ニコマコス倫理学(アリストテレス) 上 (岩波文庫 青 604-1)

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  • Amazon.co.jp ・本 (377ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003360415

作品紹介・あらすじ

古代ギリシアにおいて初めて倫理学を確立した名著。万人が人生の究極の目的として求めるものは「幸福」即ち「よく生きること」であると規定し、このあいまいな概念を精緻な分析で闡明する。これは当時の都市国家市民を対象に述べられたものであるが、ルネサンス以後、西洋の思想、学問、人間形成に重大な影響を及ぼした。

感想・レビュー・書評

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  • 今年前半、プラトンを1冊、ギリシア悲劇を1冊と読んできたので、よっしゃ次はアリストテレスだ!
    というわけで手に取ったのがこちら、『二コマコス倫理学』。

    さて、はりきって読み始めてみたものの。
    ううーーん、これ、難しい(泣)。
    書かれている内容が難しい、というのではなく、もはや目で文字を追っても、脳が意味をとらえられなくて、ただただ文字が流れていくか、そのうち注意力を失って気がつくと眠りに落ちているかのどちらか。
    うん。これは、あれだな。
    自分がその本を読むための前提となる土台を有していないにもかかわらず、読んでしまった時におこる現象だなあ。

    いきなり原著から読まないで、入門書か解説書にすれば良かったかなあ、と少し後悔しましたが、せっかく買ったので、わからないことを気にせず、割り切って読むことにしました。
    こういう場合の私の割り切り方とは、文章を理解しようとせず、ただただ文字を一定のスピードで、あまりじっくり読むと眠くなるので早めに、淡々と流していきます。
    そして、たまーに「お、なんか面白いかも?」と思う一文に出会ったら、素直に喜ぶ(笑)。
    川底から砂金を見つけたかのように、その一文をゆっくり眺めて味わいます(砂金、探したことないけど)。

    そんなこんなで、なんとか辿り着いた上巻のラスト。
    この調子で、爽やかに、下巻に進みたいと思いまーす(汗)。

  • 無謀ではなく、臆病でもなく、勇気をもて。
    虚栄ではなく、卑屈でもなく、プライドをもて。
    鈍感ではなく、神経質でもなく、おおらかであれ。

    友人は第二の自己である。

    革命は些細なことではない。しかし些細なことから起こる。

  • <自然体でできる、ゆる~い善。>


     ニコマコスって可愛い響き♡ なんて安直な動機で読み出したら、思いがけず苦戦しました。格調高くて価値がありそう…なんだけど……、コテコテの古典で、私の理解が及びません★
     それでも、自分なりに読んだニコマコス倫理学について述べてみます。
     古代ギリシアの三哲人は、ソクラテス、プラトン、アリストテレス。なかでもアリストテレスは、数多の実績を遺していった知の巨人です。物事を客観視する方法、情報の整理の仕方、分かりやすい構成や法則の用い方、他……。後世に文章を書くのが好きになった人間は、みな彼の影響下にあると言えましょう★

    『ニコマコス倫理学』は、アリストテレス自身ではなく、息子のニコマコス君がまとめたためにこの題名になったそう☆ 子どもに可愛いお名前つけたんですね。
     中身は幸福に至る倫理学。本当の幸福を得るには、得よりも善を目指したほうがいいよね、というようなことが説かれています。と言っても、アリストテレスが提唱する善とは

    ・困っている人がいたら助けよう。
    ・自分の能力やポジションでできることは役立てよう。
    ・仲間と気持ちよく過ごして楽しもう。

     ……こういう感じ。善行を施しなさいと命じるような堅苦しさがなく、ゆるい善なのです☆
     人間的に生きるって、こういうことなのだろうなと思います。あと、自己中心的にならず、周りと調和するコツとも考えられます。

     思うに、「本当に賢い人だな」と周囲に認められる人物には、自らの倫理観を端的に表せるセンスがあるのかもしれません☆
     人間の思考、実際にとる行動、生きる姿勢など、すべての土台になるのが倫理観。ですが、それらを他人に説明できず、「当たり前のことでしょ」くらいしか言えないと、混乱や誤解を招くわけです★ 「私はこういう感覚で生きてるよ」と明快に言語化できる人が、その後も自らの主義主張を第三者に納得させられるのではないでしょうか?

