20世紀ラテンアメリカ短篇選 (岩波文庫 赤 793-1)

制作 : 野谷 文昭 
  • 岩波書店
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  • Amazon.co.jp ・本 (393ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003279311

作品紹介・あらすじ

ヨーロッパの前衛、熱帯の自然、土着の魔術と神話が渾然一体となって蠱惑的な夢を紡ぎだす大地ラテンアメリカ――。ガルシア=マルケス、バルガス=リョサなどはもちろん、アストゥリアス、パスなどの先行世代、アジェンデ、アレナスなどのポスト・ブームの作家まで、20世紀後半に世界的ブームを巻き起こした南米文学の佳篇16篇。

感想・レビュー・書評

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  • 20世紀ラテンアメリカ短編を4つのグループ分けした短編集。
    私がブクログに記載している内容は「大体の本は1度しか読めないし忘れることも多いから、自分が読んだときの気持ちを思い出すため」という自己索引なので、以下やたらに長いですが粗筋要約していきます。

    【Ⅰ 多民族・多人種的状況/被征服・植民地の記憶】
     『青い花束……………オクタビオ・パス』
    僕はホテルを出て街に散歩にゆく。男の気配がして、背中にナイフを突きつけられた。男は言う。「あんたの青い目がほしいんだ。恋人が青い目の花束を欲しがっているから」
    僕は必死で言う。「僕の目は青くない、黄色なんだ」それを見せるためにマッチを擦った。
    ※※※いきなり強烈なのが来た〜〜
    混血が多いラテンアメリカにおいて、ヨーロッパの血筋の青い目は最上級なのでしょう。

     『チャック・モール……………カルロス・フエンテス』
    雨の神様、チャック・モールの石像が、体をもち人間になり、人間を取り込んでしまう話。

     『ワリマイ……………イサベル・アジェンデ』
    「エバ・ルーナのお話」より一遍。
    「親父がわしにつけてくれた名はワリマイで、わしら北に住む者の言葉では風を意味している。」
    「人や生き物の名前にはよく気をつけなけりゃならんよ。名前を口にしたとたん、相手の心臓に触れ、その生命力のなかに入り込むからだ。」(ともにP1)
    インディオのワリマイは、白人に捕らえられ農場で働かされる。農場には、男たちへの娼婦として捕らえられ縛られるインディオの娘がいた。彼女の心はすでに死んでいた。ワリマイは彼女の魂を自分のなかに取り込み、農場を脱出した。そして彼女の魂を開放するために森に向かったのだ。

     『大帽子男の伝説……………ミゲル・アンヘル・アストゥリアス』
    「グアテマラ伝説集」より。中南米で初のノーベル賞作家となったアストゥリアスが、マヤ文明など古代から続く伝承と、スペイン統治からのキリスト教国家になった歴史を踏まえての逸話を交えて「グアテマラ伝説集」として構築したもの。

    宣教師は部屋に飛び込んできた白い鞠に夢中になる。あんなにしなやかで、身軽で、白くて!
    だが泣きじゃくる男の子を連れてきた女が言う。
     息子は白い鞠をなくして泣いています。しかし人々はあの鞠は悪魔だといいます!
    宣教師が鞠を放り投げると、白い鞠は悪魔になり、男の子の頭の上で悪魔の帽子となる。


     『トラスカラ人の罪……………エレーナ・ガーロ』
    メキシコでは、古代アステカ文明のころと現代とがたやすく交わるらしい。
    この話のヒロインは現代メキシコで、白人系の夫を持つインディオ系の妻ラウラ。
    だが彼女に古代アステカ文明のインディオたちがスペインに整復された頃の追憶が交じる。
    そのころラウラは従兄弟の夫がいた。だが男たちが闘っている間に、日付通りには死にたくないとときの裂け目から逃げ出した、ということのようだ。
    現代のラウラは、古代の戦争と、現代社会とを行き来する。
    表題のトラスカラ人とは、アステカ人を裏切りスペインの味方になった者たちのこと。


     『日 蝕……………アウグスト・モンテローソ』
    ジャングルで原住民たちの生贄にされかけた宣教師は、その日が日食であることを利用して助かろうとするが…
    ※※※冒険小説お約束をひっくり返したおはなし。この作者の皮肉というかブラックユーモアが出てます。同じような日食のオチは、星新一がアメリカの一コマ漫画紹介していたな(笑)
    作者はホンジュラス生まれのグアテマラ人。政権批判、亡命、外交官就任、など、南米作家と政治は切り離せません。


