グローバル経済史入門 (岩波新書)

  • 83人登録
  • 3.06評価
    • (2)
    • (2)
    • (7)
    • (5)
    • (0)
  • 13レビュー
著者 : 杉山伸也
  • 岩波書店 (2014年11月21日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (272ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784004315124

グローバル経済史入門 (岩波新書)の感想・レビュー・書評

並び替え:

表示形式:

表示件数:

  • 慶応の学部生向け経済史入門のテキストをベースに書かれたものなので、内容的には平易(少し退屈な部分も)。著者は、経済のグローバル化をヒト・モノ・カネの国境を越えた移動を可能にした市場システムとそれを支える国際レジームが必要であるとする。しかし、究極的にグローバルな課題を解決するには、国民国家を超えた世界政府と世界共通通貨が必要ではないだろうか、というあたりの話はちょっと非現実的な夢物語になっているのではないだろうか、と思う。経済的自由主義とグローバリゼーションの親和性は高いとは思うが、ナショナリズムが必ずしも経済的自由主義の実現を阻むように作用するかと言われればそうでないケースも多いだろう。また金本位制のようなシステムが一時期、グローバル経済の必須要件と考えられていたのは事実だとしても、それのみが国際経済秩序を担保するものではなく、それゆえ、たとえばダーティーフロートだからといってすぐさま「カジノ資本主義」的な帰結に至るとは限らないのではないだろうか。

  • 世界史ではどうしても西洋の方が現代まで優れた文明を築いてきたように思われがちだが、少なくとも近世まではアジアのほうが経済的には自立していたとの内容は意外であった。特に、日本や中国などでは近世までは、西洋よりも優れた文明を築いてきたという意見は聞いたことがあったが、インドについてはあまり聞くことがなかったので新鮮であった。

  •  「14世紀以降、『大航海時代』をへて現代にいたるまでの約700年にわたる世界の歴史を、アジアを中心とする歴史的文脈のなかで考察」(p.12)することを目指した経済通史。「西欧中心主義」ではないマルチセンタードな世界経済史叙述を目指したと思われるが、少なくとも19世紀以降については従来の(西欧中心の)帝国主義史とアジア各国別経済史の安易な接合の感がなきにしもあらず、改めて「主語」=中心のない歴史叙述の困難さ、というより不可能性を露呈している。「アジア」といってもインド、中国、東南アジア諸国、日本だけで、韓国・朝鮮や中東諸国や中央アジア諸国は無視されているのも気になる。

  • この本を通じて、産業革命における知的財産権の貢献はそれほど大きくなく、逆に、植民地経済における金本位制の影響が大きかったことが分かった。

  • 「歴史の見方」は多種多様で、個人史、地方史、各国史、地域史、世界史などがあれば、政治史、経済史、社会史などテーマ史もあります。また一方でナショナル・ヒストリーで多く見られるような自分たちの正統性を説明するために語られることもあり、またそういったものを排除しようとして世界各地のつながりを重視したグローバル・ヒストリー※もあります。いずれにしても、歴史をどう見るかは人によって様々で、だからこそ面白いのであり、著作を読むごとに新しい発見があります。きっと、論述問題を課す入試の採点者は、受験生達の解答を時には面白く、ときにははっとさせられるような、そんな気持ちで採点しているような気がします。
    本書は経済をグローバルな視点で、世界とのつながりを重視しながら語られています。印象としては広く浅く(しかし一般の世界経済史よりもグンと広く)書かれており、特別に目新しい説はなかったとしても、グローバルに世界経済史を語る上で大切なつながりが縦横に書かれています。それを忘れないよう、以下に抜き出させてもらいます。

    GDPでみるかぎり、19世紀まで世界経済の中心はアジアであって、ヨーロッパでなかったことはたしかである。アジアがヨーロッパ世界経済の周辺であったのではなく、ヨーロッパがアジア経済の周辺にあったのである。したがって、これまでヨーロッパを中心に描かれてきた世界史はヨーロッパという一地域の歴史にすぎず、とりわけ19世紀までの世界史はアジアを中心に書き直される必要がある。こすいてはじめて、「産業革命」がイギリスでおこり、工業化が欧米諸国でひろくみられる現象になったのか、その世界史的な意義やヨーロッパ諸国による植民地主義の意味を問うことが可能になる。(9頁)

