失楽園 上 (岩波文庫 赤 206-2)

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  • Amazon.co.jp ・本 (448ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003220627

作品紹介・あらすじ

「一敗地に塗れたからといって、それがどうしたというのだ?すべてが失われたわけではない」かつては神にめでられた大天使、今は反逆のとが故に暗黒の淵におとされたサタンは、麾下の堕天使の軍勢にむかってこう叱咤激励する。神への復讐はいかにして果さるべきか-。イギリス文学の最高峰に位する大長篇叙事詩の格調高く読みやすい現代語訳。

感想・レビュー・書評

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  • 昔読んだ「フランケンシュタイン」の醜く憐れな怪物がこの本を読んで深く感動する場面があって、とても印象に残っていたので。

    負けても堕ちても自由意志の尊さを身に纏うサタンにほれぼれしてしまう一方、「自分自身の奴隷になっているではないか」と善き天使から指摘される場面は読んでる私も耳が痛くなっちゃいました。

  • Paradise Lost。
    ジョン・ミルトンによる一大叙事詩である(1667年)。ルネサンス期の叙事詩として、ダンテの『神曲』やアリオストの『狂えるオルランド』と並ぶ作品とされる。
    「失楽園」というのは少し不思議なタイトルで、素直に訳せば「楽園喪失」とか「失われた楽園」になりそうなところである。英文学者、繁野天来(1874年~1933年)が訳したのが邦訳としては最初であるようだが、そうするとこの訳語を当てたのは繁野であったと考えるのが妥当か。いずれにしても、今日、これ以外のタイトルは合わないような気さえしてしまうのだから、名訳だったといってもよいように思う。

    では、『失楽園』とはどういう話か。
    誰しも、アダムとイヴ(本書ではイーヴ)が禁断の実を口にし、エデンの園を追われる物語、と答えるだろう。狡猾な蛇に唆され、まずイヴがその実を食べる。その実を食べれば死ぬと神には言われていたが、蛇が言うには、食べれば賢くなる実だという。実際、イヴが口にしても死ぬことはなく、イヴはそれをアダムにも勧める。実を食べた2人は、それまで気にもしなかったのに、自身が裸であったことを恥ずかしく思い、腰を覆って、神から身を隠す。神は禁断の実を人が食べたことを知り、2人を楽園から追放する。
    そう、それは創世記の中の物語だ。人がなぜ死ぬか、生きるためになぜ働かなければならないか、人がなぜ罪深き身であるのかを語る、「原罪」の物語だ。
    だが、実は、『失楽園』で描かれるのは、その物語の前日譚だ。
    イヴを唆した「蛇」とはそもそも何者だったのか。
    「蛇」はなぜ人間が神に叛くように仕向けたのか。
    それこそがこの壮大な叙事詩の主軸である。

    創世記は神による天地創造から始まる。
    だが、それ以前からもちろん神は存在している。
    そうして天使や悪魔もいる。
    この「悪魔」=サタンとは何者か。それはかつて神への反旗を翻した大天使ルシファーだった。神がその御子を自らの後継者として定めたことに怒ったルシファーは他の天使たちを煽動して、反乱を起こす。激しい戦いの末、雷霆に撃たれた彼は、堕天使として地獄に落とされる。
    だが、そこでは終わらない。
    一敗地に塗れたからといって、それがどうだというのだ?
    すべてが失われたわけではない (第一巻105-106)

    ダーク・ヒーローと言ってもよいような不遜さで、彼は立ち上がり、彼が敗れた後に作られた楽園を目指すのだ。神が創造した人間を貶め、神への復讐を果たすために。

    上巻で語られるのは、サタンが神に叛き地獄に堕とされた顛末、そして楽園で憂いなく暮らす人間の元にサタンの魔の手が伸びていく様である。
    ときにサタンの目線で、ときにアダムに天使が語る体裁で、ときに第三者的視点から、ミルトンは立体的に物語を紡いでいく。

