- Amazon.co.jp ・本 (203ページ)
- / ISBN・EAN: 9784003105153
感想・レビュー・書評
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中編小説。中勘助は「銀の匙」のような瑞々しい感性豊かな文体と、これや「犬」のような匂い立つような色香の漂う文体があります。
★★★
提婆達多(でーばだった)は、従兄弟の悉達多(しつどはーるとは/仏陀のこと)に嫉妬と憎悪を感じ育つ。長じて提婆達多は出家する。悉達多は提婆達多の妻、耶輪陀羅(やしょーどーはら)を奪うが満足は得られない。悉達多も提婆達多を追い出家する。
しかし悉達多は提婆達多自身にも、彼が自分に向ける憎しみにも関心を寄せない。自分の狂おしい憎悪に、提婆達多は悉達多を殺そうとするが、それは自分に跳ね返る。
最後まで提婆達多は、悉達多に認められることも、理解することも、殺すこともできなかった
★★★
漢字表記の名前が並んでいるページをみるだけでも美しい。人が持つ怨讐を否定するのではなく、人が逃れられないものとして書く。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
きっかけは剣術の試合での敗北、
そんなささいな事ではあったが。
ここカピラバストゥの王妃『耶輪蛇羅(やしょどはらー)』との結婚が約束されているともなれば、話は別だ。
野心に燃える若者ならば、
今日の敗北を決して認めはしないだろう。
ましてや
自分に勝利した相手が、
王の座にも
女にも
勝利にも
そして名誉にも
何の関心も示さない、あの忌々しいシッダルダ(後の仏陀)であるなら、事の外尚更!
物語は終始、堤婆達多(ダイダバッタ)の嘆き、哀しみ、怒り、嫉妬、妬み、苦しみで暗く覆われており、
全編通して気配はすれど、仏陀の姿を垣間見る事が出来るのは、ほんの僅かなシーンのみ。
が、その事がより一層
救われたい!と強く願いながらも己と言う呪縛から逃れられないダイダバッタの葛藤を示しているようにも思われた。
仏陀に跪き帰依してしまいたい!
が、その本心には重く蓋をして、
己の美学だけを拠所とし、
その短い人生をいかにして充実させるか?
いかに己が優れている人間か?
(そして、それを認めさせるには、どうしたらいいか?)
そして
いかに寂しさと孤独を埋めていけばいいのか…
自己内部から沸き上がる指針が示す道だけを頼りにトボトボと歩み続けるダイダバッタ。
一体、誰が彼を責められると言うのだろう?
そして、我々とダイダバッタはどこが違うと言うのだろう?
壮大な物語を
一気に書き上げ…いや、読みきった後、ぜぃぜぃと聞こえるあえぎ声は、
著者のものなのか、私のものなのか、はたまた死を間近に迎えたダイダバッタのものなのか、
もう何もわからない中で
最後の一息が示す誰かの言葉に深く共感している私がいた。
その言葉を夢現に聞きながら
彼は決して特別な悪人じゃない…
むしろ、
彼がしてきた非道な行いを認める広い度量と勇気がなければ、
私達は此の世の中の何一つまともに悟る事など出来はしない。
仏陀の足元に近づく事さえも。
そんな風に私は思った。 -
慢心からか剣術の試合に負けたことが青年の運命を変えた…。
釈迦のダークサイドみたいな存在な提婆達多だが女に対する扱いなど周りにとっては寧ろ良い奴だったのでは。歴史では偉大なる釈迦だが凡人の域を超越していて提婆達多が気の毒にもなる。 -
きっかけは、油断による1つの敗北だった。それを機に加速していく仏陀への嫉妬と妄執のすさまじさ。しかしこの提婆達多という男、ろくでもない人間だというのに不思議と共感を抱いてしまう。毒を吐くことで己や他者を虐げる行為は、理想の追求者を演じる自分に酔っているだけのことであり、もちろんそれでは救われない。
しかし悟りの境地にたどり着いた仏陀が素晴らしいかと言えば、彼の大きさは伝わってくるものの、妻だった女や提婆達多を「冷やかに」見る目は恐ろしく、達観とはなんと無情に感じるものかと、これまた読んでいて心穏やかでいられない。つまるところ、人間臭さが愛しくてならない自分は仏陀への反抗心がむらむらと湧き上がってくるばかりだった。まあ、これがすでに憧憬と崇敬を秘めた嫉妬というものなのかもしれない(笑)。 -
かなり不埒な寝取り方してるのに、中が嫌ってる獣の交わり…と表現しなかったあたり、「犬」との相違があると思う。
この物語を中の、少年期の全能感とその喪失の物語と捉えると、なんというか…この人現代に生まれてたらニートになってた気がする。
後半は叙述的すぎて面白味に欠けるけど、読みごたえはあった。 -
美しい日本語。内容も素晴らしい。
中島敦が好きな人は好みではないだろうか(私を含む)。歴々の作家で私的に5本の指に入る。 -
中勘助を始めて知った作品。
仏陀のライバル(?)である提婆達多の人生の物語です。
この上なく美しい日本語と、舞台であるインドの麝香が心を誘います。
前編での悲恋と後編での若王の叫びがこの物語の主題だと思います。