- Amazon.co.jp ・本 (132ページ)
- / ISBN・EAN: 9784000264310
作品紹介・あらすじ
文化を、すでにそこに在り、固有の内容を含むものとする我々のまなざしの背後には、いかなる政治学が内包されているのか。単なる実証主義的な文化研究を超えて、それ自体を「問題化」することとは、何を意味するのか。「対象」としての文化から、「問題」としての文化へ。カルチュラル・スタディーズの問題構制を歴史的に位置づけなおし、近代における文化概念の存立そのものを問い返す。
感想・レビュー・書評
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カルチュラルスタディーズをイギリスを中心とした経緯について知るには薄くていい本である。マルクスの影響がいかに大きいかについてよくわかる。付録の文献が充実しているので、カルチュラルスタディーズを論文で扱うための基本書である。
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・研究室
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【目次】
はじめに [iii-x]
目次 [xi-]
I 文化を問題化する 001
問題としての文化 労働者階級文化の内側から 文化主義と構造主義? ポピュラー文化と境界の政治学
II 文化を読みなおす 033
第1章 サブカルチュラルなアイデンティティ 033
労働者階級の文化とサブカルチャー 若者文化論からサブカルチャーの政治学へ 野郎どもの文化における自律と従属 階級と人種のサブカルチュラルな交差 サブカルチュラルな消費とジェンダーの政治
第2章 抗争の場としてのメディア 060
ウィリアムズにおけるメディアの政治 ホールにおけるメディアの政治 テクスト,メディア,イデオロギー 抗争の場としてのオーディエンス
第3章 グローバル/ローカルな日常の政治学へ 086
グローバル化とナショナリズムの再定義 グローバル化のなかの文化概念 文化帝国主義モデルを超えて グローバル化の文化地政学へ グローバル/ローカルなメディアの空間政治
III 基本文献案内 115
カルチュラル・スタディーズとは 文化を問題化する サブカルチュラルなアイデンティティ 抗争の場としてのメディア グローバル/ローカルな日常の政治学へ
あとがき(2000年8月 吉見俊哉) [129-132] -
「このようなカルチュラル・スタディーズにとって、「文化」の概念と同じように根底的なのは、「ポピュラー」とは何かという点である」 ー 25ページ
この本を読むまでは、単なる文化研究とカルスタって何が違うのだろう?レベルの理解度だったが、カルチュラル・スタディーズとは何かについて、かなり理解が深められたような気がする。
文化を自明のものとして考えず、権力やその社会構造との結びつきを捉えることを主眼にしているということが分かれば、なぜカルスタがポピュラーカルチャーとの親和性が高いのかについてもよく理解できる。
翻って、自分自身の研究をカルスタっぽくやるとどうなるのだろう?とか色々と疑問に浮かぶところはある。宗教とカルスタみたいなのって、代表的な文献って何があるのだろう?カルスタで扱う以上、どうしてもポピュラー文化としての宗教みたいな感じでそれは扱われているはずなのだけど、その対象が何なのか知りたいところ。 -
沖縄に住んでこの手の本を読むようになりました。沖縄の抱える問題は難しい。。
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(20100530読了)
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僕はまったく畑違いの人間なので、論評はできないのだけど、こういう現代思想とリンクしたジャンルの本を読んでいると、もしかして歴史学って「知のトレンド」(という言葉は今僕が勝手に作ったのだけど)からしたら遅れてるのかなあ、という気になってくる。いや、もちろん「知のトレンド」に目配りしている歴史学者は居るんだろうけど、たぶん大半の人は目配りしていないような気がする(自覚なく影響されている可能性はあるが)。
でもまあ、それはそれでいいのかもしれない。と思うしかないのかもしれない。言語論的転回だろうが、自由主義史観だろうが、どんな攻撃をされても、史料からその時代に迫るという視点(史料批判も含めて)に信頼を置いてるんだから。愚直に、地道に史料読むしかないよなあ。ただ、批判を受け止めて、応えていくという作業はしないといけないのだろうけど。
話が逸れてしまったが、こうやって学問の流れだけで一冊できてしまうのはすごい。この「知のフロンティア」シリーズに『史学史』って本は、絶対出ないよなあ。出たら読みたいけど。
それにしてもamazonの感想のこの本の叩きぶりがすごい。何が批判点・論点になってるのかは読んでもよくわからんが、叩いているということだけはよくわかる。 -
カルスタの入門書。
値段も安いし、内容も薄い。
そんな感じ。
入門書としてはいいんじゃないかな。