海うそ

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著者 : 梨木香歩
  • 岩波書店 (2014年4月10日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (200ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784000222273

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海うその感想・レビュー・書評

  • 読んでいる途中からすっかり作品の世界へ入ってしまって読み終わってからもなかなか現実に戻ってこれない。
    自分がいったいどこにいるのかわからない。我を忘れるように読みふける。
    読書でこんな感覚になるのは久々だ。

    梨木さんの作品は性に合わないような気がして敬遠していた。
    そもそもどんな内容なのかも知らず、そのタイトルのせいだったか。
    そこかしこで評判の作品だし、ブクログ仲間さんのレビューに触発されて読んでみる。
    美しい文章とその独特の世界観に陶然としすっかりと魅了されてしまった。

    皆さんのレビューを読んでもうまく文章に出来ないと書かれている。
    まさにその通りで、私もうまい言葉が見つからない。
    うつろいゆく時代の中でなすすべもない自分。
    失われていく自然、失われていく精神、失われていく世界。
    切なさと、やるせなさと、かすかな郷愁。

    私の住む街にほど近い山も自動車メーカーの工場が建設され様相が一変した。
    あっという間に大規模開発された土地に新しい道路や陸橋、建物が建設された。
    絶滅危惧種が住む山ということもあり計画段階では反対運動もあったことはあった。
    でもそれもむなしく経済活動が優先されるのが常だ。

    物語の中では昭和の初めに南九州の架空の島を旅した秋野。
    50年後に改めて島を訪れた彼はかつて五感で感じた自然がもう失われてしまったことに呆然となる。
    しかし最後にはうつりゆく歴史をその喪失を認めるところで物語は終わる。

    私のもつ青臭さなのか。
    失われてくもの、うつりゆくことを甘受できないでいる。
    私にできることなど何もないのだけれど。

    思いもかけず物思いにふけってしまった。
    この物語のせいで、どっぷりと。
    この本に出会えて本当に良かった。
    梨木さんの作品、次は何を読もうか。
    おすすめがあったら是非教えていただきたい。

  • じんわりと、ひたひたと。
    寄せては返す波のように、そっと読む人の中に沁み入ってくる物語でした。

    昭和初期、南九州の遅島。
    この地の植生や文化、そして時代の中で消えていった信仰を、人文地理学者・秋野が拾い集めていきます。
    おそらく遅島は架空の島なのだと思いますが、地名や見返しの地図を見れば、梨木さんが丹念に練り上げた舞台であることがわかります。
    その舞台の上で、秋野の目から、そこに息づく人々の暮らしぶりを見、廃仏毀釈の流れに逆らえず打ち砕かれた信仰の痕跡を辿るうちに、これは遅島だけの話ではないことに気付かされました。
    故郷、旅先で一度だけ訪れた町、まだ行ったこともないどこか…それぞれの土地にそれぞれが重ねてきた時間があり、宿るものがある。
    秋野の目と自分の目が重なった瞬間に、本書の輝きがひときわ増したのを感じました。

    …とにかく余韻が大きくて、ここに書いておきたいことはもっとあるのだけれど上手く言葉にすることができません。
    何度でも、じっくりと読み返したい1冊です。

  • 「ひも、でしょ?
     これ、ひもだよね。」

    どうしても信じられなかった。
    自宅前の側溝の中に、
    てろん~とのびてる模様入りロープの様な
    物体がまさか『蛇』だなんて!

