岩波講座 近代日本の文化史〈2〉 コスモロジーの「近世」 19世紀世界2

制作 : 小森 陽一 
  • 岩波書店
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  • Amazon.co.jp ・本 (310ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784000110723

作品紹介・あらすじ

日本社会が、明治維新をはさんで近代社会として再編成されていく過程を追跡する。

感想・レビュー・書評

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  • 島薗進「十九世紀日本の宗教構造の変容」において、十九世紀日本における、仏教、儒教、神道、民族宗教などを含めたコスモロジー=イデオロギーの複合の全体はどのような構造をもっていたか。そしてその「宗教構造」は近世から近代にかけてどのような変容を遂げたのかという問が立てられている。明治維新以後一九四五年までの日本近代の「宗教構造」は、国家神道を公的な宗教秩序の基軸とし、それに従属する形で諸宗教が限定的な信教の自由を与えられるという二重構造をとっていた。天皇が核となるこの「国家神道」は、宗教の上部にある聖性として位置づけられた。この体制において「神仏基」は、個々の生死や実存に関わる救済宗教として、臣民の心を安定させることにより政治秩序の安定に貢献すべきものと位置づけられた。
     この国家神道体制と徳川幕藩体制との共通と相違は次の点である。共通するのは、武士が担い手となった儒学と儀礼による「統治の理念に関わる政治宗教」と宗門や諸社寺による「住民個々の生死や実存に関わる救済宗教」との二重構造になっている点である。相違するのは天皇中心の「国家神道」体制であり、国民生活への奥深い浸透という点である。そしてその「天皇親政」を知的に構想したのが後期水戸学と津和野派国学の者たちであった。
     後期水戸学から大国学(津和野派)への系譜において共有されているのが「祭政教一致」路線であり、それが天皇において実現されることによってこそ、「祭祀」と「治教」に支えられた、強い統合力をもった国家が実現するものとの考えていた。それはただの「思想」に止まらず、津和野派である亀井茲監と福羽美静は神道行政の担い手となり、「神武創業」の理念を具体化しようとする大久保利通、木戸孝允らの政治勢力に寄り添いつつ、この「天皇親政」の政策を協力に推進していった。
     また国家神道として結実するものは、水戸学や大国学といったいわば「上」からのものだけでなく、「下」である民衆レベルからの変容、形成も起こっていた。幕末期に発展した大衆民族宗教(「習合宗教」)は、漢文の文書伝統と結びついた仏教寺院と僧侶の支配権から脱し、民衆自身が信仰活動の担い手となっていった。そしてそこでは伊邪那岐命、伊邪那美命によって産み出された、限定された日本の国土が神々の住まう場所であるという神道的な観念を帯びていた点で共通するものがあるという。ここでは教派神道、つまり御嶽講や富士講といった山岳信仰集団と天理教、金光教といった創傷宗教集団が例として挙げられている。



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