モモ (岩波少年文庫(127))

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制作 : ミヒャエル・エンデ  大島 かおり 
  • 岩波書店 (2005年6月16日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (409ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784001141276

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モモ (岩波少年文庫(127))の感想・レビュー・書評

  •  今から書くことは、すべて私の心の中で、1ミリも思っていないことです。感じてないことです。嘘です。情報は疑ってかかるべきです。とくに下に書かれた文章とかには。この本の感想を書くのは苦痛でした。でも、なぜこれほどまでに苦痛なのかわかりませんでした。ある日、小谷野敦のレビューがこのモモのアマゾンページに載りました。そこで、ようやく痛みの理由を知りました。
     引用します。
    『これを読んで、日本人はあの盆と正月の帰省ラッシュといった愚かなことをやめるであろうか。話題の映画に殺到し、早く観ようとするのをやめるであろうか。やめたなら幸いであるが、どうもそうは思えないのである。
     この本は、「なんで話題の映画を早く観なきゃいけないの?」と言っているはずなのである。この本に感動しつつ、それをやめないとしたら、それは何にもなっていないのである。』
     ああ、その通りだ、そうだ、と思いました。
     私はこの小説を感動できなかった。だけれど、感動した風に書いたのが、下記の通りとなります。
     ……。

    「ごめん、時間ない」、「私が焦ってるの、見ててわからないの?」、「無駄口叩かないで」、「相手してる暇ないから」。
     私たちは今、とても窮屈な時代を生きています。『モモ』に登場する時間どろぼうにすっかり時間を奪われてしまったからです。
     現代に生きる私たちはこんな言葉に囲まれていると思います。もっと合理的になれ、効率良くしろ、余計なことを考えず生きろ。充実した人生を送れ、眠る時間以外は自分磨きに集中しろ。資格を取得して、自己啓発して新しい自分になれ。マニュアルを頭に叩き込んで即戦力になれ。そうしないと周りに置いて行かれる。みじめな人生が待っているぞ。他の奴のことなんて考えるな。時間はないんだ。
     そんな「~をしなければ生きていけない」で占められた空気の中で私たちは息も絶え絶えに呼吸して過ごしています。
    「世界で一つだけの花~♪」という歌、大事だよね、とでも言えば、嘲笑と共に「甘えだ」、「ふざけるな」、「贅沢言うな」と袋だたきにあい、恥をかいてしまいます。

     ミヒャエル・エンデの「モモ」の主人公『モモ』はこれらの空気の化身『時間どろぼう』と戦う物語です。
     モモは街の外れにある円形劇場の廃墟を住処として、人々と仲良く暮らす女の子です。ある日、時間を無駄にして生きるな、その時間を私たちに預ければ利子をつけてお返しするという時間貯蓄銀行を運営するどろぼう達が現れます。街の人は、なんて無駄な時間を過ごして来たことだろうと思いこみ、モモに構わなくなって必死に働き始め、何も考えないエゴの塊となります。どろぼうは、人が貯蓄した時間を葉巻に変えて、それを吸って生きている存在です。彼らを相手取り、モモは一人一人の大切な時間を取り戻すため、様々な困難を乗り越え、みんなを忙しいだけの空気から解放するという話です。
     ミヒャエル・エンデ(1929-1995)は南ドイツ生まれの児童文学作家で、モモは1972年の作です。岩波少年文庫として小学5・6年生以上向けであるものの、大人でも十分読み応えのある一冊です。
     モモと時間どろぼうの対立は、資本家に人間としての生き生きとした労働を奪われることに警告を発する寓話に読めます。時間=お金として、儲けるために機械化・合理化を果てしなく続ける資本主義経済について批判的に考えることができます。
     しかし、それだけでモモは終わりません。想像力を奪う、情報社会批判をも含んだ描かれ方がされていると思います。
     例えば物語の中に登場する子ども達は、どろぼう出現前には円形劇場で冒険家ごっこをするのですが、時間どろぼうが現れると、子どもは外に出られず、施設の中で、頭がよくなる遊び道具を相手に、日々を送る羽目になります。
     私たちも、朝起きて、夜中まで必死に働き、手の空いた時間はテレビ、アニメ、ゲーム三昧。ネットでは様々なニュースに対して、バッシングと誹謗中傷と反射的な言葉の数々に晒され、二手三手先を熟考する想像力はどこにもありません。
     私たちはどうすればそれを取り返せるでしょうか。
     モモを読めばわかることがあります。
     どろぼう達を撃退したモモはたった一つ、特殊な能力を持っていました。
     人の心を開かせ、本音で語らせ、本気で考え、スッキリとさせることです。自らの言葉で考える力を人は持っているんだということに気付かせる「聴く力」をモモは使えるのです。モモは何も話さずそこにいる。人の話を真剣に聞く。それだけで人々は幸せになり、想像力と思いやりのある社会を築くのでした。
     私たちの目は映像社会でとことん肥えてます。嗅覚も舌も非常にグルメであると思います。ただ、聴くことはいかがでしょうか。そして考えることは……。
     いちいち考えてる暇なんてない。たくさん本を読んで何か吸収しないと……。おいしい話以外、聴く気ない。そんな空気に飲み込まれそうな時や忙しさに心奪われかけた時、読みたい本だと思います。

