響きと怒り (上) (岩波文庫)

  • 岩波書店
4.10
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  • Amazon.co.jp ・本 (391ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003232347

作品紹介・あらすじ

斬新な語りの手法と構成で、新しい文学表現に挑んだフォークナー(一八九七‐一九六二)の最初の代表作。語り手たちの内的世界のかなたに、アメリカ南部を舞台とした兄弟たちの愛と喪失の物語が浮かびあがる。フォークナー自身この作品をもっとも深く愛した。

感想・レビュー・書評

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  • (上下巻まとめての感想です)
    アメリカ南部ヨクナパートファ州ジェファソンのコンプソン家は、かつては領地を持ち将軍と知事とを出した家柄だが、南北戦争を経て今では家族の屋敷と黒人使用人のみを所有していた。
    最後のコンプソン一族となった兄弟たちの意識の流れが記される。

    第1章はベンジーの章。
    物語はベンジーが昔は屋敷の一部だった土地がゴルフ場になったのを眺めている場面から始まる。
     ”くるくる巻いた花たちのすきまから、柵の向こうでその人たちが打っているのをボクは見えることができた。”
    どこか不安定な語り口。
    読み続けるうちにどうやら彼は知的障害だと分かる。30歳の大柄な男だが、涎を垂らして叫ぶことしかできないらしい。
    そのため第1章に流れているのは、ベンジーの考えたことをのものではなく、意識を言葉に記したものと言うことか。
    ベンジーの意識はコロコロ変わる。現在の川をみて、子供の頃の川遊びを思いだすという感じ。
    ベンジーが好きなものは、今ではゴルフ場になった土地と、姉のキャディ。キャディだけは心からベンジーを可愛がり面倒を見ていた。
    匂いに敏感で、頭ではわからなくても匂いの変化で家の状況を感じ取る。

    しかし第1章が説明もなしでいきなり知的障害者の意識を綴るとは、フォークナーは読者を待ってはくれない(笑)
    私は解説を読みながら進んだので時系列など把握できたのですが、これは初めて状況を理解するのは無理。ベンベンジーの長兄と姪(キャディの娘)が同じ名前の”クエンティン”だなんて分からんでしょう。
    余談なのですが、クエンティンって名前は女性にも使えるの??タランティーノしか知らないけど男性名かと思ってた。

    第2章はコンプソン家長兄のクエンティンの意識を追う。
    クエンティンは知的で繊細と思われるが、彼の意識もあちらこちらへと飛び、過去と今の時を行きつ戻りつ、想像と現実が入り混じる。
    どうやらクエンティンは、妹キャディが複数の男たちと付き合い、妊娠し、それを隠して人格のよくない男と結婚することになったことを止めたがったが、なにも変えられないことに絶望し、学費期限の終わる学年で自殺を考えてきたらしい。
    この章は自殺の日を迎えたクエンティンの錯乱しつつも的確に死の準備を行う精神を追っている。
    妄想の中でクエンティンは父にキャディとの近親相姦を告白するが、あっさりといなされる。

    私は「アブサロムアブサロム」でクエンティンが入水自殺してしまうことを知っていたのですが、でもこの2章を初めて読んだら「自殺当日の錯乱した精神状態」なんて読み取れないだろう。
    クエンティンは「アブサロムアブサロム」でもオールドミスの話を聞き、考え、そしてどうにも変えられないという役回りでしたが、思慮深く神経が細やかな人格の持ち主のようですね。
    他にもクエンティンの出てくる小説はあるようなので、他の彼を追ってみたいと思わせる人物像でした。

    以上が上巻で、以下下巻。

    第3章は次男のジェイソンの語り。彼は一家の中では一番現実的で、周りの人間に容赦ない。
    まあ父はアル中、母は病床に就き人生をウジウジ嘆き過去をグダグダ振り返り現状にはグチグチ文句を言うだけ、学費を出してもらった兄は自殺、結婚式費用を出してもらった姉は淫行で家庭から縁を切られ、姉の不貞の結果である姪(キャディの兄と同じ名前の”クエンティン”なので第1章はややこしい)を引き取り、弟は重度の精神障害者…となったら現実的にならざるを得ないか。
    ジェイソンの章はかなり分かり易い。彼が誰を嫌いか、誰の金をどのようにちょろまかしているか、かなり直接的に語られる。

    第4章は俯瞰目線。ジェイソンの語りから2日後に起きた事件を通して、コンプソン家の決定的な終焉を仄めかして終わる。

    巻末にはかなり丁寧な解説と、フォークナーが15年後に書いたコンプソン家の始まりから終わりまでが書かれている。

    この小説はどう読むべきだったか。
    私は事前に粗筋を呼んでいたり、巻末の解説を読みながらだったので、最初からベンジーは知的障害者だとかクエンティン自殺当日の記とか分かって読んだのですが、
    全く先入観がなくそういうものを読み取って行き、そして分かった上で再読するのが本来の愉しみ方なのか。

