- Amazon.co.jp ・本 (268ページ)
- / ISBN・EAN: 9784003366424
感想・レビュー・書評
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本書は文人プルタルコスによるエッセイ集『モラリア』からの四篇からなり、古代ギリシャ人にとっての愛について言及されている。
三島由紀夫は愛とは美しい精神に触れることだと言っているが、プルタルコスも同様に考える。愛する者は愛される者の肉体を素通りし、相手の内部に入り込み精神に 触れる。そうして自身の目から霞がとれ、たがいに多くの言葉と行為を重ねて相手のなかに真の美しさを宿した欠片が存在するのかはっきりと見えるようになる。もしも、それが見えなければその相手とはそれまでと見切りをつけてしまうだろう。
肉体の快楽は束の間であり苦ではない。だがしかし、この欠片を見出だすことができない肉体の快楽は愛の不毛であり美しい結末を感じ得ない。蠅が牛乳に群がるように、分別のない欲望はとても空虚である。
はじめて学ぶ子供は頭が混乱する。はじめて哲学書を読むときも混乱する。だが何かがそこにある感覚を感じて、混乱は静かにおさまっていく。愛も同様ではじめは荒波と同じ姿なのかもしれない。だが何かがそこにある感覚を感じて時間がたつにつれて、そこに広がるのは穏やかな海となるだろう。
美しい精神を育むために必要なものは男女ともに徳性である。エロスは美しいが精神を放蕩させる恐れもある。もちろんプルタルコスが言うようにエロスが手に負えない行状を正し、愛する者に対して静謐を与えることは否定しない。だが、二人だけの海で溺れないためには徳性が不可欠なのだ。
正しい愛を求めるなら、常に知性を磨かなければならないのだと私は感じる。愛する者とより多くの言葉を重ねるためにより多くの言葉が必要なのだから。肉体の美しさと精神の気高さが愛を愛たるものにする。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
プルタルコスの「モラリア」の中から、愛や女性に関連する小編をまとめてある。主題について率直に意見をのべず、古今あまたの物語を引用してから語り出すスタイルは、プルタルコスならではのものだろう。
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¥105