日記をつける (岩波現代文庫)

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著者 : 荒川洋治
  • 岩波書店 (2010年11月17日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (224ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784006021795

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日記をつける (岩波現代文庫)の感想・レビュー・書評

  • 参考文献も興味深い。

  • なかなか。子供の日記や戦争の日記とかあって。179〜181の記録と記憶。この章が実に良かった。自己中心的な人は、覚えが悪く、恋をしたら記憶が上がり何気ないことでも全て記憶するだろう。日記をつけるのは自分のためでなく、もしかしたら人を大切にしたいという重いから来ているのかもしれない。

  • 毎日、くだらない日記をつけています。少しでも改善できれば、と思って読みました。なかなか意味のある日記をつけることは、難しいようです。

  • 配置場所:広3新書
    資料ID:93033036
    請求記号:081||I

  • SNSについてどう思われているのか、新しいヴァージョンの『日記を付ける』が出版される時が来たらその点に触れてほしい。

  • 多くの既刊の日記エッセイを例に、日記のつけ方や向き合い方を説いた1冊。
    私自身も日記をつけて10年くらい。本来日記はプライベートの極みのような作業だと思っているので他人様の日記を覗き見する心持ちで読んだ。本書から感じたことは、結局日記は自由に、気楽に、好きに書いていいということ。
    と併せて、飽き症の自分がなぜ日記をつけ続けるのかも考えてみた。とりとめのない日常や考えを書くと、まず言葉にすることで心の整理がつく、客観的になれる。そして後々見返した時に何気ない一文から、その時の思い出が一気に甦る。楽しくなる、嬉しくなる、悲しくなる、苦しくなる、悶絶する(笑)。そして最後は必ず笑えてくる。
    そんなものすごく個人的なヒトトキのために、これからも日記をつけようと改めて思えた。

  • 日記つけかた模索中なので手に取りました。色々な日記を紹介しているが、
    昔すぎて若干レベルが高く消化不良な内容。でも、著者の思いである「日記はリラックスで大雑把に寝る前の楽しみとして書く」という記述は共感を得ました。後、記憶の乏しい人は人を愛していないという一節もなるほどかなと。ココらへんの文が拾えたので十分な価値がありました。

  • 日記にまつわる旅をするエッセイ、という感じ。いろんな人の日記がのぞけてとても面白かった。

    蘆花の日記の性愛にドキドキしてしまった。笑
    ブログへの見解は、情報関係の授業での論説文として使えそうな考え方にみえた。この本そのもののまとまりとしては確かに浮いていたと思う。

    あとは食べ物。本当にたべることは日常なのに、誰にでも話題になりえる。
    お腹すいたなぁ。

  • ずいぶん読み終えるまで時間をかけてしまったけど・・・ようやく。ちょっとずつ大事に読んでたってことで。色んな文人の色んな日記の引用が沢山。私が好きなのは、荒川さんの「日記」という行為そのものに対する思い入れの方だったりするんだけど。

    P46 手帳が空白だと未来がないように感じる。手帳は明日につながるらしい。でもそれはあくまで予定の世界。手帳に書かれてもそれが実際にあったことなのかは、しばらくの間本人が知ってるだけ。時がたつと自分でもわからなくなる。土曜日にお姉ちゃんと会わなかったとしても、手帳の文字をあとから訂正することはまずない。日記は手帳とはちがって原則として事実をあつかう。その意味では、とてもたしかな世界だといえる。予定が消えたり、傷をうけたときも、日記ならそれを受けいれてくれる。

    P63 人が日記をつける現場を見かけたことがある。何をしているのかなと思うと、日記をつけていたのである。みんなが近くで飛んだり、跳ねたりして活動していても、静かな時間はどこかにあるものだ。

    P131 あの人は、どう思っているのか。何をしているのだろう。
    疑惑や不安をおぼえると、日記のことばは、ふえていく。疑惑や不安のために、日記をつけはじめることもある。