    語り手たちの意識は脈絡もなく飛び続けるが、小説の文体としてはかなり読みやすいのでそれはそれで驚く。時系列は飛び、同じ名前の人物たちが説明なく出てくる、妄想と現実とが入り乱れるのに入り込み易いなんて文体が存在するとは。

  • 『アブサロム!アブサロム!』がとても面白かったので、ヨクナパトーファ・サーガを制覇しようと勢いで決意し、次はこれだ!と思い定めたもののなかなか読み出せなかったのがこの『響きと怒り』。書かれた順番的にはこっちのほうが先だったかな。サトペン一族の話だった『アブサロム~』では聞き手だったクエンティンを長男とするコンプソン家の4人のきょうだいたちが今作のメイン。

    上巻収録分では、1部の視点は末っ子のベンジー、2部の視点は長男のクエンティン。全体が実験的な文体で、主人公の記憶と現在との境界が明確にされておらず(字体を変えてある場合もあるけれど、そうじゃない部分もある)、ふとしたスイッチ(きっかけ)で、さまざまな時間に関する記憶が呼び起こされ、読者としては複数の回想シーンがフラッシュバックのように頻繁に挿入される映画を見ているような印象。(とくに1部は、視点になる末っ子ベンジーが知的障害者ということもあり、記憶の混濁が顕著)。一応巻末に、どこで回想に切り替わったかという一覧と、おもな出来事の年表があるので、とりあえず年表的なものを予めざっくり頭に入れておいて、慣れてきたら大体わかるようになりました。

    クエンティンが最終的に21才の若さで自殺するということは、アブサロム~を読んだ時点で知っているので、彼の死の直前の、死を覚悟した上での行動と思考、回想は、なんだか無闇に物悲しくて、切なくなりました・・・。繊細で潔癖なクエンティンは、今のところ4人のきょうだいのなかで一番「まとも」な印象ですが、その潔癖さ、繊細さゆえに生き続けてゆくことが難しかったのか。アブサロム~でも登場していた彼のルームメイトのシュリーヴも、なんていうか「いいやつ」で、本当にクエンティンを心配していたのに、自分あての遺書なんか残されてもきっと余計に辛いだろうなあって無闇に同情しちゃったり。余談ですが他の友人に「クエンティンの夫」とまで揶揄される二人の関係に、ちょっと同性愛的な要素をかぎつけてしまうのは自分が腐っているからでしょうか(苦笑)。クエンティンと妹キャディの近親相姦というのが単なるクエンティンの虚言であり妄想であるなら、そういう可能性もなきにしもあらずじゃないかと個人的にはちょっと思いました。

    兄弟の中で紅一点のキャディは、男性関係は奔放でだらしないけれど、知的障害のある弟ベンジーを幼い頃から溺愛していたり、恋人に嫉妬されるほど兄のクエンティンの話をしたりと、兄弟(ジェイソン以外の)に対する愛情は深く、とくにベンジーに対してはもはや母性愛レベル。その裏に、子供たちにとって、生きているのに不在も同然の、家柄コンプレックスでヒステリックな母親の「精神的不在」とでもいうべきものがあり、そのことが結局、すべての子供たちの人格形成に影を落としてしまっている気がします。

    長男ゆえか父親っ子のクエンティン筆頭に、子供たちには母親派のジェイソン(読者目線でこいつが一番性格悪い)と他の3人という派閥があり、クエンティンの自殺、キャディの結婚(→離婚)によって味方を失ったベンジーが、下巻でどうなってしまうのかが今のところ一番心配。

  • 2023年6月19日読了。

    感想は下巻のほうに。

  • フォークナーの代表作であり、20世紀を代表する小説の一つ。ジョイスの影響を色濃く受けた「意識の流れ」叙述だが、読み難さは「ユリシーズ」ほどではない。

    確かに自閉症のベンジャミンが一人称ナレーターをつとめる第一章は一読目では理解し難い個所が多いが、ジェイソンが語る第三章、三人称ナレーションの第四章は普通の小説で、バックグランドを理解した上で第一章を読み返せば、さほど難しいところもない。そういう意味では自殺直前のクエンティンが語る第二章が一番難解だが、いずれの章も個々の描写が活き活きとしているため、読み進むのに苦はない。

    岩波文庫では、丁寧な訳注に加えて屋敷の間取り図、主要出来事年表、場面転換表まで掲載されていて、ありがたいと言えばありがたいのだが、これはさすがにやり過ぎ。研究書として別冊にするならともかく。

