獄中記

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著者 : 佐藤優
  • 岩波書店 (2006年12月6日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (508ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784000228701

獄中記の感想・レビュー・書評

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  • 佐藤優の512日間に渡る拘置所でのメモや弁護団・友人等とのやりとりした手紙の内容が書かれている。
    プロテスタントであり、キリスト神学を学び、共産主義国における神学を研究テーマととした著者の知的世界が余すところなく書かれている。拘置所において、思考を極めた著者のすごみが伝わってくる。本書の半分の理解できていない。神学的、マルクス経済学的、哲学的基礎がなければ、理解できないだろう。ただ、漠然と著者の知的凄みが伝わってきた。
    主な内容を以下に記す。
    フロマートカは、「本当はキリスト教が貧困者救済をしっかりやらなければならないが、それを怠ったために、共産主義をそれを行った。しかし、共産主義も貧困救済でありながら、人権侵害を行っている。キリスト教は匍ってでも現実に影響を与える道を進むべき」と説く。佐藤もこれに同感。
    佐藤達は新たな時代の移り変わりに際し、時代が変わったことの象徴として、国策捜査の対象となった。そうして世論のガス抜きし、けじめをつけることが国策捜査の意味合い。
    時代の変化とは、弱者を救うため国家資源を平等配分することにより国力を維持していこうとする考えから、ハーバーマスの理論を用いて、強者が国を引っ張っていく方向に変わることをいう。小泉政権がこの考え方。鈴木宗男は弱者平等救済型の政治の象徴。今回の捜査は時代の変わりの象徴。こうした時代の変化は、ハーバーマスがいうところの後期資本主義の特徴。
    小泉政権は強者によって国を牽引し、国力を回復させるもの。ただ、大多数は裨益しないのでナショナリズムをあおり、抵抗勢力を作り上げる。そして外交は金が掛かるのでしばらくは国政に尽力する。一方鈴木は国力に応じた国際貢献を求める。ここでも対立図式ができている。
    知的好奇心により、関心が散漫になるならば、それよりも一点集中で学ぶ必要がある。
    悪の相関ができたらそれを否定するのではなく、その枠組みを利用してそれでもメリットがあったと主張する方がよい。
    思いつきのアイデアは一晩寝かせるといいものになることがある。
    語学は、文法と単語が大事。しかし、一番は語学を勉強しようとする動機だ。
    社会主義の恐れがない以上、国は貧困者の配分をあまりしない。今の驚異はイスラム原理主義。
    鈴木の思想は公平配分し、国家の基礎体力を養う。国家の成長限界を認識したシステム変換。
    鋼鈑に際し、?質問者の質問は最後まで聞く、?イエス、ノーで明確に答えた後、説明を加える。?長い発言になるときは、記憶を整理するとして時間をかける、?早口をしない、?わかりやすく話す、?「大変に」「非常に」を言わない。
    日本人は物事の論理や弘三や意味をつかむことができなくなっている。
    GDPを維持するため、今や外国人を日本移住者を増やし日本の国力を維持させねばならなくなるときが来る。

    こうした厳しい拘置所時代を経てもなお、検察などの当事者を恨んでいない。それぞれの役割に応じて働いただけ。あくまで、プロテスタントであり、公務員であり、知識人でありたいということだ。
    私もかくありたい。
    最後の資料は、佐藤が言いたいことがまとまっているので、デジカメで納めた。

  • 読み終わってよくできた芝居を見たような気がした。小説ではないところがみそだ。小説なら、もう少し人間的な弱みを持つ人物の方が話に深みが出る。主人公がこうも強気で挫折を知らず、敵を怨んだり憎んだりしないというのでは話が面白くならない。

    それなら芝居でも同じじゃないかと思うだろうが、ちょっと違う。芝居は役者が演じているものだ。うまく演技すればするほど役柄が真に迫ってきはするが、それと同時にうまい役者じゃないか、という感想も抱く。『獄中記』を読む限り、この人は完全に一つの役を演じている。健全なナショナリストであり、よきクリスチャンであり、リアル・ポリティクスを知りつくしたインテリジェントという役柄をである。

    そうすることで、外部にいる人間に、そんな人物がけちな背任・偽計業務妨害という微罪で起訴されること自体が何か変だ、これは「国策捜査」じゃないかと思わせることを目的として。だから、検察側が保釈をちらつかせてしてもいない罪を自白させようとしても拘置所の住み心地の良さを理由に頑として保釈を拒否し512日間の長期拘留に耐えてみせるのである。