    P178 恋人ができると、その不安な気持ちのために、自分の日記を振り返るものである。「あ、このときは、こうだったから、あの人は、こう言ったまでのことなのだ」とか「いや、このときのことばは、やはりほんとうのことだったのか。ああだめか」なんて思い、消えかかる電灯みたいに、暗くなったり明るくなったりしながら、自分の日記の文字を何回も読むのである。あの人がぼくを好きである証拠が、見つかりますように、と。

    P180 ・・・あることをおぼえていることで、他人を幸福にすることはある。他人をしあわせな気持ちにしようと思っている人は、ものをおぼえようとするものである。ぼくはどうでもいい人の言ったことについては記憶できない。好きな人が言ったことは、耳をすますだけに、すべてをおぼえるわけにはいかないものの、なんとか耳に残るものである。
    ・・・愛するということは、あるいはたいせつな人をもつということは、記憶に懸命になる、そうさせられるということである。

    P201 さて最後に。ぼくはどうして日記をつけるのだろう。
    日記をつけていると、自分のなかの一日のほこりがとり払われて、きれいになるとうに思う。一日が少しのことばになって、見えてくるのも心地よいものだ。ぼくはその気持ちのなかに入りたいために、日記をつけるのだと思う。時間のすきをねらって、あるいは寝る前に、

    ちょこっとつける。

    あのひとときが好きだ。それがとても、ぼくには楽しいのだ。つけるときの、そのときのために、ぼくは日記をつけるのだ。今日も、これからつけるつもり。

  •  日記。誰にでも書けるのに、長く書き続けるのは案外に難しい。何を、どのように書けばいいのだろう?毎日がこともなく過ぎるときにも、何か大きな出来事に気持ちが圧倒されるときにも、日々のことを(というか、自分のことを)記す日記とは、だいたい、いったい何なのか。
     わたしはある時ふと日記をつけたくなり、その参考書としてこの本を買ったのだけど、その点で十分に実用に足る内容であった。筆者が本の後半で「こんなことも、つけておこう」と勧めるものは「いま住んでいる家の間取り/引っ越して何年かたつと忘れてしまう・・・」「窓からの風景」「衣服の傾向」「会社の人たちの描写」「いまの仕事」など、なるほどと思うものばかり。日常を過ごしていれば当たり前のことでも、何年か過ぎてみれば、残しておきたいものなのだ。
     実用的な面は別として、筆者の溢れるばかりの日記愛にも、一読の価値あり。絵日記、はたらく子どもの日記、働く大人の日記、不倫中の文豪の日記、燈台守の日記・・・。
     書く人の楽しみもあり、読む人の喜びもあり。
     

  • いろいろな日記が紹介されています。
    三日坊主になりがちな日記ですが、真面目につけてみようかな~という気になりました。

  • 同じく日記をつける身としては「あるある…」と思いながらちょっとばかしにんまりしてしまう。数日後に日記をつけると「悲しいことはちいさめに、うれしいことは大きめにつけるようになる」といった考察もなかなかのものだと思う。日記をあらゆる角度から見て、荒川氏の日記経験則からぴったりした言葉があてがわれると、なんとなく気持ちがすっとなるのだ。

    好きな人がいると、好きな人のことばかり書くようになる。だけど夢中になってるとそのぶん言葉が少なくなって、「自分の書いた文章というものは、だいじなときに役に立たないものである」という風にもなってくる。
    でもそれでいて、愛する人のことはいつまでも忘れたくないもの。それで躍起になって日記をつけて、その一日をなんとか日記に閉じ込めようと苦労する。「愛するということは、あるいはたいせつな人をもつということは、記憶に懸命になる、そうさせられるということである。」
    日記というのはとてもキュートなものなのだ。どんな簡潔なものであれ、日記には匂いたつものがある。

  • 本文より

    日記をつけていると、自分の中の一日のほこりがとり払われて、
    きれいになるように思う。一日が少しのことばになって、
    見えてくるのも心地よいものだ。ぼくはその気持のなかに
    入りたいために、日記をつけるのだと思う。時間のすきをねらって、
    あるいは寝る前に、ちょこっとつける。

