兵士シュヴェイクの冒険 1 (岩波文庫 赤 773-1)

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  • Amazon.co.jp ・本 (419ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003277317

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  • 第一次世界大戦の折、犬の売買を生業としていたシュヴェイクは、ある日、行きつけの居酒屋で談笑していると、店内の秘密警察に理由不明の不敬の科でつかまってしまいます。ところが、常軌を逸したシュヴェイクの言動にお手上げになった警察は、彼を病院に送り、さらにそこからも追い出されたシュヴェイクは、なんと応召して兵士になり、よくわからないまま前線へ向かうのです。

    兵士シュヴェイクはひどく善良で従順で話好き(与太話が満載)。あっけらかんと次々に問題を起こしますが、本人は、のほほん~とどこ吹く風。罰で火薬庫の見張りをさせれば、ほどなくして木端みじんにするわ、水浴中のロシア残兵の服を着てにやけるうちに、敵兵と間違われて友軍につかまるわ、上官から口汚く罵られながら、やることなすことずれまくる兵士シュヴェイク。

    ところが善良な兵士シュヴェイクの冒険は、次第に国家や戦争や軍隊組織の愚かさや不条理を浮き彫りにしていきます。悲劇を通り越してあはれな喜劇へいざなうと、ギリシャ文学の痛烈な風刺やアイロニーを彷彿とさせます。う~ん、日本ではあまりお目にかかれない作風ですよね。

    ***
    『「どだい軍隊というところは」と、一年志願兵は掛け布団に包まりながら言った。「何から何まで臭気ふんぷんだよ。今じゃ民衆は度肝を抜かれたまま、まだ立ち直れないでいる。行けばむごい死に方をしなければならぬと思いながら、黙々と戦地に行き、弾が当たれば消え入るような声で「お母さん……」という。英雄などいやしない。いるのはただ屠殺場行きの家畜と参謀本部にいる屠殺人どもだけだ。だがいずれは彼らに反抗して皆立ち上がる。そのときはてんやわんやでさぞかし見物だろうよ。だがそれまでは軍隊万歳だ! おやすみ」』

    『「このあたりは戦後きっと大豊作だろうぜ」とちょっと間を置いてからシュヴェイクは言った。「なにしろ畑には一個連隊がまるまる腐って横たわっているんだから。骨粉肥料を買わずにすんで百姓たちは大助かりよ」』

    『「……戦闘のあとで諸君を葬る土地は、死ぬ前に諸君がどんなパンを腹に詰め込もうと、一向に無関心なのだ。母なる大地は諸君を靴もろとも分解させ、食ってしまうのだからね。世の中には何一つ無駄なものはない。諸君が土になってからもその土からは新たな兵士たちのためのパンをつくる麦が生えるだろう」』

    ***
    この作品では、元兵士だったハシェクの魂の叫びは抑制され、抒情性は見事に消し去られているのですが、なぜか読者の心にそれが深く突き刺さります。読んでいるうちに、何百年にもわたって隣国の大国ロシア、ドイツ、オーストリアなどの戦争に巻き込まれて翻弄されるチェコ、スロバキアをはじめとする中央欧州の小国、聞いたこともないような〇〇人、〇〇人、〇〇人……(汗)多種多様な人種や民族やそれぞれの少数母語、そして歴史という怪物に容赦なく呑みこまれていく、幾多の生の営み……。

    ひょこっと垣間見せた歴史の暗い淵と重みに圧倒されてしまい、正直お手上げの吐息が漏れます。が、それはそれ、そこが作者ハシェクのすごいところ。知らない読者のために、ひたむきな兵士シュヴェイクは、深い物語の森を鼻歌まじりで、いとも容易に切り開いていってくれます。

    • アテナイエさん
      マヤさん、つたないレビューをお読みいただき、また励みになるコメントもいただきありがとうございます♪
      先の談話室のやりとりは初めてだったので...
      マヤさん、つたないレビューをお読みいただき、また励みになるコメントもいただきありがとうございます♪
      先の談話室のやりとりは初めてだったので、本やレビューの引用を失念してしまいました。でもまさかマヤさんがわざわざハシェクのレビューをお読みいただいているとは……感激です! 残念ながらハシェクはあまり日本では知られていないようですね。実際に読んでみると、とても面白くて歴史の重みがじわじわ伝わってきて、でもどこかドン・キホーテのような可笑しな物語で笑いが絶えません。すさまじいシュベイクの与太話に最初は唖然としたのですが、どんどん読み進めていくと、庶民の日常生活の小話の連続で、やっぱり可笑しい。卓越した作家というのはさすがですね~読ませます!
       
