語るボルヘス――書物・不死性・時間ほか (岩波文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (192ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003279298

作品紹介・あらすじ

「書物」「不死性」「エマヌエル・スヴェーデンボリ」「探偵小説」「時間」-。1978年にブエノスアイレスの大学で行われた連続講演の記録

感想・レビュー・書評

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  • タイトル通り、小説ではなく1978年ベルグラーノ大学での講義の書籍化。全5回のテーマは、書物、不死性、エマヌエル・スヴェーデンボリ、探偵小説、時間。

    書物や時間、不死性というのはいかにもボルヘスっぽいテーマだなと思うのだけど、探偵小説は意外だった。おもにエドガー・アラン・ポーの話で、「鴉」の解説とか、デュパンくんものの分析など面白かったけど、ある意味ネタバレ?(笑)

    書物を義務として読むのは誤りであり、読書はあくまで幸せになるための方法のひとつであるべき、というモンテーニュの意見を支持するボルヘスは「読者が難解と思うような作品を書いたとすれば、それは作者が失敗したということです。ですから、読むのに大変な努力を要する作品を書いたジョイスのような作家は、本質的に失敗していると考えられます。」とバッサリ。それはジョイスが可哀想と思う反面、実はユリシーズ序盤で挫折した前科のある私は「ですよね~」とも思ったり。

    時間や不死性の話は哲学的でちょっと難しい部分もあるけれど、ひとつひとつの講義はそれほど長くなくコンパクトにまとまっているのでとても読み易かった。

  • ボルヘスの講演集、1978年ベルグラーノ大学にて。


    □ 「書物」

    情報とは、何か或る即物的な目的に従属しその目的に奉仕することだけが求められる手段としての知識でしかない。しかし書物は、単に情報を伝達する媒体なのではなく、それ自体として独立した意義をもつ存在なのだということ。単なる媒体以上である本の存在理由、それは本の「物質」性、その「物質」としての存在感、の内に在る何かではないか。以下は、「物質」としての本の魅力を表現した最も詩的で美しい文句であると思う。

    「私は今でも目が見えるようなふりをして、本を買い込み、家じゅうを本で埋め尽くしています。先だっても、一九六六年版のブロックハウスの百科事典を贈り物にいただきました。家の中にその百科事典のあることがはっきり感じとれ、私は一種の至福感にひたっていました。今の私にはそのゴシック文字は読めません。地図や図版も見ることはできないのです。それでも、書物は間違いなくそこにあり、私は書物が放つ親しみの込もった重力のようなものを感じていました」

    私は本を読むのが好きで、本を読み終わるのはもっと好きだが(そこから私が本の中に自由に吸収されて、こうした文章を書いている)、一番好きなのはそうして読み終わった本を本棚にしまうときだ。「物質」としての本を収集し・分類し・排列する、それは自分の内なる世界を外化するということ。しかし、書物によって積み上げられたその世界は、作者だとか読者だとかいう個体化された存在を超え出てヨリ大きな何かに人を接続していく、そんな予感をボルヘスは何度も書いているように思う。

    「バーナード・ショーはある時、聖書は聖霊によって書かれたと言われますが、あなたは信じますかと訊かれて、《再読に耐える本はすべて聖霊によって書かれたのだ》と答えました。これはつまり、一冊の本は作者の意図をはるかに超えたものになるということにほかなりません」

    「人は二度同じ川に降りていかない、とヘラクレイトスは言いました(・・・)。誰も二度同じ川に降りていかないとは、流れゆく川の水はつねに変化しているということです。しかし、それにもまして恐ろしいのは、われわれが流れゆく川に劣らず移ろいやすい存在だということです。われわれが書物を読むと、もはや以前に読んだ本と違っていますし、語の意味も違うものになっています。しかも、書物には過去も詰め込まれているのです」

    「古い書物を読むということは、それが書かれた日から現在までに経過したすべての時間を読むようなものです」

    世界や人間と同じく、書物も生成流転する(「書物はひもとくたびに変化する」「書物は読者によって豊かなものにされてきた」)。


    □ 「探偵小説」

    新しい文学ジャンルの発明は、新しい型の読者の発明を同時に意味するということ。知的遊戯としての読書行為の誕生。純粋に知的な快楽のために本を読む読者の誕生。

    次の一文は、現代的で些か”難解”な小説を読んでいるさなかにふとミステリを読みたくなる感覚を、よく説明してくれている。

    「探偵小説擁護のために何が言えるでしょう? ひとつ、疑いもなく明白な事実があります。つまり、現代の文学は混沌へ向かっているということです。詩は韻文よりも容易な(本当はむずかしいのですが)自由詩へと舵を切り、小説は登場人物やプロットを喪失し、一切は漠然としたものに変わりつつあります。混沌とした現代にあって、慎ましやかではあるが、古典的な美徳を今も保ち続けているもの、それが探偵小説なのです。起承転結のない探偵小説など考えられません。・・・。・・・、現在いささか軽視されている探偵小説は、無秩序の支配する現代にあって秩序をもたらしています」