    Ⅱ 暴力的風土・自然/マチスモ・フェミニズム/犯罪・殺人
     『流れのままに……………オラシオ・キロガ』
    毒蛇に噛みつかれた男が筏で5時間かけて川を下り医者に向かうまでの幻想と希望とそして…。
    ※※※ウルグアイの作家。ラテンアメリカでは短編の名手として児童向けの話も出しているということ。しかし私が読ん短編集は、日常生活があまりにも過酷でそして突如として奪われる。生命はそれを奪いに来る圧倒的な力の前にはなすすべもない、という話だったので、どんな児童向けの話を書いているのか想像柄ない…。


     『決 闘……………マリオ・バルガス=リョサ』
    田舎町の男たちの闘いと侠気と。負けたって度胸を見せる男のことは、人は見捨てはしない。
    ※※※これはマッチョなマリオさん。

     『フォルベス先生の幸福な夏……………ガブリエル・ガルシア=マルケス』
    ぼくと弟は夏を海辺の街で過ごしていた。地元の青年との潜水、料理夫のお話。でも父親が雇った家庭教師ドイツ人のフォルベス先生に管理されるようになってしまった。
    先生は僕たちに厳しいけれど自分にはそこまでじゃない。もうあの管理下から逃れない限りぼくたちに自由はないんだ!
    ※※※現実的かと思ったらいきなりサスペンス。人間心理の巧みさ、少年の日々の楽しさと残酷さ。なかなか怖いガボさんだった。

     『物語の情熱……………アナ・リディア・ベガ』
    語り手はプエルトリコ人の女性作家。今書いているのは、実際の三角関係から起きた殺人事件をもとにした小説。彼女自身も恋が終わったばかり。そこへ学生時代の友人のビルマからフランスの田舎町に招待される。ビルマはフランス人の男性と結婚している。彼女の家で、自分の作品と現実とを語る語り手。そして…。
    ※※※えーーーーっと、すみません、よくわかりませんでしたOrz
    引用やら比喩やらを多用した言い回しが独特というか、結局話がどこへ向かって、どこで終着したのかがよく…Orz


    Ⅲ 都市・疎外感/性・恐怖の結末
     『醜い二人の夜 ……………マリオ・ベネデッティ』
    顔に歪みのある男と、痣のある女が知り合う。世の中から追い出されると感じていた彼らは、何かを得ようと明かりを消した部屋で、暗闇で互いの傷を触れ合う。

     『快楽人形……………サルバドル・ガルメンディア』
    「快楽人形」という本を持ち、気に入った女の姿をつけ、人々が祈る寺院に入り読書にふける。今は神父の助けなんていらない。
     …という話でいいの?

     『時 間……………アンドレス・オメロ・アタナシウ』
    約束した庭師を待つ夫。なかなか来ない。昔のこと、もうできなくなったことを夢想する夫婦。やがて訪ねてきた庭師は黒いマントに大鎌をもっていて…。
    「園丁」がキリストの隠喩だとは聞いたことあるけれど、「庭師」は死神の隠喩なんですか?
     /「庭師」
    骨董品を自分のコレクションのように大事に溜め込んでいる店主。ある時何かが決定的に終わること、その終わりは苦痛を伴わないということがわかった。
     /「骨董屋」
    大晦日に少し寂しい気持ちを抱えた男が街で少し寂しい気持ちをもった女に会う。その孤独さに女はなにもせずに家に帰る。そして男も自分の家に帰る。
     /「新年」
    バスから見かけた女の姿から、過去を夢想したり、死から逃げようとしても逃げられないことを思ったりする話
     /「境界」
    久しぶりに連絡の来た学友の家を訪れる。彼が帰ってくる前に旧交を思い出すのだが、扉の向こうの旧友はすでに死者の眼差しとなっていた。
     /「帰還」

    Ⅳ 夢・妄想・語り/SF・幻想
     『目をつぶって……………レイナルド・アレナス』
    8歳のぼくが語るある朝の出来事。
    内容というより「夢・語り・多分妄想も」という感覚を味わう本。
    ※※※作者はキューバの寒村出身。最初は賛同したカストロのキューバ革命に幻滅し、政治批判と同性愛で収容所に入れられ、アメリカに亡命し、エイズが判明し、最後の自伝を書き残して自殺。
    最後の手紙の一言。「キューバは自由になる。僕はもう自由だ」

