論理哲学論考 (岩波文庫)
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この作品からのみんなの引用
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六・五四 私を理解する人は、私の命題を通り抜け、ーその上に立ちーそれを乗り越え、最後にそれがナンセンスであると気づく。そのようにして私の諸問題は解明を行う。(いわば梯子をのぼり切った者は梯子を投げ捨てねばならない。)私の諸命題を葬りさること。そのとき世界を正しく見るだろう。語りえぬものについては、沈黙せねばならない。
― 149ページ -
六・五二二 だがもちろん言い表しえぬものは存在する。それは示される。それは神秘である。
― 148ページ -
六・五二一 生の問題の解決を、ひとは問題の消滅によって気づく。(疑い抜き、そしてようやく生の意味が明らかになったひとが、それでもなお生の意味を語ることができない。その理由はまさにここにあるのではないか。)
― 148ページ
みんなの感想・レビュー・書評
学が少ない自分にとってはあまりに難解な本で、読むことは至難と鳴っております。
哲学書というのは、内容を理解して著者の言い分を分かってやってこそ読んだという領域に到達できるものだと思っています。
そう考えると哲学書なんて一生読んだという領域に辿り着けないものだと思いますが、それで良いと思います。
むしろ、その領域に達することなどナンセンスだと思うのですよ。
今後も積読していきたいと思います。
1921年に出版された哲学書なんだけど、IT技術者が読むと、まるでプログラミングついて語られているかのように錯覚してしまう不思議な本。
たとえば「世界が私の世界であることは、この言語(私が理解する唯一の言語)の限界が、私の世界の限界を意味することに示されている。」とか。
論理的考察の果てにたどり着く真理が実に美しい。
誰でも一度は、しみじみと何かを考えることはあるだろうし、それの多くをこれから見出すことができると思える。
人と話をしていても、また何かで悩んでいる時、わりと「何かの定義」で割れていることもある。知らないことについては、何も言わない方がいいのではないか、と思うことも多い。
哲学は学説ではなく、行動である。哲学とは、「何かをしみじみと考えること。」に他ならない。
ヴィトゲンシュタイン自体は、この本を書いたあと哲学界から一度身を引く。何もかもやり尽くしたと思ったのだろう。彼は当たり前のことをだらだらと小難しく書き連ねているが、この本が評価されるくらい、哲学界は混迷に満ちていたのだろうか。
友達が「人生で一番薦める本」的なことを言っていたので「そういわれたら読むしかねえな!」と思い手を出した本。
意味わっからーん\(^o^)/すげー直感的に感じたのは著者は「論理」を愛するあまりそれを殺してしまったんだな、的な感じ。論理が世界の中に存在していて、自身の存在を広げようと手を伸ばそうとするんだけど、世界という限界に阻まれてしまう。でも人が自分の目を見ることができないように、論理も世界を見ることができない。見ることができないというのは俯瞰することができないという意味なのだが、つまり見ることができないということは認識することができない、ということになり論理の可能性は限界がないことになる。みたいな感じがした。
ところどころ共感できる箇所もある。次に読もうと思っている「論考を読む」という本を読んで、論理哲学論考への理解をもう少し深めたいと思う。
噂は聞いていたが、本当に難解。著者の思考の1割も理解できたかどうか…。用語の定義の理解が不十分なまま読み進めたのは反省。言葉の定義を厳密にし、論理学で語れることと語れないことを区別している。わからないことだらけなのだけど、読み終えた後にパラパラと見返していると、番号で整理された一連の文章が、著者が自身の思考を言葉の限界を認識しつつも苦心しながら記述しようとした跡が感じられるように思えた。
およそ語られうることは、明晰に語られうるし、語りえないものについては沈黙しなければならない。
で有名な、変人ウィトに触れてみました。言葉とは何か、意味とは何か。"言語は世界を写す像"という前提にいきなり挫折しかけましたが、興味深い一冊となりました。擬似命題が面白い。
……理解したかと問われればNOです。
大学の試験からの逃避として読んでました。この本は「世界は成立していることがらの総体である」と始まり「語りえぬものについては沈黙せねばならない」という結論に至る。言いたい事はハイデガーが「存在と時間:第1章 存在の問いの必然性、構造および優位:第2節 存在への問いの形式的構造」で「問われているもの(存在)が、ある存在者の存在様態たる問いそのものへ、再帰的にあるいは先行的に、連関している」って言った事... 続きを読む »
前期ウィトゲンシュタインの著作『論理哲学論考』です。前知識なくこの本だけ買って読むと、もっと詳細な解説が欲しくなると思うので、訳者の野矢谷秀樹さんの解説本から先に読んだ方がよいかと思われます。
http://booklog.jp/asin/4480089810
枕頭の書に、もってこい、です。
すぐ眠れる。
最後の一行があまりにも有名だが、その少し前から、大変なものです。
恐れ入りました。
【推薦文】
「語りえぬものについては沈黙しなければならない」で有名なウィトゲンシュタイン。
言語の限界を定めることにより哲学的おしゃべりを封印させようとする試みは、危険であるが魅惑に満ちている。
(推薦者:情報工学科 B3)
【配架場所】
大岡山:本館1F 一般和図書 080/Ia/689
よくわからない。内容だけでなく、執筆の目的すらよく理解できなかった。しかし、著者の日記とかが非常に真面目な内容だったので感想をば書いてみる。ここからは根本的な間違い満載の感想です。
語りえる範囲と、語りえない範囲をきっちりとわける装置が、この本であると思います。つまり、言語分析によって得られた公式に則って、ある文を分析すると、真偽がはっきりした命題と、そうでないものに分かれると。
すると、暗に語りえない範囲が浮かび上がり、我々はそれについて語りえないし、語ってはならない。
と、勝手な読みです。残念なことに根本的に僕が間違っていると思います。また、ウィトゲンシュタインは後にこの本の一部が誤っているのを発見し、また〈言語と世界〉という過酷な闘いに身を投じます。
本書はコンピュータのソフトウェア発展に貢献している。本書で示された記述方法、考え方などはプログラミング言語などに反映されているものが多い。ウィトゲンシュタインは決して神秘を否定しているわけではない。むしろ言葉は現実を記述しきれないことを指摘し、言葉の世界の外側にあるものの存在を認めている。
『戸棚の奥のソクラテス』を読んで以来、ウィトゲンシュタインが気になって仕方がない。変人で、友達がいなさそうで、でもなんだか、憎めない…そんな人物だったのだろうかと、想像してみたりする。
難解と言われる本編は、やっぱり難解だけれども、野矢先生の解説が理解を助けてくれるので、ありがたい一冊。
せっかく「大学生」になったなら、哲学のひとつも、ちょっとくらいかじっておいたほうがいい。
大人になると、生きることに必死になって、妥協して答えを出すのがうまくなってしまう。「自分とは何か」「世界とは何か」なんて、真っ正面から真摯に考えてなんて、いられなくなるから。
本文は難解すぎて読む気にならず。ラッセルによる解説と訳者解説を読んで分かった気になっておこう。訳者の野矢茂樹さんは、本書とは別に解説本を出しているので、そちらを読むのがいいと思う。本書に関しては、まさに「語りえぬものについては、沈黙せねばならない。」ということかな。(きっとみんな同じことを書くんだろうけど)

ウィトゲンシュタインの「危険」な思考は、なんて魅力的なのだろう。
たしかにそうだ、語ることがその人の思考を作る。
当然それが限界となる。
しかも思考は言語でおめかしして、その真意を明らか...






