やし酒飲み (岩波文庫)

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制作 : 土屋 哲 
  • 岩波書店 (2012年10月17日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (240ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003280119

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やし酒飲み (岩波文庫)の感想・レビュー・書評

  • 「わたしは十になった子供の頃からやし酒飲みだった。私の生活はやし酒を飲む以外には何もすることのない毎日でした」

    死んだやし酒作りを死者の町に呼び戻しに行く主人公の奇妙な旅。体の部分を他者から借りて完璧な紳士を装う骸骨、赤い魚と鳥に怯える赤い村の住人達、旅人を癒す白い木の中の誠実な母。だが主人公もジュジュ(まじないみたいなもの?)を扱う「この世のことはなんでもできる神々の”父"」なんだから負けてはいない。大食いの怪物に飲み込まれようと、首まで埋められふんずけられても、やし酒への情熱で、二歩下がって二歩半前進くらいのスピードでしっかり進んでいる。

    英語で書かれたアフリカ文学。原典はカタコトで文法も破格らしい。
    それが日本語訳するとどうにも言葉のパワーが薄れるのが残念。
    言葉が弱いとアフリカに根ざす音楽の存在や、死生観や自然への畏れもあまり感じられない。

    とりあえず読みながら頭の中の画像では、ドラムや銅鑼に合わせた木彫り人形の劇や影絵のようなものを思い浮かべてみた。

  • ヤシ酒中毒者の話かと思って読んだけれど、むしろナイジェリアの妖怪めぐり合いの記だった。人探しの旅なのに途中で家を建てて暮らしちゃったり、「白い生物」「赤い王様」と姿形の描写が想定外のざっくり具合だったり、こちらの予期しないスパン・粒度で物語が進む点でとても海外文学。人探しの旅にしては危険が多すぎて、実はそれほど笑いながら読むこともできず、現在進行形で妖怪好きだったら読んだらいいかな、という印象(水木しげるの画で読みたかった)。訳者と多和田葉子の解説は読みごたえがあり、ただ自分はこの物語からあまり汲み取ることができなかったなと思う。

  • お金持ちの父親に甘やかされてるニートくんの話かと思いきや、いきなり「この世のことならなんでもできる神々の父」と名乗るし、いきあたりばったりに出くわす、神や死神や精霊・あやしげな生物たちはなんかみんなちょっと変。奥さん、そんな予言してた?旅から帰ったら死んだはずの父親(両親)になんであいさつにいけるの?とかつっこみどころ満載のはちゃめちゃな物語破綻状態なのになぜかあとひく不思議なイメージ。とんでもない話なのに、旅程の距離と時刻だけはなぜか描写が細かい。ピジン・イングリッシュ、カーゴ・カルトもちょっとまざっておもしろい。

  • アフリカ最大の人口と発展した文化を擁するナイジェリアの作家が20世紀中頃に書いた、アフリカ文学の最高傑作と言われる神話的物語。古事記やオデュッセイアを連想せずにいられない、その荒唐無稽な冒険譚。ジャングルの奥底で出会うブッ飛んだエピソードと登場人物は、時に銃や通貨といった西洋近代的なものと混合し異質な世界観を形成する。物語は想像力を生み、その力は共同体を生み出す源泉となる。願わくば本書が、今も多数の民族と宗教、不安定な政治によって引き裂かれるアフリカのアイデンティティの架け橋となる事を祈ってやまない。

  • 盛りだくさんでした。薄いのに。人だけど神さま?な主人公のはちゃめちゃな旅はやし酒作りを捜していたはずやのに、宇宙規模になっていったりして、面白かった。しかし、この妻になったひとの魅力がいまいち分からん。

  • 読み終わった後の第一声が「これ面白ーい!」でした(笑)。作者のチュツオーラは、アフリカはナイジェリアの作家だそうです。マジックリアリズムというよりは、民話的というか神話的というか、童話的でもあるけれど、口伝えの伝承みたいな不整合さに独特の面白さがあり、作者にとって母国語ではない英語で書かれたことに関係あるのかもしれないけど、その「拙さ」が逆に変な味になっちゃってる感じ。

    主人公は10歳の頃から「やし酒飲み」で、そのやし酒を作ってくれていた「やし酒造り」が死んでしまい、今までのように思う存分やし酒が飲めなくなったことから、死んだ「やし酒造り」を探す旅に出ます。その旅の途中で出会う変な生き物たち(死人だったり精霊みたいなものだったり怪物だったり様々)がとにかくユニークで、まるでボッシュやブリューゲルの絵に出てくるキテレツな生き物みたいな外見ですが、良い精霊もいれば悪い精霊もいて、どれも個性的。

