ユートピアだより (岩波文庫 白 201-1)

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  • Amazon.co.jp ・本 (392ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003420119

感想・レビュー・書評

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  • 今を去ること177年前の1834年3月24日に生まれたウィリアム・モリスは、イギリスのデザイナー・詩人・マルクス主義者。

    中2のときに、ほとんどSFの古典を読むつもりでこの本を手にとったのが、後のアール・ヌーヴォーにも連なる、日常生活と芸術の一体化を提唱・実践したアーツ&クラフト運動の中心人物ウィリアム・モリスとの最初の出会いでした。

    それまでに、先達のH・G・ウェルズやジュール・ヴェルヌから始まって、スペースオペラやエドガー・ライス・バロウズの『地底世界ペルシダー』から、世にビッグ・スリーと呼ばれる『鋼鉄都市』のアイザック・アシモフ、『幼年期の終り』のアーサー・C・クラーク、『夏への扉』のロバート・A・ハインラインの洗礼は済ませて、同時期に『地球の長い午後』のブライアン・オールディス、『非Aの世界』のA・E・ヴァン・ヴォークト、『ソラリスの陽のもとに』のスタニスワフ・レム、『大地への下降』のロバート・シルヴァーバーグ、『結晶世界』のJ・G・バラード、『ニューロマンサー』のウィリアム・ギブスン、『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』のフィリップ・K・ディック、『闇の左手』のアーシュラ・K・ル・グウィンなどなど(この際、日本SFは割愛!)、早川書房の世界SF全集を中心にして、「SFマガジン」を創刊号から蒐集して読むまでの没頭ぶりで、いわばまさにSF漬けの日々を過ごして、世界中のサイエンス・フィクション(科学的空想小説)もしくはスペキュレイティブ・フィクション(思弁小説)と対峙したことがありましたが、本書はそのどれとも異なった、いってみればひとりで世界中のSFと拮抗するような小説とでもいうのでしょうか。

    原題は“NEWS FROM NOWHERE”。どこにもない場所からのニュース。

    その、未来のイギリスらしき国は、大きな庭園のような理想的な桃源郷で、それは他でもなく流血の末の社会主義革命闘争によって、多くの犠牲を払って勝ち取られたものだった。

    ただし、その樹立された世界は、本当に人間らしい行為だけがもっともすばらしいものとして、理想のあるべき姿が実現される世界として描かれます。

    高度な文明による機械をはじめとする環境は、すべて美しい芸術的な、自然と調和するデザインにもとづいて作られる。そして大多数が都市を離れ、ゆったりした田園生活の中で生を謳歌する。

    ここには生産至上主義も、貪欲に金儲けする志向も存在しなくて、人びとは大自然とともに生き、日常生活の中に美を見出し、楽しむために働くという・・・・・。

    いやまったく、あきれるほどここには、彼の芸術観やデザイン思想、そしてもうひとつの顔であるマルクス主義者としての社会変革への強い意志が、すべて投影して構築されたまだ見ぬ理想の世界なのでした。

    全身全霊をかたむけて書かれた思想的決算書とでもいうべきこの本が、他のただのフィクションとして没主体的に書かれた空想の産物とは、勝負にならないのは自明のことでした。

  • ウィリアム・モリスの時代はまさに産業革命の時代。
    大量消費社会の先鞭をつけたイギリスに育ち、その製品の質の悪さに驚き、その改善の為
    黎明期のグッドデザイン運動、つまりアーツアンドクラフツ運動を主導しました。

    同時に、大量生産品を生み出す工場では低賃金での過酷な労働が横行し
    結果として彼らの生活環境は劣悪であり、やがて貧民窟(スラム街)が発生し治安の悪化なども問題になってきました。
    そんな状況にも目を向け彼らの労働条件の改善運動を展開しました。

    まだ環境基準などない時代ですので工場から様々な化学物質の排出による公害も大きな社会問題でした。
    モリスは現代も抱えるこれらの大量消費社会・資本主義社会の生み出す負の側面に真正面からぶつかった最初の世代の人なのです。

    若い世代にはNPO活動をはじめとした社会運動や社会企業家などの活動が注目されているようですが
    100年以上前に同じように問題に取り組みたくさんの挫折を経験した彼の描く理想郷=ユートピアとは何か。
    今なお一読の価値はあるでしょう。

