アイ・コンタクト――もう一つのなでしこジャパン

著者 :
  • 岩波書店
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感想 : 7
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  • Amazon.co.jp ・本 (224ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784000220682

感想・レビュー・書評

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  • 聴覚に障がいがあるって本当に大変なんだなって、今までよりも少し理解できたと思える一冊でした。今年がデフリンピックの予定の年。どうなるか楽しみだ。

  • ろう者のサッカー。言われてみれば、確かにあっても全然おかしく
    ないですが、サッカーに興味のない自分には、全く知らない世界で
    した。『アイ・コンタクト』という題名を見て、目だけでコミュニ
    ケーションし合う、静かで美しい世界がろう者サッカーには成立し
    ているのではないかと勝手に想像して本書を手に取ったのですが、
    実際には、そんな生易しいものではないことを教えられました。

    前半で、選手の紹介を兼ねて、それぞれの聴力を失ってからの日々
    が語られるのですが、とにかくろうの方が普段の生活の中でコミュ
    ニケーションをするということがどれだけ大変なことなのか。子ど
    もの頃から必死で努力して読唇術と発話を覚え、補聴器に慣れる。
    それは本当に壮絶な日々です。心ないいじめに遭っている人も多い。
    何より驚いたのは、普通の人との会話には役立たないという理由か
    ら、ろう学校や家庭では手話が禁止されていたということでした。

    ろう者独自の言語である手話を使うことを許されず、口語日本語の
    世界に適応するよう強制される。その中で、彼女達がどれだけの苦
    難と孤立を強いられてきたことか。

    何とか言葉を話せるようになっても、ちょっと話せると普通に話せ
    ると思って早口でまくしたてられ、お手上げになってしまう。何度
    も聞き返すのもはばかられるので、結局、聞き返すことなくわかっ
    たふりをする。集団で話されるともう全くついていけず、一人で食
    事に集中するか携帯をいじるしかない。

    外国に行くと同じような体験をしますが、ろうの方は、毎日が外国
    にいるような感じなのですね。しかも、努力次第で何とかなる外国
    語と違って、ろうの場合、どんなに努力しても、集団での会話に参
    加することはほぼ不可能なのです。

    そうやって困難なコミュニケーション環境を生きてきた彼女達にと
    って、サッカーは世界とつながるほとんど唯一の手段でした。サッ
    カーなら耳が不自由でもできるから、という意味ではありません。
    むしろサッカーは聞こえない人には、とても不利なスポーツです。

    そうではなく、サッカーという、好きになれるもの、夢中になれる
    ものと出会えたことによって、ろうであることの限界を超えて生き
    ていこうという意志が彼女達の中に芽生えた。それが何よりも重要
    だったのです。普段の生活では臆病になってしまうことも、好きな
    サッカーのためなら乗り越えられる。実際、選手達の中には、サッ
    カーの技術を鍛えるために聴者のチームに入っている人達もいます。

    好きなことがあれば、人は世界とつながれる。好きなことを持つと
    それを軸に、世界が開けていく。好きなこと、或は、それをやるた
    めなら恥をかいてもいいと思えるような自分のテーマを持つことの
    大切さを彼女達の生き様は教えてくれます。

    ろう者のコミュニケーションは見ることが基本です。見なければわ
    からない。見なければ伝わらない。だから、世界と関わって生きて
    いきたかったら、どんな時も顔を上げて見続けるしかない。そうや
    って生きている人達がいる。その事実に胸を衝かれました。

    人とコミュニケーションするとはどういうことなのかを改めて考え
    させてくれる一冊です。是非、読んでみて下さい。

    =====================================================

    ▽ 心に残った文章達(本書からの引用文)

    =====================================================

    相手の話を理解するためには、補聴器を通した聴覚活用だけではな
    く、話し手の正面に立って口形を読み取り、「目で聴く。目で理解
    するしかない」という点に変わりはない。

    (中学)1年の時は問題なかったが、2、3年になると友人もでき
    なくなった。いじめというわけではないが、聞こえない寺井と関わ
    るのが面倒くさかったようだ。

    友だちとの会話の中では、わからない時もわかるふりをしてしまう
    時もあった。何度も聞き返し質問すると、うんざりされるからだ。

    「聴者は顔を見て話さない」
    「私がみると、あまり見ないでと言われる」

    選手の中でももっとも聴覚障害が重い首藤は、ふだんも補聴器はつ
    けない。音が増幅され、ただうるさいだけだからだ。

    「聴者とのあいだには壁がある」と語っていた首藤だが、サッカー
    のためなら、みずから探した聴者のチームにも飛び込んでいく。そ
    れほどサッカーが好きなのだ。