    個人的にお気に入りだったのは、主人公が奥さんと出会うきっかけになる「完全な紳士」の化け物。見た目は非常に美しい紳士なのだけど、実は体のパーツが全部借り物で、それを一つづつ返していくと、最終的には骸骨になっちゃうっていう・・・。想像すると怖いけど面白い。そういう様々な変な怪物や精霊たちに、主人公は「ジュジュ」というものを使って対抗します。「ジュジュ」について何の説明もなかったけど、まあざっくり「呪術」的なものと解して間違いないかと(語感も似てるし・笑)。

    死者を追って死者の国に旅立つ物語というのは、日本ならイザナギイザナミの神話、ギリシャならオルフェウスあたりが有名どころですが、恋愛が絡んでいない分、この「やし酒飲み」は、死者との関係が割り切れてる印象です。追いかけて探し当てても、死者と生者は一緒には暮らせないし、死者には死者のルールがある。お国柄でしょうが、その独特の死生観も、他に類を見なくて新鮮でした。

  •  表紙に「アフリカ文学の最高傑作」と銘打っており、短いながらも物凄い小説らしい。
     現代アフリカ文学を読むのは、今回が初めてとなる。高校卒業後、いろいろと海外の文学に触れてみたが、世界史の教科書で見かけた作家の本を片っ端から読んでおり、結果的にヨーロッパの小説が中心となっていた。
     そんな中で、ノーベル文学賞受賞と聞いて読んでみたバルガス=リョサ『緑の家』の衝撃。読み辛さも含め、今でも鮮明に残っている。その後に読んだ『密林の語り部』も、読みやすいこともあってより楽しめた。それまで、ラテンアメリカ文学と呼ばれる分野があることすら知らなかったが、楽しめそうな世界が広くなり、とても嬉しかった。他にも、読んだことの無い地方の文学は無いだろうか…

     こうした状態で見つけたのがこの本だが、衝撃というか戸惑いというか、その大きさは『緑の家』以上だったかも知れない。「です」「ます」口調の混在や、何となくヘンな日本語への戸惑いは、まだ良い(翻訳だし)。それ以上に「何だこれは!?」と思ったのが、今までに感じたことの無い不思議な神話的世界観。
     以前、古代エジプトの創世神話を読んだことがあり(矢島文夫『エジプトの神話』ちくま文庫)、少しだけ齧った日本の創世神話と併せ、あんな感じの荒唐無稽さ(あるいは、今の常識では理解できないような世界観)があるんだろうな~と思いながら読み進めていった。
     だが、何か違う。荒唐無稽さもあるのだが、先に挙げた神話には無かった違和感がある。

     それは、どことなく現代的なニュアンス。「七ポンド五シリング」だとか、「飛行機のような~」といったワード、読者の存在を認識し、読み手に語りかける箇所。書かれたのが20世紀なのだから当たり前なのかも知れないが、物語の中で起こる出来事は紛れもない神話世界の出来事だ。こうしたちぐはぐな世界観からは、この小説が今なお生き続けている神話なのだという印象を受ける。

     肝心の内容については、各々の話が何を暗喩しているのか等わからないことだらけだったが、詳細な解説があり、その一端を楽しむことができた。
     中でも印象的だったのが、恐怖という言葉。物語の中で、主人公は死を売ってしまった(?)ので、死ぬ心配が無い。そのため、一見緊張感の無さそうな状態で旅をする。ずっと無敵のマリオみたいな。だが、主人公は依然として恐怖を抱き続けている。
     アフリカの人々が信じるという森林への恐怖とはいかなるものか?それを意識しながら読み返すと、また楽しめそう。森林への恐怖など、自然から離れて暮らすわが身においては、そう感じるものではない。だが、いざその恐怖に対峙した時、この物語の主人公のように、乗り越えようとする意志を保てるだろうか。

  • 「わたしは、十になった子供のころから、やし酒飲みだった。わたしの生活は、やし酒を飲むこと以外には何もすることのない毎日でした」から始まるこの小説。主人公の父は、主人公には、やし酒を飲むことしか能がないのに気が付いて、56万本のやしの木がはえているやし園をくれ、毎朝150タル、午後2時には飲み干してしまうので夕方さらに75タルのやし酒を採取してくれるやし酒造りの名人を雇ってくれたけれども、ある日そのやし酒造りが死んでしまう。それで、主人公が「死者の町」に、やし酒造りの名人を呼び戻すために探しに行く話。冒頭からして「なんだこれは!」とひきこまれてしまう。しかもこの主人公は「神々の父」と名乗り、無理難題ふっかけられたりするんだけど鳥とか火に変身できちゃったりして、そんなんなら簡単だよねと思いきや、旅路の森とかにいろんな生き物がでてきていろいろ苦労する。白い生き物とか赤い生き物とかいろんなことが起きて最後もまぁやし酒飲みには会えるんだけど最後までいろいろ起きて、たしかに飽きない。教訓とかメッセージ性を特に感じさせないところもいい。アフリカには行ったことないしアフリカの民話の背景とかよくしらないから、知ったらまたよくわかるところがあって面白いのかもしれない。とにかくこの本は、異世界なかんじの面白さだった。
    アフリカ文学の最高傑作らしい。多和田葉子さんの解説も、よかった。

