな価値観を見たような気分になる。
・妊娠カレンダー
・ドミトリィ
・夕暮れの給食室と雨のプール
平凡な日常のなかに潜む狂気。
ゾッとする。。。
3つめは「六角形の小部屋」に似てた。
なんだか安心した。
表題作は妊娠した姉の体の変化を見つめる妹の日記形式で描かれる。
つわりで食べ物の匂いさえ受け付けない姉のために、妹が庭に調理器具を持ってって夜空の下でごはんを食べるシーンが好きだ。
もうすでに小川ワールドは完成されていたんだなと思う。
「博士の愛した数式」に続けて小川洋子の本を読んでみた。姉に妊娠が分かって妹が日記をつけ始める。つわりのせいで乱れる感情の起伏とつわり後の食べっぷりの変化を妹が冷やかなな眼でつづっている。妊婦だから世話を焼いてもらって当たり前と考える姉。それを疎ましく思いつつも仕方なく世話をする妹。我が家の娘たちにもいずれこういう日が訪れるのだろうか。
個人的には表題にもなっている「妊娠カレンダー」よりも、「夕暮れの給食室と雨のプール」が好みでした。
それにしても犬のしぐさの描写がうまいです、小川先生!
読んでいるだけで思わずにやけてしまいますね。愛が伝わります。
妊娠カレンダーというタイトルと、博士の愛した数式の著者というフィルターを通して読むと、すごく驚かされる。
普段の生活に潜んでいる、闇に気づかされる。そんな作品。
グレープフルーツの皮で姉の胎児を破壊していく妹。
妹の姉に対する妙に客観視した描写や、
胎児に対する気持ちが直接的には書かれていなくて
淡白に読めてしまうけど実は物凄く怖いお話なのでは…
子供を抱えて病んでいく姉の姿が
なんともいえない不安をあおります。
母性なんて自然に生まれるものではないのかな?
子供ってなんなのだろう・・・。
小川洋子さん独特の、すこし異常な人々の生活の、その異常さは、長編よりも短編によく描かれると思った。「妊娠カレンダー」の姉も、「ドミトリィ」の先生も、「夕暮れの給食室と雨のプール」のおじさんも、それぞれの言葉でとてもよくしゃべった。そんなによどみなくしゃべる人いるの、と思ってしまいそうなほどだが、小説の中の世界では、それが自然に、当たり前に感じられる。そこがすごいと思った。
この話から比喩表現を全部取っ払うとどういうことになるんだろうか、とふと思った。
粘膜に保護された皮膚。
その皮膚感覚だけで語る世界は層を異にして見る世界。
腐敗した題材からは消毒液の臭いがする。
2人姉妹と姉の夫が一つの家で暮らしている
姉が妊娠してから子どもが生まれるまでの日々を
カレンダーをめくる形で綴られる
姉はわがままで気分屋
その機嫌を伺う、弱々しく「つまらない」夫
...
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