失楽園 上 (岩波文庫 赤 206-2)

  • 800人登録
  • 3.65評価
    • (56)
    • (60)
    • (112)
    • (8)
    • (4)
  • 63レビュー
著者 : ミルトン
制作 : John Milton  平井 正穂 
  • 岩波書店 (1981年1月16日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (443ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003220627

失楽園 上 (岩波文庫 赤 206-2)の感想・レビュー・書評

並び替え:

表示形式:

表示件数:

  • Paradise Lost。
    ジョン・ミルトンによる一大叙事詩である(1667年)。ルネサンス期の叙事詩として、ダンテの『神曲』やアリオストの『狂えるオルランド』と並ぶ作品とされる。
    「失楽園」というのは少し不思議なタイトルで、素直に訳せば「楽園喪失」とか「失われた楽園」になりそうなところである。英文学者、繁野天来(1874年~1933年)が訳したのが邦訳としては最初であるようだが、そうするとこの訳語を当てたのは繁野であったと考えるのが妥当か。いずれにしても、今日、これ以外のタイトルは合わないような気さえしてしまうのだから、名訳だったといってもよいように思う。

    では、『失楽園』とはどういう話か。
    誰しも、アダムとイヴ(本書ではイーヴ)が禁断の実を口にし、エデンの園を追われる物語、と答えるだろう。狡猾な蛇に唆され、まずイヴがその実を食べる。その実を食べれば死ぬと神には言われていたが、蛇が言うには、食べれば賢くなる実だという。実際、イヴが口にしても死ぬことはなく、イヴはそれをアダムにも勧める。実を食べた2人は、それまで気にもしなかったのに、自身が裸であったことを恥ずかしく思い、腰を覆って、神から身を隠す。神は禁断の実を人が食べたことを知り、2人を楽園から追放する。
    そう、それは創世記の中の物語だ。人がなぜ死ぬか、生きるためになぜ働かなければならないか、人がなぜ罪深き身であるのかを語る、「原罪」の物語だ。
    だが、実は、『失楽園』で描かれるのは、その物語の前日譚だ。
    イヴを唆した「蛇」とはそもそも何者だったのか。
    「蛇」はなぜ人間が神に叛くように仕向けたのか。
    それこそがこの壮大な叙事詩の主軸である。

    創世記は神による天地創造から始まる。
    だが、それ以前からもちろん神は存在している。
    そうして天使や悪魔もいる。
    この「悪魔」=サタンとは何者か。それはかつて神への反旗を翻した大天使ルシファーだった。神がその御子を自らの後継者として定めたことに怒ったルシファーは他の天使たちを煽動して、反乱を起こす。激しい戦いの末、雷霆に撃たれた彼は、堕天使として地獄に落とされる。
    だが、そこでは終わらない。
    一敗地に塗れたからといって、それがどうだというのだ?
    すべてが失われたわけではない (第一巻105-106)

    ダーク・ヒーローと言ってもよいような不遜さで、彼は立ち上がり、彼が敗れた後に作られた楽園を目指すのだ。神が創造した人間を貶め、神への復讐を果たすために。

    上巻で語られるのは、サタンが神に叛き地獄に堕とされた顛末、そして楽園で憂いなく暮らす人間の元にサタンの魔の手が伸びていく様である。
    ときにサタンの目線で、ときにアダムに天使が語る体裁で、ときに第三者的視点から、ミルトンは立体的に物語を紡いでいく。

    驚くことに、ミルトンはこの物語を創作している時点で失明している。『失楽園』は口述筆記で著されているのだ。
    壮大な物語詩は、ときにギリシャ・ローマ神話の香りも孕み、ロマンに満ちている。スケールの大きな宇宙観は、失明以前に会ったというガリレオから得た知識も反映しているものか。

    さて、サタンの目論見は果たされるのか。
    古典という言葉からは想像しにくいほどの高揚感とともに、下巻に進む。


    *この前段階で、超訳版『ドレの失楽園』を読み、ほぇぇ、何だかぶっ飛びすぎじゃないか・・・?と思ったのですが、よく考えると(固有名詞を除けば)結構原作の骨格には沿っている、ような気もしてきました。ふぅむ・・・。

