- Amazon.co.jp ・本 (224ページ)
- / ISBN・EAN: 9784000220682
作品紹介・あらすじ
目で聴く!目で伝える!静寂のピッチで目と目で意思を伝えあう、ろう者女子サッカー。ろう者によるろう者のオリンピックである「デフリンピック」で初の日本代表として闘ったメンバーは、なぜサッカーを始めたのか。日本代表として闘って、何を得たのか。インタビューをするため、サイレントにして饒舌な手話を、著者も学び始める。おのおのの人生の軌跡を描きながら、聴者とともにサッカーをすること、大学での学びの日々、社会人として働くこと、ろうの高齢者のための介護施設で働くこと、などの日常を生きいきと綴る。サッカーの新たな醍醐味にも出会える本。
感想・レビュー・書評
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ボールを蹴ってさえいれば、僕は大丈夫。
サッカーでも、フットサルでも、セパタクローでも、11人でも、5人でも、3人でも、独りでも。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
聴覚に障がいがあるって本当に大変なんだなって、今までよりも少し理解できたと思える一冊でした。今年がデフリンピックの予定の年。どうなるか楽しみだ。
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聞こえないサッカーって何かたいへんそう
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(2012.02.17読了)(2012.02.02借入)
聴覚障害者たちの女子サッカーの話です。
聴覚障害者(ろう者)たちの国際スポーツ大会、デフリンピック2009年に参加した女子サッカーチームの記録です。「アイ・コンタクト」という記録映画を製作した作者が映画では表現しきれなかったところを補足取材しまとめた本です。
最初の方に選手紹介で、各選手の生い立ちが述べられています。いつ頃聴覚障害者であることが分かったのか、どのようにして言葉を習得したのか、どうしてサッカー選手になったのか、等、です。
ろう者というのは、全く音のない世界に住んでいるのかと思ったのですが、100dBとかの音は感じることができるようです。人によって、55dBとか120dBとか、聴力レベルが違うようです。補聴器を付けると感じることのできる音の範囲が広くなるようです。
この本を読んで、初めて、耳が聞こえない人は、どうやって言葉を習得するのだろうと興味が広がりました。物の名前などは、ものと言葉を対比させて習得するとして、それ以外の抽象的概念などは、とか。とりあえず、ヘレン・ケラーでも読んだら何か分かるでしょうか。
サッカーは、後ろからの声とかで、連係プレーが可能なのだそうです。相手チームの選手が後ろから近付いてボールを奪おうとしているとかの場面とか。
聴覚障害があれば、音は使えないので、見るしかありません。目と目の合図で、連携するしかありません。それが「アイ・コンタクト」の意味です。
2009年の台北大会では、「アイ・コンタクト」が十分できず、決勝進出はなりませんでした。次の大会に向けて、レベルアップに取り組んでいるとのことです。
目次は以下の通りです。章立てが、サッカーの試合のようになっています。
Ⅰ、ウォーミングアップ
Ⅱ、選手紹介1
Ⅲ、選手紹介2
Ⅳ、選手入場
Ⅴ、キックオフ
Ⅵ、ハーフタイム
Ⅶ、後半戦のキックオフ
Ⅷ、アディショナルタイム
Ⅸ、延長戦
意外なのは、手話を覚えたのは、大きくなってから、という人たちが多かったこと。普通に聞こえる人たちと同じように生活できるようになるために、唇の形から言葉を読みとる読唇と、声を出してしゃべる口話に重点が置かれていて、手話を覚えることは禁じられていることが多いということでした。最近は、変わってきているのかもしれません。
手話についても、国ごと、地域ごとに違っていたり、手話自然語みたいな独特のものがあったりするのにはびっくりしました。
●怒鳴ってる?(34頁)
「自分の声のボリュームが調整できないんで、怒っているつもりはないんだけど、怒鳴ってると思われたり。しゃべれるので、本当は聞こえてるんじゃないのという誤解もあった」
●ろう者サッカー(36頁)
周りを見回す余裕もなく、その重要性を認識できていない選手も多かった。
●電話?(40頁)
顔見ないで話すのに慣れていないし、嫌な顔してるとか、喜んだ顔してるとか、顔見て会話した方が安心するんですよね。小さい時から、目で見て話すっていうのは教わってきてるんで。
