金子光晴詩集 (岩波文庫)

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制作 : 清岡 卓行 
  • 岩波書店 (1991年11月18日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (483ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003113219

金子光晴詩集 (岩波文庫)の感想・レビュー・書評

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  • 金子光晴は「ちくま日本文学全集」ではじめて出会った詩人です。
    普通、詩などはあまり読まないのですが、金子光晴と宮沢賢治、それに石川啄木、この3人はすごいと思います。
    というか、読んでみて「分かる」というか「面白い」というか、これまでそう感じたのがこの3人だけで、あとの人たちのは、なんかよくわからん。
    短歌とか、俳句とかも含めてそうです。

    そういえば、この3人の詩人、いずれも「ちくま日本文学全集」で読んで初めて知りました。
    宮沢賢治は昔からファンでしたが、詩はあまり読んだことはありませんでした。
    そういう意味で、この全集は私にとってはじつにありがたい全集です。

    金子光晴は、1895年(明治28年)に生まれ、1975年(昭和50年)に亡くなった詩人です。
    この詩集には、彼の生涯にわたる詩業がまとめられています。
    波瀾万丈といっていい彼の一生と、その背景となった大正から昭和、そして戦後の時代を思うと、読みおえたあと、ある種の感慨に襲われます。

    その中から、特に気に入った詩をいくつか書き写してしてみました。
    まずかれの名声を確立した「こがね虫」(1923年:大正12年)から。
    「雲」という詩です。

    雲に呼びかけ、答えてもらうという形式で、若々しく絢爛豪華でスタイリッシュなこの詩は、まえにもいったけどカッコイイのひとこと。






    雲よ。
    栄光ある蒼空の騎乗よ。

    渺か、青銅の森の彼方を憾動し、
    意、王侯の如く倨傲り、
    国境と、白金の巓きを渉る者よ。


    お前の心情に栄えてゐる閲歴を語れ、
    放縦な胸の憂苦を語れ。




    憂鬱児よ、聞け。

    それは、地上に春が紫の息を罩め、
    微風が涼しい樹皮を車乗する頃、
    あゝ、暫く、思慕する魂が、寂寞の径を散策し嘆く頃、

    萌芽が、色々の笛を吹き鳴らす頃、
    蕨の白い路を、野兎らの躍る頃、


    山峡を繞る鳶色の喬木林は燃え、
    金襴、照映し眩う雲雲の意想と、精根は、

    乱れ噪がない私自らを、どんなに裕裕と写映しつつ、
    無辺の山上湖を航行したか。

    どんなに私らは賞揚し、
    どんなに私らは自負したか。


    夕暮、
    大火が紅焔の如く、黒い寥林の背後を急走る頃まで、
    私らの無言の爆発は、朱色の静かな天空を、
    どんなに際涯もなく擾がしたか。

    どんなに選出された者丈が続いたらうか。

    どんなに数多い哀楽を、夢を追つたらうか。




    然し。
    此世の薫匂やかな、総ての約束は遺佚される。
    茅簷の花卉は、冷たい土に顛落し燃える。

    森の部屋は噪がしく空疎になつた。
    穂草は悲哀に迄届いてしまつた。


    何時しか、私らは疾走する風の手に捕はれ、
    紅雀は発狂し、
    荊棘の、青空を翔ぶ。
    荒寂れた田野は、
    悲しい棺柩の列を排列する。


    憂鬱児よ。
    其時、私らは幸福を知悉する者の如く失神する。
    季節は、只、
    悦楽の順序に私を送る。



    第2次世界大戦前夜、妻とともに上海、香港、シンガポールから、フランス、ベルギーへ渡り、また戻ってくる地獄めぐりのような放浪の旅は、「どくろ杯」「ねむれ巴里」「西ひがし」という三部作の自伝で語られています。いずれも不思議な魅力に満ちた作品です。

    また、この戦争をはさんで、「鮫」(1937年:昭和12年)、「落下傘」(1948年:昭和23年)といった詩人の代表作と呼ばれる作品が生まれます。

    これらの長大な作品とともに、金子光晴といえば女性を描いた数々の詩でも有名です。
    その中から、ひとつ。
    戦後の「人間の悲劇」(1952年:昭和27年)から。作者57歳のときの作品。