  •  上巻>下巻 という人が多いんじゃないかと感じる。アンチ・ヒーローとしてのサタンのカリスマが強すぎて、それに反比例するようにアダムの存在感が薄くなっていくなあ・・・中世の人もそう思ってたような気がしてしまう。パーシー・シェリーの本の序文に〈人間の英雄プロメテウスとミルトンの描くサタンは酷似している〉みたいなことが書いてあったのを思い出しました( ´◡` ) 本当にこの本のサタンはかっこいいなあ。
     
     名文も上巻に集中。
    「天国において奴隷たるよりは 地獄の支配者たる方がどれほどよいことか」
     なんて、読んでて超しびれる。

  • イギリスの詩人ミルトン(1608-1674)による旧約聖書の楽園喪失を主題とした長編叙事詩で、キリスト教文学の代表作とされる、1667年。

    自由意志をもった人間と絶対者たる神との関係を思いながら読んだ。この物語の中で最も躍動的に描かれているのは、アダムでもイヴでもなく、間違いなくサタンだ。純粋な悪は、人間の自由意志とともに見出された。それは、悪霊や病や前世の呪いに起因すると解釈されてきた外在的な悪ではなく、人間の自由性それ自体に内在する悪である。神の叛逆者たるサタンは、中世の宗教的蒙昧から覚醒した近代人の自由の象徴であるかのようだ。悪の化身たるサタンは、もはや自らの存在根拠として神に依存することができなくなった近代人の写し絵のようである。サタンによる神への叛逆とは、神の権威によって支えられてきた秩序からの人間的秩序の自律を意味するだろう。

    そこで、原罪とは何か。ロゴスによるあらゆる規定を超越し得るが故に必然的に自己否定の無間地獄へと陥らざるを得ない、そうした自己意識の自己関係的機制に覚醒してしまい、もはや無垢ではいられなくなった人間のあらゆる実存的苦悩の源泉こそが、原罪の名で呼ばれているのではないだろうか。「自由の刑に処せられている」人間存在の内なる深淵=無だ。近代が獲得した人間的自由の行き着く果ては、虚無だ。楽園追放とは、人間的自由=内的無の発見と不可避的にそれに引き続く苦難の歴史――それこそが人間の歴史だろう――の幕開けを象徴する物語だ。

    尤も、当然のことながら、17世紀に執筆された『失楽園』中のアダムとイヴには、こうした現代的なニヒリズムの影は見られない。そこでは、人間の自由や理性というものが"神の摂理"によって裏打ちされている。二人が楽園を去る後ろ姿には、一方で信仰心を失うことなくしかし同時に神から自立して自らの理性で世界に立っていこうとする近代人の、不安や寂しさの入り交じった静謐な希望と覚悟が表れているように思う。人間の内面と外的世界とが神を媒介にして調和のうちに結ばれていた近代初期の――則ち神が殺される以前の――、或る幸福な瞬間を生きた時代精神の記録といえる。

    なお、物語の端々に、当時の女性蔑視的な性観念が見出される。人間(男)が神に服従するように女は男に服従するものだ、などと平気で云っている。

    訳文は格調高くかつ読みやすい。

  • ★★★

    この本、キリスト教圏では一体どういう読まれ方をしているのだろうか。

    映画評論家の町山智浩が『ダークナイト』評の中でこの本を取り上げていたのをきっかけに読みはじめたのだけれど、僕としては、どう読んでもサタンに感情移入せざるを得ないんですけど。

    基本的に欧米の皆さんにとってサタンは悪者なんだろうけど、僕はキリスト教、というか一神教に馴染みがないせいか、むしろここで描かれている神の振る舞いがいちいち強権的で我慢ならない。