    誤解してもらっては困るのだが、役を演じるといっても自己を偽っているという意味ではない。むしろ、誠実に自分という人間を生ききるという姿勢を評価してそう呼んでみせたまでである。普通一般の人間は、そんなに自分という人間を意識もしないし首尾一貫して自分であることを意志して生きてなどいない。

    ヘーゲルの「合理的なものは存在する。存在するものは合理的である。」という言葉が何度も出てくるが、身に覚えのない罪で検察に起訴されながら、立場が違えば自分も同じことをするだろうという冷静な分析をしてみせる。拘置所にいる自分を哀れんだり、憤ったりすることなく、運が悪かったと見ることのできる強靱な理性は尋常なものではない。

    拘置所内で手に入れることのできる大学ノートにボールペンで書かれた62冊のノートから選び抜かれた文章である。拘留中に差し入れてもらったヘーゲルはじめ多くの哲学書、神学書、語学の文献・資料の読書メモは大幅に割愛され、弁護団や友人、後輩への手紙、メッセージ、手記が中心になる。

    フーコーの『監獄の誕生』を監獄の中で読むというあたりにユーモアをにじませながら、日曜や長期休暇以外は午前と午後に飲めるインスタントコーヒーがいかに気分転換にいいか、ロシアやイギリスのホテルに比べたら、東京拘置所のコーヒーや料理がいかにうまいか、拘置所内の意外に豊かな食事メニューを逐一書きとめるなど、読者の興味関心を惹きつけることにも抜かりはない。拘置所内では所有が認められる哲学書や神学書を貪るように読み、何の不満もない佐藤氏だが、裁判のために出向く裁判所内の仮監では、ヤクザ・コミックスしかあてがわれないことに不満をもらしているのが面白い。

    猫好きらしく、昔飼っていた猫の夢を見たり、拘置所の庭にやってくる猫を見ては心をなごませたりしている。SARSの流行でハクビシンが原因というニュースをラジオで聞くと猫に害が及ぶのではないかと心配したりもする。あまりに自制心が強くて非人間的に見えることを恐れてわざと入れたのではあるまいかと疑いたくなるようなエピソードである。

    ハイエク流の傾斜配分を選択した日本の政治のパラダイム転換とロシア外交がいかに関連して今回の事件に至ったか、杉原千畝を顕彰した鈴木宗男という政治家のマスコミの知らない姿など、日本という国の外交を裏で支えてきた人物ならではの識見も光る。「フニャフニャ」になってしまった今の日本ではめったに見られない硬質の知性が見物である。

  • 2008年72冊目

  • 佐藤優氏の作品は獄中記を含め3冊読みましたが、単に最初に読んだ一冊からかもしれないが、この作品が一番読み応えがあった。佐藤氏の強みは、学術村で認められる「正しい解釈」ではなく、ある考え方を、自分のおかれた状況理解・分析のために使えるところにある。彼の陰謀説・大きな物語による説明には無理があることも事実だが、学問のための学問をやっている人が著者から学ぶこともあるはずである。
    学術のための学術から抜け出したとき、知識人が生まれるわけだがそういう人は、日本にはしばらく出てきていない(これは日本だけの傾向ではないが、より顕著であるのは事実)。

    挙げ句の果ては、結構ネット社会で影響力のある人が同志社神学部の偏差値レベルだとかなんだとか、とんでもなく恥ずかしいことを言ってしまう。
    頼むからいい大人が大学の偏差値だとか何だとか幼稚なことを言わないでほしい(そんなこと著者は気にしていないだろうが)。

    http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/b0484c361bb6195f6feee22abfc3e064

  • え、この人鈴木宗男絡みで逮捕されてたんだ(今までそれすら知らなかった)。知識と自らの経歴(神学専攻)からくる考え方で、自暴自棄になることなく、目的意識を持って淡々と獄中生活を送ったことが分かる。何よりスゴイのはこの本でこの人が予測した通りの日本になってきてること(日本の経済政策とかロシアとの関係とか。実際の政治や外交の舞台で何がおきてるかはさすがに分からんが)。こんな風に色々な情報から自分で予測判断できるようになりたい

  • うーん、読むにあたり、事件の真相についてはニュートラルにしておきたいので主観的な部分はそのつもりで読み進んだ。

    基本的に、獄中の生活については興味深く読ませてもらいました。

    獄中の生活をかなり謳歌している様子で、骨休め、充電期間のような印象でした。

    自分も数年前だったら、そうだったかもしれない。残業200超えだと、拘置所に入れられた方がマシかも。www

  • 代議士鈴木宗男の収賄事件への関与容疑で、2002年5月14日に逮捕され、東京拘置所に勾留された著者は、勾留から7日目にようやく筆記具を手に入れ、以後512日間の交流を記録し続ける。食事や新聞の感想という「日記」もあれば、弁護団への報告、支援してくれる友人や後輩へのメッセージもある。それら文章の中で一貫しているのは、著者の「罪を憎んで人を憎まず」というポリシーだ。