      実はこの作者を紹介してくれたのがミラン・クンデラでした。そのほかにも、彼はオーストリアのムージルやブロッホも紹介してくれているのですが、いまだ懐で温めている状態です。先の談話室で紹介いただいたチェコのカレル・チャペックも含めていずれ読みたいと思っている作家たちです♪
      2017/05/16
    • マヤ@文学淑女さん
      おススメの作品にようやく手をつけられました♪正直、戦争文学って読んでいて悲しくなるので苦手なのですが、シュヴェイクのあっけらかんとした様子と...
      おススメの作品にようやく手をつけられました♪正直、戦争文学って読んでいて悲しくなるので苦手なのですが、シュヴェイクのあっけらかんとした様子とかわいい挿絵のおかげで暗くならずに読み進められます。無駄話の中に語られる民衆の様子も興味深いですね。
      チェコ人なのにオーストラリアの軍として戦うってどういう気持ちなのだろうとか、戦時下の日本と似ている部分があるなあとか、いろんな発見や疑問が出てきます。
      2017/11/14
    • アテナイエさん
      ほんと、シュヴェイクは、マイペースでのほほおん~として可笑しいですね(^^♪悲しく沈むことはありませんので、存分に楽しまれてください。
      そ...
      ほんと、シュヴェイクは、マイペースでのほほおん~として可笑しいですね(^^♪悲しく沈むことはありませんので、存分に楽しまれてください。
      それにしても、チェコは長い歴史の中で、周辺列強に次々占領されて大変ですね……確かシュヴェイクのころは、オーストリア・ハンガリー帝国でしたよね。第一次大戦後、やっとチェコスロバキアになったと思ったら、今度はナチスドイツ、お次はソ連……もう
      大変な国!(チェコ作家チャペックの「山椒魚戦争」のレビュに、ナチスドイツ以降のとっても簡単な年表を書いてみましたのでご笑覧ください)。引き続きレビューを楽しみにしています♪
      2017/11/14
  • 「兵士シュベイクの冒険(一)」ハシェク著・栗栖継訳、岩波版ほるぷ図書館文庫、1975.09.01
    419p C0197 (2017.11.14読了)(2017.11.09借入)
    以下読書メモです。
    第1巻を10日に読み始めたのですが、思うように読む時間が取れず、苦戦しています。今第8章を読んでいます。
    「虚栄の市」は、ナポレオンのころでしたが、こちらは第一次世界大戦のころということです。1921年~1923年に書かれ著者が39歳で亡くなったために未完になっているとのことです。
    主人公のシュヴェイクは実に素直で前向きな人のようです。人の言うことを素直に聞き素直に反応しています。
    第一次世界大戦のころの勉強のつもりでしっかり読んでいきたいと思います。
    オーストリア・ハンガリー帝国というのが出てきますが、その中にチェコも含まれていたということなのでしょう。
    警察組織がしっかりしているようで、政府批判的な言動をするとどんどん捕まってしまうようです。本音は何も言えない感じす。独裁体制というのはどこでもそういうものなのでしょうけど。大変ですね。
    シュヴェイクは、素直なのできっと生き延びることでしょう……

    第1巻を読み終わりました。寒いせいかすぐ眠くなってしまいなかなかページが進みませんでした。
    シュヴェイクさんですが、無知で善良な人を装っていますが、中尉のために犬を調達している場面などを読むと、どうも見せかけに思われてなりません。無知で善良を装ってかなり悪辣なことをやっているのでは? と思ってしまいます。深読みでしょうか?
    兵隊に行くのを逃れるためにいろいろ工夫をしている場面が出てきますが、国としてもその辺は承知のようで、検査と称して、仮病であることを告白せざるを得ないように苛め抜いているようです。テレビで、ソフィア・ローレン主演の「ひまわり」をやっていたので、最初の部分を見ていたら兵役逃れのために結婚して出頭を遅らせたり(出頭を遅らせている間に、戦争が終わるかもしれない)気違いを装ったりの場面がありました。皆さん頑張っていたんですね。
    シュヴェイクさんは、リュウマチを患っていたのですが、いつの間にか従軍司祭の従卒になっています。従軍司祭は、大変な酒のみで博打好きです。シュヴェイクさんも博打の形にされてルカーシ中尉の従卒になりました。
    中尉は、なかなか持て男で、女性同士がかち合わないようにスケジュールしているようです。従卒も余禄にあずかったりしています。
    中尉が、犬を飼いたいと言い出したので、従卒は、昔の商売のつてで入手したのですが、もとの飼い主に見つかってしまい、中尉ともども前線送りとなりました。

    【目次】
    訳者はしがき
    まえがき
    第一部 後方にて
    一 善良な兵士シュヴェイク 世界大戦に参加する
    二 警視庁における善良な兵士シュヴェイク
    三 裁判医の前のシュヴェイク
    四 シュヴェイク 精神病院から放りだされる
    五 サルモヴァー街の警察分署におけるシュヴェイク
    六 シュヴェイク 悪循環の環を破ってわが家に帰る
    七 シュヴェイク 応召する
    八 仮病人のシュヴェイク
    九 守備隊刑務所におけるシュヴェイク
    一〇 シュヴェイク 従軍司祭の従卒になる
    一一 シュヴェイク 従軍司祭とともに、出征部隊にミサをおこないに行く
    一二 宗教論争
    一三 シュヴェイク 聖油塗布の儀式をおこないに行く
    一四 シュヴェイク ルカーシ中尉の従卒になる
    一五 破局
    第一部「後方にて」へのあとがき
    訳注