  • 初めて読んだのは大学生の頃でした。ミヒャエルエンデの教育に関する著作から逆に辿ってきた形です。大人になって読んでしまうと、実社会での風刺という意味合いを、無理に読み解いてしまい残念です。子供の時の素直な心で、時間泥棒と戦うモモの姿を見れたらよかったのにと思います。私の本棚に残っていますが、子供は読んでいないようです。

  • 私の人生観を決定的に変えたバイブル的読み物。
    ちなみに今は、賃金労働は最低限に抑え、残りの時間は空想で暮らしています。

    もう一つちなみに、プロフィール画像の猫もモモです。
    物語の主人公のように、ある日何気ない素振りで玄関の前に佇んでいました。

  • モモはきっと癒し系。今の時代にぴったり。
    「…するとたのしくなってくる。これがだいじなんだな、たのしければ、仕事がうまくはかどる。こういうふうにやらにゃあだめなんだ。」(ベッポの言葉より) 
    「時間て、…一種の音楽なのよ―いつでもひびいているから、人間がとりたてて聞きもしない音楽。でもあたしは、ときどき聞いていたような気がする。とってもしずかな音楽よ。」(モモの言葉より)

  • はっとさせられた。時間の過ごし方について考えさせられた本。とにかく速さを重視した時間の使い方では大切な何かを忘れてしまう。最後にモモは時間を取り戻すことはできたけど、実際にはどうだろう。利益を求めて速さを重視しシステマチックに仕事をこなす現代。経営者が労働者の時間を買っているといえるが、時間銀行に時間を盗まれている状態と、どう差があるのだろうか。檻に閉じ込められて、いろいろと規制され笑顔も想像力のなくなっていく子どもたち。将来に役にたつからと数字の勉強をして、いわれたままにお遊戯をしてみせて、、、本当は家族と遊びたいのに、友達と自分たちで考えた遊びを自由にしたいのに、、、何か違う。いろいろと考えさせられた。

  • 読み手の心理状況に合わせていかようにでも読める作品です。その時々で感想が全く異なると思います。今回は、副題の「時間」ではなく、モモの「聴く力」傾聴と寄り添いの重要性について注目して読みました。「分かち」「待つ」モモの傾聴スタイルはとても理想的です。モモは知識や技術がなくても「命の住処が心」だと気づいていてそれを意識した傾聴スタイルを確立しています。とかく主観を織り交ぜながら聞いてしまう人の話。なぜかわからないけれど善し悪しを決めたがってしまう人の話。モモは決してそういう聞き方はしません。だから皆、安心してモモを頼りにし、モモになら何でも打ち明けられ、かつモモがそのことについて特に何も言わなくても相談者自らが考え答えを出し、自然とあるべき姿に事はおさまっていきます。私にはこのモモのような理想的な傾聴ができるだけの力量はありません。答えはその人の中にある、それを自然と本人の力で引き出せるモモの「聴く力」お手本にしたいです。この本からは他にもたくさんのメッセージがありました。「虚しさ」や「抑うつ」がどうやってやってくるのかや、自分の持つ時間を誰に、何に割くのかによってその人の価値も決まること。大人が手間を惜しむと子供の創造力が無くなっていくこと。仕事への取り組み姿勢としては楽しんでコツコツと目の前にあることに全力を尽くすこと、などなど。子供から大人まで読んだその時々で得るものが変わる名作だと思います。