     『リナーレス夫妻に会うまで……………アルフレード・ブライス=エチェニケ』
    精神科医を訪れた不眠症男が語るなんか妄想なんだか現実なんだかがごちゃごちゃ〜となった語り。
     
     『水の底で……………アドルフォ・ビオイ=カサーレス』
    仕事で湖畔を訪れた語り手が魅力的な女に出会う。しかし彼女には恋人と、怪しい科学者の叔父がいる。
    体調不良を訴えていた彼女の恋人は、叔父の手術によりエラができて鮭として湖に暮らすことになった!
    そして彼女は「わたしも叔父の手術を受けて水で暮らすからあなたもそうして」と言ってくる…。
    ※※※幻想というよりSF。
    カサーレスはボルヘスの年下の友人で、ボルヘスとの共著も多い。
    なんとなく真面目な人という印象を感じるんだけど、しれっとすごいことを言ったりもする。鮭ってなんだ、エラってなんだ、鱗ってなんだ、しかも”それ”をして”これ”を後悔するのか!なんとなく真面目な人という印象のカサ−レスなんだが、真面目に何言ってるんだ!という面白さもある。

  • 20世紀ラテンアメリカの短編小説から選りすぐられた16編。

     オクタビオ・パス「青い花束」
     カルロス・フエンテス「チャック・モール」
     イサベル・アジェンデ「ワリマイ」
     ミゲル・アンヘル・アストゥリアス「大帽子男の伝説」
     エレーナ・ガーロ「トラスカラ人の罪」
     アウグスト・モンテローソ「日蝕」
     オラシオ・キロガ「流れのままに」
     マリオ・バルガス=リョサ「決闘」
     ガルシア=マルケス「フォルベス先生の幸福な夏」
     アナ・リディア・ベガ「物語の情熱」
     マリオ・ベネデッティ「醜い二人の夜」
     サルバドル・ガルメンディア「快楽人形」
     アンドレス・オメロ・アタナシウ「時間」
     レイナルド・アレナス「目をつぶって」
     ブライス=エチェニケ「リナーレス夫妻に会うまで」
     アドルフォ・ビオイ=カサーレス「水の底で」

    先住民の信仰をモチーフとするもの、征服‐被征服テーマ、
    マチスモ、奇想、都市生活者の孤独……等々。
    翻訳の力量に負うところ大だと思うが、
    どの作品もイメージの喚起力が強く、最後まで楽しんで読めた。
    編訳者の解説(p.389-390)に、

     > インターネットの時代が訪れ[略]
     > 多くの事項が検索できるようになり、
     > [略]それはとても便利であると同時に、
     > 外国文学の読みに変化をもたらしもした。
     > つまり想像力が必要な場面が減ったのだ。
     > 想像する前に画面が現れ、
     > 正体不明だったものの正体がわかってしまう。

    と、文学に対するネットの功罪に触れた箇所が
    あるのだけれども、
    問題は外国文学に限らないのではないだろうか。
    ヴィジュアルインパクト(それも大切だが)にばかり
    注意を向けて、目に見えないもの、
    見えにくいものを自分なりに捉えて解釈し、
    脳内で再構築するという読書の愉楽を忘れつつある、
    あるいは、そもそも、そうした悦びについて
    教わっていない人が増えている気がするのだが。

    ともあれ、以下、特に感銘を受けた作品について。

    イサベル・アジェンデ「ワリマイ」
     タイトルは語り手の老人の名。
     彼は若い頃、仲間と共に新しい村を作ろうとしていて
     白人の兵隊に捕まり、強制労働に。
     そこで出会った少女との一件。
     ある愛の様式について。

    ガルシア=マルケス「フォルベス先生の幸福な夏」
     遊びたい盛りの兄弟のお目付け役は
     厳格な中年女性家庭教師だったが……。
     少年たちが仮面を剥ぎ取られた女の真の姿を
     知ってしまう――。
     鮮烈な短編映画のような小説。