  • ・訳文について。原語のピジン文体はわからないが、独特の味がある。

    ・数名の編集者ないしロンドンのひとつの出版社が掘り起し仕立て上げたのではという、いわば作品外の政治や策略については。
    自然や神話を息を吸うように育った人が書いたなどと純粋に受け止めることはさすがにないが、
    政治の道具として扱われた可能性を掘り起こしてあげつらうほどのすれっからしでもない。
    ただニュートラルに、この作品は面白いと思う。

    ・やはり思い出すのは古事記。びっくりするくらい通い合うものがある。生と死の垣根の低さ。
    脳裏に浮かぶのはすでにしてこうの史代の絵柄であった。

    ・ずいずい読めるのは、内面も理由も倫理も伏線もないからだ。
    すなわち近代小説の範疇ではないところが、魅力。
    あるのは楽天性と飛躍と破綻と勢いと即物性と開放性とあっけらかんとした暴力と恐怖する小者とユーモアとカーニバル。

    ・死者は死者の国で、生者とは別の論理で暮らしている、という観点。
    また、死を売り渡したが恐怖は持ち続けるという観点。

  • じぇじぇ!ジュジュマン(精霊?魔法使い?神?)の話であった。

    初めて「アフリカ文学」を読む。しかも内容は、現代感覚を微量に取り入れただけのように思える殆どアフリカ神話の世界。最初は読み進めるのが苦痛だった。初めての方は、訳者による解説から読んだ方がいいと思う。(あらすじは表紙写真を参照して下さい)

    しかし、驚くほどに日本神話に似ている。主人公は「神」なのだが、非常に人間的なのである。娘を怪物から助けて妻にする。その子どもが怪物になり殺されそうになるのも似ている。

    生まれたばかりの赤ン坊が怪物になるのは、一度ではない。それを殺すの父である主人公なのだが、まるきり倫理的苦痛を感じていないのである。

    森林は、万能ではない神である男にとって危険極まりない処だった。それは、アフリカの自然の厳しさでもあるのだろう。

    突然の不幸と生と死の往来、そして突然解決出来る未来。それは不思議ではあるのだけど、やはり何処か普遍性のある人間の人生なのかもしれない。
    2013年6月7日読了

  • 人間の想像力は無限に拡がっていくのだということが、このような著作を読むと肯ける。このように想像力が、文学や音楽や絵画など芸術に昇華されると良いのだが、想像が妄想に転化すると往々にして悲劇が生まれる。

  • ラブレーの『ガルガンチュア物語』的な、あるいはサドの『新ジュスチーヌ』のエロ抜き版的な。
    個人的にはあまり好きな感じではない。

    しかし訳者と多和田葉子氏の解説を読んで「そういう読み方をすればよかったのか」と思い至って少し見直したので、星3つな感じで。

    とはいえ文庫化はめでたい!

  • 独特な言語感覚が神話のような世界を描く。アフリカ文学ってすごい。

  • 純粋に「面白い!」と叫べる作品だ。

    いわゆる幻想小説の類で、とにかくわけのわからないモノ・出来事ばかりだ。ただ、その幻想具合が図抜けている。魑魅魍魎が跋扈する密林の奥の世界は、妄想を超えた「現実的な」幻想の世界なのだ。「赤い」国(政治的なカラーじゃなくて、ただ純粋に「赤い」国です)、白くてのっぺりした大樹(?)、「完全な紳士」などなどが登場する世界。想像がぐんぐんふくらんで、面白い。

    すっとぼけた文体も魅力的だ。これは作者および翻訳者の意図したところで、決してタイプミスでも誤訳でもない。この文体のおかげで、予定調和的で、とぼけていて、わけのわからない話にもかかわらず、違和感なく受け入れられる。わけのわからない世界ならば、わけのわからないコトでも「現実的」に思えてしまうのである。

