ガルブレイス――アメリカ資本主義との格闘 (岩波新書)

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  • 岩波書店
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  • Amazon.co.jp ・本 (256ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784004315933

作品紹介・あらすじ

二〇世紀アメリカを代表する「経済学の巨人」は何と闘い続けたのか?アメリカ思想の二極対立をえぐり、経済学研究の水準を社会思想史研究の水準に高めてきた著者が、病をおして筆を進めた渾身の作。ケインズによってイギリス論を、シュンペーターをかりてドイツ社会を論じてきた社会経済思想史研究三部作の完結編。

感想・レビュー・書評

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  • 【読了】伊東光晴『ガルブレイス-アメリカ資本主義との格闘』2016
    読了した後に、再び主要部分を読み返してしまった本は本当に久しぶり。以下に気になった部分を6つ挙げる。

    1. 依存効果

    通常、経済学において需要曲線と供給曲線は独立で、その交点で価格と取引量が決まるとされているが、ガルブレイスはここに依存効果という概念を持ち込んだ。物質的必要が満たされた現代の「ゆたかな社会」において、生産者は広告によって消費者の欲望を刺激し、需要曲線に影響を与える。これによって、消費者はいつになっても欲望が満たされない精神的窮乏を抱えることとなった。

    2. 私的財と公共サービスの不均衡

    市場が提供する財は容易に生産を拡大するが、それによって同時に需要が増す公共サービスは拡大しづらい。例えば乗用車が増えると道路の必要が高まるが、乗用車の生産拡大に比べて道路の建設拡大は緩やかである。
    こうした、私的財の生産拡大に応じた公共サービスの需要増に対応するために必要なのが売上税(消費税)である。売上税は生産の拡大に比例して伸びるため、こうした需要に対応しやすい。

    3. 経営支配権の資本家からテクノストラクチュアへの移行

    かつて企業経営の舵取りは企業の所有者たる資本家が一手に担っていたが、株式の分散所有が進み、科学技術や市場環境が高度に複雑化した現代において、実質的に経営の舵取りをしているのは経営者の下で各部門の専門知識を有するマネージャーたちである。ガルブレイスは彼らをテクノストラクチュアと呼ぶ。
    こうした環境において、株主や一部の経営トップが桁外れな報酬を得ている状態は前時代的であり、経営への寄与度と比べて余りに多くの不当な利益であると言える。テクノストラクチュアは結集してこれに対抗し、拮抗力を行使するべきである。
    この拮抗力が、大企業によって競争の自己調整機能を削られた寡占市場において、新たな調整機能として役に立つ。

    4. マーシャルの労働曲線

    日本やアメリカで標準的な経済学の教科書には、労働供給曲線を右上がり曲線として描いている。
    つまり、賃金が上がれば労働者は喜んで働くようになり労働時間を増やすが、賃金が下がれば労働を提供する価値が減り労働時間を縮小するというものである。
    しかしケインズの師匠とも言われるマーシャルが描いた労働供給曲線は、逆に右下がり曲線になっている。
    つまり賃金が下がれば現行の収入を維持するために長く働き、或いは自分がこれ以上働けなければ家族の別の者が働くことで労働供給を増やすといったような行動が想定されている。こちらの方がかなり現実的ではないか。
    こうした行動を仮定した場合、労働市場は賃金の下落により労働供給を増やし、供給過剰となってさらなる賃金の下落を招く。つまり労働市場は自己調整機能を持たず、政府による最低賃金や長時間労働の保護が必要になる。

    アメリカ経済学の仮定は財市場や金融市場と同等の「商品」として労働を捉え、同様に自己調整機能を有するという「美しい仮説」であるが故に、その他にありうる現実的な仮説を見えづらくしてしまっていたのではないか。(例えばワルラスの均衡市場論などは美しさのあまり鼻血が出そうなほどであるが、それが実証的に論証されたものであるかどうかについて十分に関心を払っていなかったように思う。)