  • 読み始めて慣れるまでは、やたらとややこしい…
    ああだこうだと分類されてなかなか頭に入ってこなかった。だがもう兎に角のところ読めばいいやって通読を心掛けたらなんとか読めた。
    古典的哲学書だと思ってたから敬遠してたけど、意外にも実用書ぽくってなんだか得した感じ…(^^ゞ

  • 現代人から見ても決して常識はずれではない、高度に洗練された幸福論です。2300年以上前に書かれたとはとても思えない。しっかりと読むコツは、独特の諸用語が持つ意味を、特に用語と用語の関係性に注意して、訳注を参考に着実に捉えていくことだと思います。たとえば「情態」と「性状」という2つの語は、日本語的には似ていますが、原語においてはむしろ対になる概念ですので、注意が必要です。

  • 第六巻に関してはあまり理解できていない

  • ウェルビーイングを考えるならばまずこの本を読むべきだろうなあ。まずこのひと言。噛めば噛むほど良さが出てくる本だと痛感した。

  • 上巻、下巻すべて読み終わった後の感想を書きます。下巻の最後に解説があり、それを最初に読んでから本書を読み進めるとよかったかなと思いました。「二コマコス倫理学」という日本語タイトルについての注意点や(正確に言えば倫理学について語っている本ではないよという指摘)、また本書の重要概念である「エウダイモニア」についても、本書内では幸福という訳語が充てられていますが、むしろウェルビーイングというほうが近い、というような注釈がなされていました。

    特に後者が大事かなと思うのですが、アリストテレスが「幸福」について語っていると思ってしまうと違和感を持つ個所が多々ありました。明らかに日本人の幸福感とは異なる価値観が展開されているからですが、「エウダイモニア」の概念をウェルビーイングだとして本書を読めば、かなり腹落ちすると思います。人間は知的卓越性だけでなく倫理的な卓越性を持たなければならない。そして倫理的な卓越性は日々の行動、実践によって培われていくこと、さらに何においても中庸こそがもっともすぐれたことなどが議論されています。そこで必要になるのは知慮(フロネシス)ですが、知慮は普遍的なものというよりは、場所や時期によってそのコンテクストを変えていく変幻自在の知であります。知的・倫理的卓越性にもとづいた日々の活動が最高の善、すなわちエウダイモニアにつながっていくということになります。2300年前の文書が現代においてもこれだけ読まれていることに驚愕すると同時に、その書かれている内容の普遍性についても驚愕を禁じえませんでした。

  • 2500年前に書かれたアリストテレスによる幸福論。「幸福(エウダイモニア)」「徳(アレテー)」「愛(フィリア)」などについて述べられており、現代においても有益な示唆を与えてくれる。
    ただし、古典らしく非常に婉曲的かつ冗長で読みにくい。頭から文を追うと全く内容が入ってこないので、キーワードを拾っていく形で一応通読できた。

    「徳」とは非自発的な状態であり、「中庸」を目指すことで達成される。「徳」とは情念でもなく能力でもない、「状態」である。と理解した。

  • 「「人間というものの善」とは、人間の卓越性(アレテー)に即しての・・最も善き最も究極的な卓越性に即しての魂の活動である」(P41)


    さて、それではそのような善を実現するための魂の活動とはいかなるものなのか。あらゆる事象に対して、バランスを有した中庸の状態に裏付けされた行為。一言で表すとこうなるだろうが、表現は簡単なように見えて読み終わるとよくわからない、という部分が多い。

  • 読むのに非常に時間がかかった…
    古典に慣れていないと、読み進めるのに大変苦労する。数度同じ文を読んでようやく理解出来る所も多々…それでも、手にとったからにはと解説を検索しながら読了しました。カタカナのルビに惑わされすぎないこと。
    善、幸福とは何なのか、さまざまな角度からアリストテレスが思考した道筋を辿ることができる。
    人間として、国家としての幸せ、正しさ、徳とは一体何なのか?何をもってしてよい人間、よい行いであるのか?
    やり過ぎず、やらな過ぎず…なるほど現代にも通じるものがあると感じ、下巻に続く。

  • 「万学の祖」の異名をもつアリストテレスによる2300年前の倫理学の聖典。
    弟子のニコマコスが執筆した本書は、人間にとっての幸福とは何かを説き、後世の哲学界に深刻な影響を及ぼしたとされている。

    人間のにとっての究極目的、最高善は、「それ自身として常に望ましい善であって、他の何かゆえに望まれる善ではない」のであり、それこそがエウダイモニア「幸福」であると。

    他にも、
    苦悩に対して無感覚であるよりも、その苦悩を感覚し、平静に耐え抜くことができる姿勢そのものは幸福である(ストア派的?)

    知識を有する者が、必ずしも知識を持たない者よりも実践において役にたつ場合があり、その差を生むのは経験である(経験主義的?)

