脂肪のかたまり (岩波文庫 赤 550-1)

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  • Amazon.co.jp ・本 (111ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003255018

感想・レビュー・書評

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  • 「きゃあー!」

    このフレーズに接して立ち昇る淑女諸姉の密かな悲鳴が聞こえてきそうだ。
    えっ!男性も?(笑)

    しかし、安心(?)召されたい。ここでいう「脂肪のかたまり」とはむしろ好意的な愛称であり、決して何かを指摘するものではない。なので胸(いや、腹?)に手を当てなくても大丈夫・・・。(笑)

    ・・・どんな好意じゃ!(笑)



    19世紀フランスの作家ギー・ド・モーパッサンの短編小説。
    普仏戦争を舞台に、プロシア軍に占領された町を逃げ出すのにたまたま大型乗合馬車に乗り合わせた面々を通して、上流階層(?)といわれる人間たちの醜い利己性、偽善性、欺瞞性を見事に曝したモーパッサンの佳作。アイロニーに満ちた物語構造だが、短編ならではの簡潔でわかりやすく小気味のよい展開が十分に活かされている。
    ここで描かれる「いけにえ」を供出する構図は、人間社会における集団心理と利己精神そのものだが、馬車に乗り合わせたのが、修道女2人組、伯爵夫妻、工場主夫妻、ぶどう酒販売店夫妻、共和主義者の男性、そして美人だがかなり豊満な娼婦ブール・ド・シェイフ(脂肪のかたまり)という面々で、一番の社会的弱者のブール・ド・シェイフが最も純真として描かれる反面、下の階層から順番に偽善性が高くなっていくという皮肉な描写がなかなか巧みである。自らを犠牲にして公共性に尽くせ!とは、必ず「上流階級」の人間から「下流階級」の人間に発せられる一方通行の言葉であるが、権力や宗教や社会性の仮面を身にまとい、自らを安全な位置としつつ、臆面もなく繰り出されるこのような醜い人間性を、モーパッサンは見事に描き切ったといえよう。
    愛嬌たっぷりなはずのブール・ド・シェイフが、共和主義者の歌う「ラ・マルセイエーズ」とともに涙に暮れるラストは、対比を大いに強調し読者に本編の皮肉を一層印象付ける情感溢れた名場面だ。
    おそらくオリジナル作品にもあったと思われる挿絵も見ていてなかなか面白い。

    • nejidonさん
      「きゃあー!」と叫びたいひとりです。
      脂肪がどうのこうのではなく(笑)懐かしさで。
      この本を読んだのは高校生の頃なのですが、
      レビュー...
      「きゃあー!」と叫びたいひとりです。
      脂肪がどうのこうのではなく(笑)懐かしさで。
      この本を読んだのは高校生の頃なのですが、
      レビューを読んで、
      たぶん何一つ理解していなかっただろうことを、理解しました。
      この人、可愛いなぁという程度でしたからね。
      もう一度読んでみたい気持ちが満々です。
      2014/07/14
    • mkt99さん
      nejidonさん、こんにちわ。
      コメントいただきありがとうございます!

      「脂肪」以外で叫びたかった方もおられましたか!(笑)

      ...
      nejidonさん、こんにちわ。
      コメントいただきありがとうございます!

      「脂肪」以外で叫びたかった方もおられましたか!(笑)

      全体の雰囲気がそれほど重くないのと、肝心の娼婦であるブール・ド・シェイフの人物設計に今ひとつ腑に落ちない部分も感じられるため、若い頃に読むとそのような読後感だったのかもしれませんね。
      本書に限らず本は読み直すとまた新たな感想が湧いてくるのが良いですね!
      2014/07/14
  • まるで密室劇のような濃密な空間の中で、驚くほど心理の変転を描き、人間の善意や悪意、差別意識を露わにしている。設定のやり方も秀逸。敗戦後の占領下という大状況を創出して、なおその中に馬車に乗り会う人間たちという小状況を創る。さらに乗客は当時の社会階層のそれぞれを代表した性格造詣を付会して、社会の箱庭を見事に創りだしている。
    まるでダムの水位が徐々に下がり見えなかったものが現れてくるように、人間の身勝手さや傲慢さを明らかにしている。
    傑作。

  • 1880年に発表されたモーパッサンの出世作。100年以上前の作品ながら、今読んでも強度は薄れていない傑作。

    「娼婦なのだから体を売るのは簡単なはずだ」
    ブール・ド・シェイフが浴びる酷い言葉は、今の日本でも夜の仕事をしている女性たちに浴びせられる言葉だろう。
    その上で自己責任へと向かわせる富豪たちの印象操作には既視感を感じた。
    だからこそ最後に、その乗車する客たちに当てつけのように響かせるフランス国家ラ・マルセイエーズは、その歌詞の内容も含めて強く響いた。

  • 普仏戦争の中では、当たり前であるが「フランス人は仲間であり、敵はプロイセン人」であるはずだ。作中でも「脂肪の塊」はプロイセン嫌いの描写が多いため、まさか同士であるはずのフランス人からこのような屈辱を受けるとは思ってもいなかっただろう。

    この分量で過不足ない情報量、表現が詰め込まれ、心を動かされる作品はなかなか見ない。例えば、星新一のショートショートは彼特有の新ジャンルであり、彼にしか使いこなせないSFという飛び道具(褒めています)をつかっているのに対し、この作品は歴史小説という王道ジャンルをこの短さで成立させている凄さがあるように思える。

  • 「えげつないタイトルだな…。」と最初手に取ったとき思いました。人間って怖いなと思う反面、もしああするしかなかったと考えるとなんとも言えません。上流階級の夫妻や、尼僧、革命家はこの後一体何を思って生きるのでしょうか。それから挿絵から見ると個人的にはブール・ド・シュイフさんはかわいいと思います(どうでもいいかもしれませんが)。

  • 困難に陥った人の醜さたるや

  • 世界中で完璧な短編作品を何作か挙げるとすると本作は間違いなく選ばれるでしょう。
    登場人物を娼婦=虐げられる人、貴族/ブルジョア=悪のように類型化することがなく、悪役を演ずるとしてもが戯画化や誇張することなく写実的に描いている。そのため、エゴイズムや弱者への嗜虐性、驕慢、冷酷さという誰もが普遍的に持つ感情をリアㇽに演出している。やはり小説の基本は人間を描くという事であり、ヨーロッパでは19世紀には完成されているようです。ロードノベルとしての面白さや、状況の変化に対する描写の正確さ、美味しそうな食事なども魅力的。

  • すごくよかった。人間の嫌なところがリアルに描きだされていた。普仏戦争を題材にしてこの作品ができあがるのもすごいと思った。

  • エゴのかたまり。人間の内面を、みる。

  • 100ページにも満たない小説でエゴイズムのここまで形をはっきり表しているのはさすがモーパッサン。
    当時のドイツとの関係も大変興味深いものがあった。

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