アイ・コンタクト――もう一つのなでしこジャパン

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著者 : 中村和彦
  • 岩波書店 (2011年10月26日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (224ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784000220682

アイ・コンタクト――もう一つのなでしこジャパンの感想・レビュー・書評

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  • ボールを蹴ってさえいれば、僕は大丈夫。
    サッカーでも、フットサルでも、セパタクローでも、11人でも、5人でも、3人でも、独りでも。

  • 聴覚に障がいがあるって本当に大変なんだなって、今までよりも少し理解できたと思える一冊でした。今年がデフリンピックの予定の年。どうなるか楽しみだ。

  • 聞こえないサッカーって何かたいへんそう

  • (2012.02.17読了)(2012.02.02借入)
    聴覚障害者たちの女子サッカーの話です。
    聴覚障害者(ろう者)たちの国際スポーツ大会、デフリンピック2009年に参加した女子サッカーチームの記録です。「アイ・コンタクト」という記録映画を製作した作者が映画では表現しきれなかったところを補足取材しまとめた本です。
    最初の方に選手紹介で、各選手の生い立ちが述べられています。いつ頃聴覚障害者であることが分かったのか、どのようにして言葉を習得したのか、どうしてサッカー選手になったのか、等、です。
    ろう者というのは、全く音のない世界に住んでいるのかと思ったのですが、100dBとかの音は感じることができるようです。人によって、55dBとか120dBとか、聴力レベルが違うようです。補聴器を付けると感じることのできる音の範囲が広くなるようです。
    この本を読んで、初めて、耳が聞こえない人は、どうやって言葉を習得するのだろうと興味が広がりました。物の名前などは、ものと言葉を対比させて習得するとして、それ以外の抽象的概念などは、とか。とりあえず、ヘレン・ケラーでも読んだら何か分かるでしょうか。
    サッカーは、後ろからの声とかで、連係プレーが可能なのだそうです。相手チームの選手が後ろから近付いてボールを奪おうとしているとかの場面とか。
    聴覚障害があれば、音は使えないので、見るしかありません。目と目の合図で、連携するしかありません。それが「アイ・コンタクト」の意味です。
    2009年の台北大会では、「アイ・コンタクト」が十分できず、決勝進出はなりませんでした。次の大会に向けて、レベルアップに取り組んでいるとのことです。

    目次は以下の通りです。章立てが、サッカーの試合のようになっています。
    Ⅰ、ウォーミングアップ
    Ⅱ、選手紹介1
    Ⅲ、選手紹介2
    Ⅳ、選手入場
    Ⅴ、キックオフ
    Ⅵ、ハーフタイム
    Ⅶ、後半戦のキックオフ
    Ⅷ、アディショナルタイム
    Ⅸ、延長戦

    意外なのは、手話を覚えたのは、大きくなってから、という人たちが多かったこと。普通に聞こえる人たちと同じように生活できるようになるために、唇の形から言葉を読みとる読唇と、声を出してしゃべる口話に重点が置かれていて、手話を覚えることは禁じられていることが多いということでした。最近は、変わってきているのかもしれません。
    手話についても、国ごと、地域ごとに違っていたり、手話自然語みたいな独特のものがあったりするのにはびっくりしました。

    ●怒鳴ってる?(34頁)
    「自分の声のボリュームが調整できないんで、怒っているつもりはないんだけど、怒鳴ってると思われたり。しゃべれるので、本当は聞こえてるんじゃないのという誤解もあった」
    ●ろう者サッカー(36頁)
    周りを見回す余裕もなく、その重要性を認識できていない選手も多かった。
    ●電話?(40頁)
    顔見ないで話すのに慣れていないし、嫌な顔してるとか、喜んだ顔してるとか、顔見て会話した方が安心するんですよね。小さい時から、目で見て話すっていうのは教わってきてるんで。
    ●犬も手話で(48頁)
    デフ・ファミリーである川畑家は家族間コミュニケーションがスムーズだ。手話という家族間の共通言語があるからである。ちなみに川畑家の愛犬は、「お座り」という手話単語を指し示すと、きちんとお座りをする。
    ●読唇は(52頁)
    口話だけの授業は、教師の口形に慣れればかなりわかるようになるが、慣れないうちは理解できるのは半分以下、30%くらいだった。初めて会う人の口形は10%くらいしか読みとれないこともある。
    ●日本の手話(58頁)
    日本の手話には、日本手話と呼ばれているものと日本語対応手話と呼ばれるものがある。その違いとは何だろう。
    日本手話とは、日本語とはまったく別の文法構造をもつ別の言語であり、自然言語である。自然言語とは、幼児でも特に苦労することなく身につけることができる言語のことを言う。一方、日本語対応手話は、日本語の文法構造に寄り添い、手話単語を付けたものである。
    ●手話は世界共通?(98頁)
    「手話は世界共通ですか?」という質問をされることがよくあるが、手話は各国によって違う。また地方によって方言もある。沖縄と東京の手話も、かなり違う。
    ●周りを見る(162頁)
    「意識が足りないなと思った日本は、まだ。みんなを見るという意識が。いまの日本はボールに集中しちゃってるから、周りを見るということができてないし」
    ●無音(175頁)
    「アイ・コンタクト」の映画版では、ホイッスルの瞬間から演出効果としてすべての音を消し去った。補聴器装用が禁止されているピッチ上では、情報としての音はほぼない。彼女たちにとって、無音ではないがピッチ上に音の情報はないと言っても構わないと思う。
    (2012年2月29日・記)