  • 一度は小学生の時に読んで、そして成人してからもう一度読んだ。
    子供のときも面白いと感じていたんだろうけど、ストーリーもあまり覚えていなかったので新鮮な気持ちで読み直した。
    そしておそらく、子供のとき以上にワクワクを感じながら読めたんじゃないかと思う。
    この物語に込められた意味は、大人になってからでないと身にしみて味わうことができないんじゃなかろうか。
    効率化や合理化のもと、時間を管理しようとした結果、逆に時間に支配され、心も夢も無くしたヒトの群れ。
    現代社会に対する風刺とも取れるし、もっと大きな危惧とも忠告とも取れる。
    エンデが執筆した時点での「現代」は、今では随分過去になったけれど、本質は多分変わっていないしむしろ悪化してるんだろうとも感じさせられた。
    だからこそ、モモやマイスターホラの目に映る、時間や世界、生と死の穏やかさは、万人の希望でもあるんだろう。

  • FeBeで聴書

    大人になって初めて読みました。

    効率を重視して時間に余裕のなくなった人々が、生活の豊かさと引き換えに心の豊かさが失われていくという内容が、まさに今の自分と重なりました。豊かな人生送りたいと趣味や自己研鑽のための自由な時間を作ろうとしているのですが、そのために効率の良さばかり気にして、ずっと時間を気にして予定通り物事が進まないとイライラしてしまい、家族にも怒るなど本末転倒の状態です。ニノの店の並んでいる客と同じ有様です。この本を読んで、今の自分の状態に気づき反省することができました。効率の良さは最近では出来る社会人の象徴のようになっていますが、この本のあとがきにあるように、まさに今多くの人々が灰色の病にかかっているように感じました。今後、時間に追われて効率主義者になりそうになっても、自分を見失わずに済みそうです。

    子供だけでなく、大人も読む価値があると思いました。

  • 子供がイッキに読んだ。
    難しい表現などがあまりなく、スラスラ読めてた。
    いろんな登場人物が出てきて、ストーリーがどんどん展開していくので、飽きないのだそうだ。

    同じエンデの作品でも『はてしない物語』は最高におもしろくて★★★★★なのに対して、『モモ』もすっごくおもしろかったけど★★★★なんだって。

  • いろいろ考えさせられる。

    時間のことだけでなく、心について、
    仕事に対する姿勢について、
    子供に対する姿勢について
    人に対する姿勢について。

    人としての温かみを忘れてはいけないことを、
    モモと共に冒険しながら体感することができた。

    日ごろ当たり前に感じていることも、
    当たり前ではなく、
    それらのことについて、
    一つ一つ考えていく「時間」こそが
    私たちには1番必要なものだと、
    強く感じた。

  • 小学生のときに読んで以来の『モモ』。ドイツ語学習のモチベーションになればという気持ちで読みはじめた。しかし、大人に近づきつつある今改めて読み返すと、ただのファンタジーでは収まりきらない何かを持っていることをひしひしと感じた。そろそろ初級レベルから脱することができそうなので、今度は本書の助けを借りつつドイツ語で読んでみよう。

  • 時間銀行に預けた時間と、現実世界で倹約された時間は似ているが違うものだ。そこだけ混同しなければ、後は小説世界のとおりで、時間はとても大事で、生きたいまを生きることが大切なのだろう。
    問題提起は素晴らしいが、肝心かなめの解決策というのは児童文学なのでそれらしいものになっている。実際には、自分の時間泥棒たちは自分で見つける他はない。
    ゲームやテレビは時間泥棒だろうか。それは人によって異なりそうだ。作者のあとがきがまたなんとも妙で良かった。

  • 初出は1973年とのこと、僕はまだ9歳だった。本書の主人公、モモのところへ通いあげる子供たちの中にいたかもしれない。そして40年たった今、大人になった僕の目の前にモモの物語が再現されていることに驚くばかりだ。

    敗戦から工業国として立国する過程では、ドイツもイタリアも日本と同じような経済成長期を経験していたのだろう。かつての枢軸国ドイツ、イタリアの世相に警鐘を鳴らした物語が、現在の日本の姿にも当てはまるとは、普遍性を見るとしか言いようがない。
    でも、イタリアは灰色の男たちをやっつけたのかな?

