ヒロシマ・ノート (岩波新書)

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著者 : 大江健三郎
  • 岩波書店 (1965年6月21日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (186ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784004150275

ヒロシマ・ノート (岩波新書)の感想・レビュー・書評

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  • 今はもう、戦後ではなくて戦前なのだという話を聞いた。
    そういう世界で読む1965年の大江さんの静謐に満ちた、けれどとても力強い文章が隅々まで行き渡る。
    『われわれがこの世界の終焉の光景への正当な想像力をもつ時、金井論説委員のいわゆる《被爆者の同士》たることは、すでに任意の選択ではない。われわれには《被爆者の同士》であるよりほかに、正気の人間としての生き様がない。』
    何も出来ないと思う前に、一冊本を読むことはできる。

  • 我々には知る義務があると思うのだ。
    知る義務とはすなわち
    考える義務だ。
    既読。

  • 難解な言葉が多々あり、読みにくかった。
    また、独特な表現に陶酔しているように感じられて嫌悪感がある。
    言葉を過度に修飾していて気取っている。
    著者の政治思想や個人的な感情が所々に見られる。
    戦争や国の責任について考えさせられる内容ではあるが、本書が何のジャンルに該当するのかが不明だった。
    純文学の作家が書いた作品、という印象が大きい。
    一読だけでは理解できない。

  • 日本のナショナリズムに距離を置きながら、静かに「No more Hiroshimas」(p.177)の声を聞いていたい。37刷1987年。図書館本。 112

  • 屈服しない人々との連帯
    大きな声に抗うことの苦難

    広島、長崎、第五福竜丸、福島第一原発‐これらを体験してもなお原子力を利用し続ける現状。
    沖縄とともに大きな声に惑わされない思いを抱き続けたい。

  • 後にノーベル文学賞を受賞(1994年)した大江健三郎が、1963~1965年に雑誌「世界」で発表したエッセイをまとめたものである。
    大江氏は、その期間に繰り返し広島を訪れ、多くの、20年を経てもある日突如として死の宣告を受ける被爆者たち、そうした被爆者に対して献身的に治療に当たる医師たちと話をし、戦争の悲惨さと人間の威厳を訴えるメッセージとして本作品を著している。
    私にとって強く印象に残ったのは、“人間の威厳”として、「広島で生きつづける人びとが、あの人間の悲惨の極みについて沈黙し、それを忘れ去るかわりに、それについて語り、研究し、記録しようとしていること、これはじつに異常な努力による重い行為である。そのために、かれらが克服しなければならぬ、嫌悪感をはじめとするすべての感情の総量すら、広島の外部の人間はそれを十分におしはかることはできない。広島を忘れ、広島について沈黙する唯一の権利をもつ人たちが、逆にあえてそれを語ろうとし、研究しようとし記録しようとしているのである」と語っている部分である。
    2015年のノーベル文学賞を受賞したスベトラーナ・アレクシエービッチも、『チェルノブイリの祈り』の中で、被災者が原発事故について話すようになり、自らがそれを消化し、作品にするまでに10年を要したと語っているが、人間はあまりに悲惨な体験をすると、本能的にそれを忘れようとするものだが、それを乗り越えることにより、“人間の尊厳”が維持されるものなのであろう。
    原爆の、直接的な被害に留まらない悲惨さと、そこから我々が何を学び取らなければいけないのかを、現在にも伝える作品である。
    丸木位里/丸木俊夫妻による画集『ピカドン』から取られた挿絵も衝撃的なものである。
    (2005年5月了)

  • 氏が広島を取材して書いた生々しい記録。ショックを受けますが、知るべき。

  • 原爆の「威力」ばかり注目され、「悲惨」さは忘れられようとしている。人はひどい目にあったとき、過ちを犯した時、積極的に忘れようとする。
    自分が受けた平和教育、広島についての教育を振りかえった時、「悲惨な写真をみたり話を聞いたりするだけでなく、もっと政治的な背景などもしっかり説明したほうがよかったのでは」と思うこともあった。しかし、この本を読むとその悲惨さを伝えていくことが平和教育の本質であるのかも、と思うようになった。

    それにしても、読んでる間中「あ、これ国語の試験問題作れそう」という邪念が頭から離れなかった…。「広島的な人々とはどのような人か、30文字で説明しなさい」みたいな。

  • 書店で見かけて版を重ねている本だと知り、今年はこの本を読もうと図書館で借りた。

    作家の大江健三郎が、1963年夏から数年間にわたり、広島を訪問した際の出来事や心象をまとめたもの。

    広島を旅行した際、ここはどんな地獄絵図だったのだろうか、とおそろしくなってしまったことがあった。
    それは漠然とした想像だったけれど、『はだしのゲン』やこの本で、少し形を持った。
    被爆者としての死ではなく、個人としての死をのぞむという考え方には、これまで気づかなかった。
    広島の地に芽吹いた植物の破壊された細胞を目の当たりにしたエピソードでは、福島の原発事故を思い出した。
    知る必要があるけれど、おそろしい・知らないままでいたい、と思ってしまった。

  • 最初の2章くらいが面白くなくて、“これがそんなに話題作か~”って感じで匙を投げかけたけど、そこでぐっとこらえて読み進めると、後半になるにつれてより入れ込める感じになってきた。原爆のことを考える機会も久しぶりに持てた気がするし、そういう意味でも意義深い時間を過ごせました。

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広島の悲劇は過去のものではない。一九六三年夏、現地を訪れた著者の見たものは、十数年後のある日突如として死の宣告をうける被爆者たちの"悲惨と威厳"に満ちた姿であり医師たちの献身であった。著者と広島とのかかわりは深まり、その報告は人々の胸を打つ。平和の思想の人間的基盤を明らかにし、現代という時代に対決する告発の書。

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ヒロシマ・ノート (岩波新書)のペーパーバック

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