  • 請求記号:783.47/Nak
    資料ID:50062947
    配架場所:図書館入口「テーマ展示:新生活に向けて」

  • 映画「アイ・コンタクト」の監督・中村和彦さんのインタビューは、『We』167号で昨年掲載した。その後、私も映画を見にいった(中村さんのブログによると、今も各地で上映会がちらほらあるらしい)。

    このたび本が出たというので図書館にリクエストしていた。届いた本を読んでみる。この人は、サッカーが好きやねんなーと思う。そして、読んでいると、また映画を見たいな~と思った。

    2009年の夏、暑い暑い台北で開かれたデフリンピックに初出場を果たした"ろう者サッカー女子日本代表"。寄せ集めと言ってもいい状態でつくられたチームは、サッカーの経験や知識、技能の点でも個人差が大きく、「ろう」という面でもバラエティに富んだメンバー。

    デフファミリーに育ち、手話を母語としてコミュニケーションする選手もいれば、聴者のなかで育ち、口話主義の聾学校や普通校で、口話を使ってきた選手もいる。高校生や大学生から、20代、30代、既婚の選手もいる。そこに、今どきの"若いろう者"の姿があるのだろうと思う。

    初戦のイギリス戦で完敗し、続くロシア戦でも大量失点で敗れた選手たち。泣きじゃくる選手、茫然自失とする選手も多いなかで、井部選手は多くの刺激を受けていた。「同じろう者で、あんなに凄いプレーヤーがいるなんて」。

    ▼合宿での聴者チームとの練習試合では、ずっと負け続けだった。井部は、「声を頼りにできる聴者のチームには負けても仕方がない」と思っていた。ろう者である自分たちに対して、勝手に上限を設けていた。川畑菜奈や他の選手たちも負けることに慣れていた。今まで試合に負けて泣くことが一度もなかった菜奈だが、敗戦後、初めて涙を流した。
     ろう者だから負けても仕方がない、そんな考え方を同じろう者であるロシアチームが吹き飛ばした。(p.161)

    「女だから仕方がない」「障害があるから仕方がない」「子どもだから仕方がない」…そんな「○○だから仕方がない」という考えを、他から言われるならともかく、自分の中に自分で植え付けてしまうのが、つらいし、こわいし、いやだ。そんな考えを吹き飛ばせる契機があるとしたら、いつなのか、何があれば自分の中に巣くったそういうのを引っこ抜けるのだろうかと、そんなことも思いながら読んだ。

    映画ではふれられなかったという「人工内耳」のフットサル選手の話も、「人工内耳」のことはそれなりに知っていても、実際に手術を受けて装着してる人の暮らしがどうなのかはほとんど知らないので、興味ぶかく読んだ。

    (12/18了)

  • ろう者のサッカー。言われてみれば、確かにあっても全然おかしく
    ないですが、サッカーに興味のない自分には、全く知らない世界で
    した。『アイ・コンタクト』という題名を見て、目だけでコミュニ
    ケーションし合う、静かで美しい世界がろう者サッカーには成立し
    ているのではないかと勝手に想像して本書を手に取ったのですが、
    実際には、そんな生易しいものではないことを教えられました。

