思想としての法華経

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著者 : 植木雅俊
  • 岩波書店 (2012年9月27日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (416ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784000258579

思想としての法華経の感想・レビュー・書評

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  • サンスクリット語原典からの法華経再訳によって注目を集める植木雅俊さんによる法華経論。
    鳩摩羅什訳の漢語版「妙法蓮華経」を典とした研究や説の限界が、卓越したサンスクリット語原典との参照で明らかにされていく一方、原始仏教に残されている釈尊の精神性を再興するものとしての法華経の有り様が浮かび上がる。
    分厚い本とはいえ、論旨は明快。サンスクリット文法解釈の丁寧な説明もあり、じっくり読んでも飛ばし読みしてもおそらく大丈夫だと思う。

    ていうか、法華経は凄まじい「思想書」なんだなー、と勉強になった。こういう哲学を基盤にして社会問題に切り込んでくる論者が出てきても面白いでしょうね。
    そしてサンスクリットの読みが浅いとのことで、各所に爆弾投げてる感じも、個人的には好き(笑)。これがアウトサイダーの強みでありましょうか。いやはや参りました。

  • 学生時代の「だから何なのだ」という問に適切に答えられなかった自分を反省し、自分で考えることの必要性を認識した著者。

    そして、色んな人生経験を重ね出会った「法華経」。

    中国語で書かれた「法華経」に対する原始的な疑問が、サンスクリットまで遡らせた。

    東西の文明が行き交う西インドで成立した「法華経」の原点に深くせまった著作である。

    そして、思想として読むことで新たな価値発見ができるとしている。

    釈迦が言ったとする教えは、どういう思いで発せられたのか。

    後世の人間が解釈する言語の限界。

    法華経を読んだことはないが、著者の著した「法華経」の解釈を読んでみたくなりました。

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    法華経の神髄をえぐりだし、研究史を画する一書



     著者は、サンスクリット原典から『法華経』、『維摩経』の画期的な訳業を世に送り、その明晰(めきせき)な訳文と創意に富む訳注は仏教学に新たな息吹(いぶき)を吹き込んだことで知られる。

     本書は、これまでの成果をもとに、『法華経』を「思想」として読み解き、主要なテーマを詳細に論じた一冊だ。

     法華経の神髄とは何か--。「真の自己に目覚めること」である。この認識から他者への目覚めへと展開するダイナミズムが可能となる。認識における止揚(しよう)の論理と実践における寛容の思想の解明が本書の圧巻であろう。

     宗教の歴史とは、権威化・硬直化という必然にどのように応答していくのかという歩みといってよい。欺瞞(ぎまん)の襞(ひだ)に分け入る応答がなくなれば、「人間のために」という溌剌(はつらつ)さは人間を差別するイデオロギーとして機能する。このことは学問についても同じである。往々にして文献学は煩瑣(はんさ)な訓詁学(くんこがく)へ傾き、思想家は文献を疎(おろそ)かにしがちだ。著者は梵漢和(ぼんかんわ)のテクストに一字一句忠実である。同時に、そのアクチュアリティ(現実性)を浮かび上がらせるから驚くほかない。

     著者は環境と時間に恵まれた研究者ではない。仕事のかたわら、稀代(きだい)の碩学(せきがく)・中村元博士のもとで修学を重ね、穴を穿(うが)つような研鑽(けんさん)を続けてきた。著者の半生が序章で語られるが、それは真理に蓋(ふた)をする「虚栄心」との戦いでもあったという。原典と素直に対話する。そこから文献に裏打ちされた思想が初めて立ち上がるのだ。

     本書の出現は、学芸の歴史において一つの「快挙」「事件」といってよい。通読する中で、法華経のイメージが一新される。多くの人に手にとって欲しい。

    --拙文「植木雅俊『思想としての法華経』(岩波書店)、『第三文明』2013年2月、95頁。

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    http://d.hatena.ne.jp/ujikenorio/20130101

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植木雅俊の作品

思想としての法華経はこんな本です

思想としての法華経の作品紹介

サンスクリット原典からの画期的な現代語訳を成し遂げた著者が、『法華経』に込められた共存と融和を希求する思想の今日的な意義を問う。

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