人間の絆 下 (岩波文庫 赤 254-8)

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  • Amazon.co.jp ・本 (452ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003225486

作品紹介・あらすじ

「ペルシャ絨毯に人生とは何かの答えがある」という老詩人クロンショーの謎めいた言葉の意味に、ついに思い至るフィリップ。「彼らを赦したまえ。その為すことを知らざればなり」心の自由を得たフィリップの念頭に、ふいにこんな言葉が浮かぶのだった。全三冊完結。

感想・レビュー・書評

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  • 人生は無意味だと悟ったけれども、そこで探求の歩みをやめないフィリップの姿に勇気づけられ、そして先を越された感じがする。

    不具のおかげで、多くの喜びの源となった自省力が身についたのだ。自省力がなかったら、美に対する鋭敏な鑑賞力や絵画や芸術への情熱、豊かな人生模様への興味も自分のものとはならなかったであろう。人から浴びせられた嘲笑や軽蔑は、彼の心を内へ向けさせ、永遠に失われることのない芳香を放つ花を開かせたのだ。それから、正常など世にも稀であるのが分かった。誰にだって、肉体あるいは精神に何らかの欠陥がある。

    これまでのぼくは、他人が言った言葉、書いた文章に教えられた理想を追い求めてきたのであって、自分自身の心底からの願望をないがしろにしてきた。

    自分の心の奥底から成し遂げたいことはなんなのか自分で答えを見つけなけりゃ意味がないと言われてるような気がしてならない。

  •  これはモームの半自伝的小説であり、主人公フィリップの成長物語です。

    “若い頃は幸福だ、というのは、若さを既に失った者の抱く幻想に過ぎない。だが若者は自分が不幸だと思っている。何しろ、さまざまなもっともらしい理想を吹きこまれた挙句、いざ現実に直面すると、決まって理想からはほど遠いものであって、心は傷つくばかりなのだ。”(上巻・第二十九章) ── フィリップは若さゆえに、やけに生真面目だったり理想家だったりします。芸術論や宗教論に頭を悩ませ、歩む道に行き詰まりを感じ幾度も進路を変えたり、ミス・ウィルキンソン、ミルドレッド、ノラといった女性達との恋愛に苦しめられたりしながら、精神的に成長していきます。その七転八倒の展開が、この小説の何よりの読みどころです。

     人生の意味は何か? ── この問いに対して安易に答を求めたがる人は、自分から進んで宗教に騙されたり、高尚な哲学に逃げ込んで最初の疑問自体を忘れてしまおうとしたりするでしょう。でも、フィリップは無神論者でおまけに合理的で多感な精神の持ち主だから、そんなことにはなりません。彼は人生の経験を通じて、もっと現実的な答にたどり着きます。なにせ、フィリップこそモーム自身なのだから。

     彼は、そもそも人生に意味などないと悟るのです。人間は何かを成し遂げるために生まれてきたのでもなく、幸福のために生まれてきたのでさえなく、ただ、生物としての人間の本能の結果として生まれてきたに過ぎないのだから。しかも、そのことに気づいたフィリップは、深く納得し、厭世的になるのではなくむしろ人生の重荷を取り除かれたように感じ、自由で幸せな気分になるのです。このような心境に至ることが出来たのは、クロンショーによるペルシャ絨毯の謎掛け(第四十五章)の答を、フィリップが、教えられるのではなく自ら見つけたからでしょうね。

     そして物語の最後でフィリップはサリーと出会い、夢見ることをやめて現実的に暮らすことを決心します。それは長いモラトリアムの終わりなのだと思います。

     この小説にはなるほどと思わせるエピソード(いわば、人間についての「あるある」物語)がふんだんに織り込まれています。まるでこの小説自体が、人生を映すペルシャ絨毯であるかのごとく。この小説をモームが書き終えたのは1914年、40歳の時で、訳者の解説によれば、モームは過去の生活の思い出を小説という形に書くことで心の平静を取り戻そうとしたのだそうです。

     最後に、翻訳について。実は、中野好夫訳も少し読んでみたのですがちょっと古く感じたので、岩波文庫の行方昭夫訳で読むことにしました。行方訳は読みやすく、かつ、原作に忠実です。読者の理解を助けるために原文にない言葉を補っている部分が少しだけあるようですが、それ以外は原作に沿って淡々と訳していると感じます。書かれていることを正確に受け取るには、行方訳は最適だと思います。一方、作品への訳者の思い入れをより生々しく感じ取れるのは、モームの作品を最初に日本に紹介した中野訳の方かもしれません。

  • フィリップと一緒に一喜一憂してきたので、ハッピーエンドにほっとした。
    フィリップが様々な人と関わり合うことで、心の成長を遂げていることがよくわかった。昔は好ましく思った人物が急に色褪せて見えたのは、そういうことだったのかと、妙に自分に重ね合わせたり、ミルドレッドに不快感を覚えたり、夢中で読んだ。再読だが、新鮮な気持ちでフィリップの世界に入り込めた。

  • 大好きなモームの「人間の絆」、
    今度は翻訳者を変えて、岩波文庫版で読んでみた。

    オースティンの「自負と偏見」(河出版は「高慢と偏見」)の時も
    思ったけど、読み比べると中野氏訳は読みやすいけれど会話部分などの
    細かいところが省略されているような印象。

    「自負と偏見」の翻訳あと書きで中野氏自身も
    雰囲気重視で訳したみたいな事を書いていたような…

    より細かいところまでちゃんと知りたい私の様な人には
    岩波文庫版がお勧め。

    私はある事をきっかけに「好き」と「嫌い」の感情の源は
    同じではないか?と独自に研究(?)をしていて、

    この本の主人公フィリップ君とミルドレッドをみていると
    その証拠を掴んだという気持ちになる。

    ノラさんとのことは非常に残念。
    けれどフィリップ君はちょいと虫がよすぎるかな。

    自分の才能を見極めると言うシーンが数々出てくるんだけど、
    身につまされる事多々ある!

