黒猫/モルグ街の殺人事件 (岩波文庫 赤 306-1)

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著者 : ポオ
制作 : 中野 好夫 
  • 岩波書店 (1978年12月18日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (309ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003230619

黒猫/モルグ街の殺人事件 (岩波文庫 赤 306-1)の感想・レビュー・書評

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  • 「黒猫」を読んだ時に実によく構成された小説だなと思った記憶がある。
    また「モルグ街の殺人事件」は昔母親が大学の時に、これを原文で読まされたらしく、つまらなかったという話になった。よくよく聞くとどうもこの短編の最初に、哲学的な話が繰り広げられるのだが、そこだけ切り取って読まされたようである。
    確かにそこだけ切り取られてもなあ。
    名文は名文だが。。

  • この推理小説、言わず知れた著者の作品集です。
    しかも、有名どころがたくさんあり読み答えがあります。

  • ★★★2017年6月レビュー★★★


    探偵小説の先駆けともいえる、エドガー・アラン・ポー。
    「黒猫」「モルグ街の殺人」など。
    名探偵デュパンの活躍する「モルグ街の殺人」のラストは衝撃的だった。
    何故誰も気づかない?というのがまず第一。
    そして、ペットのオランウータンが人を二人も殺したのに、飼い主には何のお咎めもなし、というのが驚きだ。むしろ同情されている感がある。時代と国が違えば価値観も違うものだ。

  • 「黒猫」
    子どもの頃、何で知ったのか忘れたが、「黒猫が横切ると不幸なことが起こる」という科学的根拠も何もないいわゆる「迷信」を聞かされたことがある。他には「靴紐が切れると…」というのもあった。今でこそそんなことは信じていないが、昔は友達同士ふざけあっていたような気がする。
    さて、表題にされているように短編「黒猫」にも黒猫が出てくる。あらかじめ言っておくと白猫は出てこない。
    語り手である「私」は心の優しい性格で、動物好き。小鳥、金魚、うさぎ、まだあるが割愛して、猫を1匹飼っていた。その猫は全身真っ黒の非常に大きな猫、名は「プルートゥ」。最初のうちこそ可愛がっていたものの、「私」の悪癖である酒乱によって黒猫に虐待を加えるようになる。眼をくりぬき、あげくには首に縄をかけて木の枝につるすというまさに狂気としか言いようがない行動を起こす。その晩、「私」の家が原因不明の火事になる。奇妙なことに、寝台の頭近くの壁だけが焼け崩れておらず、そのかわりに巨大な猫の形が薄肉彫りのように現れていた。首のところにはしっかりと縄の跡がついていた。
    恐怖と後悔の念に襲われていた「私」はある店で、「プルートゥ」そっくりの黒猫を見つけて買う。しかし、またもや黒猫に対して憎悪を抱くようになり、手斧を振り上げて殺そうとしたが、それを阻止した妻を殺してしまう。妻の死体を地下室の壁に塗りこめる。数日経ってから警官がやってきたが、殺人の証拠を何も発見できず引き上げていこうとする様子を見た「私」は気分が高揚し、死体が塗りこめられている壁を杖で叩いて、「いやー実に頑丈な造りになってましてなあ」と余裕の勝利宣言というか完全なる墓穴を掘ったわけだが、そのとき壁の中から猫の鳴き声が。「私」は猫をも壁の中に塗りこめていたのだった。
    この話の最初のほうでポオは「天邪鬼」の精神について触れている。

    「だが、天邪鬼こそは、人の心の最も原始的衝動の一つ、(…)してはならぬという、ただその理由だけで、人はいかにしばしば悪事、愚行を犯していることだろうか。」(p.9 4-7)