  • 最初の語り手は知的障害があるベンジャミン。彼の意識は現在から過去へ、自由に昏倒する。イタリック(日本語版では太字)と分けられているが、なかなか場面展開は難解。でも引きつけられるこの世界観はなんだろう‥‥・読みやすいわけでは決してないが、じくじく読んでしまいます。第二章は長男クエンティン。僕は近親相姦を犯しました 太字で綴られる無作為のそれには最初戸惑う。しかし、近親相姦的な描写はベンジャミンからよく見られたため、いったいそれが何を意味するのか気になり、その核を探して読み続けるが、あくまで主観的なつれづれなる文章に振り回される。ところどころ垣間見える真理のような言葉の切れ端も光りつつ、どうしても包む世界は薄暗い。
    響いていく、想いと、響かない、怒りと、それを内包し続ける登場人物たち。しかしその血族は明らかに響き合っている。しかし、お互い、それを意識することができない、エゴの怒りを感じる。

  • 噂通りの難易度。訳わかんねえ。巻末に丁寧すぎる解説やら図解が載ってるのも頷ける。あの不親切な岩波文庫にも関わらず!

  • かつての若い時期の読書と異なり、詳細に「フォークナーの西暦、職歴、功績と作品群」を調べたうえで読み始めた。
    決して読み易いとは言えない。
    上下に分かれた1っ冊目は1章 白痴の次男ベンジャミンの妄想、内省、呟きと今でいう知的障害の33歳男性の等身大の姿が浮き上がる。
    驚くのはわずか3日の出来事がこれほどに膨大な文章で表現されており、正常の精神でないことを前提としても10数年にわたるコンプソン一家の光と影がきっちり見えてくる事。

    2章は長男クェンティンのモノローグ的な語り。
    後に自死するとあって読んだ事も重なり、非常に昏く、鬱々とした自己中心の思考法で進んでいる。特に、精神的近親相姦?とでもいえそうなキャディとの兄妹の繋がりは狂気を感じる。
    優秀なのだろうが病んでる狂気とでもいうのかハーヴァードと一族の事で自己完結している。

    ギネスばりに長いセンテンス一種の詩劇と捉えて読むとちょっと嵌まる。
    歴史が与えてくれたフォークナーの遺産を読める恍惚すら覚えた・・下巻へ

  • 津村のよみなおし世界文学の1冊。文体がそれぞれバラバラである。最初の幼いころは全て会話体であった。次の大学生の時は、一部が太字で一部が詩で句読点がない訳であった。
     事件が起きない身近な出来事を描写しているような小説である。

  • 半分くらいまでは、なんだか理解に苦しんだが、ひたすら読み進めてみた。後半に差し掛かってからは、引き込まれた。スイカズラの香が漂ようかのよう

  • 4.08/342
    『内的独白,フラッシュバック──斬新な手法と構成で,新しい文学表現に挑んだフォークナーの最初の代表作.語り手たちの内的世界のかなたに,アメリカ南部を舞台とした兄弟たちの愛と喪失の物語が浮かびあがる.作者自身「自分の臓腑をすっかり書き込んだ最も壮麗な失敗作」と呼び,この作品を深く愛した.(全2冊)』(「岩波書店」サイトより▽)
    https://www.iwanami.co.jp/book/b247556.html


    原書名:『The Sound and the Fury』
    著者:ウィリアム・フォークナー (William Faulkner)
    訳者:平石 貴樹, 新納 卓也
    出版社 ‏: ‎岩波書店
    文庫 ‏: ‎391ページ(上巻)


    メモ:
    ・20世紀の小説ベスト100(Modern Library )「100 Best Novels - Modern Library」
    ・20世紀の100冊(Le Monde)「Le Monde's 100 Books of the Century」
    ・死ぬまでに読むべき小説1000冊(The Guardian)「Guardian's 1000 novels everyone must read」
    ・世界文学ベスト100冊(Norwegian Book Clubs)
    ・西洋文学この百冊
    ・オールタイムベスト100英語小説(Time Magazine)「Time Magazine's All-Time 100 Novels」

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著者プロフィール

一八九七年アメリカ合衆国ミシシッピー州生まれ。第一次大戦で英国空軍に参加し、除隊後ミシシッピー大学に入学するが退学。職業を転々とする。地方紙への寄稿から小説を書きはじめ、『響きと怒り』(一九二九年)以降、『サンクチュアリ』『八月の光』などの問題作を発表。米国を代表する作家の一人となる。五〇年にノーベル文学賞を受賞。一九六二年死去。

「2022年 『エミリーに薔薇を』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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