ある補充兵の戦い (岩波現代文庫)

著者 :
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  • Amazon.co.jp ・本 (330ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784006021733

作品紹介・あらすじ

太平洋戦争末期、三十五歳で比島派遣渡兵団の補充要員として召集され出征した大岡が、フィリピン・ミンドロ島で戦い、米軍捕虜となり、そして復員する体験を描いた作品群を収録。捕虜収容所での生活を中心に扱った作品集『俘虜記』の姉妹篇をなす。死に直面した極限状況で人間がいかに考え、生きたかを描き出した戦争文学の傑作。

感想・レビュー・書評

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  • かつてレイテ戦記を読んだ際、米兵を撃つか撃たないか逡巡する有名なシーンが印象に残り、著者の怜悧な視点に感動したことを覚えている。生きるためには敵を殺すという命題において、前件が否定されれば後件の結論は己の意志のみに左右されるんだよなとか、対偶である敵を殺さないならば己は生きる必要がない、の真理値はどうなっているのかなとか。煎じつめた文章と思考の、論理的な印象が優先して、自分の中で著者の視点をより怜悧なものにしていた。
    しかし、あらためて自分が30代となり出征した際の著者と似た境遇になって本書を手に取ると、異なる印象を受ける。感情表現が大変豊かに感じる。出征の際呼び寄せた妻子を東京で迷わせてしまったであろう後悔や、戦地で懸命に働き死んでいく若い兵を横目に自身は可能な限り身体を労わり生きようとするヒトらしさなど。
    己もいずれ死亡すると諦めながらも、自覚的か無自覚的か生への執着は徹底しているように見える。今は、そこに溢れ出る感情の源泉を感じている。

  • 大岡さんの文章は常に冷静理論的で痛快!

  • 所収の「捉まるまで」は読んでいたが、今回改めて読んでみてまた違う印象を持った。なぜ米兵を撃たなかったのか?というくだりはこの中でも有名なところだと思うが、その時の自分(大岡氏)の意識の見つめ方として、相手(米兵)の印象によって、自分の感情なり認識が形作られていく、とでもいうのか、こう書いてしまうとそりゃそうだろうという感じもするのだけれど、自身が最近、柄谷行人「トランスクリティーク」を読んだり、カントなんかについて考えることがあったので、その辺で考えたことと結びつけたくなる感じがした。大岡昇平、柄谷行人、カントあたりを並べてちょっと整理してみたい。

    大岡昇平はスタンダールに傾倒しているところから、人間の心理について巧みに書ける作家、のように思われているところがあると思うが、ここにある一つ一つを読んで、そこで書けることの限界についても感じていたのではないかと勝手な思いを巡らしたりしている。「レイテ戦記」はまだ未読なのだが、事実のみを淡々と書き連ねたもの、と何かで読んでいて、そのスタイルが、「結局のところ自分の言いたいことを言おうと思えば、こういう風に書くしかない」という思いに至った末の産物ではないのかと今のところ思っている。

    「レイテ戦記」もいずれ読みたい。

  •  召集されてフィリピンに向かい、捕虜となって帰還するまでを書いた回顧録ということになるのかな。それにしても、理性的です。常に死と向かい合わせにある状況であるとは思えないほどの淡々とした文章です。


     戦争体験というと我々戦争を知らない世代には銃撃戦に明け暮れるのかと思いますが、ここで語られることの「辛さ」のほとんどは、愚かな上官の下で行動せねばならなかったことや、そもそも勝てるはずもない装備と作戦に従わなくてはならない「徒労」に向けられます。

     もっとも辛い拷問は地獄の「石積み」だという話があります。人は目的がないことをやり続けることができないのです。

     大岡氏のような頭脳明晰な知識人なら尚いっそうその「無駄なことをさせられることへの苦痛」は大きかったに違いありません。

     しかしながら、この本には、泣き言や感情表現はほとんどありません。まるでビデオで撮ったかのようなありのままの描写です。よくここまで記憶しているなと感心します。

     解説に「対象(兵士としての自分)との距離を正確にとりながら、当時の自分の心理や感情の起伏を言葉で明晰に表現しようとする。まるで自分の心理分析を楽しむように言葉のメスで対象を切っていく。」とありますが、まさにその通りです。

     文章は平易なのですが、格調高いです。ああ、昭和の作家はこうだったと改めて思いました。大岡氏だからこそできる技といえるかもしれませんが。

  • 解説にもあるのですが、感傷も怨念も呪詛もないのです。

    ものすごく第三者視点で戦場や兵隊が書かれています。「私」ですらも。

    死を目前にした時でも、マラリヤで臥せっていても、どこまでも第三者視点。



    実は私はあまり体験記を好まないのです。

    自分で自分のことを書く以上、誇張があるし、正当化しようとする気持ちも入ってくる。

    それらを取り除いて読み込むほどに、私は読解力も人間力もないので、やっぱり積極的には読まなくなります。



    今回は本屋で立ち読みし、その静けさの虜になったため、購入したのです。





    読んでみて大満足。…という書き方はおかしいかもしれませんが。

    「私」よりは、「私」の背後に揺らめく帰れなかった僚友たちの姿が焼きついて離れません。



    平凡に生き、平凡に死んだ。

    その一行が胸に迫りました。

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著者プロフィール

大岡昇平

明治四十二年(一九〇九)東京牛込に生まれる。成城高校を経て京大文学部仏文科に入学。成城時代、東大生の小林秀雄にフランス語の個人指導を受け、中原中也、河上徹太郎らを知る。昭和七年京大卒業後、スタンダールの翻訳、文芸批評を試みる。昭和十九年三月召集の後、フィリピン、ミンドロ島に派遣され、二十年一月米軍の俘虜となり、十二月復員。昭和二十三年『俘虜記』を「文学界」に発表。以後『武蔵野夫人』『野火』(読売文学賞)『花影』(新潮社文学賞)『将門記』『中原中也』(野間文芸賞)『歴史小説の問題』『事件』(日本推理作家協会賞)『雲の肖像』等を発表、この間、昭和四十七年『レイテ戦記』により毎日芸術賞を受賞した。昭和六十三年(一九八八)死去。

「2019年 『成城だよりⅢ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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