    「私」は3つの悪事、愚行を犯している。「飲酒」、「虐待」、そして「殺人」。
    作品の主題を最初に提示することで、確かに「私」の犯したことは(「飲酒」は例外としても)残虐なことであるが、どこか滑稽じみているようにも見える。
    「あーだめだこりゃ」と呆れながら読むという感じ。そのため、結末をに差し掛かったときに恐怖というよりは、口の端が少し持ち上がったように記憶している。「ふっ」と笑ったようだった。
    一見相反する「ホラー」と「滑稽さ」という要素を合わせた物語をわずか20ページ弱という分量で書ききっている。無駄のない創作、これぞまさしくポオだということを感じることができると思う。

  • 2015/3/31読了。
    数学的アヘンというものを味わいたくて購入。
    内容というよりは文章に何か依存性を感じるような印象(訳者の書く文章がそうさせるのかもしれないが)

    原文で読むとどうなのだろうか。もし原文でもそういった印象を受けるとしたらポオの素晴らしさとともに訳者もまた素晴らしいということになりそう。

    『マリ・ロジェエ〜』はまだるっこしくてダメだった。

  • 「モルグ街の殺人」は推理小説のさきがけとして知られるが、「黒猫」での「私」の使い方はまるで叙述トリックの萌芽のようだった。
    それにもしても日本での化政文化(直後)期の作品とは思えないほど今読んでも前衛的。まだ推理小説というジャンルが確立する前の作品だからでしょうか、まるでアンチミステリの雰囲気がある。

  • 探偵小説のはしり。耽美的側面がある。

  • 心理小説な黒猫やウィリアム・ウィルソンは本当に素晴らしい……そしてとってもこわい……推理小説のモルグ街の殺人事件は乱歩が魅了されたのがよく分かる……影響受けまくり……

  • 『黒猫』

    効果的に一人称が使用されている良い例‥なんてポーさんの作品相手には失礼か。でもこの不安定で信用の置けない語りが、よりいっそう作品を不気味に際立せるのですよね。冒頭に「子どもの時から、私は、情け深い柔順な性質で‥・」なんて書かれてるから、彼が残虐な行為してもつい、”違うんです!この人本当はいい人だったんです”なんて肩もっちゃうのも、結局ポーの一人称が上手だったからなんだよなあ。

    この作品読んで思ったんだけど、たぶん一人称の魅力って語りと語られる世界との微妙なズレにあるんじゃないかしら。ポーはその未妙な亀裂を巧みに利用して、読者に不安感やら怯懦やらを効果的に感じさせる。この作品のテーマである「天の邪鬼」の精神も、そういった「亀裂」といったものに大きく関連しているのかも。そう思えば、プルートューに似ているけど微妙に違う猫とか、その猫の絞首台のマークが首ではなく、微妙にずれて胸にあるとこととか‥・うーんこの作品は微妙なズレでいっぱいに溢れてる気がします。

    何か一つの価値観(それは道徳や倫理)に決して同一化することのできず、そこからどうしてもズレてはみだしてしまう、そんな人間の宿命を感じますね。まあとりあえず男の子の「天の邪鬼」初体験はきっとピンポンダッシュ。これだけは間違いありません。



     

  • 再読。
    『ウィリアム・ウィルソン』はドッペルゲンガーものだけど、『黒猫」『裏切る心臓』『天邪鬼』はある意味同じテーマというか、ほぼ完全犯罪を成し遂げながらも、自らボロを出してしまうという同じオチ。「してはいけない」と思うほどそれをやりたいという欲求に抗えないという人間の心理を、くどいくらいにポーは追及しようとしていたようです。

    『モルグ街の殺人事件』に関しては、推理小説の嚆矢としての功績は勿論認めるものの、あまりにも真犯人が突飛すぎて卑怯というか、それはないわ~ってのが正直な感想(笑)。『マリ・ロジェエ~』と『盗まれた手紙』はモルグ~と同じデュパン君もの。昔読んだときはとりあえず先が気になるので普通に読んだ気がするんですが、オチを知っている今読むと、デュパン君ってば理屈っぽいし前置き長いし、早く本題に入ってよ!と若干いらいらしました(苦笑)。

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