    驚くことに、ミルトンはこの物語を創作している時点で失明している。『失楽園』は口述筆記で著されているのだ。
    壮大な物語詩は、ときにギリシャ・ローマ神話の香りも孕み、ロマンに満ちている。スケールの大きな宇宙観は、失明以前に会ったというガリレオから得た知識も反映しているものか。

    さて、サタンの目論見は果たされるのか。
    古典という言葉からは想像しにくいほどの高揚感とともに、下巻に進む。


    *この前段階で、超訳版『ドレの失楽園』を読み、ほぇぇ、何だかぶっ飛びすぎじゃないか・・・?と思ったのですが、よく考えると(固有名詞を除けば)結構原作の骨格には沿っている、ような気もしてきました。ふぅむ・・・。

  • 「失楽園」って、口に出して言うと「後楽・園」や「偕楽・園」のように「失楽・園」と読んでしまいがちだけど、本当は「失・楽園」なのよね。
    子どもの頃に読んだ文学事典に、エデンの園を追われるアダムとイブのしおしおとした姿のイラストに「失楽園」と書いてあって、そういう話だと思いこんでいたけど、いや、つきつめるとそういう話なんだろうけれど、上巻を読んだだけでは全然そんな話ではなかった。

    主役はサタン。
    天上の世界にいた時はルシファーと呼ばれていた彼は、天使の中でも位の高いほうで、神様のお気に入りだった。
    だがしかし、神様は一人の男を「我が子」とよび、絶対者である自分のすべてをその男に分け与えると言った。

    「なぜだ?」「なぜ、俺じゃなくてあいつなのだ?」
    今までは全知全能の神に従っていたが、だからといって「神の子」と言われる男に従ういわれはない。
    何なら自分の方が天を統べる資質を持っているんじゃないか。
    と、サタンは思って、神に反旗を翻したのだった。

    全知全能ならルシファーの気持ちくらいわからなかったの?神様。
    と思ったけれど、やはりちゃんとわかっていらっしゃった。
    天使たちとはすなわち、神様が有する軍団で、武器庫には武器も常備してある。
    全知全能の絶対者が、何のためにそんなものを用意しているのかというと、結局神様は確信犯だったのかなと思った次第。

    神のおっしゃることだけを信じ、何も考えずに天国で過ごすくらいなら、自分で判断して自分を生きるために地獄に落ちてもいい。
    仲間を募るための口から出まかせかもしれないけれど、サタンの言うことには説得力がある。
    だって、神に逆らうことなど考えられず、全員が同じように神を敬い神に従い判断をゆだねるって…伊藤計劃の書くところの『ハーモニー』の世界ではないか。

    一致団結したサタン派の天使たちは、一瞬にして地獄に落とされる。
    そして、その隙を埋めるかのように人間がつくられる。
    サタンの憎しみは人間に向けられる。

    ”それにしても、知識が禁じられるとは?そんな奇怪な、無法なことがありえようか?なぜ彼らの主は知識を与えることを惜しんでいるのか?知るということが罪であり、死である、とどうしていえるのか?彼らが罪に堕ちないのはただ無知のおかげだというのか?”

    サタンは人間をそそのかして知恵の木の実を食べることで、人間を罪に堕とし、死という運命を与える。
    けど、サタンの言うことに一理あるなと思ってしまった私は、既に罪に塗れているのだろう。

    異物を認めない狭量な天界よりも、全体的にサタンの言い分に頷きながら読む。
    己の分を知らず、自己肯定感の甚だしい勘違い野郎のサタンは、おそらく中二病。
    でも、それもまた、いいじゃないかと、おばちゃんは鷹揚に思う。

    しかし、17世紀にイギリスの作家ミルトンに書かれたこの作品。
    当時のキリスト教徒にどう受け止められたのだろうか。
    とても気になる。

    作者が作中で訴える。
    ”人間よ、恥を知れ、とわたしは言いたいのだ!呪われた悪魔でさえも、悪魔同士で固い一致団結を守っているのだ、それなのに、生けるものの中で理性的な人間だけが、神の恩寵を受ける希望が与えられているにもかかわらず、互いに反噬(はんぜい)し合っている。神が、地には平和あれ、と宣(のたも)うているにもかかわらず、互いに憎悪と敵意と闘争の生活にあけくれ、残虐な戦争を起こしては地上を荒廃させ、骨肉相食(こつにくあいは)んでいる始末だ。”