    ナンセンスな作風は落語に通じるところがあると思った。「混血の町」の裁判は、さながら大岡裁きモノだ。立川談笑師匠が『三方一両損』を「やし酒」バージョンに改作して演じやしないか、と勝手に妄想してしまった。

  • ガルシアマルケスやリョサのようなタイプの小説を期待していたので、
    数ページを読んで拍子抜けを食らいました。

    なにしろ文章が拙いし、展開も妙ちくりんです。
    酔っぱらったルイスキャロル、そんな印象を受け、
    正直なところ、読んでいて何度か失敗したかなと思いました。
    拙くも荒々しい文章を訳す際に、
    大事なものまで抜けちゃったんじゃないの、
    と疑りもしました。


    しかし、途中で投げ出そうかなと思い、
    それならいっそと手を付けた訳者土屋哲氏の解説、
    『チュツオーラとアフリカ神話の世界』を読み、
    印象が大きく変わりました。
    アフリカ文学の流れ、表現の裏にある背景までを、
    丁寧に日本人に伝える30ページほどの文章により、
    足りなかった部分はフォローされ、
    魅力ある部分は一層魅力的に見えてきます。

    最終的に、なるほどこういう小説もありだなぁと思い、
    満足しながら本を閉じることとなりました。

  • なんというか、破天荒でめちゃくちゃなストーリーなんだけれどなんとなく読んでしまうしわくわくしてしまう冒険潭。この際文章の整合性だとか、あり得なさは大目にみてシンプルに楽しむこと、がこの小説を読む上でのコツなんだと思う。

  • なんのこっちゃわからん本やった
    アフリカの異文化に触れたという感じ

    なんとなく、ボッカチオのデカメロンに近いなという印象がある

    含蓄ありすぎ

  • 死者の国と生者の国が分かたれている、というアフリカの死の感覚……とあるが、徒歩で行ける死の国、旧友を懐かしむようなやし酒造り、どうにも死者を身近に感じてしまう。おそらく解説の文章の解釈にも少し慎重になるべきであって、分かたれている、との言葉の意味するレベルによって、この作品の現実感の度合いは変わってくるように思える。
    俺はなるべく現実感覚に寄せて、これらの不可思議な世界を視たい。

  • 昔、晶文社版でも読んだがよく解らない小説。神話的展開に日本国『古事記』との共通性を感じることがある。たまに後ろ向きに歩こう。稗田阿礼って男女いずれ? 図書館本。

  • 死んでしまったやし酒造りを探して死者の町へと旅に出たやし酒飲み。
    神話的?世界観。次から次へと摩訶不思議な展開が繰り広げられていく。

    生と死の世界が絡みあい、神々との対話や擬人化したドラム/ソング/ダンスらの饗宴など、アフリカ民族の文化や価値観、思想が深くこの物語の根底にあるのがわかる。

  • だ・である調とですます調、現在形と過去形が入り乱れる独特の文体から飛び出す神話的な物語。
    父が雇ったやし酒名人のおかげで、毎日飽きることなくやし酒を飲んでいた主人公はある日、そのやし酒名人が死んでしまうという憂き目にあう。「ジュジュマン」でもある「やし酒飲み」が、死んだやし酒のみを探して「死者の町」へ行って/帰る波瀾万丈の冒険譚。

  • 特に教訓となるような話があるわけではないが伝承的民話を題材に創作された物語とのことで、神様や精霊、奇妙な生物や死者などが次々と登場する不思議な世界観がおもしろかったです。
    昔話めいた物語から伝わってくる原始的な姿や、銃やお金など異文化も混ざり合った姿など、アフリカ内部から描かれた独特の世界観を楽しむことにこそこの作品の価値があると感じました。

  • PENのアフリカ特集で気になり、なんばStdで遭遇

    奇想天外な世界観
    言葉使いも不思議

  • やし酒のみが死んだやし酒造りを求めておもむく死者の町への道中は不思議で奇妙、魔術的で神話的。

    しかしそんなにやし酒というものは美味しいものなのか?

  • アフリカの背景?あり方?文化?を知った上でより楽しめるのかも。
    作り話として十分おもしろくはあるけれど。
    また折を見て再読しようと思う。

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やし酒飲み (岩波文庫)の作品紹介

「わたしは、十になった子供の頃から、やし酒飲みだった」-。やし酒を飲むことしか能のない男が、死んだ自分専属のやし酒造りの名人を呼び戻すため「死者の町」へと旅に出る。旅路で出会う、頭ガイ骨だけの紳士、幻の人質、親指から生まれ出た強力の子…。神話的想像力が豊かに息づく、アフリカ文学の最高傑作。作者自身による略歴(管啓次郎訳)を付す。

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