新しい労働社会: 雇用システムの再構築へ (岩波新書 新赤版 1194)
- 岩波書店 (2009年7月22日発売)
- Amazon.co.jp ・本 (208ページ)
- / ISBN・EAN: 9784004311942
作品紹介・あらすじ
正規労働者であることが要件の、現在の日本型雇用システム。職場の現実から乖離した、その不合理と綻びはもはや覆うべくもない。正規、非正規の別をこえ、合意形成の礎をいかに築き直すか。問われているのは民主主義の本分だ。独自の労働政策論で注目される著者が、混迷する雇用論議に一石を投じる。
感想・レビュー・書評
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現代日本の労働問題について総合的に語った約10年前の新書、210ページ。
日本型雇用システムの本質をメンバーシップ型の雇用契約にあるとして、最も重要な特徴とされる「長期雇用制度」「年功賃金制度」「企業別組合」といった「三種の神器」もその本質から導き出された帰結と指摘する。そして1990年代以降、非正規雇用の増加と背中合わせの正社員の過重労働といった事態には、従来型の雇用契約と現実に大きなひずみによるものであり、両者の綻びを個別に捉えるだけではなく包括的な改善の方向性を示すことが本書の指針である。
著者が現代日本の労働問題の是正のために主に参照するのは海外、それもとくに欧州の政府による雇用問題への取り組みである。そこから得られる最終的な解は、やはりというか先に挙げた「メンバーシップ型」の雇用のあり方の変革なのだが、そこに至るために急進的な策を推奨するわけではなく、既得権をもつ大企業正社員にも受け入れられ、かつ、現に苦境にあることの多い非正規労働者を救うためにも社会のセーフティネットの整備が先決だとする。セーフティネットが用意されていなければ、従来型の正社員がフラットな職能給に移行することに同意することも困難だからだ。そしてもうひとつ、今後の方向転換のために重要な役割を果たすことになると著者が重視するのが、日本独特の企業別の労働組合が非正規労働者も成員として含めることによる、組織の改変である。
序文で自らが「過度に保守的にならず、過度に急進的にならず、現実的で漸進的な改革の方向を示そうとした」と宣言する通り、著者の雇用問題への姿勢は過去の政府の決定への分析も含めて是々非々であり、報道主導の扇動的なキャンペーンやポピュリズム的な政治のあり方に警鐘を鳴らすこともしばしばである。労働問題への取り組みとしての法律の改正にしても、世論に迎合しただけの現実と乖離した表面的な対策については懐疑を隠さない。
昨今取り上げられることの多い「ジョブ型」という言葉を定着させたと帯で謳われている本書だが、「メンバーシップ型」については強く印象に残っても「ジョブ型」という語彙そのものはどこで登場したかもわからない程度だった。本書が、日本の雇用システムが「メンバーシップ型」からフラットな職能給(ジョブ型)に漸進的に移行することを説いていることは間違いないのだが、誤った、または恣意的な受け取り方によっては、単にさらなる非正規労働者の増加させる正当化の手段として「ジョブ型」という言葉が著者の意図しない方向に一人歩きするのではないかと危惧させる側面もある。行き届いたセーフティネットの拡大とセットでなければ、雇用システムの変革はありえないことについては本書が強調するところだ。
私自身も全体の方針としては、従来型の正社員増加への回帰ではなく、多くの非正規労働者がその働き方によって大きな不安なく生涯を全うできるような形でセーフティネットを充実させた社会が望ましいと思える。そして何より、日本の従来型雇用システムを海外との比較から「メンバーシップ型」と定義して区分するくだりに、日本社会の重要な特徴の一部について非常に納得させてくれる著書だった。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
労働関係法規が「こうなっているんだよ」と解説する本は多いですが、それらの法規がなぜ、どのような議論を経て(または議論を棚上げされたまま)今存在しているのか。行政、経営、労働者三者の視点を踏まえて本質へと切り込む一冊です。表面的なマスコミのあおりやバッシング、議論のすり替え、曖昧に決着をつけられてきた雇用課題がいかに多いのかがリアルにわかります。出版から時間を経てもなお、雇用問題の本質は一つも変わっていないことを感じます。決して古い本ではありません。
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2009年に書かれた本のため、内容が少々古いかもしれない。しかし、日本や欧米諸国における労働関連法の歴史的経緯からそれぞれの功罪が非常にわかりやすく書かれている。