    アジア域内貿易は、オランダ東インド会社の活動にとって非常に重要な意味を持っていた。オランダ本国の経済力には限界があったので、アジア貿易の資金を本国からの供給にあおごぐことはむずかしく、オランダ東インド会社はヨーロッパ向けのアジア産品の買付資金として金銀、とくに銀を調達しなければならなかった。グラマンの研究によると、1952/53年度にオランダ東インド会社は金の供給総額31万1700フローリン(ギルダー)のすべてと、銀の供給総額55万3700フローリンのうち71%に相当する39万4600フローリンをアジア域内で調達し、のこりの15万9100フローリンの銀を本国からの供給にあおいだ。日本は、石見大森銀山にみられるように、16世紀以降世界有数の銀産出国で、17世紀前半期には世界の銀生産量の約3分の1を産出しており、オランダ東インド会社がアジアで調達した銀のうち、日本銀阿h13万4900フローリン(34%)をしめた。(31~32頁)

    マーク・エルヴィンは、中国ではすでに宋代(960~1279)に産業技術のめざましい発達がみられ、人口増加に十分対応できるたかい技術水準に到達していたので、近代的産業技術の導入が必要なかったと主張し、これを「高水準均衡の罠」(high-level equilibrium trap)とよんでいる。(46頁)

    (清朝期)ゾウやトラなどの野生動物は農業開発にともなってすでに中国南西部に追いやられていたが、新作物の導入にともなう山地の開発で森林は伐採され、土壌の流失など環境破壊の結果、18世紀末には洪水の頻発など自然災害が多発した。(52頁)

    (インドでイギリス東インド会社は)北西部・中央部の諸州やパンジャーブ地方では、(ザミンダーリー制やライヤットワーリー制ではなく)日本の徳川時代に類似した村請制を基本とする「マハールワーリー制」や「マウザワーリー制」がとられた。(76頁)

    産業革命はヨーロッパのアジアへのキャッチアップとしておきたもので、それにつづくヨーロッパの経済成長はアジア優位の世界をヨーロッパ優位に逆転させ、市場経済メカニズムの自立化と農業社会から産業社会への移行を促進し、産業組織や人々の社会生活に画期的な変化をもたらした。同時に産業革命にともなって進展した植民地主義の強化は、モノカルチャー経済の形成を促進し、欧米の先進国と他の地域のいちじるしい経済格差をもたらすことになった。(89頁)

    産業革命期の一連の技術革新のなかでとくに重要なのは、蒸気機関の発明と改良による動力エネルギーの転換であった。薪炭など有機燃料から化石燃料への転換と石炭エネルギーの動力としての広範な利用は、人間の経済活動をそれまでの水力や風力など自然エネルギーによる制約から解放して経済活動を活性化させ、新産業の創発や生活水準の上昇を実現しただけではなく、長期的には地球の生態系に大きな環境変化をおよぼす負の効果をもたらした。(89頁)

    1733年にジョン・ケイの飛び杼の発明で緯糸を通す杼が自動化されると、織物生産は急増し、綿糸不足が生じたため綿糸価格が高騰した。綿糸供給量の増産を可能にしたのはハーグリーブスのジェニー紡績機とアークライトの水力紡績機で、このふたつの紡績機の長所をかけあわせて丈夫で細い綿糸を生産したのがクロンプトンのミュール紡績機であった(ミュールはロバと馬をかけあわせたラバのこと)。ミュール紡績機の開発によって綿糸生産は飛躍的に増加し、国産技術でインド綿布に対抗することができるようになった。こうして綿糸不足は解消されたのに対して織布工程の機械化は遅れ、85年のカートライトの力織機の発明とそれ以降の力織機の改良によって、ようやく紡績・織布両工程における機械化が達成された。1785年には最初の蒸気機関による紡績工場での生産がはじまり、工場制機械工業による大量生産が可能になった。こうしたイギリスでの綿糸・綿布生産の機械化は、アメリカでホイットニーによる繰綿機の発明をうながし、アメリカ南部における棉花生産の急増と原棉コストの大幅な低下によって、イギリス綿製品の低価格での大量生産が可能になった。(94頁)

    イギリスは、1843年の機械輸出禁止法につづいて、46年に穀物法(1815年制定)、49年に航海法(1651年制定)を廃止し、重商主義的な規制や保護関税・差別関税はほぼ撤廃され、自由貿易体制が確立した。こうしてイギリスの自由貿易主義にもとづいて、アジア経済と大西洋経済が再編された。ヨーロッパにおける自由貿易体制は1860年の英仏通商条約(コブデン=シュバリエ条約)以降ヨーロッパに拡大し、約20年間にわたり関税障壁の撤廃を通してベルギー、フランス、ドイツなどヨーロッパ諸国の工業化を促進した。(101頁)

    1834年にはドイツ関税同盟が成立していたが、ドイツの経済学者フリードリヒ・リストは『政治経済学の国民的体系』(1841年)で後進国の保護関税制度の正当性を強調した。ドイツは、ヨーロッパの自由貿易体制に参加したが、71年のドイツ帝国の成立とともにビスマルクが首相に就任すると、79年に「鉄と穀物の同盟」といわれる保護関税法を実施し、またフランスも92年のメリーヌ関税の施行で保護貿易主義に転換した。(114頁)

