- Amazon.co.jp ・本 (214ページ)
- / ISBN・EAN: 9784003107744
作品紹介・あらすじ
諧謔と哀愁に満ちた言葉を自在に駆使し、独自の詩世界を切りひらいた井伏鱒二(1898‐1993)。「散文が書きたくなるとき、厄除けのつもりで」書いたという『厄除け詩集』に初期の作品を加え、生涯の全詩作70篇を凝集。
感想・レビュー・書評
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井伏鱒二という「詩人」の全貌がやっと身近なものになった。私は彼の詩の一部しか知らなかった。今回の詩集は今まで一番充実していた「全集」のそれよりも「拾遺詩篇」19篇が付き、まさに「決定版」になっている。彼の詩は一言で言うと「個性の塊」である。そして一方では「柔らかい日本語」なのだ。そして時々「どきりとする表現」があり、時々「謎な表現」がある。
例えば「逸題」。「今宵は中秋名月/初恋を偲ぶ夜/われら万障繰りあわせ/よしの屋で独り酒をのむ 春さんたこのぶつ切りをくれえ/それも塩でくれえ…」この見事なリズム感、見事な庶民性。そしてなぜ「われら」が「独り」なのかという謎。
また訳詩という作業において、井伏はまだ誰も追いこしていない換骨奪胎の偉業を成し遂げている。「ハナニアラシノタトエモアルゾ/「サヨナラ」ダケガ人生ダ」干武陵の「勧酒」を見事に訳したこれだけではない。「ドコモカシコモイクサノサカリ/オレガ在所ハイマドウヂヤヤラ/ムカシ帰ツタトキニサヘ/ズヰブン馴染ガウタレタソウダ」(杜甫「復愁」)今回彼の詩を全部読んで気づいたのはその詩の中に庶民から見た戦争の影がどうしようもなくまとわりついているということだ。これは井伏でしか書けなかった詩であり、もう現代では誰も書けない詩である。そういう目で見ると「つくだ煮の小魚」も「顎」も「春宵」も突然いなくなった者たちへのもの哀しくオカシイ鎮魂歌の様にも思える。のは私だけだろうか。
2004年12月8日読了詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
「勧酒」 于武陵
勧 君 金 屈 巵
満 酌 不 須 辞
花 発 多 風 雨
人 生 足 別 離
コノサカヅキヲ受ケテクレ
ドウゾナミナミツガシテオクレ
ハナニアラシノタトヘモアルゾ
「サヨナラ」ダケガ人生ダ
井伏鱒二の漢詩訳でいちばん有名なのが「勧酒」だろう。わたしはこの訳詩がとても好きだ。
人生の儚さ、哀愁が漂っている。
だからといって哀しそうにも思えない。
「ハナニアラシ(花に嵐)」には、良いことには邪魔が入るものだとの意味がある。
そのようなことがこれから起きようとも、今、この酒を酌み交わす時間を生きよう……。
悔いや、諦め、憤り、虚しさは心のうちに燻っているけれども、そのこと全てをも含めて、今ある事実をあるがままに受け入れよう。
清々しいほどの充足感で満たされているようにさえ思う。
「サヨナラ」ダケガ人生ダ
この「サヨナラ」に、以前読んだ『翼よ、北に』の「サヨナラ」についての文章を思わずにはいられない。
そこには「サヨナラ」を文字どおり訳すと、「そうならなければならないなら」という意味があると綴られていた。
そうならなければならないなら。
言葉にしない「サヨナラ」が、井伏鱒二の訳す「サヨナラ」にも通じるように思う。
心をこめて手を握る。その手の温もりの代わりに、なみなみと酒をつぐ。
「サヨナラ」の言葉に人生の理解のすべてがこもっている。
ただ、この「勧酒」など『厄除け詩集』の「訳詩」には粉本があった。石見国の潜魚庵という人物が唐詩選を俗謡調に和訳したものである。
たとえば潜魚庵の「勧酒」の訳詩はこうだ。
サラバ上ゲマショ此盃ヲ
トクト御請ケヨ御辞儀無用
花の盛リモ風雨ゴザル
人ノ別レモコノ心ロ
漢詩は勉強不足なので直感的なものなんだけれど、潜魚庵の訳詩は原詩に出来る限り忠実であるように訳した気がする。
潜魚庵の訳詩を知ると、井伏訳はもっとおおらかで生き生きしているようだ。わたしにとって井伏訳の「勧酒」は、情景が鮮やかに浮かびあがり、感情がぶわぁと溢れてくる。
井伏鱒二だからこそ誕生した訳であり、井伏鱒二の「勧酒」だといってもいいのじゃないかなぁ。
また井伏鱒二の詩にはなんだか面白いものも多い。ユーモアのある井伏鱒二の性格を表しているような、クスッと笑えるものがけっこう好きだ。
「誤診」
医者が僕のレントゲン写真を出して
「心臓肥大です、要注意ですな」と云った
僕は尋常一年のとき運動会で駆けつこに出た
すると「用意、どん……」の直前
不意に胸がごつんごつんと鳴りだした
これが僕の記憶する最初の胸の高鳴りだ
最近は胸のときめきを感じることがなくなつた
原稿書いてゐて胸がふと動悸を摶ちだすことなど更らにない
僕の感動の最後助(さいごのすけ)だと思はれるのは
京竿で一尺山女魚を釣つたときのものである
僕の心臓は干涸らびてしまつてゐる筈だ
心臓肥大とは誤診だと思ひたい
『厄除け詩集』より-
いるかさん、こんばんは♪
なんとなく好きってわかりますよ。