    前半で、選手の紹介を兼ねて、それぞれの聴力を失ってからの日々
    が語られるのですが、とにかくろうの方が普段の生活の中でコミュ
    ニケーションをするということがどれだけ大変なことなのか。子ど
    もの頃から必死で努力して読唇術と発話を覚え、補聴器に慣れる。
    それは本当に壮絶な日々です。心ないいじめに遭っている人も多い。
    何より驚いたのは、普通の人との会話には役立たないという理由か
    ら、ろう学校や家庭では手話が禁止されていたということでした。

    ろう者独自の言語である手話を使うことを許されず、口語日本語の
    世界に適応するよう強制される。その中で、彼女達がどれだけの苦
    難と孤立を強いられてきたことか。

    何とか言葉を話せるようになっても、ちょっと話せると普通に話せ
    ると思って早口でまくしたてられ、お手上げになってしまう。何度
    も聞き返すのもはばかられるので、結局、聞き返すことなくわかっ
    たふりをする。集団で話されるともう全くついていけず、一人で食
    事に集中するか携帯をいじるしかない。

    外国に行くと同じような体験をしますが、ろうの方は、毎日が外国
    にいるような感じなのですね。しかも、努力次第で何とかなる外国
    語と違って、ろうの場合、どんなに努力しても、集団での会話に参
    加することはほぼ不可能なのです。

    そうやって困難なコミュニケーション環境を生きてきた彼女達にと
    って、サッカーは世界とつながるほとんど唯一の手段でした。サッ
    カーなら耳が不自由でもできるから、という意味ではありません。
    むしろサッカーは聞こえない人には、とても不利なスポーツです。

    そうではなく、サッカーという、好きになれるもの、夢中になれる
    ものと出会えたことによって、ろうであることの限界を超えて生き
    ていこうという意志が彼女達の中に芽生えた。それが何よりも重要
    だったのです。普段の生活では臆病になってしまうことも、好きな
    サッカーのためなら乗り越えられる。実際、選手達の中には、サッ
    カーの技術を鍛えるために聴者のチームに入っている人達もいます。

    好きなことがあれば、人は世界とつながれる。好きなことを持つと
    それを軸に、世界が開けていく。好きなこと、或は、それをやるた
    めなら恥をかいてもいいと思えるような自分のテーマを持つことの
    大切さを彼女達の生き様は教えてくれます。

    ろう者のコミュニケーションは見ることが基本です。見なければわ
    からない。見なければ伝わらない。だから、世界と関わって生きて
    いきたかったら、どんな時も顔を上げて見続けるしかない。そうや
    って生きている人達がいる。その事実に胸を衝かれました。

    人とコミュニケーションするとはどういうことなのかを改めて考え
    させてくれる一冊です。是非、読んでみて下さい。

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    ▽ 心に残った文章達(本書からの引用文)

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    相手の話を理解するためには、補聴器を通した聴覚活用だけではな
    く、話し手の正面に立って口形を読み取り、「目で聴く。目で理解
    するしかない」という点に変わりはない。

    (中学)1年の時は問題なかったが、2、3年になると友人もでき
    なくなった。いじめというわけではないが、聞こえない寺井と関わ
    るのが面倒くさかったようだ。

    友だちとの会話の中では、わからない時もわかるふりをしてしまう
    時もあった。何度も聞き返し質問すると、うんざりされるからだ。

    「聴者は顔を見て話さない」
    「私がみると、あまり見ないでと言われる」

    選手の中でももっとも聴覚障害が重い首藤は、ふだんも補聴器はつ
    けない。音が増幅され、ただうるさいだけだからだ。

    「聴者とのあいだには壁がある」と語っていた首藤だが、サッカー
    のためなら、みずから探した聴者のチームにも飛び込んでいく。そ
    れほどサッカーが好きなのだ。

    「周りは健聴でわいわいと話している。話はまったくわからない。
    だから仕方なく、1人で夢中になって食べる。食べ終わった後は携
    帯をずっといじっていることが多い。そういう姿をみんなに見られ
    て、『ろうって、みんなおとなしいの?』と言われる。違う違う、
    話がわからない。1対1ならわかるけど、5、6人でわいわいとし
    ゃべっているとわからないし、ついていけないから」

    手話が禁止されていた時代には、ろう学校の教師が「手話は動物、
    猿と同じだ、みっともない、恥ずかしいことだ」と、手話を使って
    いる生徒を叩いたり、手話を使えないように手を後ろに組ませたり、
    紐で縛ってしまうこともあったという。

    耳で聴く。目でも聴く。

    学校では、「自分から積極的に聞かないと、聞く力が上がらない。
    限界は頭の中にしかない。可能性は無限に広がっている」と耳にタ
    コができるほど聞かされた。

