市場 (思考のフロンティア)

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  • 岩波書店
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  • Amazon.co.jp ・本 (112ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784000264228

感想・レビュー・書評

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  • 主流派経済学の市場主義的発想を批判してきた著者による、「市場」というタイトルの本ということで、著者自身の立場から包括的に「市場」の意義と役割が論じられているのではないかと予想したのですが、やや期待していた内容とは異なっていました。むしろ、これまでの経済倫理思想における人間観を掘り下げ、それらの抽象性を明らかにすることに、本書における著者の眼目があるように思います。

    著者は、新古典派経済学のみならず、スミスやハイエクの人間観を取り上げ、それらが「強い個人」を前提にしていることを明らかにしていきます。しかし、「強い個人の仮定」に基づく市場主義は、人びとの生活の足場となっている公共性の地盤を掘り崩してしまい、砂のようにつながりを失った個人は「自由からの逃走」に向かう危険性が高まっていきます。さらに著者は、大塚久雄や丸山眞男、井上達夫らのリベラルな立場にも、「公民的モラル」を身につけた「強い個人の仮定」が入り込んでいることを批判します。

    他方で、「強い個人の仮定」を批判し「個人を拘束する全体」から出発する立場も、別の意味での抽象性を免れていません。かつての日本的経営論においては、会社における熟練を個々の社員が「自己なるもの」とすることができず、個人が会社という共同体に埋没してしまうという問題性を見ていなかったと著者は指摘しています。

    経済倫理思想における人間観について考察するという著者の目論見は興味深く、また著者の提唱しているセーフティネットの設定という具体的な処方箋についてもそれなりに理解はできるのですが、両者をつなぐはずの著者自身の経済倫理思想の全貌が見えにくいと感じてしまいました。著者は、「あらかじめ決められた定理に基づく演繹法的手法(例えば新古典派やケインジアンのそれ)ではなく、さしあたり帰納法的手法によって「隠された共同性のルール」を捜し出すという作業が求められている」と述べてはいますが、その結果を一個の体系的な経済倫理思想として構築していく段階で、やはり何らかの人間観を示す必要があるはずです。著者の主流派経済学批判が「批判のための批判」に終わらないためには、そうした体系的な理論構成が不可欠なのではないかと思います。

  • 経済理論・政治理論が、理論の出発点にどのような人間像を置いているのか。現実離れした「強い個人」(高い判断力、高いモラル、等々)を仮定して理論を組み立てれば、どんな理論でもいずれ現実との間に齟齬を来たし、生身の人間に無理を強いることになりかねない。そしてそのような理論には当然、持続可能性がない。著者は、この観点に絞って代表的な経済・政治理論や実際の経済政策の検討を進めていく。経済学を学んだことのない人のために書いたとのことだが、やはり経済学を学んだことのないものにはややつらい部分も多い。ただ、著者の論点がはっきりしているので読み進めることはできるし、すこし頭の整理ができたような気がする。1999年出版なので、時事的な話題はもちろん古いが、原理的な事柄については、現代の状況を読み解くのに十分役立つ。本書の姉妹編にあたる『セーフティネットの政治経済学』『反グローバリズム』も機会があれば読んでみたいと思う。

  • [ 内容 ]
    市場の自動調整能力というイメージにもかかわらず、市場原理主義者の説明は、現実からますます乖離している。
    いかにして市場の暴走を食い止めうるか。
    「市場を我らの手に」という思考にむけた根本的転換への知的戦略とは何か。

    [ 目次 ]


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    [ 関連図書 ]


    [ 参考となる書評 ]

  • 経済学の「市場理論」で想定される個人を考察。「自立」と「共同性」のはざまでの「近代的個人」のジレンマがよくわかる。

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著者プロフィール

金子 勝(かねこ・まさる):1952年、東京都生まれ。経済学者。東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。東京大学社会科学研究所助手、法政大学経済学部教授、慶應義塾大学経済学部教授などを経て現在、立教大学経済学研究科特任教授、慶應義塾大学名誉教授。財政学、地方財政論、制度経済学を専攻。著書に『市場と制度の政治経済学』(東京大学出版会)、『新・反グローバリズム』(岩波現代文庫)、『「脱原発」成長論: 新しい産業革命へ』(筑摩書房)、『平成経済 衰退の本質』(岩波新書)、『資本主義の克服』(集英社新書)ほか多数。

「2023年 『イギリス近代と自由主義』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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