  • アーツアンドクラフト運動を起こしたウィリアム・モリスの作品として期待していたが。。。

    19世紀のある人物が目を覚ますと、100年後にタイムスリップしており汚れていたハマスミスや川が美しく生まれ変わり、人々も古風な美しく豊かな生活を送っており仕事を趣味として楽しむと言う。古老と話し、人々が立ち上がり戦ったことを知る。主人公は美しい若い女性に恋し心身ともに若返る心持ちがするのだが。。。

  • 請求記号:A/309.29/Mo78
    選書コメント:
    ユートピア思想・物語の源を辿ればきりがないですが、近代産業主義や環境破壊への明確な批判を示し、モリス自身が考える人間社会のあるべき姿を物語にした古典的名著です。必須本?
    (環境創造学部環境創造学科 高井 宏子 教授)

  • 以下、本書の特徴の箇条書。

    ・単なる社会主義主張に終わらない、夢想的、なおかつ詩的な世界観。
    ・貨幣経済からの脱却。
    ・住居、また職業転移の励行。
    ・荒んだ人々がいない。不平を言う老人はいる。
    ・こどもらは、学びたいものを学びたいときに学ぶ。文字の教育がない。
    ・家事、細やかな創造の価値が向上している。
    ・刑罰の観念がなく、たとえ殺人に対しても、自己の反省をもって贖罪する。
    ・一時代の革命的闘争は避けられないものとする。

  • (1998.04.02読了)(1996.12.14購入)

    ☆関連図書(既読)
    「犯罪と刑罰」ベッカリーア著・風早八十二訳、岩波文庫、1938.11.01
    「ゲーテ格言集」ゲーテ著・高橋健二訳、新潮文庫、1952.06.25
    「ジャンヌ・ダルク」村松剛著、中公新書、1967.08.25

  • 社会がよくなると女性が美しくなるなんてほんとうだろうか。

  • 大学のレポート課題でした。そのレポートに載せた感想を自ら引用いたします。

    ”このウィルアム・モリスの「ユートピアだより」は、主人公が目覚めると異世界に飛んでいると言う一種の、むしろ典型的なファンタジー小説であるが、現代に住む我々に非常に訴えかけるもののある小説である。非常に論理的であるし、難しいところもある。途中ではマルクスの革命理論を引用している部分もあったり、中世の手工業の文化を参考にしていたりする箇所もある。総じて、モリスは中世の牧歌的な世界を目指しているのである。特に主人公と老人の会話の箇所は、含蓄に富んでいて考えさせられることが多かった。”

  • 今、ちょうど「アーツ&クラフト展」開催中で、モリスの作品も展示されていると思うが、19世紀末の英国で活躍した彼は芸術家であると同時に社会主義革命家でもあった。詩や散文といった文学作品も残しているモリス。芸術と科学を分け隔てなく考えた18世紀ドイツのゲーテのように、モリスによる本作は、政治と芸術が、生活者の視点から論じられる。
    ちなみに、原題は「news from nowhere」で、トマス・モアの16世紀初頭の作品『ユートピア』とは直接的関係はない。ユートピアとは「どこにもない幸せな場所」といった意味のモアによる造語だが、その後の理想郷を描いたフィクションは「ユートピア文学」と呼ばれ、モリスの本作もその系譜に入れられる。しかし、モアの作品の中ではユートパス王が建国した法律・制度の整った都市国家「ユートピア」は固有名詞でもある一方で、モリスの作品には「ユートピア」の語は全く登場しない。あくまでも、翻訳者が一般名詞としてタイトルにのみ用いたにすぎない。
    私は本作を随分前に読んだが、今回、2008年度の東京経済大学「人文地理学」の講義でユートピア旅行記の歴史を取り上げ、最終レポートの課題として、講義では追いつかなかった19世紀末の重要な作品として、『ユートピアだより』を受講者に読んでもらったのだ。そこで久し振りに読み直したという次第。
    本作はいわば主人公の夢だ。夢というのは夜中の睡眠中に見るそれであると同時に、そうあってほしいと願うものでもある。ある冬の夜に床に就いた主人公は、目が覚めると初夏の陽気で、見覚えのある土地がどこか違って見える。どうやら、そこは21世紀初頭のロンドンだった、という設定。そこには貨幣もなければ政府もない。人々は活き活きとしていて、ストレスレスな生活で見た目も数十歳若く見える。作者を投影した主人公は19世紀末の現実世界で社会主義運動をしていたが、その自分が理想としていた形が実現している世界に入り込んだ彼は、どうやって百数十年の間に革命が達成されたのかを知るべく、その世界の老人と会話をする。単なる夢物語ではなく、この現実的とは思われない世界がいかに出来上がったかを詳細に記述するあたりはなかなか難しいが、とても丁寧に論理的に書かれている。貨幣や政府、教育もない社会というから、これは決して社会主義国ではない。秩序だった無政府状態という理想の社会だ。