    など、上巻だけでも以後の西洋哲学の源泉をつぶさに掬い上げることができた。
    確かに、師匠のプラトンが観念的であるのに対し、極めて実学・実践的な思想が描かれている。

  • 【貸出状況・配架場所はこちらから確認できます】
    https://lib-opac.bunri-u.ac.jp/opac/volume/706517

    古代ギリシャの哲学者・アリストテレスの著作を編纂した倫理学書。

  • 2300〜2400年?も前に生きていた人が書いた(講義した)ものとは思えない。資本主義も新自由主義も存在しないし国家(共同体)や経済の規模や概念も異なる、そんな時代での考察だけど、現代に生きる僕でも充分に共感や気付きを得られる内容が多かった。

    徳のうち技術に関する話は自分の仕事感、また友愛(フィリア)に関する話は、自分の職場や家族との人間関係を改めて考えるきっかけになった。

    ここまで共感出来るのは、この本が人間の本質を突いているからだろうか?それともアリストテレスの影響も受けつつ長年掛けて形作られた倫理・哲学世界の延長線を僕が生きてるからだろうか?

    答えはわからないけど歴史や古典をもっと勉強したいと思われてくれる一冊だった。

    因みに本の読解は難しかった。NHKの解説本(100分で名著シリーズ)やネットの解説を頼りながらなんとか読み進めた。

  • 読んだ

  • 古代ギリシアにおける代表的な倫理学の名著。
    万人の人生の究極の目的は、「幸福」すなわち「善く生きること」であるとし、このともすれば曖昧な概念を精緻に分析。
    ルネサンス以後も、西洋諸国の思想、学問、文化、人間形成に多大な影響を及ぼした。

    (※本書の要旨を一部引用。)

  • (01)
    倫理を分析し,愛(*02)や政治への接続を思索した書である.特にそれはあるべき個人について語られ,徳や卓越性とされるアレテーが人間の状態をよりよい善に漸近させることを至高としている.もちろん社会における人間ということが前提となっており,その共同性や他者との関係から,主体のあるべき姿を探ってはいて,例えば,人間というあり方を,獣性(テーリオテース)や奴隷状態から峻別し,家政的(オイコノミコン)なものから政治や政治の場としての都市を抽出し,徳のある個人をこの場にある人間として考究している.
    ゆえに,現代の自己啓発本やセミナーなどの主張に,見合うような字句も本書から引っ張ってくることもできるのだろう.中庸というバランス感(*03)を大事にして,快楽,名誉,財貨,そして知や学のちょうどいい加減について語りかけている箇所は,現代でも実用的であるかもしれない.

    (02)
    親愛(フィリア)について考究された第8巻と第9巻はとりわけ面白く感じられる.この親愛は,男女間の性愛や家庭的な愛とは,かなり趣を異にする愛であり,同性間や仲間,あるいは国家的な愛や,知への愛(フィロソフィー,哲学)へも横断するような概念でもある.いってみれば古代的な人間関係の単位や集計として.また政治学(そして戦争学)と倫理学の接着剤として,かなり重要な提起であろう.
    知についての,直知,知慮,智慧,学などの整理も,近代の科学や学問を考える上でもおさえておきたいところである.また,「棟梁の位置にある者」としての歩きテクトーンも登場し,社会や善にある建築が標榜される.おそらくギリシア哲学の再考から始めたアーレントも語っている制作や活動への言及もある.運動の問題は,現代思想にも通じ,映像学への応用が可能だろう.そして,倫理にとっても重要な状態でもある観照(テオーリア)は風景学の視点場をなすに違いない.

    (03)
    バランスをどのあたりに調節するか,というのは実践であるとともに,今がどのあたりにあって,バランスされる全体を見通せる認識が必要であり,著者はその認識の方法や状態として知や学を位置付けている.
    しかし,エウダイモニアとされる幸福な状態や,そこから得られる幸福感については,ダイモンの存在を根拠としており,バランスは,知や学が水平的なパースペクティブにあるとすれば,ダイモンとの垂直的で直接的な関係によって人間が神に垂らされているような感覚と認識が想定されている.この神学的な場面と倫理という主題はいつも合わせて考えたい問題でもある.

  • 903円購入2010-10-22

  • アリストテレス『ニコマコス倫理学』岩波文庫 読了。幸福とは卓越性(徳)に即して活動すること。徳とは思量選択に基づき随意的な性質を有する中的状態すなわち中庸。各論点が詳細に検証されているが、自分でも中庸はどんな状態か思考すべき。彼の論証過程をきちんと理解したいが、そこまでの余裕なく
    2011/01/19

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著者プロフィール

なし

「1997年 『天について』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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