    私のなかでの蛇はすでに
    脳内図鑑に収められ、平面の姿、もしくは
    ガラスを隔てた形でしか会えない遠い存在と成り果てていた。
    それが今、生身の蛇とひょんな再会を果たし、
    ふっ、と思ったのが
    (そういえば、人以外の生き物に会ったのは久し振りだなぁ…)という事。
    綺麗な犬や猫は見かけるけど
    それ以外の動物ってどこにいるのかな?
    ホントにこの世に存在しているのかな?
    なんて…。

    動かない蛇は
    死んでいるのか、
    眠っているのか、
    とにかく
    (ここに来たのは間違いだった。)
    と、後悔している様にしか思えなかった。

    50年も前、
    人と自然が共存していたここ『遅島』も、
    今や観光地化され
    より安全に自然を満喫したり、レジャーを楽しむ事が出来る
    地へと変わっていた。
    その昔、この島がまだ島のままだった頃、
    ここを訪れたおじいさんがぽつり、
    息子に語る。

    「…森の中を歩いていたら、突然雨が降ってきたことがある。
     そこで洞にじっ、としていると
     いつの間にか隣に黒ヤギがいて仰天した。
     そのままふたりでじっ、と雨が止むのを待っていたんだ。」

    くすくす。
    トトロみたいだ♪と、可笑しくなってしまった。

    でももう今は、野生のやぎも、かもしかも、トトロも、この島に住んでいた神様も、
    みんなおじいさんの記憶の中にしかいない。

    しかし、それが決して『喪失』ではない、
    事を示すかのように海うそはゆらゆら幻影を映し出す。

    この先、どれだけ時が過ぎてゆこうとも決して消えない記憶のごとき蜃気楼。

  • 素晴らしい作品でした。

    梨木さんの作品には、いつも「喪失」が散りばめられている。
    南九州の遅島にフィールドワークにやってきた研究者・秋野は大切な人たちの死という大きな喪失を抱えている。
    遅島には失われた景色がある。
    隆盛を誇っていた寺は、廃仏毀釈により廃寺となり仏像たちは無造作に押し込められる。
    土地に根付いていた信仰は、年月を経てすでに伝説になっている。

    静かで美しい文章で描かれる島の深い自然。
    いつの間にか私も、緑色が飽和しているような濃い空気を吸い込み、墨のような匂いの湿度のある土を踏みしめている。案内役の梶井をはじめ島の住人たちと会話し、積み重ねられた島の歴史を聞き、遺跡を巡り歩く。
    読んでいるあいだ、遅島は架空の島ではなく確かに存在し、私はそこにいた。

    50年後に島を再訪した秋野が目にした島。抗えない時の流れと喪失に少しの残酷さと切なさを感じた直後、目の前に現れるあの日と同じ「海うそ」。
    変わりゆくもの、変わらないもの。
    すべてをただあるがままに受容し内包し、島は在り続ける。

    読み終わり、ものすごい余韻に包まれながら、じっと本を抱きしめた。
    何度も読み返したい一冊。


    あまりの深い余韻に言葉にならず、レビューを棚上げしてひと月近く。
    けっきょく費やした日々と文字ほどには何も書けていないけれど、自分の記録として残しておきたいので至らなさを承知でレビューUPしました。

  • 戦前、調査のために遅島を訪れた主人公が50年後再び運命に導かれその地に降り立つ。すっかり様変わりしてしまった島だが、若い頃野山を歩き、人々の情に触れた時の様子が、変わらない蜃気楼(海うそ)の向こうに見えるようだった。50年経って主人公やその家族が遅島に行く事になったのは、島が呼び寄せたのかもしれない。

  • 昭和初期、大学の夏期休暇を利用して遅島の現地調査にやってきた秋野。自然豊かなその島を踏み歩くなかで、彼はその壮大な自然とそこで生きる人々に魅せられていく。

    何百年もの時を経て造り上げられた脈々たる森の自然―樹木を揺らす風、カモシカやうさぎや海鳥、木々の向こうに見える青々とした海面。そして時代の流れを経て朽ち果てた寺の跡。その歴史を語り、自然への敬意や賛美の想いを持ってその土地と生きる人々。
    それから五十年の時を経て目にする遅島の今に、秋野は閉口する。

    「喪失」はこたえる。そして人生は喪失の連続だともいう。
    けれど悲観だけではない。人は自身のなかに喪失を蓄積し、悲観や空虚を超えた何かに気付く。さらに何があっても変わらないといえる自身の哲学が築かれる。
    私自身のなかにも既に揺るがない哲学はある。けれどその哲学は日々の生活では頭の隅に追いやられていて、恐らく強く目の当たりにするのは打ちのめされるような「喪失」があった時だろうと思う。

