パブリック・スクール――イギリス的紳士・淑女のつくられかた (岩波新書)

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  • Amazon.co.jp ・本 (240ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784004316305

作品紹介・あらすじ

歴代首相をはじめ著名人を輩出した、イートン、ハロウなどの寄宿制私立名門校パブリック・スクール。階級が根強く残るイギリス社会において、上流階級の子弟の教育機関でありながら、文化の一部として広く国民に共有されてきた。独自の慣習からスポーツ、同性愛まで、小説や映画などからそのイメージの成立と変遷をたどる。

感想・レビュー・書評

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  • 「パブリック・スクールは好きですかー?」
    「おー!」
    といっても私のパブリック・スクールのイメージは、ウィリアム王子やハリー王子、エディ・レッドメインの通ったイートン校であり、『ハリー・ポッター』のホグワーツだったりするので、こちらを読んでみました。

    イギリスにおけるパブリック・スクール成立の歴史と、小説、映画などに見られるイメージの変遷を中心に解説されています。

    驚くのは階級と教育が分かち難くむすびついているところ。パブリック・スクールはアッパー・クラスおよびアッパー・ミドル・クラスの子弟が通うものであり、ロウアー・ミドル・クラスやワーキング・クラスの子供たちはグラマー・スクールに通う。

    アッパー・ミドル・クラスとロウアー・ミドル・クラスは同じ「ミドル・クラス」でもまったく違う階級。

    パブリック・スクールの「パブリック」は公立ではなく、私塾や家庭教師の「プライベート」に対する「パブリック」。

    理想的な教育の場としてのパブリック・スクールのイメージは「学校物語」を通してイギリス文化となり、ワーキング・クラスの子供たちにとっても憧れの対象となり、彼らの通うグラマー・スクールもパブリック・スクール的なものを模倣していく。

    こうやってみていくと、実際のパブリック・スクール以上に、そのイメージの文化的影響が大きい気がします。

    たとえば日本では『キャンディ・キャンディ』にロンドンの寄宿学校、聖ポール学院が登場しますが、これなんかもパブリック・スクールのイメージ(モデルかどうかはわかりませんが実際にセント・ポールズ・スクールというパブリック・スクールがあります)。
    最近だと『SPY×FAMILY』のイーデン校はまんまイートン校の外観ですし、イートン校の優秀な生徒たち「キングズスカラー」のパロが「インペリアルスカラー」。

    ちなみにAmazonで「パブリック・スクール」で書籍検索すると当然のようにBLものが並びます。まあ、そうだよね。


    以下、まとめ。

    579年、カンタベリーにキングズ・スクール開校
    教会に併設され、グラマー・スクールと呼ばれるラテン語の教育をする役割

    1382年、ウィンチェスター・コレッジ創立
    国の政治を司る聖職者に良質の教育を与える目的

    1440年 イートン・コレッジ創立

    16世紀 グラマー・スクール創立の黄金時代
    1561年 マーチャント・テイラーズ・スクール
    1567年 ラグビー・スクール
    1572年 ハロウ・スクール
    事業に成功して富を得たミドル・クラスの人々が、自分のように成功する機会を貧しい少年に与えるために開かれた。

    18世紀の終わりごろには、学費を払う生徒によって経営が成り立つようになり、慈善的な要素がほとんどなくなる。
    アッパー・クラスの子弟を多く受け入れ、名が知られるようになったグラマー・スクールを、個人の私塾と区別するために「パブリック・スクール」と呼ぶようになった。
    パブリック・スクールの「パブリック」とは、個人の家での教育(プライベート)との対比で使われた。
    19世紀ごろでは、紳士の教育として私塾(private education)とパブリック・スクール(public education)のどちらがよいかということが論争の的になっていた。

    ファギング(fagging)制度
    下級生が上級生について、その身の回りの世話をしたり、使い走りをする代わりに、上級生の庇護下におかれる。

    ラグビー・スクールの校長トマス・アーノルドによるパブリック・スクールの改革
    学校長協会の設立
    1857年『トム・ブラウンの学校生活』
    「学校物語」により理想化されたパブリック・スクールのイメージが広まる。

    1944年 公立の中高等学校制度が整備
    1976年 公立のグラマー・スクール廃止、コンプリヘンシヴ・スクールに移行


    以下、引用。

    「あなたは私の友人ヘイスティングズと同じネクタイをしていますね」
    「これはイートン・コレッジの卒業生のネクタイです」
    アガサ・クリスティ『ナイルに死す』

    デイヴィッドはイートン・コレッジ出身であり、イートン卒業生特有の、能力、傲慢、そして完璧なマナーという組合せは、法廷弁護士にとっては間違いなく有利な要素だった。
    カーロ・フレイザー『完璧な強迫観念』

    アッパー・クラス
    貴族、地主階級

    アッパー・ミドル・クラス
    聖職者、法律家、軍の士官、裕福な商人

    ロウアー・ミドル・クラス
    小規模の商人、職人、事務職に就くことができるようになったワーキング・クラス

    「アッパー・ミドル・クラス」と「ロウアー・ミドル・クラス」は同じく「ミドル・クラス」と呼ばれていても、実は全く違う階級である

    アッパー・クラスや裕福なアッパー・ミドル・クラスの家では、息子に家庭教師や従僕をつけ、フランスやイタリアなどのヨーロッパの国に旅に出し、そこで本場の美術、音楽、文学などに触れて教養をつけさせる、「グランド・ツアー」と呼ばれる教育の習慣があった。