    アドルフォ・ビオイ=カサーレス「水の底で」
     病から回復し、気晴らしを勧められた
     代書屋のアルド・マルテリは共同経営者が所有する湖畔の別荘へ。
     対岸のギベール医師の家には、彼の姪フローラが同居していた。
     二人は恋に落ちたが、
     フローラの不可解な言動に疑問を抱くアルド。
     彼女には年の差があり過ぎてギベール医師に
     交際を反対されたという、
     画家である恋人、ウィリーがいたのだが……。
     彼女を奪うつもりだったアルドが
     異様な経緯を聞かされ、慄然とする、
     マッドサイエンティスト・ホラー(笑)。
     真相がわかった途端、B級感が溢れ出してしまうのだが、
     それでも安っぽい絵空事に思えないのは、
     舞台装置や人物造形が丁寧に描かれていて、
     リアリティが感じられるからだろう。
     一時間くらいのドラマになっても面白いかもしれない。
     読了して「小説は自由だ」という言葉が頭に浮かんだ。

  • 既読のものも若干あったけれどほとんど知らない作家の作品のほうが多くてお得感満載の南米アンソロジーが岩波文庫から!1作ごとに作者紹介があるのも親切。ざっくりテーマごとに4つのカテゴリーに分けられており、どれも面白かったけど個人的には1部の先住民ものが好みに合った。4部目のSF,幻想の括りの作品群より、1部目のほうが幻想的だった気がする。

    オクタビオ・パス「青い花束」は、花束といいつつ謎の男が集めているのは青い眼で、ちょっと日本で言うと口裂け女あたり的な怖さがあり(いや青い眼=侵略者という民族的な問題だとは思うけれど)フエンテス「チャック・モール」とアストゥリアス「大帽子男の伝説」は既読、でも何度読んでも面白い。

    とても好きだったのは女性作家の2作。イサベル・アジェンデ「ワリマイ」とエレーナ・ガーロ「トラスカラ人の罪」。女性作者ということもあるのか、どちらの作品からも似た匂いを感じた。

    「トラスカラ~」は、現在と前世の記憶(?)なのか、現在の夫と義母がありながら、インディオの戦士であるかつての夫の幻影(現実としか思えない)との間を行ったり来たりする女性の話で、それを先住民の血を引く女中の一人だけが狂気と捉えず当然の話として受け止める。タイトルにあるトラスカラは、かつてメキシコに住んでいたインディオの国で、同じく当時メキシコで勢力を広げていたアステカと対立しており、メキシコがスペインの侵略を受けたときにアステカより先にスペインに降伏、同盟してアステカを滅ぼすことに協力した。「裏切り者」という言葉がキーワードになるのはこの歴史のゆえか。

    ラストを飾るカサーレス「水の底で」も好きだった。湖畔にある友達の別荘に療養しにきた病み上がりの青年が、美しい女性と出逢い恋に落ちるが、彼女には年老いた恋人がいるという噂、そして彼女が同居している叔父は医者だけれど「鮭医者」と呼ばれる変人。序盤は恋愛ものぽいのに、途中から鮭医者の正体=マッドサイエンティストっぷりが明らかになりとんでもない展開、結末へ。人魚ならロマンチックだけど半魚人はなあ・・・。

    ※収録
    オクタビオ・パス「青い花束」/カルロス・フエンテス「チャック・モール」/イサベル・アジェンデ「ワリマイ」/ミゲル・アンヘル・アストゥリアス「大帽子男の伝説」/エレーナ・ガーロ「トラスカラ人の罪」/アウグスト・モンテローソ「日蝕」
    オラシオ・キロガ「流れのままに」/マリオ・バルガス=リョサ「決闘」/ガブリエル・ガルシア=マルケス「フォルベス先生の幸福な夏」/アナ・リディア・ベガ「物語の情熱」
    マリオ・ベネデッティ「醜い二人の夜」/サルバドル・ガルメンディア「快楽人形」/アンドレス・オメロ・アタナシウ「時間(庭師/骨董屋/新年/境界/帰還)」
    レイナルド・アレナス「目をつぶって」/アルフレード・ブライス=エチェニケ「リナーレス夫妻に会うまで」/アドルフォ・ビオイ=カサーレス「水の底で」