    年齢を重ねるごとに自身の考えは強固になり、時代の移り変わりに驚きと寂しさを感じる日が来るに違いない。そんな時にふとこの作品を思い出し、その自分の気持ちを抱き、不変なものに想いを馳せたいと思った。
    背筋をしゃんと正し、澄んだ気持ちにさせてくれる作品。

    ~memo~
    廃仏毀釈令、神仏分離令、色即是空

  • 南九州にある本土にほど近いが隔絶した感のある小さな島、遅島。平家の落人伝説が残り、廃仏毀釈の嵐が吹き荒れるまでは名高い修験の島でもあったこの島を、フィールドワークでめぐる若き学者、秋野の視線で魅力的に描いた一冊だ。
    秋野が島をめぐる時代が戦前ということもあり、深い自然と土着の生活が残り、架空の島であるというのにその描写がなんとも言えず美しい。
    特に動植物がカタカナで表記されているのが何気ないのになにか素敵な呪文のように思えてくるのが梨木香歩のすごいところだ。アカショウビン、ハイノキ、ハマカンゾウ・・・。
    梶井君の人生を思い、島の行く道を思い、なぜだかしんみりとした気持ちになる。
    現実にはありもしないのに、島を訪れて僧が一人で築いたという土塁を私も眺めたくなる。

  • 2冊目かな、梨木さんの本は。

    こうやって、すてきだなぁと思える人たちに本で会えるから、実生活が辛くなってくるんだなぁと実感した。

  • 最終章,50年後本土と橋で結ばれた遅島。あの時代,日本各地で起こっていた開発という名の破壊が島でも進んでいた。島のカモシカも(ニホンアシカも)とっくに絶滅。しかも,開発には主人公の次男が関わっていた。
    しかし,観光客の安全のために野生化したヤギを捕獲した結果,ハマカンゾウの群落は数十年を経て復活。石灰採掘場では仏教遺跡の出土が隠しきれないほどに。「海うそ」=蜃気楼は昔と変わらず現れ,主人公は妻を伴った再々訪を期する。

    「村田エフェンディ滞土録」に似た雰囲気の作品だが,失われたものへの哀惜だけで終わらず,「再生」の可能性を残したラストに希望を感じた。色即是空の続きは空即是色なのだ(それもまた空なのだけれど)。
    許嫁の死で閉ざされ,家族も寄せ付けなかった主人公の心の一部も,次男との会話の中で少しずつ開かれていく。両親への次男の暖かい目が好もしい。

  • 90年代初め、楡出版の『西の魔女が死んだ』に衝撃を受け、それから遡って、ずっと愛読してきた。
    一時期、ついていけなくなって、離れたこともあったけれど、また最近、近しい気持ちで向き合っている。

    後半は、読みながら、電車の中なのに、涙が溢れそうになって困った。
    心がしんとして、しんとして・・・

    こんな世界を書けるほどに・・・と長いつきあいの友人を見るような気持ちにすらなる。
    自分がこんな世界の物語を紡げれば、それが一番なのかもしれないけれど、それがかなわないのならば、せめてこの世界を受け入れ、その世界について思いを巡らせることのできる人でありたい。
    心からそう願った一冊である。

  • 「南九州の離島」「修験道の霊山」「人びとの祈りの跡」ゾクゾクします。。。

    岩波書店のPR
    memo info 編集者からのメッセージ
    http://www.iwanami.co.jp/moreinfo/0222270/top.html

  • 私の評価基準
    ☆☆☆☆☆ 最高 すごくおもしろい ぜひおすすめ 保存版
    ☆☆☆☆ すごくおもしろい おすすめ 再読するかも
    ☆☆☆ おもしろい 気が向いたらどうぞ
    ☆☆ 普通 時間があれば
    ☆ つまらない もしくは趣味が合わない

