エクソフォニー――母語の外へ出る旅 (岩波現代文庫)

  • 165人登録
  • 4.28評価
    • (16)
    • (19)
    • (5)
    • (0)
    • (0)
  • 21レビュー
著者 : 多和田葉子
  • 岩波書店 (2012年10月17日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (240ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784006022112

エクソフォニー――母語の外へ出る旅 (岩波現代文庫)の感想・レビュー・書評

並び替え:

表示形式:

表示件数:

  • ネットで知り合った、本好きのかたに教えていただいた本。あまり聞かない、「エクソフォニー」というタイトルの響きも気になって、手に取りました。

    「エクソフォニー(英:exophony)」というのは、「外」を表すexo-と「音、声」を表す-phonyが組み合わさった言葉。「母語以外の言語で文芸作品を創作する」という意味の批評用語として、わりあい定着しているものらしい。都甲幸治さん『21世紀の世界文学30冊を読む』に取り上げられたアメリカの作家の多くのように、家族内で使うのは彼らのルーツの言葉だけど、小説を執筆するのは母語じゃなくて英語であったりという状態を指す。彼らはアメリカ文学の作家というよりも、もっと大きく「エクソフォニー」でくくられることになる。

    たまーに外国語を触ることもあったりするけれど、それを「母語の外に出る」と考えたことはまるでなかったから、「エクソフォニー」あるいは同義の「エクソフォン」という状態について、すごく面白く読んだ。それに、自分の母語じゃない言語でものを書くということについてもあらためて考えた。自分のやっていることを考えてみると、それはあくまでも、「母語じゃないものをちょっとのぞいて、手持ちの少ない材料をちょちょちょっと集めて、『らしきもの』をこしらえて、すばやく母語に帰っていく」という感じ。大きく外へ踏み出したという感覚ではなく、その言語のお約束に外れないようにして成果品を作り上げているような気がする。でも、多和田さんのおっしゃるエクソフォンはもっとのびやかで自由。たとえば、セネガルの書き言葉は完璧なフランス語だが、話し言葉としては現地語が別にあるから、フランス語にその感性を加えてもいいではないかという。書くために使う言語の文法や文化的決まりに厳格ではなく、自分の中にある「なまり」をその言葉に反映させてもいいではないか、むしろそうでないと文学ではない、ともいう。自分が文学に携わる人間ではなく、それをただ読みつぶすだけの人間だから、そう考えたことはなかった。語学関係者の中にはそういう視点に怒る人がいるかもしれないが、なくてはならない視点だとも思う。

    多和田さんの体験したワークショップでのエクソフォンな状況だけでなく、訪問した国それぞれのエクソフォニー事情も面白かった。エクソフォンな状況が生まれる素地は現在、どこにでもあるにもかかわらず、エクソフォンに寛大な国と、そうでない国があるよう。概して、母語だけでどっぷり生活できてしまう国では、エクソフォンについての理解は乏しく、評価の方法も「(自分たちの話す)○○語がお上手ですね」と、優劣の問題のみで片づけられてしまうという。歴史的な問題もあるから、解決がどうこうというわけではないけれど、もう少し寛大に考える余地もあっていいように思った…といっても、人にえらそうに言えない部分も多々あるんだけど。

    外国語に対して、型にはまってコチコチになっていた自分のアタマを、ごりごりごりっともみほぐしてくれるような、心地よい軽やかさで読み終わった。それには、多和田さんが言葉について、そのイメージを語るときの描写の素敵さもあるんだろう。ドイツ語の単語の中に見つけた面白さが、キラキラ細かい光を放ちながら流れるようで、なんだかまぶしかった。そんな楽しさが隠れているなら、よーしっ、挫折したドイツ語、もうちょっとやってみよっか(←影響されやすい)!

  • 日本語とドイツ語の2ヶ国語で著作をあらわす筆者が、これまで訪れた世界の街での経験に寄せて、創作意欲や表現方法を語るユニークな本。
    多国籍クリエーターたちのエピソードが面白く、また、幼少時に住んでいたわけでもない国に意図的に定住し、その国のことばで作品を出す動機が深い。
    「ことば」をオールにして世界に漕ぎ出し、世界を見つめる姿勢が徹底している。兎角ヒトはあれこれ欲張ってしまうが、定点に構え、じっくり数十年かけて物事を見極めようとすることの重みを感じた。

  • 『言葉と歩く日記』を読んでから、こちらを読んだ。
    第一部はその本の趣向にちょっと似ていて、作家活動の傍ら世界をめぐる中で、さまざまな言葉に触れて思うことが述べられている。
    第二部はドイツ語にフォーカスした内容。
    こちらの方が内容が濃いし、面白い話もあるのだけれど、残念ながらドイツ語が分からないので、ピンとこないところもあった。
    さあ、いよいよこの人の小説や詩を読まねば…。

  • ヨーロッパと日本の言語を巡る状況を概観するとともに、いろんな物事が統一とか硬直に向かっていくことを危惧し、それとは全く逆の瑞々しい価値観を提示している。外国語を学び、外国語と母国語の間で考えることで、一つの文化を相対的に見ることができる。ここからはかなり教訓的な考えを取り出せるだろう。だが本書の特徴はいたるところに言葉遊びが散りばめられていることだ。この本はただ有意義なだけでなく、たたずまいそのもので芸術を表している。