    悪魔はもちろん悪いが、人間も悪いと言うところか。

    サタンはしかしこの反逆を、闘争とミカエルにいう。
    ”この闘争をお前は悪だというが、われわれは栄光の闘争と呼んでいる。”

    確かに天使は階級だらけだもんなあ。
    西洋って階級闘争の歴史の繰り返しなのかもしれないなあ。

  •  本書を読むきっかけは、MGS5のテーマになっていたことと、映画評論家の町山智浩がダークナイトのジョーカーについて話していた時に、本書が元ネタとしてあがっていたので読みたいと思っていた。本書は聖書での話がベースになている。聖書をしっかり読まなくても、ある程度は知っていた方が本書は楽しく読めるだろう。
     読んで見ると、現代の作品とサタンの相性が良いのがわかる。ミルトンは神を尊敬して、サタンは完全悪として書いたのだろうが、デビルマンやジョーカーやMGSで見れるように、現代のフィクション好きは魅力的な悪役が大好きなのだ。ヒーローよりヴィランが注目されることは決して珍しいことでは無い。サタンは地獄に落ちても言う「天国において奴隷たるよりは、地獄の支配者たる方が、どれほど良いことか!」と。カッコいい台詞であり、サタンは天国への苦難の道を部下に行かせずに一人で行く。その時の台詞もリーダーとして、かなりカッコいい。神がいるから悪がいる。必要悪としての存在。物語に組み込まれるのは必然だと思う。
     訳注の豊富さも素晴らしく、楽しく読めた。全ての文が、何かしらの引用やオマージュでは無いかと思うほど量が多い。書く方も大変だし、調べる方も大変だ。言語にも精通している必要があるだろう。私は、一度目は普通に読んで、二回目は訳注を読みながら読むと良い。なので、ページを行ったり来たりするため電子書籍ではなくて、紙の本で読むことを推奨する。

  • イギリスの詩人ミルトン(1608-1674)による旧約聖書の楽園喪失を主題とした長編叙事詩で、キリスト教文学の代表作とされる、1667年。

    自由意志をもった人間と絶対者たる神との関係を思いながら読んだ。この物語の中で最も躍動的に描かれているのは、アダムでもイヴでもなく、間違いなくサタンだ。純粋な悪は、人間の自由意志とともに見出された。それは、悪霊や病や前世の呪いに起因すると解釈されてきた外在的な悪ではなく、人間の自由性それ自体に内在する悪である。神の叛逆者たるサタンは、中世の宗教的蒙昧から覚醒した近代人の自由の象徴であるかのようだ。悪の化身たるサタンは、もはや自らの存在根拠として神に依存することができなくなった近代人の写し絵のようである。サタンによる神への叛逆とは、神の権威によって支えられてきた秩序からの人間的秩序の自律を意味するだろう。

    そこで、原罪とは何か。ロゴスによるあらゆる規定を超越し得るが故に必然的に自己否定の無間地獄へと陥らざるを得ない、そうした自己意識の自己関係的機制に覚醒してしまい、もはや無垢ではいられなくなった人間のあらゆる実存的苦悩の源泉こそが、原罪の名で呼ばれているのではないだろうか。「自由の刑に処せられている」人間存在の内なる深淵=無だ。近代が獲得した人間的自由の行き着く果ては、虚無だ。楽園追放とは、人間的自由=内的無の発見と不可避的にそれに引き続く苦難の歴史――それこそが人間の歴史だろう――の幕開けを象徴する物語だ。