    2015.10.7 読了

    面白いですが、何より私はこの小説が好きです。
    もっと言えば、この作者の作品が好きです。
    とはいえ、この作者の児童書はほぼ読んでいないのですが、読んだ数冊の小説については皆好きです。

    これでどういうところが好きかを記述しないと何にもならないですが、多分、個人的な趣味が合うというだけのことになってしまいそうです。

    自然の中に入って、周囲の様子や生き物を観察している、先ずここが好きです。それだけだと小説にも物語にもならないので、そこに想いや感情を乗せてくるわけですが、これが多くなってしまうと私はイヤになってしまうのですが、この作品もしくはこの作者は、それが薄いのがとても良い感じなんです。そこで多くの方は人物や物語の描写が足りないと感じることもあるかとは思いますが、私にはそれでもいくらか多いぐらいなんです。

    自然や生き物の描写をぼうっと楽しんでいるうちに、作品の世界に入っていって、相変わらずぼうっとしているとそのうち何となく登場人物の想いのようなものがボンヤリ浮かんでくる。でも、最後まで何だかモヤッとしたままという不完全燃焼な読後感でもあるのですが、それはそれでまた良い。

  • 梨木さんの描く架空の島、戦前の“遅島”を主人公と共に歩き回り、そのまま帰ってきたくなくなるような作品。
    でも、残念ながら読者は現実に帰らなければならないし、作中世界ですら50年後には大きな変貌を遂げる。
    廃仏毀釈でかつての島が失われ、近代化で主人公が歩いた島も失われる。その主人公自身もまた多くのものを失って……、と幾重にも張り巡らされた“喪失”の物語。
    でも最後に、それこそパンドラの箱の底に残った希望のように、ちょっとだけ明るい兆しが見えて、読後感は悪くない。

  • ぽろぽろと涙を流しながら読み終えた。
    物語る、伝える、継承する、そして、喪われてゆく。
    すべてが詰まった物語だった。

    『ぐるりのこと』の最後の、
    「物語を語りたい。
     そこに人が存在する、その大地の由来を。」
    という文章を思い出した。
    島、という舞台。その大地が育んできた自然や生き物たち。なぜ、ここにこの植物が生えているのか、この動物が棲息するのか、から始まって、このような家の造りなのか、ひとつの島なのに言葉がこんなにも違うのか、そして、どうしてこの人たちはここに在るのか。
    たくさんの問いかけの答えは、島に訪れた秋野が島民や自然に直に触れることで物語られる。
    丁寧に事細かに、耳慣れない名前の植物や鳥の生態が描かれる。梨木さん自身の興味が物語に昇華されているのもあるけれど、そういった描写はとても重要で、密度の濃い「島」をつくるのに大きな役割を果たしているように感じられた。

    「知りたい」と思うこと。私と未知のものものとの境を見極め、なおかつ、繋げられる可能性を見出すこと。
    『私の世界に対する「学問的興味」』は『意識の表層のあちこちに浮か』ぶものの、それは『点在する島のよう』で、『それ自体で完結して、生体としての私に繋がらない。』
    繋げるために、知る。知るために、繋げる。知る、ということは、関わる、ということで、知ってしまったら、伝える・残す、という役割がそのつもりはなくとも、与えられている。けれど、その役割は強制ではない。伝える・残すことには、意志が必要だ。
    秋野氏は、喪失を抱えている。婚約者や親族の喪失。喪失、とは無くす、ということで、それを抱える、と書くのは矛盾しているようだけれど。
    そして遅島もまた、喪失を抱えている。抱えている、というより、喪失の過程を生きているような島だと思う。島を知る者がどんどんいなくなって、語り継がれなくなってゆく。

    『五十年の後』で秋野がふたたび島を訪れたとき、涙が止まらなかった。喪失、を目の当たりにする描写に胸が痛んで、何もできなかった、ことを突きつけられる秋野氏に同調して、それでも、僅かでもあの「島」の名残を発見できたことに切ない喜びが溢れて、涙が止まらなかった。

