モラルの起源――実験社会科学からの問い (岩波新書)

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  • 岩波書店
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  • Amazon.co.jp ・本 (208ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784004316541

感想・レビュー・書評

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  • たとえばミツバチの群れが集合知を実現している例から、ではなぜ人間社会では集合知が実現しないか(あるいは、しにくいか)についての考察があります。ミツバチの社会は血縁社会で、個人が生き抜けばよいというよりも群れが生き抜けばよしとします。よって、次の営巣地(ハチの巣の構築候補地)を探しその候補地を集合知でもって決定するとき、各々のミツバチは個人の利害なくフラットな目で候補地を判断するようなのです。そして八の字ダンスでのプレゼンを繰り返しながら、群れの多数決で決められた次の営巣地は、客観的に見てもベストなところに落ち着くのだそうです。他方、人間社会では「情報カスケード」と呼ばれる、無条件で他者の情報を優先する心理状態によってたとえばエラーである情報が連鎖してしまうことが多々あります。これは集合知ならぬ、その反対の集合愚にあたるケースです。つまりミツバチにくらべて人間のほうは自分の目で判断していないから上滑りするような情報共有になってしまう。それも無自覚にそうだし、そのような傾向も強い。そのあたりを深掘りして考えると、人間は非血縁社会で生きているがゆえに、「まわりとは独立に、自分の判断で評価を下す」ことが当の本人にとって不利益になる可能性があり、その可能性が少しでもあるならば空気を読んでそれを避ける心理が働く、という機制の存在が浮かび上がってきます。つまり、ほんとうは実体のない「世間」というものへの意識が、人間社会での集合知を実現させにくくしている。本書では、「だから、それをやめよう」というスタンスではありません。人間のありようを深くまでみつめて、「そのうえでベターを考えられたなら」というようなスタンスでした。なので、啓もう的ではなく科学的な態度の本であって、それゆえに客観的に、それこそデリケートな概念である正義やモラルを考える地点に近づくことができるのです。

    後半部では、「最大多数の最大幸福」を掲げる功利主義や「最不遇の立場を最大に改善すること」を掲げるマキシミン原則を扱います。著者としてはその折衷点を考えていく実用主義を探る方向へと光を投げますが、この折衷(妥協)の落とし所がむずかしいんですよね。ある意味、おおざっぱな見立てをする人には「ダブルスタンダード」に見えてしまうくらいの、すっきりと洗練されていないところからまず始めないと到達できそうにない気が個人的にしますし、もしかすると現実的な実用主義はそういったゴツゴツして洗練されていない状態を受け入れることを要求してくるのかもしれない、なんていうイメージもふくらみました。

    ページ数のすくない、ぎゅっと凝縮された論考といった新書なので、読んでいて難しかったりもっと広く扱ってほしいと思う箇所も少なからずありました。それでもぐっと視野が広まる良書です。著者はあとがきで、批判的に読んでほしいと書いています。この分野を活発にするためにはそういった態度での読み方が大歓迎なのでしょう。そのためには読みこんでしっかり把握しなければなりません。社会学に足をつっこみたい人にはぜひとも手にとっていただいて、がんばって批判をひとつでもぶつけてみるとおもしろいと思います。

  • 人文科学と自然科学の接続をめざす野心的な試みにも見えるが、どうも周辺分野の学説を浅く広く紹介するにとどまり、終盤では人文寄りの話に終止している。「実験」社会科学を掲げているものの、社会心理学では昔から実験はごく当たり前だしね。

    最後通告ゲームの結果に見られるように、ヒトの社会行動にも進化的な基盤を持つ(=概ね人類共通)ものとそうでもないものがあるみたいなので、もっとその境界を探ったりしてくれれば面白そうなのに。

  • ・互恵的利他主義
    チスイコウモリ
    ・社会的ジレンマ
    共有地の悲劇
    ・公共財ゲーム実験
    他人の目があると規範が守られやすい。
    ・間接互恵性
    評判
    ・共感
    表情模倣
    情動伝染→親しい間柄ほど起こりやすい
    思いやり行動は哺乳類に広く存在する。
    情動的共感
    認知的共感
    ・分配の正義、いかに分けるか
    ・功利主義
    ・最後通告ゲーム
    →分配の規範は文化によって異なる。
    ・進化ゲームシミュレーション
    ・ヒトの脳は格差を嫌う。
    ・ロールズの思考実験。
    →無知のベールを被ったヒトの集団は、社会の中で最も不遇な人々にとっての利益を最大化する政策を生み出すような基本原則が、正義の原理として全員一致で合意される。
    マキシミン原理。

  • キーワード:適応、群れ、共感

    本書は、人間一人ひとりが利得の最大化を目指して行動した結果、却って望ましくない状況に陥ってしまうという「集合行為問題」について、学際的な知見と事実を用いて検討している本といえる。

    人間が群れ(家族、会社などなど)を構成するのは環境に適応するためだというのは面白いと思った。他の生き物群れを作って利他的な行動をとるという事例があったのも興味深かった。

    特に印象に残ったのは「クールな利他性」という言葉。困っている他人を助けたいという気持ちには二種類あり、一つは他人を自分に重ねる自他融合的なプロセスを経る「情動的共感」。もう一つは相手の視点を自分と切り離して考える自他分離的な「認知的共感」=クールな利他性。
    クールな利他性をもつ人の方が日常生活でも他人への援助を行いやすいらしい。