  • 外国語を学ぶということはそこから広がっていく視野と思考を獲得できるものではあるけれど、母語と外国語の間で佇む人に内在するしがらみから解き放ってくれる一冊に思えた。異言語がせめぎあうその境界をむしろ楽しんでいる著者の柔軟な姿勢から、振り子のようにリズミカルに行ったり来たりできるバランス感覚を掴むことが大事なんじゃないかと思え、ここしばらく気が緩んでいた私を揺り起こし背中を押してくれるような本だった。著者の作品を手に取るようになったのはごく最近なんだけれども(本書で4冊目)、他の著書も引き続き読んでいきたい。

  • エクソフォニーというのは聞き慣れない言葉だが、副題にある「母語の外へ出る」という意味合いの筆者の造語であるようだ。多和田葉子は、在独30年に及ぶようだが、その間に日本語で小説やエッセイを(芥川賞の『犬婿入り』他多数)書く一方、ドイツ語でも創作活動を続ける(ドイツでの受賞も多数)スーパーバイリンガルな作家である。本書は、そんな彼女の言葉をめぐる、いわば思索的エッセイといった趣きのものだ。ここには様々な地が登場するが、それらの地域性は必ずしも重要ではなく、筆者はその本質においてはコスモポリタンな人だと思う。

  • 軽やかで読みやすい。母語の外に出つつ、その言語にこだわるのでもなく、あくまで境界を楽しむことを、実践している。母語/外国語を問わず言葉を大切にすること、いろんな言語に触れることの歓びにあふれている。
    単調な語学の勉強に嫌気が差しそうになったときに読み直したい一冊。

    「ハンブルク」が特に興味深かった。88頁。

    わたしがハンブルクに来たのは一九八二年のことだが、当時のわたしの耳は今のわたしの耳とは違っていたと思う。ドイツ語はすでに日本で勉強していたものの、聞き取りの能力はなかった。辞書を引きながらなら、かなり難しい本でも読めたし、文法も単語も分かっているから、こちから言いたいことは言えるが、相手の言うことが聞きとれない。赤ん坊の逆である。赤ん坊なら本は読めないし、まだしゃべれないが、人の言うことはかなり分かる。わたしが自分から一方的に作った文章は文法的に正しくても、理屈だけで組み立てたものであるから、音楽的流れはなかった。そのうちに、だんだん相手の言っていることが、すいすい耳に入ってくるようになってきた。それは、個々の単語や文節が聞き取れるようになってきたということの他に、全体の流れが音楽的につかめてきたということだろう。

  • 「90年代を代表する文学はどんな文学かと聞かれたら、わたしは、作者が母国語以外の言語で書いた作品、と答えるのではないかと思う」

    と言い切る多和田葉子氏の著作で、解説は英語を母語としながら日本語で捜索活動を続けるリービ英雄氏。
    『エクソフォニー』という表題は耳慣れないが、副題は「母語の外へ出る旅」。
    そうなれば本書のテーマは明らかだろう。
    要するに「母語を相対的にとらえる」ということになるのではないか。

    我々は当たり前のことだけれど母語に依拠して生きている。
    それはつまり、母語の世界観を前提にした考え方やものの見方しかしていないということだ。
    筆者の多和田氏はそうした我々の「思い込み」を突き崩そうとしているように思われる。
    だからこそ、多和田氏の投げかける問題は、我々の生きた方の問題として切実に迫ってくるのではないかと思う。

    非常に刺激的な本で、とてもおもしろかった。

  • 言葉が単なるツールではなく、漂ったり混ざったり音や形になったりして、人を喚起する存在なのだなと改めて思う。母語という縛りを外れてみると、言い換えれば意味の乗り物以外の用途を考えると、言葉には豊かな可能性がある。それを実際に肌で感じている筆者が羨ましい。またこうやって言語化して伝えてくれることにも感謝する。

  • 副題は「母語の外に出る旅」。
    境界にいることのおもしろさと不思議さ。


全21件中 1 - 10件を表示

多和田葉子の作品

エクソフォニー――母語の外へ出る旅 (岩波現代文庫)を本棚に「いま読んでる」で登録しているひと

エクソフォニー――母語の外へ出る旅 (岩波現代文庫)を本棚に「読み終わった」で登録しているひと

エクソフォニー――母語の外へ出る旅 (岩波現代文庫)を本棚に「積読」で登録しているひと

エクソフォニー――母語の外へ出る旅 (岩波現代文庫)の作品紹介

エクソフォニーとは、母語の外に出た状態一般をさす言葉である。長年にわたってドイツ語と日本語で創作活動を続けてきた著者にとって、言語の越境とはまさに文学の本質的主題に他ならない。越境で何が見えてくるか。それは自らの文学をどう規定してきたのか。自己の立脚点を試掘するかのような鋭敏なエッセーが、言葉の煌めきを映し、文学のありようを再定義する。

エクソフォニー――母語の外へ出る旅 (岩波現代文庫)の単行本

ツイートする