    「ろう学校に赴任した最初の授業の時、どうやって音楽を教えたら
    いいか不安な気持でいっぱいだったんですが、ピアノを弾いたり音
    楽をかけると、みんながピアノやスピーカーのそばに寄ってきて、
    手や体で振動を感じ音楽を感じているのを見て、なんだか感動して
    頑張っていこうと思ったんです」

    選手たちが真一文字に口を結んだまま、監督の手話を見る。選手た
    ちは、下を向きたくても、下を向くわけにはいかない。
    顔を上げないと、監督の言葉を読み取れないからだ。

    聴者の場合は声での指示ができるが、ろう者の場合は見るしかない。
    しかし見てから判断しているだけでは、あるレベル以上のサッカー
    はできない。

    見てもらえなければ、意思は伝わらない。

    とにかく見ないと何も伝わらない。見てくれないと何も伝わらない。

    しかし互いが見えていても、流動的なサッカーの試合においてはお
    互いが求めているものを伝え合うのはむずかしい。事前に約束事を
    決めておいたり、わかりあえていることが必要だ。

    「声を頼りにできる聴者のチームには負けても仕方がない」と思っ
    ていた。ろう者である自分たちに対して、勝手に上限を設けていた。

    ろう者だから負けてもしょうがない、そんな考え方を同じろう者で
    あるロシアチームが吹き飛ばした。

    ろうは、とにかくどんな時でも顔を上げないと伝わらない。
    見る、とにかく見るしかない。

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    ●[2]編集後記

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    先週、久しぶりに石巻を訪れてきました。7月に行って以来ですか
    ら四ヶ月ぶりです。街の中は瓦礫や泥が綺麗に片付けられて、沿岸
    部以外では、一見、津波の痕跡を探すのも難しいくらいでした。

    ああ、ここまで来たんだなあ、と感慨深かったのですが、仕事の再
    建や生活の再建はまだまだ緒についたばかりです。ちょうど市の土
    地利用計画が発表されたところでしたが、強制立ち退きをさせられ
    る人達の間からは反対運動も起きているようで、大変なのはむしろ
    これからなんだな、と痛感させられもしたのでした。

    風が強く、とても寒い日だったのですが、「あの日はもっと寒かっ
    た」と何人もの方から言われたのが印象的でした。これから寒さが
    増すと共に「あの日」がリアルな体感をもって思い出されていくの
    でしょう。もうあと三ヶ月すればちょうど一年ですが、被災地に生
    きる方々は一年目をどんな気持で過ごすのでしょうか。

    その石巻で復旧支援のボランティア達を束ねてきた石巻災害復興支
    援協議会の伊藤秀樹会長をお招きして、お話を伺う機会があります。
    今週の土曜日、17日の10:30から、ビッグサイトで開催されるエコ
    プロダクツ展の三井住友コーナーです(入場無料)。
    http://eco-pro.com/eco2011/highlights/smfg.html

    被災地の「今」を伺いながら、「これから」について考える貴重な
    機会です。井上が議論のコーディネートをします。休日の早い時間
    ですが、是非、ビッグサイトまで足を伸ばしてみて下さい。

  • 聴覚障がい者の国際大会、デフリンピックに初めて臨むサッカー日本女子代表を立ち上がりからデフリンピックでの活躍を撮ったドキュメンタリー映画を作成した映画監督中村和彦氏が映画では表現できなかった部分を本にしました。
    聴覚障害を知らない人は是非読んでほしい。

    映画:アイ・コンタクト もう一つのなでしこジャパン

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中村和彦の作品

アイ・コンタクト――もう一つのなでしこジャパンに関連する談話室の質問

アイ・コンタクト――もう一つのなでしこジャパンはこんな本です

アイ・コンタクト――もう一つのなでしこジャパンの作品紹介

目で聴く!目で伝える!静寂のピッチで目と目で意思を伝えあう、ろう者女子サッカー。ろう者によるろう者のオリンピックである「デフリンピック」で初の日本代表として闘ったメンバーは、なぜサッカーを始めたのか。日本代表として闘って、何を得たのか。インタビューをするため、サイレントにして饒舌な手話を、著者も学び始める。おのおのの人生の軌跡を描きながら、聴者とともにサッカーをすること、大学での学びの日々、社会人として働くこと、ろうの高齢者のための介護施設で働くこと、などの日常を生きいきと綴る。サッカーの新たな醍醐味にも出会える本。

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