    □ 「時間」

    無限が無時間的に一括的に存在する事態としての実無限と、無限が時間的に継起的に生成していく自体としての可能的無限。その構造の差異。

    物理的な時間・空間は、実数によって量化されているが、それらが本当に実数の集合によって1対1対応が可能であるとする根拠はあるのか。例えば時刻 t=0 から t=1 までの間にある時刻は、それを全て埋め尽くす濃度として実数の濃度が一致するのか。有理数のみで足りるということはないのか、実数だけでは足りないということはないのか。実数の連続性という性質が、物理学が時間・空間という概念に要請するものとして、過不足がないと言える根拠は何か。

  • 記録

  •  ボルヘスによる講義集。
     ボルヘスの、世界のどこかや時代を感じさせない独特な雰囲気を持つ作品の、その想像力の源泉の一端を垣間見ることが出来る、ファンなら必読の書だと思います。中でも、古今東西の書物から次々と名文を引用する様子は、彼の作品をいくつか読めば予想出来るとは言え、思わず舌を巻いてしまいました。

  • 本編は全129頁。1978年ブエノスアイレスの大学で行われた連続講義の記録。
    人に伝えるためにボルヘスを日本人で例えると誰になるのだろうと考えたが、うまく説明できず。ベクトルは違うけど立花隆?
    書物、不死性、エマヌエル・スヴェーデンボリ、探偵小説、時間 それぞれのテーマで横軸だけでなく縦横無尽に智の巨人が語ります。

  • 美しい言葉、秩序立った言葉で、親密に語るボルヘス。
    著作はあんなにも中心のない、めまいのする、読み手などいない、一方的な印象なのに、語る言葉は明白で、揺らぎが少なく、対話的、了解的だ。

    以下、雑駁な印象記。
    書物(それを読む人はそれが書かれてから、その時までの全ての時間を読む)
    不死性(ソクラテスの最後)
    スヴェーデンボリ(神を、天国と地獄を明晰に書く)
    探偵小説(これには驚く。秩序のない時代に唯一の秩序が探偵小説)
    時間(無限の考察)

  • ベルグラーノ大学で行われたボルヘスの講演記録です。
    幻想的な小説で知られる著者の世界観と、脱帽するほどの知識量に圧倒されます。
    哲学的であり神学的であり、論理的・科学的でもある語りに魅力を感じました。
    また、ボルヘスの本を読みたくなる一冊。

  • 難しかったけれど「探偵小説」は身近な話題で面白かった。

  • 書物、不死性、時間、エマヌエル・スウェーデンボリ、探偵小説の五つのテーマでボルヘスが講演したもの。該博な知識から様々な引用がなされ、考えを進めていく指針となり。特に、時間の章が味わい深かった…一読すっと入ってこずに、二度ほど読んだけど、それだけの魅力があった。/書物、古代の人たちは、書物を口頭で言われた言葉の代替物と見なした、次に重要な概念は、それが聖なる作品になり得るかもしれない、ということ。/私の考えでは、書物はひもとくたびに変化するのです。/スペイン民謡では「死の喜びはあまりにも大きい。どうか死よ、ふたたび私に生がもたらされることがないよう、音もなくそっと忍び寄ってきてくれ」と歌われ/不死になるというのは、成し遂げた仕事の中で、他社の記憶に残された思い出の中で達成されるものなのです。/<<論証によって人を納得させることはできない>>(エマソン)/霊魂は金の椅子を求めたりはしない、今のまま生き続け、永遠でありたいと願うだけである。(テニソン)/「人は二度同じ川に降りていかない」(ヘラクレイトス)/「何かが自分から遠ざかった瞬間に、時は流れる」(ボワロー)/永遠から発生した時間はふたたび永遠なるものに回帰したいと願っているのです/われわれは移ろいゆくものと永続的なものとでできているのです。/

  • あれ、読んだことないボルヘス?と思ったが、『ボルヘス、オラル』の同じ訳者(木村榮一)による新訳。買った。訳は並べてないから分からないけど、注釈が増えている模様。
    これと『七つの夜』はボルヘジアンならずとも必読。両方とも文庫で手に入るようになってよかった。

    薄いのでみんな読んだらいい。

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J.L.ボルヘスの作品

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