    イギリスは、清朝が条約を遵守せず貿易が不十分なことが輸入停滞の原因になているとみなし、クリミア戦争(1853~56年)が終結して軍事力に余裕ができると、56年に元香港船籍アロー号が清朝官憲によって拿捕された事件を機に、宣教師が殺害されたフランスと協同出兵して広州を占領し、アロー号(第二次アヘン戦争)をひきおこした。(121頁)

    外国商社にとって中国国内市場の情報はブラックボックスであったので、かれらは商業や流通のネットワークをもつコンプラドールとよばれる有力な中国商人を雇用した。コンプラドールは「買弁」と称され、従属的なマイナス・イメージがつよいが、かれらは中国国内の流通や商習慣などにかんする経済情報をもち、自己勘定で取引もおこなう信用力のある大規模な独立商人で、外国商社にとってどの商人と提携するかが中国におけるビジネスの成否をきめる重要なポイントであった。(123頁)

    1870年代に欧米の主要国が金本位制に移行すると、世界的な銀産出量の増加にくわえて各中央銀行が金準備として金を購入し、同時に保有銀を市場に放出したため国際的な銀価低落がおきた。銀本位制のアジア地域にとって銀価下落は円・両(テール)・ルピーなどの通貨安を意味したので、理論的には欧米の金本位制国への輸出には有利に作用したと想定されるが、アジア地域間の競争もはげしく、その効果については疑問の余地がある。(146頁)

    イギリスは1786年にペナンを占領したが、95年にフランス革命の影響をうけてオランダがフランスに併合され、親仏的なバタヴィア共和国(~1806)が成立すると、オラニエ公ウィレム5世はイギリスに亡命し、海外のオランダ植民地はイギリスの統治下に編入されることになった。東南アジアにおけるイギリス権益の拡張に熱心であったイギリス東インド会社書記のスタムフォード・ラッフルズは、インド総督ミントー郷を説得して、1819年にシンガポールをイギリスの保護下におき、シンガポールは自由港として、ヨーロッパ貿易とアジア域内貿易の中継地として急速に発展した。ナポレオン戦争の終了とともに、イギリスの占領地はオランダに返還され(ロンドン協定)、24年の英蘭協約で、マラッカ海峡を境界にしてアジアにおける両国の勢力範囲が確定された。スマトラはオランダの勢力範囲となり、イギリスは26年にペナン、マラッカ、シンガポールをあわせて海峡植民地とし、67年には直轄植民地にした。マレー半島における・・・マラヤの諸王国内の内紛もかさなって政治的混乱が生じた。イギリスは政治介入の方針に転換し、74年のパンコール協約で錫生産地であるペラ王国の行財政を実質的に掌握し、96年にはペラやセランゴールなど四王国を保護州(マラヤ連邦州)に、さらに1914年に残りの王国を統合してマラヤ非連邦州とし、海峡植民地とあわせて英領マラヤが成立した。(152~153頁)

    日本の(世界恐慌からの)早期回復は、軍需関連産業の拡大と中国への軍事的進出とむすびついたもので、高橋蔵相の低為替放任政策によって円は100円当り25ドルにまで約50%急落し、円安によって綿織物や電球・マッチなどの雑貨のアジア市場向けの輸出が急増した。日本の低価格での輸出攻勢は「為替ダンピング」(「ソーシャル・ダンピング」という用語は国内のメディアが強調したが、海外ではほとんど使用されていない)として非難された。(194~195頁)

    インドは、政府主導によるソ連型の重化学工業中心の工業化政策を採用した。インドの経済成長率は、植民地期の年1%から独立後の50~60年代半ばには3~4%に上昇し、80年代以降は5%以上の成長率を実現した。こうした経済成長をささえた基礎には、60年代に品種改良による高収量品種の導入や化学肥料の多投による穀物生産の増加、いわゆる「緑の革命」がインド全域に普及して農業成長と農民所得の上昇が生じ、それが農村市場の拡大をもたらした。(215~216頁)


    一つだけ疑問点が
    (洋務運動の展開で)長江中流域の武漢を本拠とする張之洞は、漢冶萍公司を設立し、漢陽製鉄所、大冶鉄山、萍郷炭坑からなる重工業中心の一大コンビナートを展開した。
    →確かに大冶鉄山を開発したのは張之洞ですが、漢冶萍公司は洋務運動期ではなく1908年に日本からの借款により設立されたものです。建てたのは張之洞かもしれませんが(調べきれなくて断定できない)、張は翌年亡くなります。