    ●トルコ人(24頁)
    トルコ人たちは1912年にセルビア、ブルガリアおよびギリシアに対して敗北した。彼らはオーストリーに助けを求めたのだが、それが得られなかったので、フェルジナントを射殺した、というわけである。
    ●考えてはいけない(144頁)
    『兵士は自分で考えてはいけない。上官が代わりに考えてくれる。兵士が考え出したら最後、兵士ではなくなって、どこにでも転がっているただの民間人になってしまう。』
    ●規律(312頁)
    「なぜなら軍隊の戦闘力、勇敢さというものは、規律が守られているかどうかによるからで、規律がなくなった軍隊は、風にそよぐ葦のようなものなのだ。お前が軍服をキチンと着ていず、ボタンがチャンと縫いつけられていなかったり、とれていたりするということは、とりもなおさずお前が軍に対する自分の義務を忘れている証拠なのだ。」

    ☆関連図書(既読)
    「世界の歴史(13) 帝国主義の時代」中山治一著、中公文庫、1975.05.10
    「世界の歴史(14) 第一次大戦後の世界」江口朴郎著、中公文庫、1975.05.10
    (2017年11月22日・記)
    商品の説明(amazon)
    馬鹿なのかみせかけなのか、穏やかな目をした一見愚直そのものの一人の男。チェコ民衆の抵抗精神が生んだこの男には、オーストリア・ハンガリー帝国のどんな権力も権威も、 ついに歯が立たない。ラダの挿絵が、その諷刺とユーモアをさらに味わい深くしている。 (全4冊)

  • 戦争を書いた作品って、どうしても暗かったり陰惨だったりするものが多いと思うのだけど、シュヴェイクのキャラクター故になんだか気が抜ける。挿絵も絵本みたい。
    たらい回しにされる先々で出会う人々が生き生きと描かれ、戯画的なのだがリアリティがある。前線から離れるためにあらゆる手を使って病気になろうとする兵士たちの話には驚き。水銀の蒸気を吸ったり石油を皮下注射したり、そこまでするかと思うけど、実際に前線にいたら逃げ出したくなるのが人情だよな…。
    酔っ払い従軍司祭オットー・カッツもおもしろい。酒飲んで説教するわ泥酔してクダを巻くわトランプ賭博で大負けした上借金のカタに従僕を手放すわ、やりたい放題。このありがたみのなさが、お祈りしようがしまいが死ぬときゃ死ぬよ、というハシェクの冷静な視線の現れなのかな。戦争という状態を滑稽に描き、笑いに変える発想がすごいなあ。

    • アテナイエさん
      こんにちは♪ 
      当時のチェコをはじめとする欧州の凄まじい歴史と戦争を背景にしているのですが、とても面白いでしょう! この作品は喜劇です。風...
      こんにちは♪ 
      当時のチェコをはじめとする欧州の凄まじい歴史と戦争を背景にしているのですが、とても面白いでしょう! この作品は喜劇です。風刺的な笑いとマンガのような挿画がおかしい。ヨゼフ・ラダの挿画を収めているようなので、今となっては貴重な本かも。

      「……生き生きと描かれ、戯画的なのだがリアリティがある」
      わたしも同感です。ハシェクは第一世界大戦に徴兵され、オーストリー軍の兵士(ロシア軍の捕虜にもなる)だったようなので描写がリアルですね。もちろん「物語」なので、どこまでが事実でどこまでが虚構なのかはハシェクしかわかりませんが、この本は、事実を超えたある種の真実が描かれていて、物語の力を見せつけていますね。
      2巻目以降もシュベイクのぐだぐだしい与太話や彼をとりまくバカバカしい世界が可笑しく笑えます。でも、現実世界は、これにまさるバカバカしい不条理な舞台かも(汗)。
      2017/11/14
  • チェコ文学は基本どれを取っても外れ無しなのだけど、その中でも頭三つ抜けたヤバさ。第一次大戦当時、オーストリア=ハンガリー帝国の一部だったチェコを舞台に煮ても焼いても三ツ星シェフに任せても食えない「善良な兵士」シュベイクが権威と体制、戦争に踊らされる人々を罵倒後差別語入り交じりで徹頭徹尾おちょくりまくるユーモア小説。元アナキスト運動家である著者ハシェクの経歴も中々のものだが、これ程までアイロニーに満ちた小説がカフカと並ぶ国民的作家として扱われるというのはつくづく、チェコという国の業の深さを思い知らされる。

  • 岩波書店のPR
    「馬鹿なのかみせかけなのか、おだやかな目をした一見愚直そのものの一人の男。チェコ民衆の抵抗精神が生んだこの一人の男にはオーストリー・ハンガリー帝国の権力も権威も遂に歯が立たなかった。年移り社会は変わっても、この権力に対する抵抗精神のシンボルは民衆の心に生き続けている。本文庫版は最も插絵の多い版になった。」

  • 広く読まれてるだけあるなぁ、と。

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