ヴェトナム新時代: 「豊かさ」への模索 (岩波新書 新赤版 1145)

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  • Amazon.co.jp ・本 (258ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784004311454

作品紹介・あらすじ

ドイモイ(刷新)政策採用から二十余年。米国と国交を正常化し、ASEANやWTOへの加盟も果たして国際社会への復帰を遂げた今、ヴェトナムはどこへ向かっているのか。未曾有の戦争の後遺症を抱えながら、一方でグローバル化の波にさらされる中、ひたむきに幸福を求める人々の素顔に迫り、日越関係の明日を展望する。

感想・レビュー・書評

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  • この本はいま現在のベトナムについて、どんな問題を抱えていてどこへ向かっているのかを描こうとしている。民間レベルの事柄も多く触れられているため、とても身近に読むことができる。現代ベトナムについてその問題を知りたいには適する一冊。

    ベトナム戦争を勝利に導いた三つの戦略が書かれている(p.28f)。(1)戦場で軍事的に耐え切ること。そのために、犠牲を恐れず団結に徹すること。(2)国際社会、つまり共産圏以外にも途上国、西側先進国の国民の支持を圧倒的に得ること。このため、世界のジャーナリストや作家を直接招聘して戦場を取材させた。また、自分たちに有利な情報を国際社会に提供し続けた。(3)交渉により米軍が撤退するシナリオを計算した。アメリカの民主主義のメカニズムを活用し、アメリカ国内で反戦運動が盛り上がるよう人智を尽くした。アメリカとの交渉が可能となるように、一方的な感情的な反米運動は抑圧した。最終戦争の形へと国民を先導し交渉の余地を無くしてしまうような事態を招かないよう、理性的な判断を行った。

    ベトナムは基本的にまだ農作物や原材料の輸出に頼る国でもある。例えばベトナム南部では年間1200万トンを超える原油が採取されているが、自国内に精製工場を持たない。そのため、原油をほぼすべてシンガポールに輸出し、ベトナム自身は石油製品を輸入している(p.63)。また、産業の基礎となる製鉄について、自国内に製鉄所がなく生産ができない。韓国や中国は日本のODAを利用して、資金とともに製鉄技術をうまく移転させ、その後の発展の基礎を築いたがベトナムはそのような状況にない、といった産業の基礎の弱さが指摘されている。

    また、ホーチミンを共産主義者としてではなく、共和主義者として理解する試みは著者の試論に当たるが、興味深いものだ(p.174-190)。ホーチミンは自身が個人崇拝を禁じ、遺骨をベトナム北部・中部・南部の3箇所に散骨するよう遺言して亡くなったにもかかわらず、その後の北ベトナム政府はこの遺言を完全に無視。遺体は保存され、ハノイにはホーチミン廟が作られ、紙幣の肖像はすべてホーチミン、政府はホーチミン主義なるものを謳うというように個人崇拝を進めている。こうした中、ホーチミンを冷静に評価するのはなかなか難しい。著者はホーチミンの中から、人が他人を差別せずに、人として平等に扱うという共和国の精神を読み取っている。

    最後に、現代ベトナムの4つの弱点が挙げられている(p.240-242)。(1)共産党の一党支配という体制が時代に合わなくなってきている。(2)いまだに通貨主権が確立していない。紙幣の印刷さえオーストラリアに委託している状況。(3)産業構造。製鉄所も大規模な石油精製プラントもない。(4)人材不足。現代的知識の集積が遅れている。

  • ベトナム戦争のことや社会主義&市場経済のこと、そして共産党支配やホーチミンのことを分かり易く解説しており、
    少し古い本だが(←2008年刊行)ベトナムの理解や仕事のためには読む価値が高いと思う。
    特に、政治体制。三権分立でなく共産党善玉主義のことや、省ごとの縦割り(試験も別)とか地方との関係(対等)とか「政府」の指すものとかを理解できた点では必読だった。

    ただ、日越の関係についての部分(終章)では首をかしげたくな記述も。特に「日本流は絶対ではない」等というのは(少なくとも研究者ではなく実務者にとっては)至極当然のことなのに。
    またPMU18事件の話の流れからカントー橋事故の話を持ち出し、「日本の公共事業の汚職構造まで展開させている」と言及している辺りは本当に謎だし、全く論理的でなくびっくり。しかも強引に論じた(あげつらった)割に「議論の余地がある」とだけ言って説明や評価から逃げてたり。

    ※以下、印象に残った点。

    第1章(戦争の傷跡)、国民にのこる傷跡。枯葉剤と日本の支援について、新たに知るところも多かった。コントゥム省やフエ省等のホーチミンルートに散布されたということ(p.11)
    米国への見方(政府と国民とをわけて捉えることで、交渉による撤退を見据えた政策)

    第2章(もう一つの「社会主義市場経済」)、中国という大国が一人によるカリスマ性で主導されるという構図に対して、越は集団指導。
    国を発展させるには製造業が脆弱で(「国富論」を参照するまでもなく)、それを解決するための石油精製や鉄が不足しているというのに、南北関係から製鉄所や精製工場の立地に非効率が発生したとのこと。例えばベトナムの産油はブンタウ沖の海底油田なのに近くで精製するのは南を利するということで国土の均衡ある発展の観点から産油地から1000km以上離れたクアンガイに建設することを90年代前半に決定した、ただフランスら外国メジャーはこれに反対して出資に応じず、2008年現在でも完成していない、と(p.65)。