    「周りは健聴でわいわいと話している。話はまったくわからない。
    だから仕方なく、1人で夢中になって食べる。食べ終わった後は携
    帯をずっといじっていることが多い。そういう姿をみんなに見られ
    て、『ろうって、みんなおとなしいの?』と言われる。違う違う、
    話がわからない。1対1ならわかるけど、5、6人でわいわいとし
    ゃべっているとわからないし、ついていけないから」

    手話が禁止されていた時代には、ろう学校の教師が「手話は動物、
    猿と同じだ、みっともない、恥ずかしいことだ」と、手話を使って
    いる生徒を叩いたり、手話を使えないように手を後ろに組ませたり、
    紐で縛ってしまうこともあったという。

    耳で聴く。目でも聴く。

    学校では、「自分から積極的に聞かないと、聞く力が上がらない。
    限界は頭の中にしかない。可能性は無限に広がっている」と耳にタ
    コができるほど聞かされた。

    「ろう学校に赴任した最初の授業の時、どうやって音楽を教えたら
    いいか不安な気持でいっぱいだったんですが、ピアノを弾いたり音
    楽をかけると、みんながピアノやスピーカーのそばに寄ってきて、
    手や体で振動を感じ音楽を感じているのを見て、なんだか感動して
    頑張っていこうと思ったんです」

    選手たちが真一文字に口を結んだまま、監督の手話を見る。選手た
    ちは、下を向きたくても、下を向くわけにはいかない。
    顔を上げないと、監督の言葉を読み取れないからだ。

    聴者の場合は声での指示ができるが、ろう者の場合は見るしかない。
    しかし見てから判断しているだけでは、あるレベル以上のサッカー
    はできない。

    見てもらえなければ、意思は伝わらない。

    とにかく見ないと何も伝わらない。見てくれないと何も伝わらない。

    しかし互いが見えていても、流動的なサッカーの試合においてはお
    互いが求めているものを伝え合うのはむずかしい。事前に約束事を
    決めておいたり、わかりあえていることが必要だ。

    「声を頼りにできる聴者のチームには負けても仕方がない」と思っ
    ていた。ろう者である自分たちに対して、勝手に上限を設けていた。

    ろう者だから負けてもしょうがない、そんな考え方を同じろう者で
    あるロシアチームが吹き飛ばした。

    ろうは、とにかくどんな時でも顔を上げないと伝わらない。
    見る、とにかく見るしかない。

    ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

    ●[2]編集後記

    ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

    先週、久しぶりに石巻を訪れてきました。7月に行って以来ですか
    ら四ヶ月ぶりです。街の中は瓦礫や泥が綺麗に片付けられて、沿岸
    部以外では、一見、津波の痕跡を探すのも難しいくらいでした。

    ああ、ここまで来たんだなあ、と感慨深かったのですが、仕事の再
    建や生活の再建はまだまだ緒についたばかりです。ちょうど市の土
    地利用計画が発表されたところでしたが、強制立ち退きをさせられ
    る人達の間からは反対運動も起きているようで、大変なのはむしろ
    これからなんだな、と痛感させられもしたのでした。

    風が強く、とても寒い日だったのですが、「あの日はもっと寒かっ
    た」と何人もの方から言われたのが印象的でした。これから寒さが
    増すと共に「あの日」がリアルな体感をもって思い出されていくの
    でしょう。もうあと三ヶ月すればちょうど一年ですが、被災地に生
    きる方々は一年目をどんな気持で過ごすのでしょうか。

    その石巻で復旧支援のボランティア達を束ねてきた石巻災害復興支
    援協議会の伊藤秀樹会長をお招きして、お話を伺う機会があります。
    今週の土曜日、17日の10:30から、ビッグサイトで開催されるエコ
    プロダクツ展の三井住友コーナーです(入場無料)。
    http://eco-pro.com/eco2011/highlights/smfg.html

    被災地の「今」を伺いながら、「これから」について考える貴重な
    機会です。井上が議論のコーディネートをします。休日の早い時間
    ですが、是非、ビッグサイトまで足を伸ばしてみて下さい。

著者プロフィール

南山大学人文学部准教授。
著書:『心理学―Introduction to Psychology―』(共編著,ナカニシヤ出版,2008年)

「2022年 『ファシリテーションとは何か』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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