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みんなの感想・レビュー・書評
(22レビュー)第1章で持ち出した浜崎あゆみとケータイ小説との連関はもう少し裏付けが欲しかった。『恋空』では、美嘉の恋人ヒロへの無意識の殺人欲が、自分を愛してくれた男の物語に書き換わっているという指摘(p186)は鋭いと思う。
80~90年代のヤンキーもゼロ年代のケータイ小説の読者層もともに郊外をその生活拠点としており、80年代の尾崎の歌詞においては、自分の外部に教師や制度などの立ち向かうべき「敵」は居たものの、同時に自分の内部の立ち向かうべき「敵」の存在を予感させてもいた。ケータイ小説と親和性を持つ浜崎あゆみの歌詞においては、自分の内部に立ち向かうべき「敵」=トラウマが在る。
コギャルが全盛期となり、ヤンキーは衰退するが、「遅れてきたヤンキー」としての浜崎あゆみのデビュー後、再び盛り返すこととなる。
書いてあることは難しくないのだけど、むしろわかりやすいのだけど、要約しにくい…
ケータイ小説とその周囲で流行った物事を恣意的に曲解して結びつけた本。頭文字Dの下りは失笑を禁じ得ない。それじゃ湾岸ミッドナイトは?ナニワトモアレは?あの当時FCやFDの中古がBMWよりも高値で取引されていたことを筆者はしらないのだろうか、男のくせに。ステロタイプと勘違いでぐいぐい読ませるのは文体が軽いから。浜崎あゆみのファンもこの本を読んで腹を抱えて大笑いだろう。
ケータイ小説は発表時はともかくとして、書籍出版時には編集者より固有名詞の削除を求められる。ケータイ小説黎明期にゴーストをやった経験より。故意に固有名詞を登場させてないのではなく、編集部の意向により固有名詞を削除しただけ。そのデットコピーである携帯小説には固有名詞が登場しない。それだけ。
いまさらだけど、アマゾンマーケットプレイスにて180円でゲット。
これは確かに面白い。装幀はアレだが。
新たなヤンキー像の定義について、大変しっくりきた。
「地元つながり」「『東京に行かない』感覚」「『電車に乗らない』感覚」
旧ヤンキーは外部=社会に敵を想定
新ヤンキーは自分の内側の敵=トラウマとの闘争
ケータイがどう使われているのか。今どうなっているのか。ティーンズロードが典型的なCGM。とは知らなかった。でもそういうなら、たまひよも典型的なCGMだ。そういえば「コウモリ城へようこそ」というのもそうだ。
ケータイ小説(恋空や赤い糸)のストーリー説明に驚き。
え、そこ省いちゃう?!みたいなとこも。
やっぱり実際に好きで読む世代と、研究で読む方ではとらえ方が違うんだなぁと。
あゆの歌詞が、そんなにマイナーで鬱なものという意識はなかったからそれも驚き。
ケータイ小説は地方のほうが売れてるなど、いろいろな角度から分析してあって参考になった。
【ケータイ小説は似通ったプロットやモチーフに偏る傾向がある】 似通った作品が同時多発的に生み出されていった背景には文化的、社会的な何かが存在するといった作者の仮説の元、話が展開されていく。 文化的な背景には”浜崎あゆみ”が存在するというのが、第一章の著者の仮説と主張 【ケータイ小説と浜崎あゆみの歌詞には以下の三つの共通点がある】 1.回想的モノローグ 2.固有名詞の欠如 3.状況描... 続きを読む »
ケータイ小説を読む層と浜崎あゆみを聴く層は同じというようなことを言っている本
それとケータイ小説には「この話はノンフィクション」というのがデフォですが、それはそういう風にしたほうが面白いからであって、読み手もケータイ小説が本当に真実かどうかはそれほど求めていない、という話にはなるほど、と思いました
日本で一番有名な某ケータイ小説を「現実との統合性がない」と批判しているアンチがいますが、ある意味それは論点がずれているのでしょう
ちなみに私個人としては、ケータイ小説もそういう文学として認めてもいいじゃない、というスタンスです
それほど興味がないということなんだけど
個人的に
非常におもしろかった本
なぜケータイ小説が早かったのか
というのを軸に
最近の若者の傾向をひも解く
そして
ケータイ小説を好む若者って
ヤンキー化してるんじゃないの?と筆者は記す。
私もそう思います。
私は「恋空」しかケータイ小説を読んだことはないんだけど
妊娠、レイプ、流産、病気etc...
いろいろありえないハプニングが起きるわけですよ。
だけど
ケータイ小説にはまる人は
「なんか口語調で書かれてるし、内容もすごいリアル」なんて言う。
正直リアルには程遠い
ケータイ小説を好む若者は
浜崎あゆみが好き
田舎に住んでいる
NANAが好き
ギャルが好き
恋愛大好き
という傾向があるそうです
激しく同意
この本の意義は、"ケータイ小説"なるもののルーツを丁寧な調査から、はっきりと導き出した点につきると思う。 タネあかしをしてしまえば、“ケータイ小説”は、レディース雑誌の“ティーンズ・ロード”にその原点があり、その系譜であるレディース系の系譜に実はいた歌手“浜崎あゆみ”の歌詞の世界感にある、という解釈である。 非常におもしろく、説得力のある展開であった。 何より... 続きを読む »
自称ケータイ小説評論家・速水氏の傑作。
私が中学生の時、別マが大嫌いだった理由がやっとわかった。スッキリ!
主張はどれも納得できるものだったけど、1つだけ非常に疑問思ったことがある。
「ヤンキー少女」達はなぜ物語が「ノンフィクション」じゃなきゃいやなのか?感覚的にも理論的にも理解できない。「ノンフィクションの事実度」と「フィクションの創作度」なら後者のほうがふつう高い、つまり「正直で本当」だと思うのですが…。
(追記)→土井隆義/「友だち地獄」で少しわかったかも
ケータイ小説が浜崎とつながって、ヤンキーへ、地方社会へ-。一見無関係のようなこれらの単語の羅列が、見事につながってくる。自分でも実感をもって納得して読んだ。
NANAもケータイ小説も、回想的モノローグとトラウマ回復の物語だば!
![第3回 ブクログ大賞[2012]](/ad/1201/award_booklog200_65.gif)