私が知る2013年以後の労働法や大きいところでは派遣法改正でかんじた違和感の背景が手にとるようにわかる。そして、これからの日本の在り方を濱口氏の主張を軸にしながら深く思考することができる。法律及びその運用や実務において、その主旨や哲学を理解することがいかに重要であるか、再認識した。濱口氏の主張の中には現実的でないものや違和感を感じるものも読む人によってはあるかもしれない。 -
「日本型雇用システムにおける雇用とは、職務ではなくてメンバーシップなのです。」
目の覚めるような、全てが腑に落ちるような読んでよかったと思える、ためになる本。
成果主義や能力主義などと取りざたされているけれど、ほとんどの企業では形だけの導入で、一番根本の「労働契約」のぶぶんは相変わらずあいまいな労務規定のまま。だから、成果主義が体をなしていないのが現状。
子供が減り、景気が停滞して行きそうなこれからは今までどおりの「日本型雇用システム」は必然的に維持できなくなるだろう。
これまでは、企業が社員を抱え込み定年まで面倒をみるという方針(終身雇用)。最後まで面倒を見る代わりに、転勤や長時間労働なんかも受入れてねっていう使用者/労働者間のギブ&テイクな関係だった。でも、それは成長経済だったからで。これからの企業は、さすがにそこまで面倒をみれなくなる。
だから、企業が放棄した「年齢に相応しい生活を送るためのお金」を今度は国が負担する必要がある。
ある意味「働くこと」という縛りからの開放でもある気がする。
社会福祉と能力主義はセットで考えていかなければならないんだなぁと勉強になった。 -
いわゆる「ジョブ型雇用」の提唱者による著作で、労働政策の現場経験の豊富さがうかがわれる。
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「正社員と非正規労働者、中高年労働者と若年労働者、男性労働者と女性労働者など、さまざまな労働者内部の利害対立」においては、利益配分問題よりも不利益配分問題が問われており、「様々な利害関係者の代表者が参加して、その利益と不利益を明示して堂々と交渉を行い、その政治的妥協として公共的な意志を決定するというステークスホルダー民主主義」の必要性を説く。その場合、不利益な側(弱者)が堂々と意見を明確に示し、それが配慮されなければいけない。不利益を分かちあい、あとは、公的保証にゆだねるなりのセーフティネットが必要となるだろう。
この方向へと進んでゆくのに、日本的パートナーシップ型雇用形態(同氏による『ジョブ型雇用社会とは何か』によると、日本以外はジョブ型であるという)は、適切な形態ではない。なぜなのか。
日本では「雇用契約で職務が決まって」おらず、「ある職務に必要な人員が減少しても、別の職務で人員が足りなければ、その職務に移動させて契約を維持することができ」る。つまりジョブ型では職務によって雇用されるが、パートナーシップ型では、文字どおり、企業のパートナー(?)として雇用される。そして、前者では、職務と技能水準で賃金が決められるのに対して、後者においては、「企業のメンバーとしての忠誠心が求められる」という観点から、人事査定が行われている。これでは、労使関係の力関係で、「使」側が優位であることは、明白である。
そして、非正規労働者は「ジョブ型」の雇用形態であるから、パートナーシップ型雇用形態では、正規労働者との「同一労働、同一賃金」への道のりは困難であろう。
また、パートナーシップ型では、あらかじめ技能をそなえておく必要はなく、技能習得は企業が担っている。そして、さまざまな職種を経験した中高年労働者は、忠誠心が人事査定で評価される、ということになり、生活・年齢給として給付される。ここに日本独自の企業別労働組合の優位があり、職務・職種別労働組合の根付かなさがある。
ステークスホルダーとは「利害関係者」のことであるが、「会社は株主、労働者、取引先、顧客などの利害関係者の利害を調整しつつ経営される」という「ステークスホルダー的資本主義」が提唱されている。では、労働者内での正規と非正規の利害対立は? -
「ジョブ型雇用」みたいな関心で、著者の本を読み始めて、3冊目。
内容的にはこれまで読んだものとの被りはあるものの、あらためて日本の労働の現状を理解できた。
著者の他の本とも共通することだが、本のタイトルと内容が今ひとつフィットしない感じがある。
未来にむけての提言部分よりも、現状の問題点の分析というほうに力が入っていると思う。
著者は、空想的なビジョンではなく、現実に根ざした取り組みを主張しているようなので、それは仕方がないといえば、仕方がないのだが、なにかもう一つなにかがほしい気がしてしまう。 -
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日本を中心に、労働者の処遇や生活また社会の構造について、労働者、経営者、行政それぞれの視点に立って、これまでの日本の社会の出来事や議論を振り返っている。
歴史をひもといて解説してもらう、と言う目的ならば良書。
一方で提案、例えば折衷案や妥協は、こういったものの提案は少ない。
どうすれば良いのかと言う議論はあまり尽くされていない。