    こうした労働市場観を前提にすれば、政府は労働組合の組織化を責任持って推し進めるべきであるし、実際、ニューディール期にはそうした政策が功を奏した。
    一方で、2009年にゼネラルモーターズが倒産したのは労働組合による硬直的な費用のせいだったとも言われている。
    ガルブレイスは「政府・経営者・労働者の代表同士で話し合って理性的に解決しなさい」のようなことを言っているらしいが、現在の安保やら何やらに対する左翼の行動を見る限り、そうした交渉能力があるとは思えない。
    労働組合はあった方が今より良いと思うが、どこまで推し進めるべきなのかについてはまだ見えないのが悩ましいところだ。

    5. 国内産業保護のための数量制限

    ガルブレイスおよび市場原理主義に批判的な経済学者の間では、国内産業保護のためには関税保護より輸入数量制限の方が効果的であると考えているらしい。その理由について詳説されていなかったのが残念なところなので、そのうちどういうことなのか調べてみたい。

    6. 投資銀行による売り崩し

    北海道拓殖銀行と山一証券が倒産した背景に、アメリカの某投資銀行による大規模な売り崩しがあったという話が載っている。
    当時の日本には売り崩しを防ぐための法律が無く、投資銀行は拓銀の大きな不良債権に目をつけ、保有していない株を前借りして売る(後で買い戻して返す)ショートという方法で拓銀の株価を下落させ、資金繰りに窮した拓銀を倒産させた。続いて、拓銀に資金を供給していた山一證券に拓銀を救済する余力が無いことに気付くと、同じ手法で山一を倒産させた。
    倒産した企業の株は、1株1円、2円といった価格で買うことができる。倒産後にこういった価格で株が購入された記録が、拓銀で6億株以上、山一で18億株以上にも及んだ。前借りした分をそうした価格で買い戻した投資銀行は、前借りして売った際の価格(67円〜)との差額で、拓銀で360億円以上、山一で1,800億円以上を得たことになる。
    こうした売り崩しで企業が倒産すれば取引企業まで損害を受け、連鎖的に不況に突入することもある。私欲による投機が多くの人々の生活を犠牲にすることを防ぐため、金融市場への規制は厳しく続けなければならない。

    Togetterまとめ
    https://togetter.com/li/1175405

  • 印象に残ったところ。
    『アメリカ特有の哲学であるプラグマティズムの真の敵は、今まで述べてきたイデオロギー化した自由原理主義、リバタリアンでも必ずしもない。真の敵は、多くの経済学者の中にあるイデオロギー—アメリカは自由競争社会であり、自由競争は、もっともよい経済状態をつくりだすという輸入経済学への信奉であり、それを真理として疑わない信条である。』

  • 農業協同組合の意義・必要性がこの本を読んでよく理解できる。

  • アメリカという国に軽く失望する。建国からの歴史が培った自立心=小さな国家というエートスの強さ。

    ガルブレイスの生い立ちから理論のすごみを描き出すことに成功している。

    自己搾取を見抜いた眼、テクノストラクチャーという批判装置を作り出した眼。愛すべき眼である。

    マーシャルの労働供給曲線は体感としてよく分かる。賃金率が下がれば、労働時間を延ばすのが庶民だ。

    GMの倒産は、退職者年金と医療保険が主たる原因だったとは。なんとも皮肉な国だ。

  • 伊藤光晴『ガルブレイス』読了。

    伊藤光晴先生のガルブレイス論、立読みもせずに購入。「依存効果」、「自己搾取」などのガルブレイスが提示した概念が説明されていて、分かりやすい。
    今の社会環境にも当てはまること多く、良書。

  • ガルブレイスは、アメリカ人の偉大な経済学者であるだけでなく、アメリカという社会を見つめることで新しい経済理論を打ち立てた、最初の世代の経済学者である。20世紀というアメリカが世界経済の中心に躍り出たタイミングで、経済学においてもアメリカの生んだ理論が、その後の経済学に大きな影響を与える理論となっていったのである。

    筆者は、ケインズとイギリス社会を、シュンペーターとドイツ社会を描く書籍を書いており、ガルブレイスとアメリカ社会を描いたこの本と比較することで、経済、社会のあり方と経済学の発展の関係性について多面的に考えることができる。