    あのひとときが好きだ。それがとても、ぼくには楽しいのだ。
    つけるときの、そのときのために、
    僕は日記をつけるのだ。

  • 昔から日記が本になったものを読むのが好きな私。

    でも世に発表された日記って、なんでこんなに面白いんだろう。
    もちろん面白いものが本になり、残っているのだろうけれど、
    やっぱりみんなが読める字で書くと言うところで
    意識しないまでも読者を想定して書いているものなのでしょうか。

    世に出すつもりはなくても山田美妙のように「暗号」を
    使ってみたり。ニヤニヤ
    何が暗号になっているかは、どうぞお読みあそばせなのです。

    こちらの本のおかげで、また読みたい日記物が増えた。

    「ゴングールの日記」も、買った!

  • そっと丁寧に日記と言う輪郭をなぞってみる。
    そんな感覚の本です。

    これもまた言葉の在り方で、対話する為でもなく
    営みとしてあるような言葉たち。
    夜、街並みに生活の明かりが灯っていると安心するような形で
    ここの文を見ているとほっとする。

    ブログのところだけ少し、テンション高く荒ぶっているのが
    またほほえましい。

  • ブログには手厳しかったが、ボクはブログで初めて「日記」を継続することができている。日記は読まれるかもしれない。山田美妙も読まれることを前提にしていないが、万が一読まれた時の為に交わりのことを「宝」と書いている。どうせ読まれるかもしれないのなら(子供たちや妻に)、読まれることを前提に(洗礼を受けて)日々ブログを更新した方がよいように思う。
    書くことが無い日は日付でもと言われるが、ブログなら日付は自動に書いてくれる。

  • 文体論のような話も。古今東西の日記文学が紹介されていておもしろい。

  • あなたが、ことばと向かいあう、そのスタンスはどういうふうなかんじなのですか?と問われているように感じる。この本は、この著者が、どのようにことばにむかいあっているか、その個人的な一例を差し出してみせてくれるだけにすぎないのだから、たとえば、ブログに対するすこし冷めた目線も、この人にとってのことばに必要ないものなのだろう、と考えれば、納得のできないものではない。と考える。

  • いろいろな人の日記が紹介されていて、けっこうおもしろく読めた。
    でも、公開するしないにかかわらず、いろんな書き方があるということも知った。

  • わたしも長いこと日記をつけているから、ここに書かれている歓びに共感した。でもブログの項になると論調は鬼のよう。…耳が痛い。わたしはルールを守れているだろうか?今まで何度か思ったりしてきたけど…やめようかなブログ。

  • ブログを目の敵のように言っていて気分を害されたので、読むの中断(1/29)

  • 人の日記を読むのがわりに好きなので、文豪の日記がいろいろ読めそう、と思って読んでみたのだけど、個人的にこれもっと読みたい!と思うほどではなかったような。やっぱり日記ってある程度長く読まないとなじまないような気がするし。自分でも日記をつけたくなるんじゃないかと期待したんだけど、そんなこともなかった。荒川洋治さんの文章は詩人らしく、やさしくてキュートでほほえましかったけれど、わたしはあわないのかもしれないなと。もっとぎゅぎゅっとつまった感じが好きかな。

  • 何でも続けるって大事だと思った。

    日記は書いた後、読み返すと恥ずかしくなるからつけることが出来ないけど、月日と曜日と天気を毎日書くだけでも日記になるみたいなことが書かれていて、これならできるかもしれないと感じた。

    “日記をつける”ということは1日1日を大切に生きる一つの方法なのだと思った。

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日記をつける (岩波現代文庫)の作品紹介

日記は長く難しく書くものではない。ちょこっと気軽につけるもの。小さな積み重ねから、つける人の人生がみえてくる。つけたくないときにも、そばにある。忘れてしまうものも、記憶してくれる。様々な文学作品から日記をめぐる情景をひきつつ、日記のつけかた、広がりかた、その楽しみかたをやさしく説く。

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