    とくに今回はヘイウォードのこと、
    哀れだけれど、こういうことを自分もしてるなあ。

    今回も読みながら
    「世界が認める名作がこんなに本当に面白くて良いのかな?」と
    不安になった。

    つまり私には「名作と呼ばれているものはつまらないもの、
    それを苦労して読んでこそ意味がある」という固定概念がある、
    と言う事がわかって面白かった。

    岩波文庫版の表紙

    上巻→牧師館の写真

    中巻→エル・グレコの絵

    下巻→ペルシャ絨毯の写真

    これをみるとこの部分の担当の方の
    モームへの、そして読者への優しい愛情を感じる。

  • 関西外大図書館OPACのURLはこちら↓
    https://opac1.kansaigaidai.ac.jp/iwjs0015opc/BB00120293

  • 金大生のための読書案内で展示していた図書です。
    ▼先生の推薦文はこちら
    https://library.kanazawa-u.ac.jp/?page_id=18354

    ▼金沢大学附属図書館の所蔵情報
    http://www1.lib.kanazawa-u.ac.jp/recordID/catalog.bib/BA53849427

  • 人生の意味を問い続けたフィリップは、周囲の人の死や裏切りに直面し、絶望する中で自分なりの答えを見つけ、幸せを感じるのだった。人や書物に聞いても答えは見つからない。人は自分の人生を生き、苦悩して、はじめて人生哲学が得られるのだと教えられたように思う。

  • 人間の絆っていうタイトルの先入観みたいなのがあったけど、下巻に至る頃にはなんとなく意味がわかってきて、わたしの先入観のような薄っぺらいもんじゃないとひしひしと理解して、もう最後の方は薄ら笑いを浮かべながら読んでた。106章目が記憶に残ってる、それが最後の章の方にも繋がってきて、批判はあったと本人が言ってたみたいやけど最後の終わり方が好き。本人の序文(訳者による配慮であとがきに持ってこられている)と、訳者後書きがかなり面白くて、長かったけど最初からここまで読み切って良かったと嬉しい気持ちで読み終えた!

  • フィリップの医学院での勉学が続いている。心の師クロンショーを看取る。再びミルトレッドの落ちぶれた姿に同情し、よせばいいのに面倒を見る。気質は永遠に変わらない。挙句にまた裏切られ決定的の別れ。しかしそのミルトレッドへの散財、株の失敗で文無しに、勉学を続けられず、2年間の苦労。伯父が亡くなり遺産が入りやっと医師免許を取得は、30歳になろうとしているのであった。結末は解説にもあるように賛否両論、拍子抜けするのであるが、わたしは心からホッとした。

    と、あらすじはさすが3巻の大部、変化に富んで面白く登場人物も多く読み応えある。だが教養小説なのでフィリップのこころの成長記を読み取るのがメインなのだろう。わたしは「人間の絆」を「つながり」にとらえていたが、解説によると原題は「絆=つながり」よりも「隷属」「束縛」の意味が強いらしい。だから「人間の隷属について」「人間の束縛について」になるという。人間には理不尽な執着をするところもある。そのどうしょうもない状態から抜け出すには、意志力を持ち、経験が必要、というのならすごくよくわかるのであった。半生を振り返って「ああすればよかった」「なんてばかなんだろう」と思うことのほうが多いのが人生だと思う。でも「今ここにいる」のその姿が正解なんだよね。

  •  サリンジャーの『ライ麦』に、ホールデンが自分がどんな本を読んでいるのかを語っている箇所が出てくる。その中で、作家には作品を読み終わったあとで電話を掛けたくなる作家とそうでない作家とがいるという話をしている。ホールデンによれば、『人間の絆』はなかなか悪くない本だが、サマセット・モームに電話を掛ける気にはどうもなれないらしい。トマス・ハーディーやリング・ラードナーには電話を掛けたくて、モームには掛けたくないと判断する基準がどこにあるかは分からないが、分からないなりに妙に印象に残る箇所だ。
     モームは『人間の絆』の新版を出す際に序文を付していて、1934年に書かれたその文章は岩波文庫では「あとがき」として最後に持ってきてある。その中でこの本の成立事情や、出版当時の読者からの反応について語られており、締めの言葉としてアメリカの一読者からの手紙が紹介してある。モームが序文を書く前日に届いたその手紙は16歳の少年からのファンレターで、差出人のイニシャルはJ・Sとなっている。
     この賛辞に溢れた手紙の差出人がもしもJ・D・サリンジャーだったら、どんなに素敵なことだろう。そんな淡い期待をついつい抱いてしまう。ところが調べてみるとサリンジャーの生まれは1919年1月1日とのことで、どう頑張ってもこの手紙が書かれたときには15歳にすぎぬのだった。残念。
     ホールデンはモームに電話は掛けたくないかもしれないが、手紙だったら書くんじゃないかな。そんな妄想が代わりに湧いて出てくるのだった。

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著者プロフィール

モーム W. Somerset Maugham
20世紀を代表するイギリス人作家のひとり(1874-1965)。
フランスのパリに生まれる。幼くして孤児となり、イギリスの叔父のもとに育つ。
16歳でドイツのハイデルベルク大学に遊学、その後、ロンドンの聖トマス付属医学校で学ぶ。第1次世界大戦では、軍医、諜報部員として従軍。
『人間の絆』(上下)『月と六ペンス』『雨』『赤毛』ほか多数の優れた作品をのこした。

「2013年 『征服されざる者 THE UNCONQUERED / サナトリウム SANATORIUM 』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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