    ※著者はグローバルヒストリーについて以下のように説明している。
    現段階でグローバル・ヒストリーに明確な定義があるわけではないが、それとは対照的に、グローバル・ヒストリーでは、最初から世界の多様な国や地域が存在することを前提にして、歴史を地球的規模で鳥瞰的かつ総体的にみるところに大きな特徴がある。したがって、先進国だけでなく、植民地も途上国も受動的ではなく、能動的なアクターとして登場する。また、グローバル・ヒストリーでは、ユーラシア、南北アメリカ、アフリカ、オーストラリアなどの大陸部と、太平洋、大西洋、インド洋などの海域がともに対象になるので、地域的な空間軸がひろいだけではなく、同時に歴史的な時間軸のながいことも特徴である。したがって、テーマも、砂糖、コーヒー、茶、タバコ、銀、綿織物などの世界商品から、疫病や感染症、環境、帝国、特定地域の生活水準や実質賃金の研究など多岐にわたることになる。

  • 2015年2月新着

  • 大学講義を受けてる感じ。
    経済は難しいですが、世界は経済で動いていること・・・・。結局・・・ヒトはお金で動き、命をかけているんだということが、あらためてわかる。

  • 勉強になりました。

  • 世界中の経済に関する歴史が網羅されていて、全体の流れが掴みやすい。同時に、これからの問題 南北問題とエネルギー問題を考えなくちゃなという、次の学びの欲求にも繋がる、為になる本だった。

  • 杉山伸也『グローバル経済史入門』岩波書店 2014年11月

    【簡易目次】
    プロローグ 001
     1 グローバリゼーションと経済史
     2 グローバル・ヒストリーの特徴
     3 グローバル経済史のなかのアジア

    第1部 アジアの時代―― 一八世紀までの世界
    第一章 アジア域内交易と大航海時代 015
     1 アジア域内交易
     2 アジアの「大航海時代」
     3 環大西洋経済の形成
     4 ヨーロッパ社会の変容――「危機の十七世紀」
    第二章 近世東アジアの国際環境――中国と日本 043
     1 明治の政府と経済
     2 清代の政府と経済
     3 徳川幕府の成立と対外政策
     4 徳川日本の経済成長
    第三章 インドの植民地化とイギリス
     1 ムガル帝国期のインド経済
     2 イギリス東インド会社の成立
     3 ムガル帝国の衰退と植民地化の進展
     4 統治政策の転換と植民地支配の拡大
     5 アジア三角貿易と地方貿易

    第2部 ヨーロッパの時代――「長期の一九世紀」
    第四章 「産業革命」から「パクス・ブリタニカ」へ 088
     1 イギリス産業革命 
     2 「パクス・ブリタニカ」の時代
    第五章 アジアの近代化―中国・日本・タイ 119
     1 中国――アヘン戦争から日清戦争、そして辛亥革命
     2 日本――国民国家の形成と経済成長
     3 タイ――国家的独立の維持と近代化政策
    第六章 アジア経済のモノカルチャー化と再編 145
     1 アジアの世界経済への統合化――中国・日本・インド
     2 東南アジア島嶼部の経済開発
     3 東南アジア大陸部の水田開発
     4 グローバル経済への統合とアジア経済の再編

    第3部 資本主義と社会主義の時代――「短期の二〇世紀」
    第七章 両大戦間期の世界経済とアジア 170
     1 一九二〇年代の世界経済
     2 動揺する世界経済
     3 世界の中の日本経済
     4 戦間期のアジアとラテン・アメリカ
    第八章 戦後世界経済の再建と動揺 204
     1 戦後世界経済の再建
     2 「南北問題」の登場
     3 変動相場制下の世界経済
    エピローグ――ふたたびアジアの時代へ 233
     1 グローバル経済の再編
     2 南北問題からエネルギー・環境問題へ

    あとがき 253
    地図 (12-13)
    主要参考文献 (04-11)
    索引 (01-03)

全13件中 1 - 10件を表示

グローバル経済史入門 (岩波新書)のその他の作品

杉山伸也の作品

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

有効な左矢印 無効な左矢印
トマ・ピケティ
有効な右矢印 無効な右矢印

グローバル経済史入門 (岩波新書)を本棚に「いま読んでる」で登録しているひと

グローバル経済史入門 (岩波新書)を本棚に「読み終わった」で登録しているひと

グローバル経済史入門 (岩波新書)の作品紹介

地域や国によってなぜ所得や生活水準に大きな格差があるのか?また、国際的な通貨問題や金融危機にはどのような背景があるのか?これら従来の国民経済の枠組みでは捉えきれないグローバルな問題が形成されてきた14世紀半ばから現代までの歴史的な過程を、グローバルヒストリーという視角から描きだす。画期的入門書。

ツイートする