    本書でも引用されていたが、マーシャルの”cool head,but warm heart.”を思い出した。
    この言葉は科学的にも適切な心構えなのだ。

  •  本書の主題は、利他性・道徳性の起源を進化的な観点から探求する試み。ジャンル分けすると心理学だが、細分すると進化心理学なのだろうか。実験社会科学というシリーズもあったが。
     このテーマは、人文科学(特に人間観について)と社会科学(主に政治哲学、正義論)と自然科学(特に進化生物学)との重なる領域にあり、本書で参照される知見も幅広い。……なお(私の知識では)、社会心理学はこの三つの内どこに分けたらいいか判然としない。
     要約は控えるが、一般向けの新書として、素晴らしい出来上がりになっている。


    【書誌情報】
    著者:亀田達也[かめだ・たつや](1960-) 意思決定科学、社会心理学、行動生態学。
     →〈http://www.tatsuyakameda.com/
    通し番号:新赤版1654
    ジャンル:哲学・思想
    刊行日:2017/03/22
    ISBN:9784004316541
    Cコード:0211
    体裁:新書・208頁
    定価:本体760円+税

     群れで生きるための心の働きを,進化的に獲得してきたヒト.しかし,異なるモラルをもつ人々を含む大集団で生きる現代,仲間という境界線を越えて,人類が平和で安定した社会をつくるにはどうすればよいのか.心理学などの様々な実験をもとに,文系・理系の枠を飛び越え,人の社会を支える心のしくみを探る意欲作.
    https://www.iwanami.co.jp/book/b281719.html

    【簡易目次】
    はじめに [i-x]
    目次 [xi-xiii]

    第1章 「適応」する心 001
    1. 生き残りのためのシステムとしてのヒト 003
    2. 適応環境としての群れ 013

    第2章 昆虫の社会性、ヒトの社会性 021
    1. 群れを優先させるハチ 023
    2. 個人を優先させるヒト 032

    第3章 「利他性」を支える仕組み 045
    1. 二者間の互恵的利他行動 047
    2. 社会的ジレンマと規範・罰 055
    3. 情と利他性 076

    第4章 「共感」する心 087
    1. 動物の共感、ヒトの共感 089
    2. 内輪を超えるクールな共感 102

    第5章 「正義」と「モラル」と私たち 115
    1. セーギの味方の二つの疑問 117
    2. いかに分けるか――分配の正義 120
    3. 社会の基本設計をめぐって――ロールズの正義論 141
    4. 正義は「国境」を越えるか 159

    おわりに(二〇一七年元旦 亀田達也) [169-172]
    主要参考文献 [1-2]


    【詳細目次】
    長いので、目次のみの記事に。
    https://contents-memo.hatenablog.com/entry/20190929/1569682800

  • 【本学OPACへのリンク☟】
    https://opac123.tsuda.ac.jp/opac/volume/581519

  • なんで、こんなのが流行なの?と、思ってしまう…それに対する回答がここにあった!

  • ☆令和2年度先生が選んだイチ押し本☆

    請求記号 I-1654
    所蔵館 2号館図書館

  • 最新の所在はOPACを確認してください。

    TEA-OPACへのリンクはこちら↓
    https://opac.tenri-u.ac.jp/opac/opac_details/?bibid=BB00530822

  • たぶん刊行当時手にとって迷ったはずだ。そのときはおそらくほかに優先すべき本があり、購入をひかえたのだろう。今回、キャンペーンで岩波新書を3冊買うと「生きのびるための風呂敷」がもらえるということで再び手にした。なにも風呂敷がほしいわけではない。それをもらったことをツイートして自慢したいのだと思う(と自己分析している)。さて、本書の内容のおそらく半分くらいは知っていることだった。できれば著者自身の実験をもっとくわしく知りたかった。なかなかその仕組みが難しく、その結果をどう判断していいのか分からないことも多かった。そんな中、共感したのは、「情動的共感」と「認知的共感」そしてクールな利他性ということ。医者や教師は専門家としてはあまり情動的であってはいけないのかもしれない。多岐にわたる情報を吟味したうえで、冷静に(クールに)治療や指導に当たるべきなのだろう。感情移入しすぎると、受験指導であやまることも多い。しかし、それはそうなのだろうが、それでも、やはり情動的な部分は必要だと思うし、ホットな利他性もあってほしいと思う。薬剤師を主人公としたドラマがあったけれど、そこでのテーマも同じようなものであったかと思う。さらに、最終章での話。メタモラルとしての功利主義。「最大多数の最大幸福」高校性のころ倫理社会の授業でこのことばを知って、「それがいい」と思ったものだ。しかし、それだけではうまくいかないという議論をたくさん読んできたし、それは理解できる。それでも、どうしても価値観が対立したときにメタレベルとして功利主義を持ち出すのは有効なのかもしれない。ただその議論をするときに、いったい、幸福とはなんなのだろうか、ということも考える必要があるように思う。例として挙げられているのは年収だろう。年収は少ないのは困るけれど、多ければ多いほどいいのかというとそれは違うような気がする。そういえば、最近のドラマで30億とかの遺産を手にしていながら夫に内緒にしていたという話があった。それはハッピーエンドで良かったのだけれど、幸せについてはいろいろと考えさせられる。共感するということ、利他的であるということ、そしてそれぞれの幸福、こういうことを引き続き考えていきたい。ところで、まだ風呂敷は届かない。

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著者プロフィール

北海道大学教授

「2010年 『複雑さに挑む社会心理学 改訂版』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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