    読んだのは2005年発行の岩波少年文庫で、言わば新訳本だ。この物語は、旧訳の時代を感じる日本語でこそ読んでみたいと強く感じた。

  • モモをよむ。エンデのことが良く話題になるが、
    ほとんど読んでいませんでした。
    それで代表作のモモを読み、その内容に驚きました。
    『時間』という問題を わかりやすく かたりかけている。
    モモ、ペッポ、ジジという主人公達が織りなす、不思議な物語、
    時間どろぼうに時間を奪われるという話。
      
    モモの特徴をうまくだしている。
    モモは、「見かけはたしかに異様で、清潔と身だしなみを重んずる人なら、
    まゆをひそめかねません。彼女は背が低く、かなりやせっぽちで、
    まだ8つぐらいなのか、それとももう12ぐらいになるのか見当もつきません。」
    モモは少女で、もじゃもじゃ頭で粗末な身なりをしている。
    あまり、外見にとらわれないということを暗示する。

    「モモのところに行ってごらん」といわれる理由は、
    「モモがものすごく頭が良くて、何を相談されても、いい考えを教えてあげられたからでしょうか?」
    「なぐさめてほしい人に、心にしみる言葉を言ってあげられたでしょうか?」
    「何についても、賢明で正しい判断を下せたからでしょうか?」
    「ひょっとしたら、魔法がつかえたのでしょうか?」
    「どんな悩みや苦労も吹き払えるような、不思議な呪文を知っていたのでしょうか?」
    「手相を占うとか、未来を予言するとかができたのでしょうか?」
    「小さなモモにできたこと、それはほかでもありません。相手の話を聞くことでした。」
    という モモの 好かれている理由を定義する。
    少女にも関わらず、気遣いができるのだね。

    人々から、時間を奪ってしまうこと。
    人々から、ゆとりを奪ってしまうこと。
    時間やゆとりを奪ってしまう「灰色の男たち」がいることが気づかされる。
    なぜ、彼らがいるのだろう。どうして、そんなことをするのだろう。

    時間節約こそ幸福の道。時間を節約してこそ未来がある。
    きみも生活を豊かにするために時間を節約しよう。
    いつの間にか、忘れていた 時間。
    そして、人間として必要な誇りや自信さえ失っていく。
    夢みる時間、空想にふける時間。時間って、自分のためにあるんだよ ってモモは思っている。

    モモは 人の話を聞きながら、実は 大切なことを教えてくれる。
    時間を取り戻すには、モモがやってくれることではなく、自分がすることなんだよね。
    エンデのもつ 思想の深さが モモを通じて 心に沁みる物語に仕上げる。

  • 小4の夏休みに盲腸こじらせて入院する羽目になり(笑)お見舞いでいただいた本。夏休み潰れたし手術後プールダメって言われた最悪!と思ってたと思うんだけどこの本が好きになりすぎて全然寂しくなかった。時間泥棒に時間を奪われた人たちみたいになるもんか!と当時思ってたけど今はどうだろう。もう何度も何度も読んだのに、まだ時々読み返したくなる。

  • 一度読んでみたかった作品。

    主人公モモには「聴く」という不思議な力があり、近所の人たちにとってはなくてはならない存在であった。

    しかし、時間どろぼうが大人の時間を奪い、時間を富へと換算することで、大人たちのモモへの関心は薄れてしまう。

    モモのやっていることは、カウンセリングではないかと思う。
    その結果、話す暇もなくなった大人たちの心はどんどんと荒んでゆく。

    モモは時間を解放することに成功するのだが、顧みると私たちは、自分の今を何に費やすことを望んでいるのだろうか。

    時短、という言葉が当たり前に飛び交う現代。
    その節約した時間は、一体何として戻ってくるんだろう。

    それすらも分からなくなるほど、私たちは忙しい日々を送っているように思う。

    時間と生き方。簡単にレビュー出来る内容ではないのだけど……時間というものを知らなかったならば、それはそれで、しあわせな生き方が出来たのかもしれない。

  • 古い話になるが、職場へのコンピュータの導入は、仕事を効率化して、その結果、労働時間が短縮されて、労働者は余暇を楽しむことができるという甘言によって実現されたものだった。それによって、たしかに仕事は効率化された。だが余った時間で余暇を楽しむどころか、余った時間は結局労働時間に算入されてしまった。われわれは時間泥棒に見事に騙されたのである。

