ヤクザと憲法――「暴排条例」は何を守るのか

  • 岩波書店
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  • Amazon.co.jp ・本 (192ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784000023290

感想・レビュー・書評

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  •  正直期待外れであり、実につまらない本であった。まず、文体、特に土方宏史氏の軽薄な言い回し。「ヤクザと憲法」という意外な組み合わせに惹かれて本書を手に取った私には、「不安MAX」「あえてスルーする」などという、内輪の友だちとしゃべっているような言葉遣いは、それだけで先を読む気が失せた。
     また、考えがとにかく浅い。例えば、自らヤクザの世界に身を投じた、宮崎学の小説を愛するナオトという青年の話。彼はかつてイジメを受けており、しばらく引きこもりであった。ヤクザを排除しようとする社会を批判し、彼は「ヤクザもいる明るい社会」を提唱する。著者はこれに対し、「考え方が違う者同士が共存し合う、これは「多様性」の話だ」と共感する。
     冗談ではない。自分の邪魔になる者、気に入らない者を暴力で排除していく集団、それを「ヤクザ」と言うのだ。つまり、ナオトを変人としていじめる、それこそがヤクザ的行いなのだ。
     イジメが心理的に大変な苦痛であるのは、学校のように、それが起こらないと想定されている場所で起こるからである。「みんなちがって、みんないい」はずの場所で、自分だけは別らしいという疎外感に襲われ、また理不尽な暴力に立ち向かうことのできない自分に際限なく落胆していくからである。
     一方、ヤクザの世界では、怒鳴られたり、殴られたりしても、心理的にはそれを受け入れることができる。ヤクザの世界ではそれが当たり前だからある。ナオトがヤクザになったのは、その方が心が安定するからだろう。また、ナオト自身はそう語ってはいないが、ヤクザになって、かつて自分をイジメた奴らをどうにかしてやろうという気持ちも、もしかしたら彼の中にあったかもしれない、「多様性の話だ」というより、私はナオトの語りをそんな風に読んだ。
     実際、ヤクザが一般の人々と価値観が異なり「多様」なのは、売春、覚醒剤、違法ギャンブル、悪徳政治家の手伝いなどを生業としているからであるが、私は金輪際、こんなものを「多様」とは認めない。こういった違法なことについてはヤクザの側が取材を許さないとして、本書はほとんど追究しようとせず、著者の言葉を使わせてもらえれば、「スルー」する。
     私が「ヤクザと憲法」という題名から連想したのは、共謀罪であった。暴力団排除条例により、ヤクザは例えば銀行口座を持てないなど、人権を制限されることになった。その是非を論じる能力は私にはないが、理由のないことではないだろう。私が危惧しているのは、ヤクザに対するこうした人権の制限が、やがてなし崩しに一般の人に拡大していくことである。ヤクザを排除しよう、これにはほとんどの人は異を唱えないから、とりあえずヤクザをターゲットにしておく。そして、この規定が及ぶ範囲を、例えば政権に異を唱える集団、個人などに広げていく。この国でこうした動きは現実となっている。実際、暴力団排除条例は、表面的にはテロリストをターゲットにしている共謀罪と、大変よく似ている。しかし、本書にはこうした視点は全く見られず、私は読んでいて大きな失望を味わった。
     本書は、テレビのドキュメンタリー番組を書籍化したものである。未見だが、番組自体はもしかしたら優れているのかもしれない。しかし、一冊の独立した本として世に出した以上、評価は本自体、それのみに対してなされるべきである。私は本書を、評価しない。

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