現代SFのレトリック

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著者 : 巽孝之
  • 岩波書店 (1992年6月11日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (276ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784000006200

現代SFのレトリックの感想・レビュー・書評

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  • Prologue 現代SFのレトリック

    Chapter1 眠れる森の美女 ーレムまたはソラリスを知らない「ソラリス」ー

    Ch2 ロック・ミー・オルフェウス ーディレイニーまたは「アインシュタイン交点」ー

    Ch3 同時多発への道はどれか? ーJ・G・バラードまたは「クラッシュ」以後ー

    Ch4 ヴードゥーパンク・ベトナム ールーシャス・シェパードまたはタナトイド小説ー

    Interlogue 「サイエンス」と「フィクション」の世紀末

    Ch5 トータル・アポカリプス ーディックまたはグリマング的主体の形成ー

    Ch6 謀略のブリコラージュ ーウィリアム・ギブスンまたは電脳空間三部作ー

    Ch7 ガイノイド宣言 ーリチャード・コールダーまたはナノテク・ファッションー

    Epilogue レトリックとしての変流 ーさもなくばスリップストリームー


    きっちりと文学理論、およびこれまでのSF評論で築かれてきたものの上に書かれている評論集。なので、本書の内容を軽く理解するにしても深く理解するにしても、文学・SF双方のこれまでの流れや用語をある程度把握しているとありがたいかと思われる。
    そのあたりの知識がない自分はあんまり理解は進まなかった感じだけど、知らないことだらけで面白かった。
    大好きなティプトリーについてけっこう書いてあって嬉しい。

    作家内部の無意識の構造が、作品構造に模倣・反復され、また、「個人の問題が人類の問題によって模倣されるかもしれず、人類の問題が個人の問題によって模倣されるかもしれない」というウロボロス的連関。
    そうした境界を解体するかのようなSFの構造がメアリ・シェリーの「フランケンシュタイン」からティプトリーでつながる。
    「自らの(怪物的な女性性)をあえて(男性的ロマンティシズム)と誤読しながら書きつづけた彼女の姿」
    ティプトリーを好きな理由として、「男たちの知らない女」や「たおやかな狂える手に」など多くの作品で、作者自身の根底に刻み込まれた何かを描かざるをえなかった姿に牽かれるというのがあって、無意識に作品に反復される構造という部分でつながった感じがある。

    あと、ニューウェーヴを自称したディレイニーが、ニューウェーヴが切り捨てたガジェットを意識的にズラして使うことでSF革命を進行しようとしていたこと、「ガジェット脱構築のためのガジェット」という考えが面白そう。
    脱線だけど国内ミステリの新本格を連想させられた(新本格はガジェットにどう向きなおっていたのか?)

    いろいろ文脈を知ってからまたいつか読みなおしてみたい。

  • 斜め読みで読破。非情に難解である。

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巽孝之の作品

現代SFのレトリックはこんな本です

現代SFのレトリックの作品紹介

いまや「SF」は遍在する-。高度資本主義・ハイテクノロジー文化が加速する現代、あたかもSFを読むかのような世界が生成している以上に、あらゆる「読むこと」という営為自体がSFと化しているのではないか。「脱構築」以後の批評理論をさらに展開し、S.レム、ディレイニー、バラード、シェパード、ディック、ギブスン、コールダー等のテクストへのラディカルなクリティークへ。20世紀末の言説空間の変容を鮮やかに捉え、来たるべき時代のセンス・オヴ・ワンダーを照射する野心的な現代文学論。

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