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この作品からのみんなの引用
みんなの感想・レビュー・書評
(23レビュー)
ひとまとまりになった自分の時間を持つことが大事で、他人が「ひきこもるな」なんて言わなくていい。
雰囲気に酔う人、偽の厳粛さを創りだす場所、そういうものなんか気にしないで、それぞれの関わり方をすればよいと。祭りや銭湯での「大勢の中の孤独に安堵」という言葉がとても気に入りました。僕も油断するとひきこもってしまうので、ちょっとうれしい。
「引きこもる時間も大切だし、内向的なのは生まれつきの性格なのだから無理に直そうとする必要はないんだよ」って本。
引き蘢ってる人よりは、それを問題視して表に出そうとしてる人に読んでほしい。
【目次】
第1章 若者たちよ、ひきこもれ
—コミュニケーション能力を過大視するな
第2章 不登校について考える
—「偽の厳粛さ」を子供は見抜く
第3章 子供のいじめ、そして死について
—「傷ついた親」が「傷つく子供」をつくる
第4章 僕はひきこもりだった
—きらめく才能よりも、持続する力が大事
第5章 ひきこもりから社会が見える
—ぼくはいま考えていること
あとがき
ひきこもりという社会的に批判を受けがちな傾向にある行動に対して、肯定的に捉え、且つひきこもることの重要さを説いた一冊。私自身ひきこもりがちな人間なので、なるほどと思い、歯に衣着せない率直な言葉にはスカッとした気持ちさえ感じました。しかし、中盤以降は話題がひきこもりという軸からブレてしまっています。本書まるまる一冊使って語ってもらえることを期待していた身としては少々肩すかしな印象。思想を全面的に納得はできませんが、自分の言葉を持つ著者には好感を抱きます。ひきこもることで得られる価値はきっと人それぞれで、同じことをしても吉本さんのようにはなれないかもしれません。しかし、何事に対しても自分の基準を持ち、肯定的に捉えることは精神の安定上、有用な措置なのだと思いました。
「ひきこもり」については、本人の問題としてネガティブに扱う傾向があると思われる。そんな風潮に対して疑問を投げかけているのが本書。 「ひとりの時間を持つ」ことの重要さに注目すると、「ひきこもり」という行為/現象は必ずしも悪いものではないという見方が可能となる。明確な根拠を立てて主張しているわけではないが、共感できる点が多かった。 大物だから、年を重ねているから、という面も少なからずあるのだが... 続きを読む »
引きこもりがちな自分はそのままでいいんだ、むしろずっと引きこもることを続ければいいんだ、ということに気づかせてもらいました。
後は吉本さんの近況報告みたいなかんじでしたね。
この本の著者、今や「ばななパパ」と呼ばれてしまっている。松井秀喜のパパゴジラや、横峯さくらのさくらパパ同様に、著名な娘の無名な父親扱いだ。 吉本隆明は「変節した」とか、もう「賞味期限を過ぎた」とかもいわれている。もはや過去の人、私もそう思っていった。 かつての思想界の巨人であったこの人の著作を本当に久々に読んだ。30年ぶり位だ。 口述筆記という方法のせいだろうか、老成と... 続きを読む »
ひきこもりを悪い状態だとし、外に出そうとする人たちを批判しています。
ひとりの時間を持つことは価値を生む、社交性は意味を生むけど、価値を生むのはひとりの時間だそうです。
子どもが自殺するのは親の代理死である、
いじめる子といじめられる子というのは強い子と弱い子の間で起こるのではなく、傷ついている子同士の間で起こる、
など、吉本さんの深い見解に触れられなんだかほっとします。
内向的な人間としては、社交性の無さをそれでいい、と言ってもらえることがまずなかったので、救われました。
自分の時間を意図せず奪われる娘。
娘の時間を意図せず奪う親。
この辺りは肝に銘じたい。
引きこもりというか内にこもる性質について書かれている。
パソコンから先の世界で満足する事を肯定しているわけでは無い。
人とコミュニケーションする言葉はひたすら「意味」を作り出すための言葉だが、人は「ひとりの時間を大切にする」ことで「価値」を作り出すための言葉を自らの中で醸成する。「意味」を偏重する必要はない、「価値」こそが強さにつながる―
孤独とは、人の強さとはなんなのか?シンプルで難しい問いに、わかりやす応える著者の力強い言葉は、思春期にいる人はもちろん、いつまでも迷いがちな私たち大人にとっても道しるべとなりそうだ。
"思想界の巨人"といわれる吉本隆明さんの、真に自由な思想をささえているのは、生きてきた時代の変化を、その都度まじめに受け止め、徹底的に「考えて」生きてこられた、吉本さんの人生そのものなのかな、と思います。
081230購入。090101読了。
たいしたことは言ってない。「ひきこもれ」という言葉を文字通りに受け取っていいはずはなく、これは一人の時間が人格や価値をふかめていくのに必要不可欠な行為だという程度の意味である。
広義の意味で引きこもりを捉えれば、研究者や職人、芸術家や作家などの才能に特化した職の人々から、本当に一歩も外へ出られない、医者の手にかかる必要のある病理までその種類は様々だ。一人の時間は必要である。実際僕自身部屋で本を読んだり、一日中外に出ないことも多い。吉本氏に言わせればこれも「ひきこもり」なのだろうが、手段と目的を同一視してはいけないと感じた。ひきこもることが大事なのではなく、一人の時間をどう有効に使うかが一番大事なのである。家族病理の「引きこもり」と修業的な「ひきこもり」はその内実が真逆である。
暗い人 → 内部では豊かさが増えている
恋愛 → お互いが距離内に入ると成立
決め手は「細胞があっている」とかなんとなくなもの
不登校・いじめ → 親の心が安定していないと、まともな子どもが育たない。
語ったものを文章化しているからか、本当に読みやすい。基本的には誰もがとぎれない1人の時間をもつことが大切だと書かれている。タイトルに限定されないで思いを語った文章だった。
自明のこととして書かれている内容に根拠が示されていないので、疑問が残る点があった。
学校生活の「偽の厳粛さ」に耐えられない子が不登校になる?1歳までの子育てが決定的?子の自殺は親の代理死?
10年継続して「手を動かす」なら必ずものになる、という考えは工科出身の彼がものづくりをとおして得た確信。
よしもとばななが書いたものから、この親子は絆が驚くほど強いと感じることがしばしばある。彼が本当に子どもたちを慈しんで育てたことが感じられるエピソードも書かれていた。
「老いること」「死」についても淡々と語っている。
作成日時 2007年03月08日 08:59
何ていうか、平易すぎて読み応えがあんまり無かったのですが、さすがは吉本隆明、なるほどと思った部分が多い
個人的に、最近見られるワークショップ・フィールドワーク至上主義みたいな風潮には疑問を持っていたし、それが個と内省を希釈してしまったことに対する危機感が少ないことにまた勝手に疑問を持っていました
コミュニケーションは確かに大事だが、自分との対話の方が大切
各人が自分との対話を前提にコミュニケーションしないと、変な方向に行っちゃうか、妥協しか残らないから
老いた吉本さんの写真が随所で使われ、いとおしい思いがします。学校が「偽の厳粛さ」を保っているから不登校などおきるのだ、という指摘、学校だけに限られた現象ではありません。「偽の厳粛さ」は蔓延を続けている気がします。
![第3回 ブクログ大賞[2012]](/ad/1201/award_booklog200_65.gif)

