失われた時を求めて(7)――ゲルマントのほうIII (岩波文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (608ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003751169

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  • 「道に迷うどころじゃない、自分がどこにいるのかわからないんだ」
    「不幸に酔うと理性は持ち去られる」

    追憶と郷愁につつまれながら、また新しい恋(幻想)に浮き立つ「私」。じれったくて独りよがりでダサくて(可愛くって)この巻の前半はずっとにやにやしちゃう。バルベックでの日々の想いをたたえたアルベルチーヌの突然の訪問(「きちゃった」!)。過ぎ去った恋からうまれるあらたなカンケイ。修正される人間の価値の尺度。ゲルマント公爵あるいは名門貴族たちの"歪み" 。過去と歴史の刻む人間の精神における恒久性をひめた遍歴。意地悪で才気たっぷりなゲルマント夫人。ほんとうに幼いころ猫をいじめたり兎の目をくりぬいたりしていそうでおかしい。
    そしてそう。恋なんて、必然でも運命の定めなんかでもないのかもね。おぼつかない出会いと憂いに満ちた恋心とが支配するブローニュの森で幻想を描き、サロンで語られる系図から彼らの遺物を詩的に滴らせる「私」。名前の響きと婚姻からもたらされる魅惑的なイメージの化学反応に酔いしれ、その陰から滑稽で空虚な "劇" を嗤い、そして俯瞰する。まるでそこにふくまれる真理をひとつのこらずわたしたちにみせてくれるみたいに。
    サロンで催される人間悲喜劇をとおして語られるにんげんの本質のスピンオフみたいなコメディショウも楽しい。
    濃霧の夜に訪れたカフェでの一幕は賑やかで滑稽で心躍る。回転ドア(revolving door)からぬけだせない「私」はまるでジャック・タチのおじさんみたいだし、こんな平和な見た目なのにrevolver doorだって、って延々と回転しながら考えてたなんてほんと笑っちゃう(レストランの主人にもしょうもない客の扱いをされる始末)。「ダメです、あなたさまのために皆さんにご迷惑をおかけするわけにはまいりません」もう笑いがとまらない。
    あと、「きみの頬という未知のバラの味を知りたい」とかゆわれてもぜんぜんロマンチックじゃないし、「私」の唇がアルベルチーヌの頬に着地(ほっぺかーい)するまでの数頁(数秒間のスローモーション)がダサすぎて最高だった。霧の多い夜にデイトしたいとか、嵐に魅せられるとか、ますますあらわになる「私」の変態性(すき、わかる)。シャルリュスのシルクハットをぐっちゃぐちゃにしちゃう癇癪もいとおしい(「やんごとなき足の指」!)。
    でもね、
    「人類の半数はまさに泣いているのだ」
    町は靄につつまれて眠りに就く。スワンを追いかける死の足音がこつこつと聴こえた。
    さて、きょうもお金をいただいて鑑賞する、人間喜劇の幕をあげにゆきましょ。ちょっぴり誇りにおもえるようになった猫っ毛をゆらして。



    「世界とわれわれが新たに再創造されるには、天気が変わるだけで充分なのだ。」

    「アルベルチーヌは、まるで私に時の鏡を差しだす魔法使いであった。」

    「こんなふうに人生について(私が最初に想いこんでいたほど一様でも単純でもない人生について)の知見が過剰になりすぎていた私は、一時的に不可知論にゆき着いた。」

    「恋というものがいとも恐ろしいペテンである所以は、われわれを外界の女性とではなく、まずはこちらの脳裏に棲まう人形とたわむれさせる点にある。」

    「夫や妻が不貞をはたらいたのは、正当な幸福が拒まれたせいで自分の妻や夫以外の人ならだれにでも愛想よく誠実に振舞ったからで、それは当然のことではないかと思った。」

    「うち震えるポプラの木々は、夕べの神秘に応えるというより神秘をとめどなく呼び寄せるかに見え、梢の上方の鎮まった空には、ひとひらのバラ色の雲が命の名残の色をとどめている。」

    「とはいえ友情にかんする私の見解がどのようなものであっても、友情が私に授けてくれる喜び、つまり疲労と退屈との中間に位置づけられる平々凡々たる喜びだけについて言えば、たとえそんな有害な飲みものであっても、われわれが必要とした刺激を与えてくれ、おのがうちには見出しえない熱気をもたらし、ときに貴重な強壮剤となってくれるのである。」

    「われわれは自分の人生を十分に活用することがなく、夏のたそがれや冬の早く訪れる夜のなかにいくばくかの安らぎや楽しみを含むかに見えたそんな時間を、未完のまま放置している。」

    「人はものごとを一般的考察にまで深めるすべを知らず、目の前にあるのは過去に前例のない経験だと常に想いこんでしまうからである。」

    「すべての価値は、画家のまなざしのなかに存在するのだ。」

    「結局、社会というものは、実際にますます民主的になるにつれて、ひそかに階級化されるのではないか?」

    「あたかも大作家たちが、世間の男たちから疎外され女たちから裏切られても、そんな屈辱や苦悩が、天賦の才の刺激とはならないまでも少なくとも作品の素材となったのなら、それを慶賀せずにはいららないのと
    同様である。」

    「議会には、このような狡知の変形ゆえの不合理が横行しているが、一般人には、この狡知の欠如ゆえの愚かさが蔓延している。」

    「べつの男性と関係ができても、かならず正式の結婚と同様まじめに考え、夫にたいするのと同じように愛人にへそを曲げ、腹を立て、忠誠を尽くすんです。そういう関係がときにいちばん真摯な関係になるんですから、結局、妻の死を嘆き悲しむ夫よりも、愛人の死を悲しむ男のほうが多くなるのも当然でしょう。」

    「われわれは自分が自分でなくなり、社交精神を授けられて自分の人生を他人に依存することしか求めなくなると、心中のステレオスコープで眺めることによって他人の言動に立体感を与えるのだ。」

    「私の共感はいささか時期尚早だったらしい、早く花を咲かせすぎた。あなたがバルベックで詩的に語っておられたリンゴの木と同じで、わたしのきょうかんはどうやら初霜に耐えられなかったようだ。」

    「あの手の人たちはどれもこれもべつの人種と言うべきで、その血のなかに千年の封権制を受け継いでいるんですから、無傷ですむはずがありせん。」

    • ねむいさん
      あと、「女性と完全に生活をともにすれば、その女性を愛した要因をなにひとつ見い出せなくなる。」
      可哀想な「私」(一途すぎるところもふくめて)。...
      あと、「女性と完全に生活をともにすれば、その女性を愛した要因をなにひとつ見い出せなくなる。」
      可哀想な「私」(一途すぎるところもふくめて)。ここに、フランス人の愛における思念の根源をみた気がしておかしくなっちゃった。
      2022/12/15
  • 3/4ぐらいまでひたすらの主導権争いと追従。ゲルマント公爵夫人を巡って。

    シャルリュスの言動は滑稽だが現実には侮れない。支配欲。

    最後にスワンの登場で全てが一種の茶番であることが暴露される。死をなきものにする、死をも愚弄する文化がゲルマント公爵に象徴される。

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