    ガルブレイスの経済学の特徴は、そのプラグマティズム的な視点と、制度論のアプローチである。

    ガルブレイスは農家に生まれ育ち、家業を手伝いながら学校へ通い、経済学においても農業経済学を最初に専攻した。ケインズやシュンペーターとは異なる彼のこのような生い立ちが、彼の経済学の視点を実学的な経済学なものにしたようである。

    一方で、アメリカの経済、社会思想においても、この時代にプラグマティズムと呼ばれる思想が形成されてきた。それは、アメリカ社会が最も重視する「自由」の思想が、徐々に保守的、原理的(例えば市場原理主義)になっていく中で、何が実際的に良い社会を築いていくのかということを、実証的に導き出していこうという考え方である。

    ガルブレイスも、このようなプラグマティズムの流れの上に、自らの経済学を作り上げていった。

    また、このプラグマティズムの流れの上にあるアメリカ独自の経済学の構想の一つに「制度学派」と呼ばれる考えがある。これは、アメリカ社会や経済の動きを実証的に捉え、有意な政策を導き出そうという考え方である。

    制度学派の始祖の一人であるヴェブレンは、適者生存を主張する社会ダーウィニズムを、自由主義のイデオロギーであるとして拒否し、アメリカの経済を組織、産業、そして政策の発展の過程として実証的に分析する経済学を始めた。

    これはのちに、ルーズベルト政権におけるニューディール政策などにも繋がっていく経済学の考えを作り上げていく。


    このようなガルブレイスの経済学の位置付けを振り返った後、本書ではガルブレイスの主著を紹介しながら、その理論を具体的に説明している。主に取り上げられるのは『アメリカの資本主義』、『ゆたかな社会』、『新しい産業国家』、『経済学と公共目的』の4冊である。

    『アメリカの資本主義』は、ガルブレイスが産業組織論を展開した初期の著作である。その主な論点は、市場を調整するメカニズムとして、古典経済学が取り上げていた「競争」の他に、「拮抗力」を新たに定義したことである。拮抗力は、供給側における市場参加者同士の結集力であり、チェーン・ストアにおける共同調達や、労働組合などがそれに当たる。

    ガルブレイスが取り上げるこれらの拮抗力は、従来は市場をゆがめる独占の一形態と捉えられていたが、ガルブレイスは現代資本主義を形づくるうえで、これらは育成すべきものであると考えている。ガルブレイスが取り上げた拮抗力の主体は、巨大資本ではなく、アメリカ社会に何十万と存在する小規模な伝統的個人企業の世界であり、それらの力が、経済のダイナミズムを生むためには必要であると考えていたからである。

    『アメリカの資本主義』が中小企業を中心とした経済を描いていたのに対して、『新しい産業国家』は、巨大企業の行動と構造を分析した著作である。

    この本の中でガルブレイスは、垂直統合を実現し、現在において長期継続的契約と呼ばれている安定的な部品や労働力の供給体制の中で、市場や生産体制を「計画家、専門家、組織化」していく巨大企業の姿を描いている。

    このような組織は、必ずしも利潤を最大化しようと行動するのではなく、一定の最低限必要な利潤を確保した上で、むしろ生産規模の拡大を追求し、その垂直統合の仕組みが安定的に維持できるように行動すると述べている。そのような状態の代表的な事例が「軍産複合体」である。そして、需要ではなく生産側の必要性によって需要をも創出する経済体制が、現代の産業国家において生まれているということを指摘した。

    これらの著書で現代資本主義の構造を分析したガルブレイスは、『ゆたかな社会』では、技術や資本主義のメカニズムが高度に発展した社会にいて、何が課題になるのかを分析している。

    古典的には、経済学が対象としてきたのは財の欠乏や滞留による貧困、不況や不平等の問題であった。しかし、ガルブレイスは現代の社会においては、生産性と市場メカニズムが発展することで、物質的には豊かな社会が実現していると考える。

    一方で、公共サービス部門にはこのようなメカニズムが働かないため、ゆたかな社会においては、市場が提供するものと市場以外で提供されるものの間のアンバランスが生じると、ガルブレイスは指摘する。

    このアンバランスを是正するためには、税制による公共部門の財源確保が必要である。また、供給側の能力が拡大し、供給を支えるだけの需要を創造するために賃上げをするといった現代の資本主義がもたらすサイクルは、経済全体に恒常的なインフレをもたらすが、それへの対策としても、税制を活用しながらバランスを取っていくことを、ガルブレイスは主張している。

