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この作品からのみんなの引用
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現在の大洪水、凍結しているが、いつ融けて流れはじめるかもしれない全世界的な大洪水、すなわちさまざまな国家による核兵器の所有という癌におかされている二十世紀の地球の現代においては、広島の人々が救助した魂とは、すなわちわれわれ今日の人間の魂のすべてである。
― 114ページ -
『ひろしまの河』の婦人たち、原水爆被災白書のプランをおしすすめる人たち、重藤博士をはじめとする原爆病院の医師たち、そして、それがどのようにひかえめな小さな声においてであれ、自分の過酷な体験を、みずからの内なる広島を語ったことのある、すべての被爆者たち。広島のそれらの人びとに、まぎれもない人間的な威厳がそなわっていることは、いま不思議でない。このようにしてのみ、威厳ある人びとはわれわれの世界にやってくるのだ。
― 108ページ
みんなの感想・レビュー・書評
プロローグで、広島の人が「ヒロシマ」でひとくくりにされることの苦痛の吐露、そして、沈黙する権利がある、とのくだりを常に、心の片隅に置きながら読むべき本だろう。それを意識しないと、大江氏の感情の起伏の激しさに呑まれてしまうからだ。はっきり言って冷静さを欠いていると思う。
しかし、大江氏の優れているのは、たしかな耳と眼をもっていることである。大江氏の洞察は決して深くはない。しかし、事実を探り当て、拾い出し、ありままに記述する、たしかな耳と眼があることは信じられる。
今の時代の若い人には、歴史的、政治的な背景が分からないために、著者の悔しさは伝わりにくいかもしれない。けれども、原水爆禁止運動がたどっている悲劇的な状態を理解するためにも、分からない言葉や団体は、丁寧に調べながら、読むことをオススメする。
読了。 63年に書かれたこの本は、48年たった今も考えさせられるものがある。 もちろん、原爆ドーム保存すら未決だった当時と今では、全く違う。 実際に被爆した人は確実に少なくなっている。 しかし、この本は被爆二世の苦悩を予見した内容を含む。 今まさにフクシマという形で同じ状況を生もうとしていることに、戦慄と哀しみを感じる。 今日本のみならず、世界が置かれた現状は、66年前の命を賭した... 続きを読む »
まだヒロシマ・ナガサキが被爆して二十年経っていない広島市を訪れ、原水爆禁止大会、原爆病院院長の重藤医師の仕事、被爆者の話、中国新聞論説委員の金井利博さんの呼びかけなどのレポートによって当時のヒロシマが手にとるようにわかる。金井利博氏の
《原爆は威力として知られたか。人間的悲惨として知られたか》
と問いに当時沈黙していたヒロシマが声を挙げていくという怒りが伝わってきた。
ヒロシマ原爆の一つの資料として重要な本である。
内容(「BOOK」データベースより) 広島の悲劇は過去のものではない。一九六三年夏、現地を訪れた著者の見たものは、十数年後のある日突如として死の宣告をうける被爆者たちの“悲惨と威厳”に満ちた姿であり医師たちの献身であった。著者と広島とのかかわりは深まり、その報告は人々の胸を打つ。平和の思想の人間的基盤を明らかにし、現代という時代に対決する告発の書。 著者略歴 (「B... 続きを読む »
64年
あの夏の日からの、永い永い時間
ヒロシマを生き延び続けている
「日本人」の名に於いて、
否定的シンボルであるあの日の原爆を、私たちは
世界へ発信することが出来ているだろうか
あの夏の日から
すぐさま活動を開始した医師たちの努力が
原爆そのものの悪の重みに匹敵する為
広島を忘れることも、無知でいることも
私たちには許されないはすだ
最悪の状況に立ち向かい
草の根の活動を続ける人々の存在を
決して見過してはならない
この本が書かれてからもう何十年も経つが
内容は全く色褪せることなく、
戦争を知らない世代にあの日の惨劇を伝えている
これからも読み繋げられるべき本だと思う
原爆の悲惨さを伝える本。
著者曰く,原爆の威力の悲惨さは広く知られているが,
落とされた側のその後の悲惨さは十分に知られていない。
物理的なことだけに留まらず,
思想的な部分にも触れられている。
今はもう、戦後ではなくて戦前なのだという話を聞いた。
そういう世界で読む1965年の大江さんの静謐に満ちた、けれどとても力強い文章が隅々まで行き渡る。
『われわれがこの世界の終焉の光景への正当な想像力をもつ時、金井論説委員のいわゆる《被爆者の同士》たることは、すでに任意の選択ではない。われわれには《被爆者の同士》であるよりほかに、正気の人間としての生き様がない。』
何も出来ないと思う前に、一冊本を読むことはできる。
Blog"蚕の桑"2005-08-06(蚕)、2005-07-10(蚕)、2005-06-17(蚕)、amazonリストマニア "読むたび泣く本"by下山 「日本三景の一つ、その海岸の波打ち際を走る電車がある。不覚にもその車内で涙を流した...」(つづき)... 続きを読む »

[ 内容 ]
広島の悲劇は過去のものではない。
一九六三年夏、現地を訪れた著者の見たものは、十数年後のある日突如として死の宣告をうける被爆者たちの“悲惨と威厳”に満ちた姿であり医師たちの献身であっ...






