- Amazon.co.jp ・本 (240ページ)
- / ISBN・EAN: 9784003119815
作品紹介・あらすじ
やさしくて、茫洋として、卑下もせず、自慢もしない-。話し言葉を巧みに使って書いた素直なことばが生のリアリティーを映し出し、重層的な、混沌とした時空間を喚びおこす。現代抒情詩の第一人者辻征夫(一九三九‐二〇〇〇)のエッセンス。
感想・レビュー・書評
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ほのぼのと笑ってしまったり、平易な言葉で紡がれた真理に胸を打たれたりした。
このひとの詩は肩肘張らずに読める。抒情詩っていいな。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
高橋源一郎の小説に引用されていた「きみがむこうから」という詩の詩句で、久しぶりに興味を持ちました。感想はブログに書きました。
https://plaza.rakuten.co.jp/simakumakun/diary/202012280000/ -
「ぼくがゆびをぱちんとならして、きみがおとなになるまえの詩集」(斉藤倫)で引用があり、読みたくなった。
冒頭の一編からたまらない気持ちになる。
寂しかったり、滑稽だったり、現実の生にとても近いところで語られる言葉が胸に響いた。
谷川俊太郎氏との対談も面白い。 -
詩歌
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雲
詩は曖昧さを避け、その意味する範囲を限定するものである。(原文と異なると思う)
それは創作者側の願いであったり意図であろうが
読み手に、鑑賞者にその鑑賞範囲だったり対象の逸脱を避けるように図ることは不可能であり、なおかつ愚かしいこと。
経験、世界観の相違および人間の観想しうるものは
それは限定されているというより有限であるといったほうがよいだろうが、その有限個は有限なのであって、ないのではなくあるのである。それも一つ二つ三つといったように少数でなしにその総和・総数がわからぬままとりあえずの認識可能なる範囲で有限個であると措定しているのである。
そんなことはわかっている。そうわかったうえでこの言葉、辻さんの詩に対する考え方を見ていたい。
創作者の創作した背景はおそらく詩をある意味厳密・限定しうるに十分なものであろう。
詩というものは、この書の「雲」に属し、 -
手をつけやすい値段だったのが買ったきっかけ。辻征夫という詩人についてもよく知らなかった。なんかかっこいいというのが率直な印象だ。野球の投手でいうと、なんか地肩が強いから過度に変化球に頼らなくてもいいような感じなのか。上手くいえないが、素直に出た言葉がそのまま使えるって感じ。『かぜのひきかた』ってまだ手に入るのかな。
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現代詩のはずなのだが、ゲンダイシの先生方の作品と比べてずいぶんと平易である。あまり頻繁に言葉が逸脱しない。つまり、ひとつひとつの語が日常語的なコンテクストを離れ、差異をはじけさせて孤立して輝く、といった現代詩ではない。
むしろ日常的な風景をさりげなくえがきながら、不意に意外なイマジネーションに移行する。そんなスタイルで、文壇の中ではかなり地味な存在だったにちがいない。
たとえば吉増剛造さん以降のような鋭い語の連発をめざす人々から見れば、辻征夫さんの詩はあまりにも平易だ。しかしもちろん、ここにもたしかに「詩」がある。
この詩人が将来の文学史に名を残さないにしても、それと「詩の真実」とは別である。だから最前衛だのなんだの、現代詩としての進歩だのなんだのといったことは考えないでいい。考えないようになりたい。 -
優しさが溢れ返らんばかりの口語詩。
おい、あのあしかの、あの眼つきを見ろ。あれはたしかに〈はじらい〉を知っているぞ。
で、ぐいっとつかまれ、
鼻と鼻が
こんなに近くにあって
(こうなるともう
しあわせなんてものじゃないんだなあ)
でそのチャーミングに撃たれ、
恋人の寝姿の傍らで昼の月を見る心について思う。
人の中に在る蟻の涙ほどのちいさな無垢を信じる人間が、いてくれてよかった。 -
現代詩ってあまり読まないのだけれど(どのへんから現代詩かわからないけど生きてる人なら谷川俊太郎くらい)これはその谷川俊太郎の編で、ぱらぱら立ち読みしたらなんか良さげだったので購入、じっくり読んだらやっぱり良かった。
現代詩だから当たり前なのだけれど、基本的に平易な言葉で日常的な感情や情景が切り取られているので、するっと心に入ってきやすい。それでいて、数行のなかに短編小説くらいの広がりを感じさせられるので、小説読むのに比べて余白多いはずなのに、小説読むのと変わらないくらいの時間をかけて読んでしまった。
好きな詩がたくさんあったけれど「まつおかさんの家」が妙に気に入りました。「突然の別れの日に」はこれをモチーフに短編SF書けそう。
巻末の谷川俊太郎との対談も面白かったです。おもに谷川さんの発言が。詩なんて、あんなもの、って言っちゃう谷川さんやっぱ好きだなあ。