  •  アンソロジーという体裁の書物が好きだ。詳しくない領域に踏み込むときの格好の呼び水になってくれるばかりではなく、編者の選択眼や嗜好までもが浮かび上がってきて、作品を単体で読むときとはちがったお互いの交響をも考えながら読み進む楽しみに耽ることができる。自分のようなディレッタントにとっては何よりの教師である。
     本書はラテンアメリカ文学のアンソロジーであるが、いわゆる「ブーム」が起きたこともあって同種のアンソロジーが数多く編まれてきたにもかかわらず、さすがに編訳者が斯界の大ベテランである野谷文昭氏だけのことはあって月並みにも二番煎じにもなっていない。短編小説と聞けば誰もが思いつくボルヘスやルルフォを(おそらく敢えて)外したり、一方で短編作家という印象は薄いイサベル・アジェンデを入れたりと、作品の選択も、その配置も趣向が凝らしている。白状すれば、およそ半数の作家は本書で初めてその名前を知ったし、大いに勉強になった。(その一方で、やはり名の知れた作家の名の知れた作品は面白いのだなという身も蓋もないことに気付かされもしたが……。)
     なお、野谷氏による解説は詳細にラテンアメリカ文学「ブーム」の勃興から現在に至るまでを概説していて非常に興味深い。キューバ革命が一種の転帰となった事情など不勉強ながらまるで知らないことだった。各作品への言及も大変参考になった。ラテンアメリカ文学に詳しくない人はもちろん、これまで親しんできた人にも得るところ多いアンソロジーではないかと思う。以下、各編の簡単な感想を。

    ・オクタビオ・パス「青い花束」
     簡潔で見事な描写に支えられた、幻想的な怪奇譚。やはりこれはヨソ者たる白人と中南米の土俗性を対比させた寓話でもあるんだろうか。
    ・カルロス・フエンテス「チャック・モール」
     これも文章がとにかく見事で、要を得た描写とはこのようなものだと思わされる。内容としては、実は愉快なホラ話のように感じられて楽しく読めた。
    ・イサベル・アジェンデ「ワリマイ」
     語り口が見事。どうやったらこういう作品が書けるんだろう……。
    ・ミゲル・アンヘル・アストゥリアス「大帽子男の伝説」
     大昔「グアテマラ伝説集」を読んだときにはアストゥリアスはどうも馴染めない作家だったんだけど、いま読んでみるとあんがい映像的なイメージに支えられた面白さがあるのかもなと思う。カフカの短篇、特に「中年の独身男ブルームフェルト」をちょっと思い出した。
    ・エレーナ・ガーロ「トラスカラ人の罪」
     「チャック・モール」と同系統の話なのかも知れないが、読みながら話の趣向というか、種明かしがちらついているようであまり面白く感じられなかった。
    ・アウグスト・モンテローソ「日蝕」
     苦い皮肉の効いた掌編。「青い花束」がもっと過激になるとこうなるのかな。

    ・オラシオ・キロガ「流れのままに」
     死についての物語も、アマゾンのど真ん中を舞台にすれば絶望感がすごい。ちょっとガルシンの短篇を思い出した。
    ・マリオ・バルガス=リョサ「決闘」
     率直に言って、バルガス=リョサの小説を面白く読んだ経験がない。たいてい途中で読み飽きてしまうのは語り口のせいなのかそれ以外なのかはよくわからない。本作もアウトロウの世界を書いていながら今ひとつさまにならないと思えてならず、作家個人としては同じく「ワル」とは無縁に生きてきたであろうボルヘスがあれほど見事にならず者を描出できるのとは、ずいぶんなちがいである。
    ・ガブリエル・ガルシア=マルケス「フォルベス先生の幸福な夏」
     やはりGGMの作品はさすがとしか言いようがない。少年の日の残酷な思い出のような語り口で語られる、野蛮で唐突で悲劇的としか言いようがない出来事を、にもかかわらず「幸福な夏」としか言いようのない読後感に昇華させている筆の冴えをご堪能あれ。
    ・アナ・リディア・ベガ「物語の情熱」
     初めて読んだ作家。文体は新しく、プエルトリコと旧大陸を対比させつつ奔放にトリッキーに幾つかの事件を描出していく語り口はいかにも「巧い」作家のものだと思わされるが、やはり、こういうおとしばなしみたいなオチは個人的にはちょっと白けるのだよな。