    喪って、出逢って、また喪う。簡単に云ってしまえば、そういう物語なのだけど、最後、喪ったとき、秋野氏は、喪失を受け入れる。喪失は変化。変容する、ということは、切り捨てられるばかりではなく、上乗せされ、更新されてゆくことでもある。形は変わっても、すべてが喪われるわけではない。
    受け容れる、というのは、あきらめであるのと同時に、強さでもあると思う。

    それでも、簡単に喪失から受容へ向かう、希望で綴じるような物語ではないことは確かで、読み終えた後、胸にわだかまる感情に名前を付け難いのは、そのせいだ。
    山根氏との最後の晩餐で交わされた会話、人間は他の世界にも開かれている存在なのだ、と力強く山根氏は云う。
    それに対して『絶対的な説得力の気配があった。その絶対性はしかし、私までは届かず、私の手前で、ただ力強くそこに在るだけなのだった。私はその距離が哀しかった。』と秋野氏は語る。
    簡単に、翻らない、歩き出さない、光にならない。訝しがって、立ち止まって、考え込む。
    この、姿勢の貫かれていること。
    とても美しくて、誠実で、弱くて、人間らしいとおもった。
    『底知れぬ地の穴にとも引きずり込まれるような喪失感への共鳴』と『息が詰まるような切羽詰まった不安に後押しされ』、奪われた人々の心のうちを、切実に知りたいと思った秋野氏。
    喪失を辿る旅。
    埋めるためではない、辿る旅。
    何か、明白な答えや結果が用意されているような小説だったら、こんなに胸打たれることは無かったと思う。
    早足に進み続ける世界に対する、強か... 続きを読む

  • なにか書こうと思ってもうまく言葉にできない。
    このようにもがいてももがいても、風により雨により人の手により削られていくもの、そしてそれでも残っているなにか。
    最初はこの調子で延々島の描写がつづくのかな退屈かなと思っていたけど、どんどん島の自然やそこに暮らすひとびと、島の歴史、本土から離れているにもかかわらず及んだ廃仏毀釈の影響・・・それはいったいどうしてなぜ、と内側の声が大きくなっていって。
    ラストには、なんだか感極まってしまった。

    朝日新聞に三浦しをんさんの書評がでていて、これもまた的確にわたしの気持ちを代弁していてくれるようで、かといってまったく同じということはなく、それはひとの心にだけ残っている島の記憶のようなものなのだろうな。と、思った。唯一無二と思える、美しくて気高い、それゆえに哀しい。

  • 梨木ワールドが好きすぎて感想を書くのが難しい。
    昭和初期から現在へ、昭和初期の島の自然と生活、更にその前に起きた出来事、この世とあの世の境、「海うそ」をはじめとする島の言葉、主人公の抱える重荷、人との出会い、戦争の影響、開発の問題。

    様々なモチーフがバランスよく紡がれて、一つ一つは動的であるのに、全体は静かで美しい世界を作っている印象。
    主人公が人文地理学者という設定で、植物や動物を含む自然描写や、「場所」という動かないもの(不変ではないのだが)の描写が多いせいかも知れない。
    深度の深い湖のようなイメージの小説だと思った。

    今、「島」にとても惹かれているので、タイミングも良かった。

    また、相方の家系が代々鹿児島なので、鹿児島における廃仏毀釈に関しても知りたくなった。

  • 喪失がテーマとのことだが、著者にそのテーマはあまりそぐわないように思えるし、当然著者もそれを意識していたのではないか。だとすれば、本作の終わり方はそうとしかなり得ないものだったかもしれない。
    ゆったりした前半部分(というか大半)と、舞台を現代に移した終盤のあまりの隔たりには眠りから急に揺り起こされるような感覚があるものの、考えてみればそれが"今の現実"であり、我々はかけがえのないものをすでに過去として失っているのだという事実に気付く。そこまできて初めて、これはまたひどく著者らしい一冊なのだと思い当たった。