    そりゃあ反抗したくもなります。

    『幼年期の終わり』の宇宙人みたいな神々にいい子いい子されながら生きるのなんてまっぴらごめんだ。

    この内容でサタンを応援しないでどうする。

    とはいえ何事も程度問題ですから、いくら神様の言う通り生きるのが嫌だからって、いきなり『プライベートライアン』クラスの残酷さで懲らしめられちゃうんだったらちょっと考えます。

    ええ、考えさせて頂きます。

    これだけ感情移入したわりになぜ★×3なのかと首を傾げる方もいると思うが、それはまだ下巻を読んでいないからというのが大きな理由。

    小さい理由としては、ところどころ退屈に感じられる描写もあったけれど、それ以上にサタンの孤軍奮闘ぶりに手に汗握ったのだから、差し引きでは大きくプラスだ。

    下巻、買います。

  • 神様に大戦争を仕掛けて堕天したサタンが、地獄からエデンに潜入してアダムとイヴに誘惑を試みるまで。
    世界文学史上もっとも壮麗な幻想戦争が描かれる。山を持ち上げてブン投げ合い、サンダガを降らせまくるって、天使たちの戦争は天変地異レベルだ。
    さらに、サタンがエデンにたどり着くまでの遥かな中有の旅の距離感も息をのむばかり。それらを突き抜けて息づくのは、天にはむかっても己の正義と自由のために戦い続けるサタン、すなわち人間の姿だ。徹底して自由な悪は、それだけで人間を魅了する。

  • やっと上下巻が本棚に揃ったので。中学時代、ちょうど『失楽園』のドラマが流行っている頃にこれで読書感想文を書いた私はやな子供。もちろん、ミルトンですよ?欧州の立派な古典だもの。感想書いて何が悪い。

  • 2017.8.19 読了

  • 「一敗地に塗れたからといって、それがどうしたというのだ?」名台詞ですね.旧約聖書の再話.上巻では地獄の描写が,下巻では蛇に変容する堕天使たちの描写が圧巻.
    旧約聖書「創世記」エデンの園でイブを欺き知恵の実を食べさせたあの蛇の正体は地獄に突き落とされた嘗ての暁の明星ルシファーだったのだ!神への反逆は惨めな失敗に終わり,地獄へ幽閉されたが,ベルゼバブとの対話で復讐を誓い,勇んで地獄会議を主催する.ところが今や悪魔に堕した反逆天使どもは完全にヘタレている.こうなったら自分でやるしかないっしょってことで,今やサタンと呼ばれる反逆天使の長はできたての地球へ潜入するのだった.ひたすら神とその御子キリストへの賛美が語られているが,そこにはもうすぐ迫る時代へのミルトンなりの警戒というか危機意識があったのかもしれない.とりわけ,アダムが天使に対してもしかして地球が動いてるんですかと尋ねる場面があり,それに対する天使の答えが「いいじゃないか,どうだって」的なまとめ方をしており,コペルニクス以後の現実世界とキリスト教徒の世界観との不一致に狼狽しているのか.ダーウィン後になるとさらに苦しかったろう.

  • 新書文庫

  • 「本を読む本」の中に掲載。

全63件中 1 - 10件を表示

ミルトンの作品

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

有効な左矢印 無効な左矢印
ウンベルト エー...
フランツ・カフカ
安部 公房
ヘミングウェイ
フランツ・カフカ
ドストエフスキー
遠藤 周作
有効な右矢印 無効な右矢印

失楽園 上 (岩波文庫 赤 206-2)に関連するまとめ

失楽園 上 (岩波文庫 赤 206-2)を本棚に「いま読んでる」で登録しているひと

失楽園 上 (岩波文庫 赤 206-2)の作品紹介

「一敗地に塗れたからといって、それがどうしたというのだ?すべてが失われたわけではない」かつては神にめでられた大天使、今は反逆のとが故に暗黒の淵におとされたサタンは、麾下の堕天使の軍勢にむかってこう叱咤激励する。神への復讐はいかにして果さるべきか-。イギリス文学の最高峰に位する大長篇叙事詩の格調高く読みやすい現代語訳。

ツイートする