    ・マリオ・ベネディッティ「醜い二人の夜」
     これも初めての作家。自意識や存在に焦点を当てて短くまとめた短篇、巧いなと思わされる一方で、いかにも文学の好きな若者が書きそうな話だなという感じもした。
    ・サルバドル・ガルメンティア「快楽人形」
     いかにも懐かしい前衛という感じがした。これは性的イメージが垂れ流されすぎて不感症になってしまった気の毒な時代に生きている自分のせいなのだということは自覚しています。
    ・アンドレス・オメロ・アタナシウ「時間」
     掌編が幾つか。感傷的なボルヘスという赴き。十九世紀の教養小説みたいな雰囲気も感じられたんだけどなぜだろう。

    ・レイナルド・アレナス「目をつぶって」
     これといった感想がない……。子供の語る奇想天外な物語という趣向、そもそもが「信頼の置けない語り手」なので、今ひとつのめり込めないのだよな。
    ・アルフレード・ブライス=エチェニケ「リナーレス夫妻に会うまで」
     独特に自意識が強くて偏執的な主人公が延々と語るようなタイプの話、これまた懐かしい感じの「実験」という感じがする。聞き手が精神科医というのもいかにもという感じがする。
    ・アドルフォ・ビオイ=カサレス「水の底で」
     まるでベリヤーエフを想起したくなる筋立てだが、なんと刊行は1991年だそうである。決してSFだと感じられないのは、焦点が人間の関係性にあるからだろう。優れた作家は理屈の上での辻褄などよりもおのれが文学を優先させるものである。ヌケヌケとした道具立てと結末は無類に面白いけど、これが日本を舞台に書かれていたらとても同じようには受容できなかったかも知れないな。

  • マルケス、リョサ、フエンテスなど有名な作家たちの短編が一堂に読める構成でラテン文学の読書ガイドとして役立つ。ただこちらの教養のなさもあるが、ほとんど知らない作家の作品が多く、うーん・・と、全体として不完全燃焼が否めない。

    気に入った小品をいくつか。

    オクタビオ・パス「青い花束」。
    宿に泊まった青年が夜の散歩の途中に暴漢に襲われ、「青い目の花束を作るためにお前の目が欲しい」と脅される。青年の瞳は青ではなかったので助かるという小噺。唐突な暴力と幻惑的な要求との落差が強く印象に残る。

    カルロス・フエンテス「チャック・モール」。
    役所に勤める男が買ったマヤ族の偶像の置物が突然喋り始めて男と生活を始める。置物が動くことが信じられず、男の生活は追い込まれ破綻していくというストーリー。マジック・リアリズム満載でユーモアもありオチも笑えるが、男の最後はどこか酷薄である。

    オラシオ・キロガ「流れのままに」。
    森の中で毒蛇に噛まれた男が死ぬ。短くて単純な話。しかしこれが巧い。息絶えながら小船に乗り河を下って病院へ行こうとするが、まさに流れるままに生から死への過程を河の流れに喩えて表現している。小船の上で息絶える男の描写も詩的でなぜか抒情的。

    マリオ・バルガス・リョサ「決闘」。
    タイトル通り。男たちが決闘する話。暗闇でナイフを持ち対峙する二人の男。暴力の集積と生死を分かつ緊張感が細やかな描写で熱を帯びる。その熱気に咽る。人が闘う姿を美学まで高めたリョサの文章が最後まで読ませます。

    ガルシア・マルケス「フォルベス先生の幸福な夏」。
    夏休み。中流よりやや上の家庭にやってきた家庭教師のドイツ人女性。その厳格さに兄弟が辟易し、弟が家庭教師を殺そうと毒ワイン(と弟が思っているだけの偽物)を飲ます。なかなか死なないが・・。伏線と物語の展開が相変わらず上手いが、どこまでも惨い。

  • 以前、カルペンティエールの作品を読んでから、ラテンアメリカの小説に興味がありました。彼に最も近い作品が、この中では、アストゥリアスの「大帽子男の伝説」だと思いますが、不思議な内容で理解は出来なかったけれど、また読んでみたいと思わせる魅力がありました。

    また、何十年前の作品でも、何か考えさせたり、想像させてくれたり、物語を楽しむことができるのは、世界を問わず、変わらないし、嬉しく思いました。

    「フォルベス先生の幸福な夏」、「物語の情熱」は、単純に物語の内容が面白く感じられ、「青い花束」、「ワリマイ」、「トラスカラ人の罪」、「日蝕」は、先住民の知識がない私には、幻想的な感覚が印象に残りました。また、最後の解説を読んで、より理解が深まりました。