    第3章(国際社会への復帰)、「非同盟」という東南アジアのネットワークが1955年、さらにそれ以来の関係もあり1980年度からの尼と越の水面下ネットワークが、カンボジア問題では十分機能して解決に寄与した(p.73)。

    第4章(共産党一党支配の実相)、
    2006年MOTでのPMU18事件(p.91)、PMU局長がサッカー賭博に約8億円をつぎ込んだり、上司のために愛人のマンションを購入したり公用車を横流しして高級車を上司に贈呈したりしていたことが発覚、局長や次官の逮捕。さらに当時の書記長の女婿もMOTに勤務していることが明らかになる等した、書記長は(辞任すると混乱するという政治判断からか)留任したが。
    公安章が(この当時は)政治局の序列2位で、また中央委員でも軍や公安関係者が計15%占めている等重要視(p.98)。
    三権分立ではなく共産党善玉主義(p.100)、
    「政府」というのは閣僚会議のことを指す(全省庁を指すわけではない)。地方省との関係(中央と地方が対等)も、グエン朝等過去の王朝時代の伝統に根ざしている。(p.106)

    第5省(格差の拡大)、政府はベトナム戦争後、人口圧力に苦しんでいた貧しい北部から中部高原地域に人口政策として送り込み、対立が発生、さらに1990年代後半になって移住してきたキン族がコーヒーやゴム栽培が金になると知って少数民族の焼畑のすきに(放棄したと解釈し)法律的に自分たちの土地というように処理することが起きた。
    政府も少数民族にコーヒー栽培を将来したが、2000年に市場が大暴落し政府関係者はこの地のコーヒー豆の買取を拒否したりきわめて廉価として、これにより2001年2月に少数民族(コントゥム、プレイク、バンメトート)でデモを組織。公安が鎮圧に乗り出すとともに政府は救済措置。(この事件のあと少数民族の参加者の数千名は弾圧を恐れてカンボジアに亡命)。中央政府は中部高原の少数民族の問題には神経質。

    第6章(ホーチミン再考)、
    フランス革命が「個人」重視をもたらしたのに対し、ベトナムではまず「属性」、社会での関係、言葉遣いや振る舞いへの反映が必要、「人間関係」が重要で、「共和国精神」は相いれない東アジア(p.179)。
    独立・自由・幸福。独立はホーの長年の夢。自由は、フランス革命の標語「自由・平等・博愛」の影響と、米の「生命・自由・幸福を追求する権利」の影響。幸福は独立宣言に触れられているとおり米憲法の「幸福を追求する権利」からの影響。

    第7章(これからの日越関係をさぐる)、
    2003年から日越共同イニシアティブにより詳細かつ重要な問題を議論、解決を進展。両国の信頼関係に寄与。(p.200)
    コミッション(不法な手数料)とコラプション(汚職)をわけて考える節。①要求額が常識の範囲で法外に大きくないか、②独り占めせず関係者に応分に分配しているか、③生活費以外に使用しないか。が基準と思われる。(p.210)
    ※そのあとのPMU18とカントー橋のことも印象に残りはしたが、上記のとおり。

  • ベトナム旅行前の知識詰め込み本として、ちょうど良かった。

  • 現代のベトナムの道程を知る。きな臭い。
    強かな国民が我慢を重ねて作ってきた国は、きな臭い。興味深い。


     さすがずっと中国という大国の圧力にさらされてきた土地だけあってグダグダな国だなと思いました。

  • 逗子図書館で読む。期待はずれの出来です。ベトナム権力は、南部出身の政治家に移ったそうです。何故、北部ではなく、南部へ移ったのでしょう。そこら辺が知りたい。

  • 教科書的な鳥瞰映像ばかりではなく、現地の知人の体験を例に挙げて、今のヴェトナムを切り取る視点はわかりやすい。数十年に渡って自国が戦場となった国、元の分断国家、そして共産国としての問題や悩みがこの国にもある。でも諦めず、つっかえながらも粘り強く、少しづつ前に進んでいく姿がヴェトナムらしい。アメリカと戦争して唯一勝った国、フランスや中国といった大国に2000年抗い続けて生き残った国のポテンシャルは、こういうところにあるんじゃないかと思った。

  • (2014/5/18読了)久々に「ザ・岩波新書」と言える骨太の新書を読んだ。21世紀のベトナム社会の概略を政治経済面から知るにちょうどいい良書だった。本書の刊行2008年以降の6年間でどう変化してきたのか知りたい!

  • 現在のベトナムが抱えている社会問題に俯瞰するのに適した本です。経済発展著しい南のホーチミンか、政治都市・首都としてのプライドを持つ北のハノイか。ベトナム戦争の対立もあってか、南北の遺恨は至るところで見え隠れ。 特別目立った指導や著作がないため、ホーチミン主義はバズワードと化していて、過度な神聖化が進んで一人歩きしている印象がありました。

  • ベトナム戦争以後のベトナムの歴史/政治/経済/文化について
    サッと概説された一書。
    平易な文体でコンパクトにまとめてあり、非常に読みやすい。
    社会主義国でありながら中国や北朝鮮とは
    また違った歴史をたどったベトナムという国が、
    ベトナム戦争を経て現在どうなっているのかを知る
    入門書として適している。

  • ベトナムの政治経済体制を描いたものであり、そこに興味があればいいのであるが、旅行や留学に行こうという学生には物足りない。ビジネスマン向けの本ならばいい。

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著者プロフィール

ベトナム研究者。早稲田大学名誉教授。

「2020年 『動きだした時計』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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