    ウィキペディアの情報によると、本書は「特に日本では根強い人気があり、日本での発行部数は本国ドイツに次ぐ」とあるが、それも分かる気がする。バカンスを楽しむ伝統がある隣国フランスよりも、長時間労働が常態化し「Karoshi」という言葉の発祥地である日本で、この名作が愛され続けているということは、幸と言うべきか不幸と言うべきか。

    児童文学という衣を纏ったソフトな語り口とは裏腹に、近代人の時間意識を徹底的にこき下ろした、実はものすごく過激な書。子供向けという体裁を取ってはいるものの、著者が本当の読者として想定していたのは、たぶん大人だろうと思う。人間が生み出した時間泥棒が、もはや人間の手には負えなくなって、モモという異形の(人外の?)存在によって救済されるというストーリーは、どこか黙示録的でもある。

  • 時間とは何かを問う児童文学の名著。昔からタイトルだけは知っていたけれど、読んだことがなかった。
    子供の時に読んでいたら、きっともっと純粋な気持ちで冒険ものを読むように楽しく読めたんだろうな。

    「時間とは、生きること、そのものだ」という。時間を節約すればするほど、生活は痩せ細る。
    たとえば、時間に追われてかきこむ食事と、ゆっくり座って素材と向き合いながらいただく食事。前者が時間を節約して捨てている10分だとすれば、後者は時間を有意義に過ごした60分だろう。

    私が大切にしたい時間はなんだろう。なんで、起きてる時間の半分も会社で働いているんだろう。何がしたくて、何のために、生きているんだろう。
    時間を節約することと、時間を大切にすることは、全くの別物だ。

    大人が読んでも考えさせられる作品。

    ☆あらすじ☆
    町はずれの円形劇場あとにまよいこんだ不思議な 少女モモ。町の人たちはモモに話を聞いてもらう と、幸福な気もちになるのでした。そこへ、「時 間どろぼう」の男たちの魔の手が忍び寄ります…。 「時間」とは何かを問う、エンデの名作。小学5・ 6年以上。

  • モモが世界じゅうの人の時間を取り戻す物語。

    モモは登場時、エキセントリックなイメージ描写だったけれど、話が進むにつれて、物事に集中しきれなかったり怖がったり、自分勝手だったりと、わりとフツウなんじゃないかと思えるようになってくる。モモの正体って、一体何だったんだろう。
     
    時間どろぼうは自分の中に潜んでいるし、時間それ自体も自分の中にある。自分に役割が増えていくうちに(それがつまり大人になるということの一つの解釈だと思う)生活が無味乾燥でせわしないものになっていくのは仕方のないことかもしれないけれど、たまには時間貯金を自分で払い出せるくらいの余裕があるといいんだろうな。モモに銀行つぶしをさせないまでも。

    たまに読むと、心が潤うジュブナイル小説です。

  • ゆたかな生き方とは、時間の有効な使いみちとは。
    時間にせかせかと追われながら裕福な暮らしを営むこと、貧乏でも友達とゆっくりと話ができる時間があること、なにを幸せとするかははっきりとはわかりません。
    「灰色の男たち」はいちどは消え去りましたが、作者のあとがきでもあったように、これは未来の物語にもなりうるのです。
    児童書ではありますが、これは大人が読んでも、むしろ大人だからこそ感じられる部分もあるのではないでしょうか。
    胸を張っておすすめできる作品です。