わたしも井伏鱒二さんて、なんとなく写真の雰囲気が好きなんです~
小説は「山椒魚...いるかさん、こんばんは♪
なんとなく好きってわかりますよ。
わたしも井伏鱒二さんて、なんとなく写真の雰囲気が好きなんです~
小説は「山椒魚」しか読んだことないんですけど……えへへ。
この「勧酒」の訳は以前から好きだったんですけど、「翼よ、北に」を読んでから、最近益々好きになったんです。
ほら、わたしは韓国時代劇ドラマが好きじゃないですか(←知らんがな、ですよね 笑)。
なんかねぇ、いろんなシーンが、勝手に解釈したこの詩に重なっては、胸に込み上げてくるものがあるんですよ。
語ると長くなるので、ここで止めますが……笑
わたしの読書のペースは一定してないので、突然音沙汰がなくなるときもあると思いますよ~
いるかさんは、いるかさんのペースで楽しんでくださいね。
楽しいのが1番です♡
こちらこそ、いつもありがとうございます!2022/01/19 -
地球っこさん
こんばんは。私も「厄除け詩集」は読んだことあります。リズミカルでおおらかで自分を道化のように見せながらも、胸にグサッと刺さる...地球っこさん
こんばんは。私も「厄除け詩集」は読んだことあります。リズミカルでおおらかで自分を道化のように見せながらも、胸にグサッと刺さる悲しみや虚しさを表現しているので凄いなと思いました。「サヨナラダケガジンセイダ」も好きだし、「魚拓」やタイトルは忘れましたが、田舎のおせっかいなお母さんのことを書いた詩も好きです。2022/01/27 -
Macomi55さん
こんばんは♪
Macomiさんも井伏鱒二の詩、お好きなようで嬉しいです。
わたしは自分ではロマンチックだっ...Macomi55さん
こんばんは♪
Macomiさんも井伏鱒二の詩、お好きなようで嬉しいです。
わたしは自分ではロマンチックだったり、切ないだったりの詩が好みだと思ってたのですが、井伏鱒二のクスッとなるようなおおらかな詩も意外と好きなんだということに気づきました。
あと明治、大正生まれの詩人の詩がやっぱり好きみたいです。
なんかしっくりきます 笑2022/01/27
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1937年(昭和12年)。
訳詩が素晴らしい。孟浩然『春暁』を直訳と井伏訳で比較すると(カッコ内が井伏訳)、
春眠暁を覚えず
(ハルノネザメノウツツデ聞ケバ)
処々啼鳥を聞く
(トリノナクネデ目ガサメマシタ)
夜来風雨の声
(ヨルノアラシニ雨マジリ)
花落つること知んぬ多少ぞ
(散ッタ木ノ花イカホドバカリ)
直訳の格調高さも良いけれども、井伏訳の大らかな自然体も捨てがたい。
そして何と言っても、于武陵『勧酒』の訳の完成度は一頭地を抜いている。いつか自分がこの世に別れを告げる時もこんなふうに飄々と去っていけたらいいな、なんて思ったりする。
君に勧める金屈巵(きんくっし)
(コノサカヅキヲ受ケテクレ)
満酌辞するを須(もち)いず
(ドウゾナミナミツガシテオクレ)
花発(ひら)けば風雨多く
(ハナニアラシノタトヘモアルゾ)
人生 別離足(おお)し
( 「サヨナラ」ダケガ人生ダ) -
無骨で老獪な小説の印象の強い井伏鱒二の詩集はどのようなものかしら、と手にした。
無知で恥ずかしいが、あまりにも有名な「サヨナラダケガ人生ダ」の「勧酒」は井伏の訳だったか。
吐き出されるように書かれた詩は情緒的ではないが、不思議と「詩的」である。 -
平俗な言葉で清冽な思想が紡がれる。
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有名な「勧酒」と、他の詩も読んでみたくて購入。
のどかでありながら、どこか醒めた感じも受ける詩が多かった。
高校時代に教科書で読んで印象に残っていた「秋夜寄丘二十二員外」が収録されていて、懐かしい気持ちになった。 -
かの有名な「勧酒」目当てで購入した1冊。
前半から漢詩の訳のあたりまではわくわくしながら読めたけれど
後半は少しだれてしまったような印象。
あまりリズムとか韻にはこだわらずに書かれていたからかな。
散文を書きたくなったときに、厄除けのつもりで書いたとは、よく言ったものです。 -
好きな詩
『春暁』『聞雁』『田家春望』『紙凧』『泉』。
特に好きな詩の抜粋
『田家春望』p.56
ウチヲデテミリヤアテドモナイガ
正月キブンガドコニモミエタ
トコロガ会ヒタイヒトモナク
アサガヤアタリデ大ザケノンダ
『勧酒』p.59
コノサカヅキヲ受ケテクレ
ドウゾナミナミツガシテオクレ
ハナニアラシノタトヘモアルゾ
「サヨナラ」ダケガ人生ダ
『花に嵐のたとえもあるぞ「サヨナラ」だけが人生だ』は、何度考えても自分なりの解釈が思いつかない。しかし、つい口ずさみたくなるお気に入りの詩。
岩波文庫3/100冊目。次は、『黒猫・モルグ街の殺人事件 他五篇』を読む。 -
引用
なだれ
峯の雪が裂け
雪がなだれる
そのなだれに
熊が乗ってゐる
あぐらをかき
安閑と
莨をすふやうな格好で
そこに一ぴき熊がゐる