    最も好きな作品は、「醜い二人の夜」です。今の時代の日本ですと、表現可能な内容ですが、一九六〇年代において、カトリックが根強い土壌で、性に関する表現が長らくタブーとされてきた歴史(解説から引用しました)を背景に考えると趣深いものがあります。が、単純に、これを読んで、私もそうだ、というような時代を超えた一種の共有感覚と、性だけではない、人の存在価値のありようを再認識させてくれました。

  • 「エバは猫の中」や「ラテンアメリカ五人集」と言ったアンソロジーをワクワクしながら読んだのを思い出してます、、

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    ヨーロッパの前衛,熱帯の自然,土着の魔術と神話が渾然一体となって蠱惑的な夢を紡ぎだす大地ラテンアメリカ――.ガルシア=マルケス,バルガス=リョサなどはもちろん,アストゥリアス,パスなどの先行世代,アジェンデ,アレナスなどのポスト・ブームの作家まで,20世紀後半に世界的ブームを巻き起こした南米文学の佳篇16篇.
    https://www.iwanami.co.jp/book/b440438.html

  • フエンテス「チャック・モール」が読みたくて手に取りましたが、どの短編もとても面白かったです。
    「チャック・モール」と、同じく「多民族・多人種的状況/被征服・植民地の記憶」の章に納められている「トラスカラ人の罪」が好きです。

    ・オクタビオ・パス「青い花束」
    不条理な暴力に晒されそうになるお話です。さらっとしています。
    「恋人の気まぐれ」「青い花束」というモチーフや前半の情景描写が綺麗なだけに、暴力性の血腥さが際立ってると感じました。面白かったです。

    ・カルロス・フエンテス「チャック・モール」
    大半は「つい先日溺死したフィリベルト」さんの手記なので、彼の体験を追体験する構造の小説です。
    ひたひたと怖さが迫ってくる、幻想的で面白い小説でした。
    「神性を持っていた存在が人間性に興味を持てば、堕落して神ではいられなくなる」という論理が、面白い着眼点だなと思いました。
    フィリベルトさんの死もおそらく……とぞわぞわしますが、明言されずに終わります。余韻があります。

    ・イザベル・アジェンデ「ワリマイ」
    臨場感のある、一人称の小説です。
    女性が性的搾取される場面があるので私は少し苦手ですが、迫力のある面白い小説でした。

    ・ミゲル・アンヘル・アストゥリアス「大帽子男の伝説」
    あっさりとした短いお話で、前後にもっと長い物語があるのかなと思いました。
    「修道士」さんにユゴー先生の「ノートル・ダム=ド=パリ」のフロロー様に近しいものを感じました。

    ・エレーナ・ガーロ「トラスカラ人の罪」
    一番アステカ色が強くて好きです。ストーリーも物語構成もとても面白く、幻想的でした。
    言葉と石の比喩の表現が好きです。
    これも「チャック・モール」と同様に、「奇妙な」体験の当事者が本人の視点で語るのを、聞き手が聞いている形で展開してました。

    ・アウグスト・モンテソーロ「日蝕」
    ごく短く纏まっている、さらっとしたお話です。
    ちょっと残酷なストーリーですがあっさりしています。ブラックジョーク的な印象でした

  • 全体に情熱と血と幻でむんむんな1冊でした。

  • 良い!マジックリアリズムすぎて、ついていけなくなって、オチも意味不明な小説も結構あるが、短編集自体の空気感が、ラテンアメリカの灼熱&ミステリアス感あって素敵。楽しんだ。

    青い花束
    ワリマイ
    文句なしに良い。

    トラスカラ人の罪
    全体的にストーリーが交錯してて筋がよくわからない。なのになんかめっちゃ心惹かれたという、すごい作品!!何故か私の中では『グレートギャッツビー』の女が殺人起こして逃げてる場面と重なった。

    醜い2人の夜
    水の底で
    現代の話なのでラテンアメリカ舞台の要素はないんだが、ふつうにいい短編だった。なんとなく切なく気だるい。ただ、『水の底』は鮭になる手術をする恋人たちの話という謎設定。こういうところもマジックリアリズムでラテンアメリカぽいのか?

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