    もう一編の詩


    恋人よ。
    たうたう僕は
    あなたのうんこになりました。

    そして狭い糞壺のなかで
    ほかのうんこといっしょに
    蝿がうみつけた幼虫どもに
    くすぐられてゐる。

    あなたにのこりなく消化され、
    あなたの滓になって
    あなたからおし出されたことに
    つゆほどの怨みもありません。

    うきながら、しづみながら
    あなたをみあげてよびかけても
    恋人よ。あなたは、もはや
    うんことなった僕に気づくよしなく
    ぎい、ばたんと出ていってしまった。


    そして晩年の「若葉のうた」(1967年:昭和42年)。
    孫の若葉をうたった素晴らしい作品です。

    若い頃から放蕩非道を繰り返した作者が、こんな素直に孫のことをうたっていることに感動します。
    金子光晴詩集も終わりに近い。
    作者の生涯も終わりに近づいています。
    その中から2編。



    元旦


    正月になったといふのに
    若葉はまだ、零歳と六ヶ月だ。

    七十歳になった祖父はこの子の娘盛りまで
    なまけてすごしたむかしの月日を
    割戻してはくれぬかと虫のいいことを思ふ。

    若葉は、零歳六ヶ月といふのに
    丸丸として、三貫二百目ある。

    このぶんで大きくなっては
    若見山のやうになりはせぬかと
    パパと祖母とが取越し苦労をする。

    ねむることが一しょうばいの娘のそばで
    ほどいた毛糸を一心に編みなほすママ。

    小さな餅に金柑がのってるだけの正月だが
    とはうもなくこころのあったかい正月だ。



    頬っぺた


     まあるい若葉の頬っぺたは
    支那まんじゅうのやうにふかふかで
    朱いはんこを おしてみたくなる。

     おもてへゆきたいと若葉は泣くが
    かるがると抱けなくなってきたし、
    それに、二月の風は、つめたい。

     つめたいのは、風ばかりではない。
    若葉は知るまいが、一あし出れば、
    ふれさせたくないことでいっぱいだ。

     柊の葉がいたい。きこくのトゲがいたい。
    車がこはい。粉雪もちらついてきた。
    こんな寒空には、若葉よ。おうちにゐよう。

     おぢいが、さあ、おしめをかへてあげよう。
    抱きあげると、ずゐぶん大きいやうだが、
    ねかせてみるとどうだ。まだ、あかん坊だ。


    こんなふうに好々爺然とした詩を書いていますが、しかし次の作品「愛情69」(1968年:昭和43年)では、若い愛人とのやりとりや男女のさまざまな愛情を描き、依然として油断ならないエロじじいであったようです。

    最後に、その中から一編。
    知人の死を歌った詩です。



    愛情46
        ージョーさんに


     トマトのような赤い顔を
    ベッドにころがしてジョーさんは、
    うるんだ眼で、僕をみあげて
    口をうごかす。左様ならを言ふつもり。

     ひとり残される奥さんは
    鍋鶴のような脚で、そばに立つてゐる。
    たしか、去年だつたね。ミシン台の下に
    いつもねてゐた老犬が死んだのは。

     みんな、ばらばらになるんだね。
    もう、洋服もつくつて貰へなくなるね。
    ジョーさんよ。いづれは皆さようならだ。
    太陽も、電燈も、コップの水も。

     みんな君が愛したものだ。酒も、詩も、
    それから、大事なことを忘れてはいけない。
    君だけをたよりに生きてきた奥さんの
    なじみ深いおまんこさんに言う
               サンキュー・ベリマッチを。

  • 再読。金子光晴は、同時代の日本の詩人にはあまりない、異国情緒(ヨーロッパだったり大陸だったり)や、デカダンな雰囲気が濃厚なところがとても好き。かと思えば突然「う◯こ」とか書いちゃうところも(笑)

    全体的に自身の内面の掘り下げよりも、頽廃や耽美への傾倒とスケールの大きさが印象に残る。

  • 意外と象徴主義的。

  • 落ち毛の詩が好きです。

  • 仕方のないことだけれども、これ一冊では金子光晴の詩の魅力は十分に伝えきれないと思う。

  • サウンド文学館・パルナス「金子光晴詩集」 朗読・佐藤慶

  • 諧謔というにはまっすぐな。

  • 明治の反骨の文化人、金子光晴の詩集です。この人は反戦の詩や、明治維新批判なんかもしてますね。
    ボードレールやランボーなんかの詩の翻訳もしています。
    個人的には音の表現が好きです。

  • PT#20 2002.3

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