    自分が悪くないのに勾留されたことの理不尽を恨むのではなく、政治においてはこのようなことは「アリ」であり、法治国家の国民の宿命と達観している。それは、著者が熱心な神学研究者であり、有能な国家官僚であるからだろう。家族を持ち、社会との繋がりこそが自分のアイデンティティと考える一般人が著者の考えに達するのは無理だ。

    そんな非常識人ともいえる著者の獄中での生活は、検察との闘争よりも、読書記録や自身の思考をまとめることや語学の勉強に力が注がれている。

  • 「先生と私」「紳士協定」を読み、佐藤氏がいかに知に対して貪欲か分かっていたので、拘置所に勾留されていることも逆手にとって、学びと思考を深めていく姿は、さもありなんと感じる。大杉栄にも、そんな話があったっけ。
    この事件については、その経緯や問題点をきちんと分かろうとしなかったことを、恥じる。ニュースのヘッドラインと印象だけで済ませていた。他の問題についても、同様である私は、「思考する世論」の対極にあるわけだ。

  • いわゆるムネオ疑惑にかかわり、国策捜査により逮捕された被告佐藤優の、512日間の東京拘置所における「獄中記」である。この時期、国策捜査を赤裸々に描いた「国家の罠」はベストセラーであり、これ以後佐藤は国家シリーズの単行本を何冊か矢継ぎ早に出し、色々な右から左までの雑誌に登場していわゆる論壇を席巻しているように見える。

    1.佐藤の本がなぜ面白いか。それは第一に事実の重みである。「国家の罠」でも「自壊する帝国」でもこの「獄中記」でも、実際そこにいた人間にしか分からない事実の衝撃的な重み、すごさがある。東京拘置所の食事のメニューが面白い。結構美味しそうである。新しい拘置所は空調が効いているというのもびっくり。思わず我が家と比べる。

    2.第二に、いわゆる博覧強記であるからであろう。クリスチャンである佐藤なので聖書は当然であるが、ユダヤ教、イスラム教(たとえばスンニー派の一つであるワッハーブ派とか)のそもそもに詳しい。仏教にも詳しい。マルクス資本論は言うに及ばず、レーニン、スターリンも読みこなしている。哲学の造詣が深い。佐藤は普通の日本人ならほとんど知らないチェコスロバキアの神学者フロマートカの専門家である。

    日本のいわゆる知識人がほとんど(か、あまり)知らないことをよく知っている。知っているだけではなく、それを切れ味のよい包丁のように使い、現代日本、現代の世界をバサッバサッと切っている。これに、ジャーナリストや知識人は結構ショックを受けているようである。

    3.「獄中記」は佐藤が、512日間の東京拘置所生活においてどのように過ごしたかということについて、主として読書と思索の側面を記録した日記と弁護団や親しい知人への手紙という内容である。膨大な書籍を読み、ノートは62冊になった。東京拘置所に入ると読書が進み、思索ができると、勘違いしている知識人がいるようである。

    4.キーワードがいくつかあるが「大きな力」という語が意味不明である。「大きな力」はある時は国策捜査のアクセルやブレーキを踏む・・・そうすると、つまり首相となるが、しかし、ある時は官邸、外務省、検察の上といっていることからすると、この時は国家という抽象的な概念となり、また別のある時はアメリカのようであり、要するに私にはよくわからない。読者を煙に巻くために意味をわざとずらしているようにしか思えない。だまされてはいけない。
      
    5.佐藤はクリスチャンだという。本人がそう言うのだからそれを他人がどうこう言うことはできないが、私にはそう思えない。クリスチャンであるならば「主よ」といって祈るのではないかと思うが、その姿が見えてこない。キリスト教もユダヤ教やイスラム教や仏教と同格にみて、哲学の一つとして研究、考察の対象として使っているだけではないかと思えるのである。神学者であることは確からしい。

    6.「主よ」という祈りの代わりに、「国家よ」という姿が見える。国家よチャンとしろという感じである。国家の命運を握ったことがあるというエリート意識が垣間見える。

    7.細かいことだが、「中華民族」という言葉をさらりと使っている。この言葉を使う場合は注が必要なくらい微妙なニュアンスがあるのではないか。

  • マスコミでいわれていることだけでは わからないことが多い。
    鈴木宗男 佐藤優事件は さもありなんと 思っていたが
    この本を読みながら 佐藤優が 強調していることが
    おぼろげながらも理解を することができてよかったとおもっている。