    『トム・ブラウンの学校生活』

    今でもパブリック・スクールではどこの寮にいたかということがひじょうに重要であり、寮ごとに制服のネクタイの色やマフラーのストライプの色を変えている学校もある。寮どうしの競争は、スポーツだけでなく、コンサートや演劇、暗唱など、様々な分野で行なわれたし、悪いことをした生徒の所属する寮には「ブラック・マーク」と呼ばれる「罰点」が与えられ、寮全体に不名誉がもたらされるという制度をとっている学校もあった。

    不思議なことに、「学校物語」はイギリス特有のものだ。私が知っている限り、外国にはほとんど「学校物語」は存在しない。理由は明らかだ。イギリスでは教育は主に階級と関係があるからだ。プチブルとワーキング・クラスを分ける最もはっきりした線は、前者が教育に金をかけるということであり、ブルジョワジーの中でも、「パブリック・スクール」と「プライベート・スクール」にもまた、越えることのない溝がある。「かっこいい」パブリック・スクールの生活の細々したところまでをきわめてスリリングでロマンティックに感じる人々が何十人もいることは明らかだ。彼らは中庭や寮からなる神秘的な世界の外にいるのだが、その世界に憧れ、夢見、想像の中で何時間もそこで過ごすのである。
    ジョージ・オーウェル「少年雑誌」

    「この子はイートンに行かなければだめだよ。絶対にクリケットが上手になるから。勉強ばかりしているフランスの学校に入れるなんてもったいないよ」
    ナンシー・ミットフォード『神の賜物』

    ランは、ピーターが学んだ「道徳的な自立」とは、自分を嫌っている人たちがいても、平気でいること、聞こえよがしの嫌みを耳にしても動じないこと、悪意のまなざしが向けられても表情を変えないこと、だという。

    『アナザー・カントリー』
    『if もしも…』
    『ヒストリーボーイズ』

    このような「教養の欠如」を誇るのがイギリスのアッパー・クラスの特徴

    土地を所有することで生活が成り立つアッパー・クラスにとっては知識や教養を詰めこむ必要がないという考え方にもとづいている。

    「騎士道って男の人のものでしょう?」と不思議がるアルドレッドにメイベルは「お母様は騎士道はみんなのもので、男の子だけでなく女の子ももつものだって言っているわ」と答える。

    ワーキング・クラスの子供にとってそうした奨学金を得ることは、学力の面において難しかっただけでなく、階級の違う生徒たちとの学校生活に順応するという意味でも困難だったのである。

    ローマに行ったことのある奴はいるか?
    いないか? 君たちの競争相手の少年少女はローマに行ったことのある奴らだ。ローマやベニス、フィレンツェやペルージャに行っていて、そこで見たものについてお勉強している。

    イーニッド・ブライトン

  • 完全な野次馬根性で手に取ったが、パブリック・スクールにまつわる歴史や著述を通してイギリス社会が垣間見える良書だった。イギリスの作品を鑑賞した時の理解度が変わったと思う。

  • 日本人だがパブリック・スクールの滞在歴がある著者が、その歴史と変遷を明らかにする。
    パブリック・スクールとは言ってみればイギリスのエリート校。成り立ちの歴史は古く、設立は17世紀に遡る。イギリスの政治家やら法曹界やらパブリックスクール閥のようなものがあるようだ。個人的解釈では優れた素質がある若者を選抜して養成することな根底にあるように感じる。
    翻って現代。周囲の話を聞くと入学時点でその人の人生が決まってしまうようなシステム(パブリックスクールも含む)を出来るだけ変えたいと国は考えているようだ。とはいうものの、より良い学校に入れようと早くから子供のお稽古事や勉学に投資する親もまた多い。
    学閥主義がイギリスからなくなることはまだまだ時間がかかるのではと肌感覚で思う。

  • イギリスのエスタブリッシュメントにとってパブリック・スクールが果たした役割とは?そうした内容を期待したのだが、本書はパブリック・スクールを舞台とした英文学の紹介に重きを置いたようで物足りなさを覚える。

  • エピソードが羅列されていて、非常に読みやすいが、社会的な背景説明が希薄で、ただ細切れにされた英国のパブリック・スクールを巡る古典作品の感想文を読まされている気分になる。

    それ以上に、岩波から出しているのに池田潔の『自由と規律』に一切言及がなく、参考文献にも名前が上がってないのどうなのよ?

  • ふ〜ん。縁のない話。とりあえず、なぜ私立がパブリックスクールなのかわかった。豆知識習得本。

  • 非常に勉強になった。与党が変わるたびに教育のあり方(パワーバランス)が変わるっていうのは日本ではあまり考えられないこと。
    文中で引用されていた本にもおもしろそうなのがいっぱい。ただ、日本では訳されていないものもあり残念。検索の問題かもしれないので、巻末リストに原書だけでなく日本発行の題名も付けてくれたら、なおうれしかった…というのは単なるわがままですが。とにかく日本語で読めるものは読んでみたい。
    また、自分が行っていた私立校はどの階級に属していたのか知りたいと思った。

    本書を読んだ後に「美しき英国パブリック・スクール」を読むとイメージが湧きやすく理解が深まる。

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著者プロフィール

上智大学文学部教授

「2015年 『英国近代郵便の成立 ~19世紀文献集成~ 』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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