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この作品からのみんなの引用
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絵画と音楽、すなわち造形芸術と聴覚芸術は、学校で行われる全ての作業の頂上であり、理想化であり、洗練・純化の極点である。(中略)ルネッサンスの芸術は、それが実際生活の手職的な技芸から発生し発展したものであるがゆえに偉大であった。
― 103ページ -
教科はたんなる項目としてではなくて、子供の現在の要求および目的―それらもまた社会的なものであるが―の有機的な部分として、同化されねばならぬということが、忘れていたのである。
― 119ページ -
教養とは、想像力が、屈伸性において、範囲において、感入の度合いにおいて成長して、ついに個々人の営む生活が自然の生活と社会の生活によって浸透されるようにいたるような。そのような想像力の成長のことをいうのである。
― 77ページ
みんなの感想・レビュー・書評
前博物館長からいただいた本のうちの1冊であり、やっと読み終えたところだ。
シカゴ大の付属小での講演がまとめられている。大学付属小学校は基本的に実験学校だということが改めてわかった。本学の先生方は「付属小・中」という誤用に極めて不快感を感じている。なぜならば小学校から設置された学校だからだ。そんなことをふと思い出した。いずれにせよ、同一法人に大学と小学校がある場合の法人の基本的な考え方
本学の労作の考え方と似ているというか基になった考え方がまず冒頭に紹介されている。これは下に引用しておく。
おさえておきたいことは、子供の4つの興味の種類である、談話・探究・物の製作・構成の興味・芸術的表現の興味だ。これらが成長に大きくかかわってくるという。学校だけでなく家庭でも意識しなければならないことだろう。“小社会”で学んだことを家でも定着させる時間にしなければならない。
デューイは教育に関して二つの約束を重視した。
一つは学校は暗記とテストによる受動的な学習の場ではなく、子供達の能動的な、活動的な社会形成の場であるということ
二つめは、この小社会と外部の社会との相互作用を必要とし、現代の社会生活の歴史的進歩を代表する小社会でなくてはならない。
(p206から引用)
この原理は現在の自分の研究にもつながるし、哲学としては良書であった。
現在起きている問題は社会と教育の相互作用から。
社会を変えるには教育も変えなくてはならない。
哲学書は翻訳版よりもペーパーバック等のオリジナル言語のが読みやすいだろうに。手に入らないので、読了。
デューイの主張は分かるが、読みにくい。
訳者が悪いのか、原文が悪いのかは分からないが、とにかく読みにくい。前半は1度で理解できたのに、後半は2度も3度も読み返した。
とはいえ、生活に根ざした教育の重要性を説くものとして、一読の価値はある。
8/13
うーん、なんかあまり興味を持てず。解説のプラグマティズムは所詮ベル・エポックの思想、というのは説得力があったが…。
初の満点作品!
学校は社会のつながりなしに存在することは許されない。教科書の数式や年号の暗記が役に立たない、おもしろくないと思ってしまうのは生活に関係のないことだったのだから当然なのだろう。
そのかわり、どんなに小さな疑問も邪険にしてはいけない。その疑問を自分で考え解決していくことこそが今必要とされている教育なのだ。
最初から最後までほとんど読み飛ばすことができなくて少し時間がかかってしまったけど、本当に面白かった1冊です☆是非読んでみて下さい!
近代教育の父、ジョーン=デューイ(1859-1952)の著。1915年刊。それまでの旧教育を批判し、子ども主体の教育を提唱。自身が創始したシカゴ大学付属小学校での教育実践の様子も。
いわゆる「ゆとり教育」の方針にも影響を与えたデューイの教育論のひとつで、特に彼が実践した学校教育の授業内容を叙述したもの。
生徒の自主的な行動と実践の結果から、世界の論理を洞察し、体得させることを最良の教育とし、その手法と行程についての例を述べている。