    尤も、当然のことながら、17世紀に執筆された『失楽園』中のアダムとイヴには、こうした現代的なニヒリズムの影は見られない。そこでは、人間の自由や理性というものが"神の摂理"によって裏打ちされている。二人が楽園を去る後ろ姿には、一方で信仰心を失うことなくしかし同時に神から自立して自らの理性で世界に立っていこうとする近代人の、不安や寂しさの入り交じった静謐な希望と覚悟が表れているように思う。人間の内面と外的世界とが神を媒介にして調和のうちに結ばれていた近代初期の――則ち神が殺される以前の――、或る幸福な瞬間を生きた時代精神の記録といえる。

    なお、物語の端々に、当時の女性蔑視的な性観念が見出される。人間(男)が神に服従するように女は男に服従するものだ、などと平気で云っている。

    訳文は格調高くかつ読みやすい。

  • 上巻は神に使える天使と闇堕ちした天使たちとの戦いが具に描かれている。

    堕天使側があまりに劣勢で、私は悪の側に感情移入して読んでいた。

    悪というのは何故に存在しているのか?神の掌の上で転がされているものに過ぎないのか?私には疑問だった。

    ただ、サタン側が奮戦するのは見ていて面白かった。

    サタンの「地獄を天国に、天国を地獄に変えるのは、心だ」というセリフが素敵だった。

  • キリスト教文学および西欧文学の真の頂上。

  •  上巻>下巻 という人が多いんじゃないかと感じる。アンチ・ヒーローとしてのサタンのカリスマが強すぎて、それに反比例するようにアダムの存在感が薄くなっていくなあ・・・中世の人もそう思ってたような気がしてしまう。パーシー・シェリーの本の序文に〈人間の英雄プロメテウスとミルトンの描くサタンは酷似している〉みたいなことが書いてあったのを思い出しました( ´◡` ) 本当にこの本のサタンはかっこいいなあ。
     
     名文も上巻に集中。
    「天国において奴隷たるよりは 地獄の支配者たる方がどれほどよいことか」
     なんて、読んでて超しびれる。

    • 尾崎さん
      >ギュスターヴ・ドレのイラストがある本
      むかし九鬼出版から、すごく豪華できれいなドレの『失楽園』が…。当時の自分には買えませんでしたが(>_...
      >ギュスターヴ・ドレのイラストがある本
      むかし九鬼出版から、すごく豪華できれいなドレの『失楽園』が…。当時の自分には買えませんでしたが(>_<)
      W先生の『失楽園』そんなにひどいんですか?(笑) 逆に読みたくなってしまった…そそります。
      2012/03/16
    • 猫丸(nyancomaru)さん
      「逆に読みたくなってしまった」
      実は読んでません、日経連載時にネタにはしましたが、喰わず嫌いなもんで。。。
      それからブームが去った後の図書館...
      「逆に読みたくなってしまった」
      実は読んでません、日経連載時にネタにはしましたが、喰わず嫌いなもんで。。。
      それからブームが去った後の図書館で、同じ本がズラリと10冊以上並んでいるのを見て嫌になった記憶が、、、
      2012/03/16
    • 猫丸(nyancomaru)さん
      アルケミアから出ていたのはダンテ神曲の方だったと思います
      http://www.elias.jp/cart/cart.cgi
      今は宝島社
      h...
      アルケミアから出ていたのはダンテ神曲の方だったと思います
      http://www.elias.jp/cart/cart.cgi
      今は宝島社
      http://tkj.jp/book/?cd=01772901
      2012/03/16
  • 心は地獄を天国に変え、天国を地獄に変える。▼チャールズ1世処刑を支持し、クロムウェルの秘書官を務める。熱心なピューリタンとして、英国教会の強権に反発。ジョン・ミルトン『失楽園』1667

    キリスト者が葛藤しつつ、理想のキリスト者に近づく旅。(キリスト者の精神の旅という)隠れた意味をもつと解釈できる物語・詩(allegory)。▼バンヤン。熱心なピューリタンのクロムウェルの軍(議会派)で兵士として戦う。除隊後、ピューリタン信仰に目覚める。ジョン・バンヤン『天路歴程てんろれきていPilgrim's Progress』1678

  • キリスト教における天使と悪魔の概念、神話に興味を持ったきっかけとなった本であり、これを機に聖書を読み始めたため、個人的に思い入れの深い本である

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