  • 彼と旅をし、そして味わう深い喪失感。
    いつかはそうなるとわかっていてもそのままにしてしまう。
    色即是空、空即是色。
    最近変化についていけない。

  • 自分の体調のせいなのか、夢を見ているような、ぼんやりした読後感。

    どれだけ立派な仕事をしてもいつかは消えてしまう自分。
    ならば生きることは空しいことか?そうではない。
    いや、そうかもしれない。

    その空しさを抱いて、それでも生きよう。
    だからこそ、束の間笑えることがうれしいのだ。

    わたしは第二次大戦を知らない。焼け野原から出発した東京などの変化とは比べようもないかもしれないけれど、1980年代の長野と今の変わりようだって、あらためて考えれば大変なものだ。世の中は移り変わっている。人はいつもこんな風に移り変わりたがるものなのだろうか。
    諸行無常。色即是空、空即是色。やるせなさもさみしさも自分ひとりのものではない。

  • 戦前、南九州のある島でフィールドワークを行う人文地理学者・秋野が主人公。
    秋野と一緒にフィールドワークをしている感覚に陥るほど、自然や人々の暮らしの描写に引き込まれる。
    遅島と同じ道を辿った場所がきっとあるのではないかと思うほど、心に迫るものがあり、時代の移ろいに揺さぶられる。
    静謐で厳かな雰囲気に浸り、読み終わった後もしばらく余韻に浸った。素敵な一冊でした。

  • 昭和の初め、人文地理学の研究者秋野が訪れた南の島「遅島」。この架空の島が生き生きと目の前に立ち現れる過去のパートが素晴らしい。梨木さんならではの植生の描写が美しく、重い湿り気や吹き抜ける海風のさまが身に迫ってきて、まるでその中に身を置いているようだ。数十年前まで確かにこの国にあった人々の暮らしをいとおしむ思いは、「冬虫夏草」の世界にも通じている。ゆっくり味わって読んだ。

    終盤は五十年後の現在のパート。秋野が再訪した島は、観光開発の波が押し寄せようとしていて、かつての姿を失っている。正直言って、最初はちょっと類型的ではないかなあと思った。ただ、過去の島が楽園だったわけではなく、長い歴史を持つ寺院が打ち壊されていたり、伝承が忘れ去られようとしていたりと、どの時代にも「喪失」はあったのだと描かれていることを思うと、そんな単純な図式ではないだろう。

    人間のすることは必ずうつろっていく。人もそれぞれの生を生きて、死んでいく。そんな思いがしみじみと胸に迫ってくる。「海うそ」は海上の蜃気楼のこと。はかない幻だが、美しい。
    「風が走り紫外線が乱反射して、海も山もきらめいている。照葉樹林の樹冠の波の、この眩しさ。けれどこれもまた、幻。だが幻は、森羅万象に宿り、森羅万象は幻に支えられてきらめくのだった」

  • 紀行文を読んでいるような世界。カモシカの瞳にもひかれて、ゆっくり味わいたい世界。
    同時に他者とは、自分とは、どう向き合うの?と静かに問われているようでもあり。
    そして、歴史や土地のかなしみにもふれられていて、しっとりの中にある重みある芯にただされるようでもあり。何度も読んで色々感じられそうな大切な一冊です。

  • なかなか読みづらいです。ルビもない難しい漢字の言葉がところどころあったり、進度もゆっくりゆっくりで山場がないのも加えて。
    梨木さんの過去作品をうまく融合させたかのような作風。
    たくさんの自然が溢れかえっています。
    屋久島にいったことがあるのですが、モデルとなってるであろう島とは違うだろうけどなんとなく思い出しながら読みました。

    50年後からがとくに秀逸。ずっと鳥肌が止まらなかったし、目頭が熱いままで、最後の一文を読み終えた後しばらくしても小さな興奮が覚めない。幻みたいな過去、確かにあった過去。やがて消えてなくなる自分。
    さまざまなことを想う、そんな一冊でした。

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