  • 児童小説と侮ることなかれ。
    エンデワールドが炸裂しています。

    この物語のテーマは「時間」
    時間どろぼうに騙された人々は時間を節約しようとあくせく働き、楽しむということを忘れ、まるで別人のようになってしまいます。
    この様子は現代社会に通じるものがありますね。
    現に今の自分にも当てはまりそうな…。このあたりの描写は風刺的で大人が読むと思わずビクッとしてしまいます。
    資本主義社会への警鐘にも感じます。

    観光ガイドジジが夢を叶えて金持ちになるくだりはBUMP OF CHICKENの「ベストピクチャー」という歌を思い出しました。


    もちろん児童文学としての魅力もたっぷりです。
    主人公のモモという不思議な女の子をはじめ、時間の国、さかさま小路、どこにもない家、時間の花、灰色の男たち、カメのカシオペイアなど不思議なものがたくさん出てきます。
    モモとカメが歩いている時、ゆっくり歩くほど早く進む、というのが印象的でした。

    なんとなく時間というものの考え方が変わるかもしれない1冊。

  • 時間は毎日忙しく過ぎていく。その時間に捕われていると心までが浸食され生きることそのものを楽しむことが出来なくなってしまう。

    忙しいことは、いいことだ。そんな言葉を時々耳にする。それは忙しく働くことでお金を手に入れることが出来るから。ということなのだろう。お金では時間は買えないということを分かっていながら、時間をお金に変えようとしてアクセク働くのなぜなのだろうか。時間は限られたもの。その時間で心踊らせるようなことを、いくつできるだろう。

    時間という人間の人生と切り離すことができないものをテーマに、ドキドキするような場面をちいさな女の子モモは、大切なものを取り返すため切り抜けていく。

    子供向けのお話ということだけれど、アインシュタインの相対性理論が見事に描写されていることに驚いた。そして最後に、このお話は、過去のことなのか、現代のことなのか、それともこれから起こる未来を描いたものなのか…そんな一言がかかれているけれど、わたしは、どんな時代だとしても時間が変わらないことと同じように『Time is Money』この言葉の意味を噛み締めてさえいれば大切なことを置き去りにすることはないと思う。あとはそれぞれ、どのように使うかだと思う。

  • 町はずれの円形劇場あとに住むモモが大切な友達を取り戻すために時間どろぼうと対決するお話。
    日本でもとても有名な、言わずと知れたドイツの名作童話ですね。

    子供の頃、演劇で観たことがあり、どんなお話だったか思い出すために読んでみたんですが、「時間」というテーマ性がしっかりしていてビックリ!
    大人も読める児童書でした。

    言われてみれば、自分もいつも心の中にせかせかと焦りのような感情があるような。いつの間にか時間貯蓄銀行に契約させられちゃったらしい。(笑)
    過去、現在、未来と普遍的に続く人類への警告のようですね。

    難しいことを抜きにして純粋に児童文学やファンタジー小説としても面白かった。

  • 先日、他の人から時間を買えたら
    何に使うかな~と考えていて、
    そういえば「時間」をテーマにした名作があったな
    なんだっけ?と思いだしたら、「モモ」だった。

    子供の頃、読んだ時は
    モモが時間どろぼうと戦って
    時間を返してくれたというメイン・ストーリーだけを
    追っていたけど、大人になって読み返してみると
    その根底にあるのは
    痛烈な近代化批判と物質主義批判だと
    いうことがわかる。
    この作品を1973年に書いたなんてすごいなあ。

    世の中が便利になって、色々なことを
    時間短縮できるようになったことは素晴らしいけど
    問題は、それなのに時間に追われていませんか?
    その短縮した時間を有意義に使ってますか?って
    ことだよね。

  • 大人のための本だと思う。
    もっと有意義なことをしなくちゃ、もっとすごい人になりたい、もっと成長したい、といつも思っていた自分がかわいそうになった。時間とは、人生とは、生活とは、考えるよりも素晴らしく、単純なものだと思い出すために、一生とっておきたい本。

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町はずれの円形劇場あとにまよいこんだ不思議な少女モモ。町の人たちはモモに話を聞いてもらうと、幸福な気もちになるのでした。そこへ、「時間どろぼう」の男たちの魔の手が忍び寄ります…。「時間」とは何かを問う、エンデの名作。小学5・6年以上。

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