過去は死なない―メディア・記憶・歴史

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制作 : Tessa Morris‐Suzuki  田代 泰子 
  • 岩波書店 (2004年8月26日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (321ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784000224413

過去は死なない―メディア・記憶・歴史の感想・レビュー・書評

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  • 歴史学はこれまで、多くの人々が歴史的なイメージを持つときに感情や想像力を多く用いていることを軽視しているのではないか、とモーリス-スズキはいう。歴史は学校教育だけではなく、さまざまなメディアから得た細分化されたイメージで人々の頭の中につくりあげられる。メディアはその媒体の得意不得意によって人々に与えるものが異なるが、それらを検討することで、人々が受け取る歴史を考えることができる。おりしも前世紀末には世界の多くの地域で、グローバリゼーションによる世界の不確定性や不安を払拭すべく、ナショナリズム的言説を用いて歴史の受け取られ方を修正したり一部の史実をなかったことにする「抹消の歴史学」によって自集団を守ろうとする動きがあった。これには、自国民には自国民の歴史学、というように多様な歴史学があってよいのではないかという擬ポストモダン的言説が援用されるが、ランケ実証史学のような「たった一つの正しい事実」はないとするポストモダン的歴史学とは見分けがつきにくい。モーリスースズキはしかし、歴史の叙述によって人々の負う歴史責任や連累が異なることを指摘し、「歴史への真摯さ」を見ることであるべき歴史学を探ろうとする。(私的勉強会のテキストとして使用中)

  • 歴史への真摯さとは、わたしたちのうちなる過去、周囲の過去の現在に対する注意深さから始まる。

    わたしたちが過去によってかたちづくられていることを認識し、そのために、過去は自分自身や他者を知るうえで、ひいては人間であるというのはどういうことなのかを知るうえで、不可欠

  • 写真アルバムを中心に記憶を再構成するなかで、わたしたちはほとんどそれと気づかずにきおくの質を変える。人生のある瞬間を満たしていた喜び、苦痛、混乱などの内面の記憶に重ねあわせる。そのなかで、自分自身や家族を絶え間ない変化の一部としてみるようになる。写真アルバムはっ記憶を歴史にする。(p.106)

    "歴史への真摯さ"を追求するならば、写真を見るとき、その映像が喚起する感情について慎重に考えることが重要になる。さらに、その映像の歴史的意味について撮影者がどのように理解しているのか、できるかぎりその暗黙の解釈を批判的にみて、それと異なる解釈の可能性と比較することもたいせつである。したがって、"歴史への真摯さ"を生みだすということは、写真家と出来事と展示車の役割を、さらには、そうした展示に遭遇して過去についての自分の解釈を構築するわたしたち見る者の役割をも、包括する営為である。(p.117)

    1915年にD・W・グリフィスが、今に子どもたちは「ほとんどすべてのことを映画で学ぶように」なり、「二度と歴史を読まなくてすむだろう」と予言したが、1960年代になるとセオドア・ネルソンが、あと5年もすれば書物は廃れる、と予言した。
    ある意味では、デジタル技術の発展そのものが、書物の死といった出来事の予言がためらわれる理由のひとつだろう。(p.255)

    歴史の危機に対処するには、インターネットのようなメディアが過去についての認識をどんなふうに形成するのかを察知する感受性を育てることが必要である。こうしたメディアを創造性と想像力をもって、しかも、そこにひそむ歪みや限界についての批判的認識ももって、使いこなせる力を学生に身につけさせることが歴史教育に求められる。(p.274)

    "歴史への真摯さ"とは、わたしたちのうちなる過去、周囲の過去の存在にたいする注意深さから始まるということを認識し、そのために、過去は自分自身や他者を知るうえで、ひいては、人間であるというのはどういうことなのかを知るうえで、不可欠であると知ることである。(p.287)

  • おおむね主張はその通りと思う。が、教科書や、抹殺の歴史学について結局この著者は一体どうすればより建設的なのか、全く触れていない。近代になればなるほど複雑化するのは分かるが、過去は過去でしかなく、「死なない」からといって引きずるのは違うように思う。たしかに歴史は伝えなくてはならないが、解釈や事実とされることが異なる上で教科書を作る、教育を行うというのは難しい。せめて、事前にどのようなタイプの教科書を採択したのか生徒に告知しなくてはならないと思う。結局何が事実だったのかは、その場にいた人間しかわからないのだから、「もっとも確からしいこと」を教えているだけであって、「全ての真実」ではないということを、強調すべきだ。あと、この著者は少し被害を被ったとされる側に肩入れしているように見受けられる。良い、悪いではなく事実なのかどうかすら疑う目線が必要だと思うのだが…ともかく、外交のための配慮云々ではなく歴史を語るのなら少なくともどにらにも肩入れすべきではないと感じた。あと天皇陛下について「天皇〇〇(本名)」表記は不自然だし失礼じゃないのか?普通に天皇は…でいけない理由がわからない。
    追記:やはり著者の考えは片方に寄ってる模様。なるほどね…

  • 私たちの歴史(観)はどんな風に作られていったのか?

    今まで、何を以て正しいと思って、それが真実だと思い込んでいたのか?
    多面的に検討されていて、とても興味深かった。

    こういうメディア研究がしたかったー!と、学生時代の終わりに運命を感じた
    本でもあります。

    再読必須。

  • 2010/07/07

    from TUFS library

  • 輪読。記憶関係について詳しくないけれど、わかりやすい。

  • タイトル通り。シュッツの現象学的社会学やライト・ミルズの“社会学的想像力”を下地にして、実は現在というのは過去の絶え間ざる再構成によって成立しているのだ(また、その逆も然り)ということを述べている。サブタイに“メディア”とあるが、一般的な意味のメディアだけでなく、写真なども扱っている点はさすがである。ただ、高橋哲哉にも思うのだが、「歴史に対する真摯さ」という帰結はどうなのだろう?と、思ったり、思わなかったり。苦笑

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かつてない規模で社会生活に介入している歴史の亡霊と取り組むために、グローバルな社会を生きる新たな倫理のために、「歴史への真摯さ」を提言する。

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