    佐藤優は 経済犯というのは 口実で,
    思想犯でもなく、政治犯であると
    認識していることが この事件の 中心的なことなのだろう。
    『思考ある世論』という 言い方が 実に興味深い。
    それが 佐藤優の ターゲットとしている基層となる。

    国策捜査は是認し、大きな力が動いていて、
    構造問題には手を付けないというゲームのルールがあり,
    嫌な感じが存在している。
    それを如何に,客観的に見るのかということが必要である。
    あくまでも、国益を重視しながら 自分を客観的に観察、分析し
    方向性を 見いだそうとしている。
    鈴木宗男の 殉教者であることを 明示している。
    なぜ 殉教者になろうとしているのか。

    フローマーカトの反骨的な闘争。
    灰色のユーモア 和田洋一。
    これが 先導者として 存在し、佐藤優をかたちづくる。

    差異、対立、矛盾のとらえ方がおもしろい。
    差異 各人の身長の差、顔つきの違い,趣味の違いのようなもので,解消することができないし、解消を指向すること自体に意味がないもの。
    対立 一方が正しく,他方が間違っている。あるいは一方が強く,他方が弱いとの構造。一方が他方を呑み込むことで解消できる。
    矛盾 あるシステム内では,正しい目的や指令を達成するために、手続き違反や不正行為をせざるを得ないとの内在構造がある。

    獄中記を読みながら,いろいろ 考えさせられる。
    どうも,私が 獄中にいるような気分になるのは不思議だ。
    現在の私のおかれている環境が、
    そのような環境なのだろう。

    本を読む集中度が かなり違う。
    さすがに、佐藤優が 読むような 本は
    難しくて 手が出ないが、読む本によって
    意外と,思考したりする時間が増えて たのしいのだ。

    視点を増やす。
    広がりを見る。
    客観的に分析する。
    などと、かんがえてみると 面白いことが いくつもある。

    天動説にこだわっている というようなジョークが
    何ともいえず,気持ちがいい。
    タマちゃん事件や カルガモと北京ダックなぞが
    人気者になること自体が 日本の平和さを感じ
    塀の中にいても、それが 見えている。
    情報とは 絶え間なく流れているのだ。

    広松渉や 宇野弘蔵なんぞを 読みたいと思わないが
    ちょっと、難解な本も読んでみたいなぁとおもう。

    もうすこし 人間疎外論 に突っ込んでみたい 気もする。

    やっと,読み終わった。
    私のどこかにある 知的な部分が 
    おおきく揺り動かされた気がする。

    じっくりと思索する ことのたのしさが
    よく伝わってくる。
    神学者であり、キリスト教者であり、
    ロシア、中東などを担当し、
    外務省の職員でもある。

    『拘置所の中では、取り調べ以外にも,健康管理、精神的安定の維持等 いくつもの試練があります。この中で最も重要なのは人間としての尊厳を維持し続けることです。いわゆる「プライド」を高く持つということではなくて、人間的思いやりをもち、憎悪や嫉妬に基づいた人間性崩壊を防ぐことです。その意味で、拘置所生活は、自分の内面との闘いでもあります。』39ページ

    この基調は すぐれている。
    人間としての真価があきらかになる。

    泥沼に苗を植える という例えが 
    この中国に いて、
    泥沼に 苗を植えているのかもしれない。
    という ことが 肌を通じて 感じている。

    さまざまな 深い想いが 湧き出てくる
    いい本だった。

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獄中記の作品紹介

二〇〇二年五月一四日-。佐藤優は、背任・偽計業務妨害という微罪容疑で逮捕され、五一二日間、東京拘置所に勾留された。接見禁止のカフカ的不条理のなか、外交官としての死を受け入れ、神との対話を続けながら世捨て人にならず、人を恨まず、嫉妬せず、裏切らず、責任転嫁をせず、転向もせず、人間としての尊厳を保ちながら、国家公務員として国益の最大化をはかるにはいかにすべきか?この難題に哲学的ともいうべき問いによって取り組んだ六二冊の獄中ノートの精華。狭い煉獄での日常に精神の自由を実感しながら、敵を愛する精神とユーモアを失わずに、人間についての思索を紡いだ日記と、新しい同僚や友人に国家再生の道を綴った書簡から成る。憂国の士が綴った国家への復命書にして、現代の日本が生んだ類まれな記録文学。

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