    本書で紹介される主要著書の4冊目である『経済学と公共目的』においても、ガルブレイスは、現代の資本主義と公共セクターの関係性についての考察を続けている。『ゆたかな社会』において描かれたのが主に巨大企業と公共セクターの間のアンバランスであったのに対して、この本では農業、中小企業など、それらから抜け落ちる部分についての議論がなされている。

    この本の中で取り上げられる政策は、最低賃金、不況カルテル、参入規制、輸入数量規制などである。大企業と異なり、農家や中小企業は市場に対する支配力を持たない。そして、彼が「自己搾取」と呼ぶ、過剰な労働により必要な生産量と売上げを確保する行動が生まれることになる。

    このような状況を避けるため、上記のような政策を適切に採用し、市場経済によってこれらの生産者が不平等に晒されることがないようにすることが必要であるとガルブレイスは論じている。当然ながら、巨大企業の生産を守るための参入規制や輸入数量制限は不要であると述べられており、これらの政策は対象に応じて慎重に設計される必要はある。

    しかし、経済的な課題を公共的な視点で解決することの必要性は、ガルブレイスがその経済理論を通じて主張してきたことであり、本書においてもその主張が貫かれている。


    ガルブレイスは、現実の経済を分析することから理論を構築するプラグマティズムの姿勢を保持しつづけた経済学者である。そのため、その理論は普遍的な適用をめざしたものというよりは、具体的な課題に対応する政策を導き出すためのものといった側面が強い。

    例えば彼は、経済を巨大企業の世界と中小企業の世界に分けて考えていた。生産関数や労働関数、企業の行動原理も、それぞれの世界の中でまったく同一ではない。したがって、そこから導き出される政策の内容も異なったものになる。

    このような複雑さを持っているため、理論の面でガリブレイスの名を冠した理論がひとつの大きな潮流となるといった形にはならなかった。

    しかし、従来の古典経済の世界を脱し、現代の姿に発展した資本主義を分析する視点を多く提示したこと、また、経済の課題を解決するためには、公共的な政策の役割が不可欠であることを指摘し続けたことは、彼の重要な貢献ではないかと思う。

    彼の主要な著作は1970年代までに発表されたが、その後1980年代に新自由主義が主流となり、ガルブレイスの議論が一時忘れられかけたこともある。しかし、アメリカにおいても格差の拡大が主要な問題になるにつれて、新自由主義では解決されない経済の課題が明らかになっており、ガルブレイスの議論の重要性も再認識されるようになってきている。

    彼の主要な著作の論点を分かりやすくまとめている本書は、このガルブレイスの視点を改めて振り返るために、とても役に立つ本であると思う。

  • 信州大学の所蔵はこちらです☆
    https://www-lib.shinshu-u.ac.jp/opc/recordID/catalog.bib/BB20902146

  • ゆたかな社会を読みたくなった!依存効果。企業側からすれば、どう活用するかだが。企業を二つに大きく二つに分かる分析方法も面白い。今のGAFA対策にもあてはまる考え方だと思う(まだ、有効なやり方を誰も思いついていないけれど・・・)。そこから、付加価値税につなげる発想が面白い。

  • 印象に残った点は、大企業とそれ以外の農業や個人経営をきっちりとわけて議論している点である。
    経済学を学ぶと需給曲線が消費者の自由意志のよって決まっているかのように思う。しかし、必ずしも消費者の自由意思によって決まっているわけではなく、依存効果や寡占理論を交えて新古典派、自由主義を批判している点はおもしろかった。
    この中に、メインに書かれている3冊はぜひ読みたい。

  • アメリカの経済学の主流である保守派の主張がいかに歪んだものであるかが良くわかった。大企業とそれ以外の経済政策を分けるべきとか、努力にも限度がありそれ以外は搾取になるとか、社会が豊かになると経済的困窮ではなく精神的困窮が始まり、それはすべて大企業による需要喚起によっているなど、示唆に富む内容。とはいえ、反対論であるミルトンフリードマンの自由経済理論も読まないと本当の判断はできないだろう。

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