●犬も手話で(48頁)
デフ・ファミリーである川畑家は家族間コミュニケーションがスムーズだ。手話という家族間の共通言語があるからである。ちなみに川畑家の愛犬は、「お座り」という手話単語を指し示すと、きちんとお座りをする。
●読唇は(52頁)
口話だけの授業は、教師の口形に慣れればかなりわかるようになるが、慣れないうちは理解できるのは半分以下、30%くらいだった。初めて会う人の口形は10%くらいしか読みとれないこともある。
●日本の手話(58頁)
日本の手話には、日本手話と呼ばれているものと日本語対応手話と呼ばれるものがある。その違いとは何だろう。
日本手話とは、日本語とはまったく別の文法構造をもつ別の言語であり、自然言語である。自然言語とは、幼児でも特に苦労することなく身につけることができる言語のことを言う。一方、日本語対応手話は、日本語の文法構造に寄り添い、手話単語を付けたものである。
●手話は世界共通?(98頁)
「手話は世界共通ですか?」という質問をされることがよくあるが、手話は各国によって違う。また地方によって方言もある。沖縄と東京の手話も、かなり違う。
●周りを見る(162頁)
「意識が足りないなと思った日本は、まだ。みんなを見るという意識が。いまの日本はボールに集中しちゃってるから、周りを見るということができてないし」
●無音(175頁)
「アイ・コンタクト」の映画版では、ホイッスルの瞬間から演出効果としてすべての音を消し去った。補聴器装用が禁止されているピッチ上では、情報としての音はほぼない。彼女たちにとって、無音ではないがピッチ上に音の情報はないと言っても構わないと思う。
(2012年2月29日・記) -
映画「アイ・コンタクト」の監督・中村和彦さんのインタビューは、『We』167号で昨年掲載した。その後、私も映画を見にいった(中村さんのブログによると、今も各地で上映会がちらほらあるらしい)。
このたび本が出たというので図書館にリクエストしていた。届いた本を読んでみる。この人は、サッカーが好きやねんなーと思う。そして、読んでいると、また映画を見たいな~と思った。
2009年の夏、暑い暑い台北で開かれたデフリンピックに初出場を果たした"ろう者サッカー女子日本代表"。寄せ集めと言ってもいい状態でつくられたチームは、サッカーの経験や知識、技能の点でも個人差が大きく、「ろう」という面でもバラエティに富んだメンバー。
デフファミリーに育ち、手話を母語としてコミュニケーションする選手もいれば、聴者のなかで育ち、口話主義の聾学校や普通校で、口話を使ってきた選手もいる。高校生や大学生から、20代、30代、既婚の選手もいる。そこに、今どきの"若いろう者"の姿があるのだろうと思う。
初戦のイギリス戦で完敗し、続くロシア戦でも大量失点で敗れた選手たち。泣きじゃくる選手、茫然自失とする選手も多いなかで、井部選手は多くの刺激を受けていた。「同じろう者で、あんなに凄いプレーヤーがいるなんて」。
▼合宿での聴者チームとの練習試合では、ずっと負け続けだった。井部は、「声を頼りにできる聴者のチームには負けても仕方がない」と思っていた。ろう者である自分たちに対して、勝手に上限を設けていた。川畑菜奈や他の選手たちも負けることに慣れていた。今まで試合に負けて泣くことが一度もなかった菜奈だが、敗戦後、初めて涙を流した。
ろう者だから負けても仕方がない、そんな考え方を同じろう者であるロシアチームが吹き飛ばした。(p.161)
「女だから仕方がない」「障害があるから仕方がない」「子どもだから仕方がない」…そんな「○○だから仕方がない」という考えを、他から言われるならともかく、自分の中に自分で植え付けてしまうのが、つらいし、こわいし、いやだ。そんな考えを吹き飛ばせる契機があるとしたら、いつなのか、何があれば自分の中に巣くったそういうのを引っこ抜けるのだろうかと、そんなことも思いながら読んだ。
映画ではふれられなかったという「人工内耳」のフットサル選手の話も、「人工内耳」のことはそれなりに知っていても、実際に手術を受けて装着してる人の暮らしがどうなのかはほとんど知らないので、興味ぶかく読んだ。
(12/18了) -
聴覚障がい者の国際大会、デフリンピックに初めて臨むサッカー日本女子代表を立ち上がりからデフリンピックでの活躍を撮ったドキュメンタリー映画を作成した映画監督中村和彦氏が映画では表現できなかった部分を本にしました。
聴覚障害を知らない人は是非読んでほしい。
映画:アイ・コンタクト もう一つのなでしこジャパン