    この作品を読んでもらった学生の反応はかなり画一的だ。数人は素直にこの理想社会から何かを学ぼうとするが、多くの学生は、それを夢物語と拒絶している。例えば、犯罪者に刑罰を与える法律なるものがこの社会にはないが、それではまさに無秩序になってしまうという。モリスが法律なしにも秩序が保たれると考える根拠は人間の諍いのほとんど全ては貨幣を含む所有欲にあるというところから、物的所有を撤廃することでそれは解消されるというもの。それに対して、学生たちの根拠には「欲望」という人間の本性がそうはさせないというものだ。人間の悪が避けられないものであるかどうかは、それがあると絶対的に信じる人の心にあるのではないだろうか。そう思って、レポートを読みながらとても寂しい気分になった。まだ20歳そこそこの若者たちがこれほど保守的であると(といっても、受講者の多くが経済学部か経営学部なので、いわば本作はかれらの目標を否定しているようなものだからだが)、未来に希望が抱けないような気もする。前期のレポートでも国家は必要か否かという問いかけをしたが、多くの学生は国がないと秩序が保たれないと言い張った。もっと自由な発想でさまざまな意見を出して欲しかったのに、それがかれらには一番難しいらしい。例えば、身近なところから、携帯電話やテレビのない生活が成り立つかどうかというところから考えてみて欲しい。数十年前の人間はそんなものなしに生きていたのだ。貨幣、国家、犯罪。これらはすべてもちろん古代から存在する。しかし、私たちのその存在に関して持っている知識はすべて近代以降のものだ。つまり、近代資本主義に基づく貨幣価値、近代国民国家、犯罪を取り締まる近代法制度。それらが成立する以前の時代にはそれとは違った、人々の対処の仕方があったはずだ。つまり、近代的な貨幣、国家、犯罪がない社会を想像することは、歴史をさかのぼれば難しいことではない。もちろん、近代という時代が全ての次元においてその前の時代よりも良い制度を生み出して、人間が進化していると考えるのであれば、もちろん歴史をさかのぼることは無意味だが。ともかく、かれらは日常生活において当たり前だと思っている存在がなくなることについて、それを根本的に想像することができないらしい。途方に暮れるように、「なくなると困る」の一点張りだ。

    しかし、私にも本作品に対する疑問が一つある。すでに大英帝国による植民地支配が拡大し、その植民地を用いた広域貿易によって資本を蓄積してきた時代にあって、モリスがグローバル化についてどう考えていたかは気になるところだ。物語のなかで、実際には100年以上前の過去のロンドンからやってきた主人公は、「異国から来た人」ということになっている。この社会主義革命によって、グローバル化の波も絶たれたのだろうか。その「異国」がどこかも聞こうとしないし、英国で100年前になされていたような生活様式を保持している国があるのかないのか、その辺りについても詳細さを欠いている。もちろん、21世紀の英国は生活様式が中世的なものに逆戻りしているように、自給自足で、他国に物資を依存するような空間的分業は不要になったのだろうか。それとも、他の国とは経済的にも政治的にも一線を画した英国は鎖国状態に入ったのだろうか。それとも、じわじわと速度を増していたグローバル化の段階を意識的にこの作品に反映することはできなかったのだろうか。

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著者プロフィール

William Morris(ウィリアム・モリス)1834年~1896年

詩人、工芸職人、デザイナー、社会主義者、環境問題活動家、小説家、出版者として、19世紀の英国社会に多大な影響を与えた。その影響は、没後120年以上経っても衰えず、むしろ重要性が高まっている。デザイナーとしての側面だけでなく、人生の後半に、不平等な社会の変革や環境保護のために献身したことが、とくに最近注目されている。

「2019年 『素朴で平等な社会のために』 で使われていた紹介文から引用しています。」

ウィリアム・モリスの作品

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